第20歩 破壊者
「今のを防ぐか。成長はしてるんだな」
より低く腹で笑うような声で一言、ノータイムで襲い来る狼男。瞬間で距離をつめられ、その振り下ろされた拳が地を抉る。恐ろしい地響きと共に拳の一回り……否、四回りほど広がった凹みとひび割れが残った。
規模はともかくとして、威力だけで言えば先程の怪物の魔法をゆうに越えている。
「っ君、そんな力も……?!」
かろうじて避けたユースティも一度口を結び、続く一撃一撃をなんとか躱していく。
「おい逃げるな、テメェを壊せねぇだろうが」
「壊せなくていいんだよっ。ハザック、まずは話をしないかい。君は何者で、何のためにおれに攻撃してきてるの!」
反論はするものの、決して反撃はしない。しかしこのままでは一方的な状況が続くだけ。きちんと話し合いをするならば、まずは相手の戦意を喪失させなくてはならない。
先程魔弾を二連続で放った集中力の消耗がまだ癒えていない。何度も拳を避けることを無意識ながらに単調に感じてきていたユースティは、次の行動に備えケープを探ろうとした。
それを視界に捉え、狼男はほくそ笑む。
「っ?!」
淡々と放っていたかなりの威力の拳を、ワンテンポずらす。思惑通り体勢が崩れた人間の懐に潜り込んだ狼男はその腕で、左胸を勢いよく貫き__……
バチッ。
人間の体内で弾けるような音がした。襲い来るのは確かにあったモノ……心臓部分への喪失感。こみ上げる熱、吐き出す赤。広がる鉄の味と臭い、中から串刺しにでもされたような……瞬間、本能が痛覚を拒絶する。
「……が、?」
これは雷魔法ではない。それよりももっと、残酷で取り返しの付かないもの。
__……バチッ。
考える間など与えないとでも言うように、再び弾ける音。今度は両胸の呼吸を奪われた。締めつけられるような苦しさ故に酸素を求めれば、全身の臓器が錆びていく。ろくに言葉も紡げず、乾いた喉が開くかすかな音だけが出る。
「__これで普通の人間ならとうに死んでんだよ。テメェこそ何者だ。……本……、……………か? ……」
言葉の通り、生を望まなかったとしても必ず再生していく異質な体。しかし狼男の腕にひっかっている限りはキリがない。弾ける音とともに破壊されるだけだ。意識が飛びかけ、上手く聞き取れもしない。
わざとユースティに再生させ、一瞬で壊すことを繰り返していく狼男。必要最低限の呼吸と血液だけが残されたその状況で頭がまわるわけがないのである。
死の度に、記憶さえもぼんやりと濁っていく感覚がする。
ここはどこなのか、目の前にいる狼男が誰だったのか、それさえも忘れてしまうような。……このままでは生きていたとしても、二度と彼とは会えなくなる気がした。
__そんなのは嫌だ。
虚ろな常磐色が狼男の紅色とかち合う。その瞬間に人間は狼男の筋肉質な腕を両手で包み、貫かれたまま体をさらに引き寄せた。
「止 め て 、 ハ ザ ッ ク」
狼男は気圧されたのだろうか。確かにその一瞬、破壊の手が止まる。人間が咄嗟にケープから引き抜いた銃を突きつけ発砲すれば、その左胸から腕が引き抜かれ、二者はようやく離れた。
「………………は、……ヒュ……」
ふらり、ゆらり。
人間は塞ぐものがなくなった穴から赤を垂れ流し、ふらつきながらも倒れる寸前で項垂れ、踏みとどまる。その間にも傷口が目に見えて治っていくのだから恐ろしい。
引き下がった狼男はそれを見ながら血塗れの腕をそのままに、わざと急所を外したであろう銃痕を見て、無愛想な舌打ちをこぼす……演技をした。一瞬で纏う空気が変わり、無機質な声が発せられる。
「随分ナメてくれるな。死に続けたいのか研修生」
既視感があるその口調。人間は伏せられた目で力なく、しかし狼男だけを見据える。最早自身の身体の存在さえ認識が出来ていない。けれど今だけはそれで良かったと他人事のように考えていた。……体が再生し、痛みと熱が微かに戻ってくる中で口を開く。
「それじゃだれも助けられない……君のことだって、おれは助けたいんだ」
「その銃と偽物の証言を用意し、罪を着せ、魔物もけしかけたのが誰かもう忘れたのか? 御縁霧空」
地上で霧空の名を知るものはソルリアとハザックだけ。その違和感が本人の発言で確かに繋がった。
「……君と居た今までのことが全部嘘だとは思えないよ。きっとおれたち、良い仲間になれるんじゃないか」
「とんだ綺麗事だな、……ユースティ」
綺麗事とは、現実味がなく表面を繕っただけの理想。ユースティはそれを信じていたいと、本物にしたいと強く願える者だった。
「……それが本物になれば最高だって。君も思ってくれるってことだよな?
それならおれは諦めないよ。だから、もっと君のことをおしえてほしい!」
何度も喰らいつく人間の言葉へ狼男がひくり、顔を顰めたその時。アザーディが置いていったペンデュラムと、ユースティのケープからまばゆい光が放たれる。その光は赤、橙、黄、藍、紫……と、今まで集めてきた記憶の葉の色だった。
「?!」
大きな光が辺りを包むことはないが、その場にいる二人にそれぞれ、同じ記憶が流れ込んだ。
__________それは白い毛並みの幼気な腕が、同じく小さな白い羽の腕を持つ誰かに優しく引かれている光景。
『ひとりぼっちなら、一緒に神様を探しに行こう。ノーちゃん!』
何故か聞き覚えのあるその声__________あっという間に過ぎ去った映像に呆然としたユースティは、はっとしてハザックが居た方へ視線を向けようとする。
「ねえ、のーちゃん、って」
すでにその場には誰も居ない。残されたのは、服が血塗れながらも体はすっかり無傷となったユースティのみ。
「__……。」
今までより更に脳内を素早く切り替え、歩き出そうとしたユースティ。……しかし、思うように足が動かないことに気付く。
「あ、やば」
体は殺意を退けて安心し、脱力してしまったようだ。傾く体はバランスを取ることが出来ず、あっさりと倒れこんでしまう。
「いっ……、……」
そして一度横になれば抗いがたい睡魔も襲ってくる。……ああ、せめて起きるまでは誰も来ませんように、体を動かせないことを受け入れた人間の頭は早々に祈り、抵抗すること無く瞼を閉じてしまった。
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