2話「意外なお誘い」
カルセドラは美しいさらりとした茶色の髪の持ち主だった。
今なら少し、私の髪を褒めたアポツティの気持ちが分かるような気もする――もっとも、それが分かったところで何にもならないのだが。
美しい髪というのは意外と目を引くものなのだと知った。
「カレッタさん、僕のもとへ来てくださいませんか」
「え……」
「貴女に興味があるのです。貴女ともっと関わってみたい――そう思うのです」
かけられた言葉は嬉しいもので。でも昨日あんなことがあったばかりなのでどうしてもすんなりとは受け入れられない。裏があるのでは、と考えてしまう。彼の表情に企みの色や曇りがないことはこの目で見て分かっていても、である。
「え、あの、どうして私なのですか? 婚約破棄されたような女ですよ? もっと素晴らしい女性だっていくらでもいるのでは」
「僕が気になっているのは貴女なのです」
「いきなり過ぎます」
「それは……そうですよね、申し訳ありません。驚かせてしまって」
母は私とカルセドラが会話するのをハラハラしながら見守っているようだった。
「もしよければ、少しお茶でもどうでしょうか?」
「お茶?」
「はい。城へお招きします」
その時になって、彼が一般人でないことに気づいた。
「し、城!?」
思わず出てしまう声。
そして、気がつく。
彼の正体。
彼が何者であるかということに――そう、私は、実は彼の顔を知っていたのだ。
カルセドラ王子、この国の将来を担う人物。
「カルセドラさんってまさか……国王陛下のご子息の!?」
「ああはいそうです」
「えええ! す、すみません! 今まで気づかなくてっ……」
慌てて数回頭を下げた。
しかし彼はにっこり笑って「いえ、気さくに話していただけると嬉しいです」と返してくるだけ。
「といいますか、カルセドラ様ですよね!? すみません!!」
「いやいいんです本当に」
「ありがとうございます……」
怒りを買って処刑されなくて良かった……いや本当に。
「それで、お茶について、どうでしょう? 良いお返事をいただければ嬉しいのですが」
「私みたいな人間を誘うべきではありません」
「ええっ。なぜです? それは、遠回しに拒否しているということですか?」
「そうではありません! でも、カルセドラ様には私みたいな普通の女よりもっと高貴な――」
言いかけて、手をそっと握られる。
「関係ありません」
彼は私の片手を柔らかく握ってからこちらをじっと見つめて述べた。
コーヒーのような色の瞳がこちらを捉えてくる。
「僕は貴女とお話してみたいのです」
「それは……」
「ですから、そのように仰らず。よければ共に」
「……分かりました」
真正面から圧をかけられると弱い。
「ありがとうございます……!」
カルセドラは私が想像していたよりずっと嬉しそうな顔をした。
そうか、嬉しく思ってくれているのか。そんな風に思って。すると何だか段々喜びの色が私の胸にまで生まれてきて。必要とされること、私の選択によって誰かが嬉しくなること、それによって得られる喜びを感じた。そう、時に、他人の喜びは私の喜びともなり得るのだ。
「では日付を決めましょう!」
「はい、そうですね」
ちらりと母へ目をやれば「いつでもいいよ!」というような顔つきで返事を貰えた。
直後、カルセドラの傍にいた男性が、カレンダーをさっと出してくる。
「今がここですね」
「はい」
城へ行く日を決める会が始まる。
流れる川を止めることなどできないように、話もまた止めることはできない。