7:悪運は強い
教員が静寂を切るように話し出す。
「…災厄だ。これは……こんな闇魔法を持ち得ていいわけがない、歴史が変わってから、未だかつてなかった事だ。いや、その前もこんな力があったことなんて……」
驚きのあまり、こんな事が、なんて事だと同じことをずっと繰り返している。その光景を、周りの生徒達も何を言うでもなく眺めている。圧倒的な力を前にしてどうする事もできないのだ。
「こんな力を、我が校に持ち込む事はできない。入学は取り消しだ、そうだ……そうするしかない」
ティナに静かな口調で言う。彼自身もまた、あまりに大きすぎる力にどこか恐れているように見える。
(え、待って待って。入学取り消しとか聞いたことないって。そんな事あるの?て言うか勝手にそんな事決める権限この人にあるの?え、あるのか?)
反論したくとも、今のティナにはどうする事もできなかった。自分でも自分の力が信じられず、どうしたら良いのか考えがまとまらないからだ。
(考えろ私。どうするのが1番良い解決策なのか考えるんだ。よく分からないけど力は強いんだよね、これは変えられない事実。嘘でしたとかそんなんじゃなさそう。力でねじ伏せる?もう一度石に魔力を入れたら…いや同じ事が起こるだけか。魔力を使ってみる?いや習ってもないのに何ができるよ。何か策は……)
必死に考えるあまり、項垂れるように見える姿に同情する生徒もいただろう。細い肩を小さく振るわせるその様は、あまりにも可哀想なものに映った。その様子をみたアイは、ティナを庇おうと前に出ようとした瞬間、黒い影が横を通り過ぎた。
「待ってください」
ユウが突然、ティナと教員の間に入り言ったのだ。
(なに柄にもない事してるんだよ、こんな人助けみたいなことを。さっきの光魔法の光景が俺を感化させたのか、そうなのか、そうとしか思えない)
ユウ自身、内心とても驚いている。そしてカイトもまた突然の出来事に驚いている。ただもう、ここまで来たらやりきるしかない。
「未だかつて見た事がない力のせいなんて理由で入学ができないのなら、それは俺も同じですよね。彼女だけ、闇の魔術だけ受け入れられないのは間違っています」
はっきりとした口調でユウが告げるが、その言葉に賛同する者はいない。ただ静寂があるだけだ。今にも雷が落ちそうなその天候は、周囲に余計に緊迫感を与えてしまっている。
「光魔法とはわけが違う!回復と癒しの光魔法と違って、闇魔法は破壊の力だ。圧倒的な破壊の力は、周囲を恐怖に陥れる。彼女が悪いわけではないが、これはあまりにも……」
誰かが、そうだ、とぽつりとつぶやく。その後、堰を切ったかのように、入学なんて許されるはずがない、災厄を学園に持ち込むなんてと口々に好き勝手な事を言い始めた。
ただの野次馬根性で見ていた奴らになんでこんな事を言われなければいけないのだと、アイは手のひらに血が滲むほど拳を握りしめた。
すると、いつの間に隣にいたのか、その様子をみたカイトが、アイの手をそっと掴み落ち着いてと言うかのように首を振ったが、苛立っているアイはその手を勢いよく振り払う。宙に放り出されたカイトの手は行き場をなくしてかわいそうだが、幸運な事に誰もその様子を見ている者はいないようだ。一方で、そんな反応をされた事がないカイトは笑顔のまま固まっている。
そんなカイトの様子なんて知るはずもなく、また今後知る気もないユウは少し苛立ちながら教員に食い下がる。
「あまりに強い力なら、学園外に出して悪用される方がよくないでしょう。それに、きっと、彼女の力を抑えられるのは俺だけです」
そう言うと、ユウは再度石に手を伸ばした。その石に魔力を入れると、先ほどの様にぱっと光が広がった。強い光に一瞬目が霞んだが、ようやく慣れてきた頃周りを見渡すと、さっきまで割れていたガラスは元に戻り、怪我人の傷も消えてしまっている。天気も雲一つない晴天に戻り、枯れた木々も元の装いに戻ったのだ。
わあっと歓声が起こる。拍手も巻き起こり、まるで救世主を讃えるかのようだ。
(もしかしてこれ、逆に目立たせたか……?)
ユウとしてはただ、彼女を助けたくて、力になりたくて、ふいに体が動いてしまっただけなのに。
「なんの騒ぎですか」
ユウがそんな事を思っていると、性別不明の柔らかい声が背後から響く。声の主は、長い白髪に、高い三角帽子を被り、紺のローブを身に纏っている。背は高く、肌の色は白い。細い目は笑っているようにも、周囲をくまなく見据えているようにも見える不思議な雰囲気を持っている。
「が、学園長!!」
なぜこちらにと、教員の男が驚いたように言う。学園長はちらりと、座り込んでいるティナと、それを庇うかのように立っているユウを見てよく通る声で話し出した。
「なるほどなるほど……状況は分かりました」
ゆっくりと石の周りに歩きながら向かってくる姿は、言いようのない迫力がある。そしてまた、言葉を続ける。
「この学園は、世界で最も優秀な生徒が集まる学園です。未だかつてない光の力と闇の力が、この学園に集まるのは、それもまた当然の理…」
そう言うと学園長は、魔力測定の石の前に立ち、そっと両手で石に触れた。これはこれは、と感心したように言うと、くるりと2人の方を向き直した。
「たしかにあなた達2人は数百年……いやもしかしたらそれ以上に、めったにない力の持ち主かもしれない。もしかしたら私の力すら超えてしまうのかもしれません。ましてやそれが、2人も、同じ年に入学するなんて偶然で片付けるにはできすぎています」
そこまで言うと、ふいに言葉を止めたためピリっとした空気が流れる。その雰囲気に2人は背筋を凍らせたが、それを察したのか学園長はにっこりと笑い言葉を続ける。
「これから先何が起こるのか、それは誰にも、もちろん私にも予想できません。しかし、この学園はあなた達の力になるでしょう。入学は許可します。存分に、学びなさい」
若き魔術師達に祝福を、そう言うと天に一つ杖を向けた。すると花火のようなものながぱっと広がり、きらきらと舞ってみせた。晴れているのに光って見えるのはどんな魔法を使っているのか、疑問に思い学園長をみた頃には姿を消していた。
ユウがぼんやりと学園長がいた空間を見ていると、教員の男が2人に話しかけてきた。
「すまない、あまりの出来事に私も驚いていたようだ。学園長の言葉通り……2人とも入学を許可しよう」
そう言うと、さあ次の者と、何事もなかったかのように魔力測定を進め始めた。生徒達も急な方向転換に付いていけず驚いてはいたが、思考を日常に戻していった。
あまりに流れるように事が進んだためティナはまだぽかんとしていたが、それを見たユウがティナの手を引いてその場からそっと立たせる。そして、次の魔力測定の邪魔にならないよう、自然に人の少ないところまで誘導する。
ティナは、はっとして礼を言おうとするが、手を繋いでいる事に加えて救ってもらったと言う事実と、さっき自分が巻き起こした事など色んな事で混乱し、口をぱくぱくとさせているだけだ。
そんなティナの気も知らず、ユウはさくさくと歩いていく。人気のない、裏の広場にでてようやくユウが口を開く。
「……悪い、なんか、余計目立たせるような真似したな」
何もしなくても学園長とやらが来てくれたのかもな、とユウが視線を逸らしながら言う。
(は、何この人かっこいいだけじゃなくて、可愛い要素もあるの?え、どうしよう。すごい好きすごいタイプど真ん中ストライク。てか私助けられた?なんてラッキーなの?神様ほんとどうもありがとう。あの努力の日々ももしかしたらこのために必要な事だったのかも。意味なかったなんて言ってごめんなさいでした。本当に感謝してますありがとうございます)
少し照れているようにも見えるその様は、ティナの心を大きく揺らし、一瞬にして脳内で思いが爆発するが、それを顔には出さず答える。
「いえ、そんな、私1人では何もできなかったので……あの、ありがとうございます」
ティナは顔を赤くしながらも、ユウの方を真っ直ぐ見てお礼を言った。小さい頃から社交界で培ってきた微笑む能力が発揮されている。その瞳にユウの心も掴まれたのだが、お互いの気持ちはもちろん知る由もない。ただうっすらと甘酸っぱい空気だけが流れいる。
「2人とも、いつまで手を繋いでるのかな?」
そんな2人の後ろからカイトがひょっこりと出てきて言う。その声に驚き、2人はぱっと手を離す。繋いでいなかった方の手より熱を持っており、その体温はなかなか下がりそうにない。
慌てた様子の2人を面白そうにみながら、カイトは続ける。
「いやー、それにしても何の因果だろうね。闇魔法名家のユウが世界一の光魔術師だってね。反対に、光魔法を求めていた君は世界一の闇魔術師だ。逆だったらシンプルな話だったのにね」
嫌な笑みを浮かべながらカイトが言う。綺麗な顔をしているからこそ、作り出した笑顔はどこかヒヤリとさせる何かがあった。
「……は?なんの話だ?」
ユウが驚いたように言う。それを見て、何にも知らなかったのかとカイトは呆れているが、くるりとティナの方を見て話しかけた。
「君は、一ノ瀬家のご令嬢だよね?ユウとはある種、因縁もある家柄だと思うんだけど……どうなの?」
カイトはずっと笑顔で話しているが、その目はさっきから全く笑っていない。
(え、なんか勝手に敵認定されてる?表面上はだけ笑顔作って?ほらみろ、王子様だかなんだか知らんが、こう言う見た目の奴ほど嫌味な事言ってくるんだよ)
ティナはその顔を見て、心の中で大量にぼやくが、そんな事口が裂けてもユウの前では言えないためティナは固まっている。そんな彼女の様子を見かねてユウが話し出す。
「カイト、別に俺は家柄もなにも思うところはない。それに今時、そんな事考える方が少ないだろ」
庇うかのように話し出したユウに、カイトは本当にどうしたのかと目を見開いている。俺は別に何魔法だろうがなんだって良かったとユウは続けようとしたが、カイトの言葉に顔を曇らせたようにもみえたティナを見て何も言えなくなった。
ティナが表情を暗くしたのは、カイトに対する嫌悪感からだが、そんな事知りもしないユウは勝手に罪悪感を覚えている。
(もしかしたら、彼女にはプレッシャーや期待が自分よりあったのかもしれない)
そう考えるとユウは、可哀相なような、申し訳ないような気持ちになってきていた。
そんな重い空気を思ってか、アイがティナの背中をバンバンと強く叩きながら言う。
「何暗い顔してるのよ、ティナ。私達同じクラスだよ。私は嬉しいし、それにもう決まっちゃった事はどうしようもないんだから、あとは3年間どう楽しく学園生活送るか考えよ!」
カラッと笑ってくれているアイの笑顔は、少し重たくなってしまった空気を変えてくれた。
「アイちゃん……」
その様子にティナは救われた。自分にも臆する事なく話してくれて、欲しい言葉もくれるアイと同じクラス。たしかに心強い。学校なんて学ぶだけ、成長させられるだけだと思っていた学園生活が楽しくなりそうだ。
「そうだよね、私、がんばって闇魔法勉強する!アイちゃん、3年間よろしくね」
そう言ってティナは微笑んだ。その様子にアイとユウは安心したが、カイトはそんなユウを見て再び驚いている。
驚いているカイトの事なんて微塵も気にかけず、ティナは、2人の方を振り返って言う。
「あの、私も何も気にしてないです。ずっと昔を辿ると色々あったのかもしれないけど、それはただの歴史に過ぎない……と思ってます」
家柄なんてくそ喰らえ、光だの闇だの言っている奴らなんてバカだと思うと言おうとしてやめた。ユウがいたからだ。そんなに口が悪いと思われたくない。
気にしないと言ったティナに安心したのか、ユウが薄く笑った。
「そうか。まあ、お互いがんばろうな」
ユウはそう言い、ティナの頭をぽんぽんっとして去っていった。その行動に、さっきまで気を取り戻していたティナは驚き、またぼんやりと見惚れてしまった。思考回路はショート寸前だ。
頬を赤くして、頭から湯気が出そうになっているその様子をみて、アイはなるほどとさっきまでの一連のおかしな行動の理由を察した。
そんな2人を見て、カイトは怖がらせちゃったみたいでごめんね、と言いユウの後を追った。ティナはそんな事何も聞いていないし、アイはアイで後で詳しく聞かせてねと話しかけているが、その言葉も何も届いていない。
世界を変える力を持った、いや、持ちすぎてしまった2人が出会った。これは偶然なのか、或いは必然なのか。誰にも予想できない学園生活が、今はじまる。
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