6:信じられない事はもっと連続して起こる
本物だと思った。小さい頃から数々の光魔術師を見てきたけれど、そんなのと比べるのも申し訳ないくらい、綺麗で、あまりにも圧倒的で、目を奪われた。彼が石に手を伸ばした瞬間から、一瞬たりとも目を逸らせなかった。
たしかに彼自身から目を逸らせなかったのも本当だが、それ以上に格の違う光魔法を目の当たりにした驚きから固まってしまったと言う方が大きい。
「すっごいね、なにあれ……」
ずっと冷静だったアイも呆然として言う。ティナはうん、とほとんど掠れた声で返事をするのが精一杯だった。同時に自分では敵わないなと思った。
(なんか、今までの努力とかもほとんど意味なかったのかもなあ)
そんな、虚しくなるような事も本能で思い知らされてしまったが、彼なら仕方ないかとも思えた。そう、見た目も込みで。
「ティナ、これは本格的にやりにくくなっちゃったね」
痛いところを突かれてしまった気にもなったが、慰められるより正直に言葉にしてくれる方がありがたかった。
「うん、でもこれはどうしようもないかも……なんかもう、やる前から敵わないなって思っちゃった」
だよねぇ、誰だってそうなるよとアイは言う。周りの生徒もまだ今起きた事が真実だと思えずぼんやりとしている。魔力測定は途中だが、まさかあんな事が起きた後に続こうとする者はいない。
「次、誰か出てくる者はいないか」
教員は言うが、誰も動こうとしない。それを見かねてか、目を引いたのだろう、反射的に、そこの女子生徒2人、次に来なさいと唐突にティナとアイを指差した。
「「えっ?!」」
そんなつもりもなかった2人は驚いているが、とは言え、そんな風に名指しされてしまったため、周囲の視線は自然と2人に集まってしまった。
ましてや、指された1人は森山家の対角にいると言っても過言ではない、一ノ瀬家のお嬢様だ。どんな結果になるのか、話題の種に見ておきたい人もたくさんいるのだろう。周囲の生徒も悪意ばかりではないのだろうが、気持ちの良いものではない。
「……しょうがないか。ティナ、行こっか」
私が先に行ってあげるよと、先陣を切るアイが諦めたように言う。どうせ自分は可もなく不可もない結果で終わるだろう。ここで空気を変えてあげよう。
「…ありがとう、助かる」
観念したようにティナも一歩踏み出す。
「じゃあ、私からお願いします」
石の前に立ち、軽く手を上げてアイが言う。
そして、迷う事なくすっと手を伸ばす。一息ついた瞬間、学園中が真っ暗闇に包まれた。さっきまでの光景が嘘かのように一瞬にして暗闇に包まれ、背筋が凍るような冷たい風が吹いた後、元に戻った。
あまりにも反対の事象が起きたため、全員の思考がフリーズしてしまっている中、アイが言う。
「……ん?これは、闇魔法なのかな?」
アイがそう疑問を口にすると、その場にいた教員が興奮した様子で、そうだそうだと頷く。そして、今年は闇魔法生も優秀だと喜んでいる。
闇魔法は破壊の魔法だ。創造の前には破壊がある。そのため、何をするにしても闇魔法の力は必要不可欠ではあるが、そのイメージの悪さからか人気のない属性だ。あと、就職先が見つけにくいのも難点だ。
しかし、そのアイの醸し出す空気感も相まってか、周りの生徒からはどこか尊敬の眼差しを向けられている。
「アイちゃん、すっごいよ。うまく言えないけど、とりあえずめっちゃ似合う。たぶん美人だから」
ティナも嬉しそうにアイに語りかけている。ありがと、と不敵な笑みを浮かべるアイはやっぱり美人だ。なんとなく魔女っぽい。
「そんな事より、次はティナでしょ」
ティナを励ますかのように優しくぽんっと肩を叩く。私が間に入ったことで空気も変わっただろうし、多少はやりやすいはずだとアイは思いながら、前に出たティナを見送る。気にしてない素振りをしてるけど、多少緊張はしているだろうと気の毒に思う。
(まあ、さすがに注目あびるよね。期待に応えなきゃとかはないけど、私だって多少なりとも名家の娘としてのプライドくらいは持ってる。目立ちたくはないけど、恥もかきたくない)
そんな事を思いながら、石の前に立つ。すうっと風が一つ吹き、髪がさらさらと揺れる。背筋を真っ直ぐに伸ばし、澄んだ黒い瞳で石を見据えるその様子は、雑念が頭に巡っているとは思えない。
ゆっくりと両手を伸ばし、唇を固く結び集中する。つられるように、周りもしんと静まり返っているのは、ティナの真剣な表情のためか、その結果を逃すことなく見ようとしているからなのか。
そんな周りの空気を動かすかのように、ティナが石に向き合い手を伸ばす。周囲もごくりと喉を鳴らす。その数秒後、石からパチパチと電気が走った。
(ん、なに?なんか違うような…)
ティナが違和感を覚え手を離そうとした瞬間、学園中のガラスが次々に割れた。そのすぐ後に、ごおっと言う鈍い音と共に立っていられないほどの暴風が吹き、あたり一面が黒い霧に包まれた。その瞬間を見ていた者も、見ていなかった者も何が起きたのかとざわつき始める。
暗闇で転んだのか、割れたガラスで怪我をしたのか、至る所で悲鳴や助けを求める声、知人を呼ぶ声などが響きわたり、周囲にはパニックが広がっていく。
(なにこれ、何が起こってるの)
ティナも衝撃に耐えられず石の前で座り込んでしまった頃、暴風が弱まり、黒い霧もうっすらと消え、視界が明るくなってきた。ほっとしたのも束の間、周囲を見渡すと、その場にいた全員が息を呑んだ。
さっきまで晴れていた天気はどこに行ったのか、曇天が空を覆い、湿った冷たい風が吹いている。学園中の窓ガラスだけでなく、室内の電球までも割れて飛び散り、目の前で起きた現象に驚いた生徒が転んだり、ぶつかったりして各地で怪我人が出ている。
それだけではない、さっきまで咲き乱れていた花々や木々は全て枯れてしまっている。この世の終わり、そう言われても誰もが疑わない光景が目の前に広がっていた。
「…………なに、これ」
石の前に座り込んでいたティナも、何が起きたのかのか理解できず呆然としながら言う。そんなティナの様子を、恐ろしいものを見るような目で周囲の生徒達は見つめる。
呆然としていたティナもその視線に気づき、違うと声に出したかったが何も言えなかった。血の気のひいた表情は、それだけを見ると胸が痛くなる様ではあったが、あまりの出来事に彼女は周囲の人間にとって、ただ恐怖の対象にしかならなかった。
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