第15歩 オプファの事由
ユースティが話すのは、Madaについて。その中毒性と有毒な成分のために禁止されているものの、影で蔓延している空の国の劇薬だ。
それに魔素の塊が混ぜられ、ヒトの限界を上回る強大な魔素を瞬間的に得ることが出来るようになった。かつてお香という形でフッブの国の民達を苦しめたその事件の顛末……アザーディは今までで一番真剣な表情で聞いていた。
「__……あのルクス族が築いた国、フッブが壊滅状態に、か」
「ウンブラ族だって、あのマーダを使った……怪物化を前提とした戦い方が一部でも流行ってるっていうなら……いつ同じようなことがあるかわからないから、警戒はしておくべきだと思うんだ」
「そのピンチの時に三賢者は来なかったのですか?!」
突如現れた第三者の声。アザーディとユースティは振り向く。
「君は……さっきの巫女さん?!」
その者は枯山水のあった聖域で箒を持っていたウンブラ族だった。ユースティを気に入り、安全な道を教えてくれた少女である。
「覚えててくれたんですねえ!」
嬉しそうな彼女にアザーディはあぐらの姿勢で頬杖をつき、つまらなさそうな顔と声をした。
「なーんだ。ついて来てたのかよ」
「だって皆さん訳アリそうだったんですもん。まあずっとは追えないので、せっかくなら帰る前に挨拶だけでも、と思って!」
二人の距離感も近く親しげな様子に、ユースティが訊ねる。
「二人は、お知り合いかい?」
「ああ。こいつは初代と同じくらい古株。ついでに長になったオレに戦い挑んできた奴らの一人だよ」
「あは。それまだ怒ってる? ごめんなさいね」
「思ってねーくせに」
アザーディは拗ねたように言ってみせるが、けして不機嫌というわけではないようだ。そんな横から、かつてのからかいのお返し、といったように少女がまじまじと見つめる。
「まあ今も、君が記憶喪失だって噂を聞いたから。あたしを忘れてたらひっぱたいてやろうと思ってたんですけどね」
「それなら残念。もう大半は思い出してるぜー」
これ以上何を思い出すんだろうなー。と、またどこか他人事のように告げるアザーディ。少女はその様子にぱちくりと目を瞬かせていたが、ユースティへと向き直って話を戻す。
「改めて確認なんですけど、三賢者は居なかったんですよね?
彼らは、ルクス族の……フッブの長の家族と共に、補佐官兼護衛としてここに来ていた筈なのですけれど」
勿論、ユースティがフッブに滞在していた時には全くその名は聞かなかった。
「そんなヒト達は居なかったよ。ちなみに三賢者、それぞれの名前って聞けたりするかい?」
「確か前回こちらに来た三賢者は……アイシャ、スィーム、ノヴェンですね」
アイシャとスィーム。ソルリアのお隣さんの夫婦だ。ユースティも何度かお世話になっている。三人目の名前は今のところ心当たりはないが、突如出て来た二人の知人の名前にはっとした表情で少女と目線が合う。
「……じゃあ単純に、解体しちゃった感じかあ……」
空を仰ぐように体を反らし悲しそうにため息を漏らす少女。アザーディが解説者となって話し出す。
「こいつ、フッブの三賢者が好きでな。ウンブラにもそういうの作ろーって、初代にもオレにもずっとしつこかった位なんだよ」
「むしろ、なんで作らなかったんだい?」
「ウンブラの長がルクスの真似なんてしたら、他の奴らは良いように思わないだろ」
理由を聞いても納得出来ていなさそうに首を傾げたユースティへ、アザーディがああ……と声を漏らした。
「まあ確かにお前はそっち側だろうな。……ただこの二つの部族の決裂はわりと大きい。当時より大分経って気にしない者も居るには居るが、一度染み付いた全体の認識が変わるには程足りない」
「ねえ、それなら……ルクスとウンブラがそんなに因縁を持つなら、フッブの長の家族と三賢者がなんのためにこっちに来たんだい?」
話題の内容が内容であるため、指示を仰ぐように目線を向けた少女。その先に居るアザーディは頷いた。
「そう言えばユースティ、気付いてるか?」
彼の言葉に、ユースティは改めて、周囲を見る。
「……うん」
マーダのことを話し始めたこの空間には既に、三人しか居なかった。俯いたユースティの返事を確認し、アザーディは改めて少女へと向く。
「いいぜ。こいつはむしろ、知っておくべきだ」
少女はその言葉を受けて口を開く。
「ルクスには先祖による予言書があったらしくてですね。
その予言の通りに、一つの契約発生が約束されていたんです」
契約発生。赤の記憶で、アザーディが後輩に説明したウンブラ族の発生の一つだ。ユースティは自身が記入していたメモを取り出し該当のページを開く。
「確か……ルクスとの約束で……大切なものと名前を与えられてウンブラ族が生まれること、だっけ」
「そうそう。……オレはもう居なかった筈だから、後輩が対応したんだな」
「ええ。彼女はかなり不機嫌そうでしたよ。すっかり長として、ウンブラ族全員を自分の子どものように想っています。
そんな彼女が、ルクスの都合で生み出され、生命の管理もされることになるウンブラを見送らなくてはいけなかった。
これで生まれた子はとんだ犠牲者だと……嘆いておられました」
「……!」
オプファ。ユースティと共に旅をした少年ソルリアの、ウンブラ族たちによる呼び名であった。
「オプファの本当の居場所はウンブラだと、彼女は信じて疑わなかった。
彼女によれば、オプファの姿を他の部族から本能的に受け入れられないようにしてしまったとか」
その姿を恐ろしいと感じたのはユースティも例外ではなかった。思うところは多々あるものの、人間は真っ直ぐ返す。
「それでも彼は生きてきた。……犠牲者じゃない。彼はソルリアさ」
「どうやらそのようですね。
けど知っていただきたいのは、実はあの子は、彼女の関与がなければ更に異質な形になっていたんです」
「……? どういうこと?」
「あの子の発生に使われた大切なもの……それは、あまりにも強大なものでした」
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一方再び向き合ったルクス族、フッブの長兄弟も同じように情報を共有していた。
「__……“カギ”。このフッブにある強大な魔素の池の化身……いや、番人として君は命を宿したんだよ。
君がいる限り魔素の池の力は平等、誰の手にも渡らない。君が奪われれば、魔素の池は独占されてしまう」
当人であるソルリアは、驚きよりも納得が勝った複雑な表情を見せる。
自身が時々使うことが出来た強い魔法。エトワールから渡された魔法でも、呪文さえはっきりと告げれば最大火力を容易く生み出せたこと。
更には不思議な声から魔物の声まで聞こえたり、魔素の共感をしやすいと言われたことも。人々の感情から生まれた魔素の池だからと説明されれば、わからなくはない。
極めつきは海底の町ウォロスで、プセマという女にソルリアは“カギ”として狙われたことがあった。
「…………そっ、か」
漠然としてはいるが、納得は出来る。……しかし、年の差はあれど実の兄と思っていたエトワールと血が繋がっていないという事実。そして自身の種族がエントマだという認識の間違いまではすぐに受け入れられはしない。
言葉が見つからない弟の様子に、兄は真っ直ぐ凛々しい眼差しを向けた。
「ソル。君は俺の唯一の弟、ソルリアだ。
君はフッブの皆の家族。君が俺をフッブの長に、兄貴にしてくれた事実も揺るがない」
「!」
ソルリアはその言葉に改めて信頼しきった笑顔を見せると、前のめりで話を続けた。
「な。確か兄貴が持ってる“ルクスの予言書”、それが元で俺が産まれたんだよな」
エトワールは頷き、例の革の装丁がされた分厚い本を開き机に置く。誰でも読める文字で書かれている、その一節を指差した。
「『空の国から生まれ落つ旅人 世界に破滅をもたらす時 魔素の池の“カギ” 絶望を照らす光とならん』」
兄弟は互いを見合う。
「……兄貴は、ユースのこと疑う?」
「はは、まさか」
即答したエトワールの表情は、非常に穏やかなものだった。
「ただ……今までこの予言書に記載がある事象は全て、馬鹿かって位に正史になってるんだ。ユースティさんには直接話を伺わないとだね。
何者で何の為に地上へ来たのか。出身が空の国であることさえ……俺は知らなかったから」
「そうだっけ。言うタイミングもなかったもんな」
今後のためにも、ユースティとの連絡をどうするか。ソルリアはふとウエストポーチを開き、一つのタブレットを取り出す。
「そうだ、兄貴が直してくれたこれ……ブラックボードくんならっ」
着信というものをかけられれば、コッペリウスを通じてユースティに連絡が取れる筈だ。ミトンをつけた手でも、画面を操作してその機能を使うことが出来る。……しかし、同じ電子音が定期的になるだけで、一向に相手の声は聞こえてこない。
エトワールは一度、不安そうにしたソルリアの肩に手を優しく置く。
「……今は出られないのかもね。俺達もやることがあるし、また後でためしてみようか」
「うんわかったよ、兄貴っ」
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