9:自分の好みはふいに分かったりする
オペラや演劇でも観るかのようなゴシック調の教会様式のホール。人も多く座っているが、その大きさからホール内が混雑している様子はない。この学園は毎年300人の生徒が入学する。入学式は学園中の生徒が集まるため、約1000人が一同に集結することになるが、それを余裕で保有できるだけの建物が、この学園にはいくつも建っている。どこから金が出ているのか、ユウはそんな事をぼんやりと考えながら、適当に後ろあたりに座る。
「あと10分くらいで始まるね。ねえ、ユウはこの学園生活で何かしたいことある?」
カイトがふいに尋ねる。この2人の会話はいつも彼の問いから始まる。普通なら嫌になるものだが、カイトもそれを気にしないから、ここまで関係が続いているのは確かだ。
「別にない」
ユウはズバッと答える。なんだその質問はと言わんばかりの表情で、カイトの方を見向きもしない。自分の学園生活に、こいつが興味を持っているとはとてもじゃないが思えない。カイトも、そう言うと思ったと言い出す始末だ。
「そんな事言って。長い付き合いの僕だけど、さすがにびっくりしたよ。気になるんでしょ?例のお嬢様……一ノ瀬ティナちゃんの事」
正面を向いたままユウが固まる。周りの雑踏がも気にならないくらい、ピキンとユウの周りだけ静かだ。ねえねえ聞いてるの、と問い詰めるカイトは鬱陶しくてしょうがない。
「何が言いたい」
ユウが苦し紛れに声を出す。いつもより低いその声は、問いかけに苛立っているのか、隠したい感情を抑えての事なのか。
「ずっと遊んできたユウがねえ、あんな純粋そうな子が好みなんだね」
カイトは面白くてしょうがないと言った様子だ。幼馴染として側で見てきたが、ユウは特に興味も示さないくせになぜか女子に人気だった。そんなところはちょっと癪に触ったりもしていた。ミステリアスだとか、クールなところがいいだとか、そんな事を言われて陰で持て囃されていた。
もちろん、校内のアイドル的存在はカイトだったが、本気になる子が多いのはユウの方だった。まあ、それを受け流すかのように遊んでいたためタチは悪いのだが。
「いいんじゃないかなあ。もし付き合ったらビックカップルだよ。僕も応援するよ」
ユウがため息を吐く。のらりくらりとかわしてやろうかと思ったが、こうなったカイトはしつこく追求してくる事を知っているため諦める。
「お前に応援されなくたって勝手にする。ほっとけ」
吐き捨てるようにユウが言う。さすがだねえ、とカイトは目を細める。ここまで本気なのは意外だなと内心思うが、これ以上口に出すと怒られそうなので何も言わない。
「でも、今まで寄ってきた女の子とそんなに違う?まあ良いとこの子だから品はあるかなと思うけど…」
素朴な疑問を口にする。そんなの個人の勝手だから放っておいてくれと言いたくなるが、ユウも言われてみればと、ふと思った。今朝から色々ありすぎて、自分の感情に向き合ってなかったが、たしかに今までになかった感情だ。これまでだってモデルのような美人も、アイドルになれるような可愛い子もいた。しかしながら、誰も心惹かれるところはなかった。見た目は良いんだろうなと言った感情しか湧き出なかった。
それが、なぜだろうか。なぜ急にあんな目立ってまで助けたいと思ったのか。強いから?ずっと見てきた黒魔術の持ち主だからか?色々と考えてみるがどれもしっくりこない。
「……なんだろうなあ、見た目?」
急に素っ頓狂な答えが返ってきて、聞いてきたカイトは驚いて黙ってしまう。お互いの間に生暖かい空気が流れる。ユウも言ってみたが、なんか違うなと思い直す。
それだけじゃない。なんというか、放ってはおけない、加護欲をそそられるところがある。力を持っていながらも、それを上手くコントロールできていないところも、家柄も活用できない不器用なところも、なぜか手を差し伸べたくなってしまう。ふいに手を繋いだ時の初心な反応も可愛かった。それ以上の事をしたら、パンクしてしまうんじゃないだろうか、なんて考えるだけで笑みがこぼれそうになる。彼女には笑っていて欲しいけど、困らせたいような気もする。
ああ、分かった。たぶん、あんな家柄の癖に上手に生きられなくて、その上なぜか幸の薄そうなところが好きなんだ。うん、これだ。しっくりきた。今まで、自分に自信がある女しか寄ってこなかったから気づかなかったんだろう。納得。そんな事をぼんやりと思考していた。
「……まあ、いいんじゃない?とりあえず僕は見守るよ」
あまりにも意外な答えに落ち着いてしまったため、カイトもそれ以上の追求をやめた。2人でステージの方を見る。タイミングよく、入学式の始まりを告げるチャイムが鳴る。周囲の騒めきも落ち着きをみせ、緊張感が高まってきた。カツンとステージの上を歩く音が聞こえる。何が起こるのか、全員の注目がステージ中心に集まった時、オルガンの音色がホール内に響いた。
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