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おしえて、研修生!  作者: きりぞら
第参章 踏み出せ、掴め。ヨンギの風
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第14歩 朱の追想


 聖域の多い場所を辿っていったためか脅威も少なく、緑の森を歩き続けていたユースティ、アザーディ、ハザックの三人。彼らは一度、小川の流れる聖域で一休みをしていた。


 ぼんやりと一人で聖域内を歩き回っていたユースティは、あるものを見つける。川辺に流れ着いていたそれは、黄色の柄の短剣。記憶の映像の中でリリーとプセマが持っていた短剣と酷似しているものだった。

 ……もしこれが本物なら、ウォロスから流れ着いて来たのだろうか。持っているだけでほのかな安心感を覚えられるそれを、何となくケープにしまう。


 そしてふと、現在の旅の同行者の一人、大の字で寝転がっているアザーディの胸元のペンデュラムの様子に意識が向いた。



「あれ。アザーディ。その鉱石ってそんな色だったっけ?」



 それはウンブラ族の宝物庫で保管されていたまじないの道具。ユースティが初めて見た際は無色透明だった筈の鉱石は今、中で煙のようなゆらめきの朱色を漂わせている。

 声をかけられて目を開けた彼は、ペンデュラムを手でつまんで頭上にかざすようにして眺めた。



「ほんとだな。でもこれ元々は黒色だったんだよ。記憶を見ていけば、最後は黒に戻るのかもな。

 どーする? 休憩終えてそろそろいくか?」



 アザーディは起き上がり、伸びをする。川辺で座っていたハザックも二人の会話を聞き、後ろに反るようにして顔を向けた。



「そもそもユースティ。テメェは休めたのか。ずっと落ち着かずその辺をうろちょろしやがって」


「川のせせらぎも小鳥の歌声も沢山聞いたし、大丈夫さ!」


「それだと耳しか休んでねぇだろ」


「み、耳だけ休む……っっ」



 ハザックのツッコミが予想外だったらしく、ぶはっと噴き出すアザーディ。しかしユースティとハザックの両方に不思議そうに見つめられ、口を噤んだ。



「……あーっとな。ちなみに、今の小鳥の歌声の中に……青い鳥もいるんだぜ。ユースティ」


「……? そうなのかい?」


「そうそう! ほら、丁度その辺りの鳴いてるやつ__」



 そうして指先で、一本の常緑樹をさし示した時。

 穏やかな新緑の聖域に、鋭く低い声が響く。



「見つけたぞ、愚か者め!」



 アザーディが示していたであろう、小さな青い鳥が飛んでいく。丁度その木の陰に一人の小さなウンブラ族が現れた。



「__な、なんだぁ?」



 敵意を溢れさせているその者は、目をぱちくりとしたアザーディへ指をさし返した。



「余所の得体も知れない者共と呑気に会話している場合ではないぞ、ウンブラ族の面汚しが!」



 少し離れた場所から大声で侮辱された当人は、とりあえずといったように眉をひそめて唇を尖らせてみた。



「なんだよお前ー、力を制御出来てなくて何度か暴れたくせに。言うじゃん」



 その言葉にユースティも驚き、警戒を強める。



「あの子がそうなのかい……?!」


「ああ。橙の森で旅人を食ったでかい獣も、黄の森で爆発した指だらけの怪物もあいつだよ」


「ってことは……!」


「最初から制御出来るような力なら、意味がないのだ。……この力を自分のものに出来れば、貴様など一瞬で片付けてやれるわ!」



 相手が取り出したのは黒色の丸い錠剤。恐らくMada(マーダ)__魔素の塊と中毒性のある成分を混ぜ合わせた劇物であるそれは、姿が固定されないウンブラ族といえど悪影響を及ぼしてしまうらしい。

 むしろ存在が固定されないからこそ、危険性が増している恐れもある。



「っ駄目! それを使うと危ないよ、ただでさえ今も暴走しているなら、繰り返せば何が起こるかわからない……!」



 焦って身を乗り出したユースティは手で遮られる。アザーディが極めて穏やかに、素直に問いかけた。



「お前の目的はなんだ? まさかオレを貶しに来ただけじゃないだろ?」


「側近として、許せないことがある!

 長様が貴様と決闘すると仰せだ!」



 しかしその答えに、周囲の空気は一転した。



「はあ?」



 低く刺すような声色と、全身から血の引くような寒気。ユースティは息を詰めたが、目の前のウンブラ族は自身の語りに夢中で何も気付けていない。



「彼女の意志は、貴様みたいなやつに煩わせる必要はないのだ! ならばこの力をもって、先に貴様を決闘で負かしてやる!」


「へえ。いいな。それ本気か」



 全く良いとは思っていない話し方。それが気に障った様子の相手が見たのは、音もなくアザーディの姿が消えた所だった。



「?!」



 __背後だ。相手はようやく自身の状況に気付いたのかアザーディへ振り返り、動揺を隠せぬままよろめく。

 ユースティは動物の姿の時となるべく近いようにして意識を張り巡らせる。微かな残り香から彼が常緑樹の一番上へ大きく飛び、相手の死角を縫って降り立ったのだと察することが出来た。魔法を使わないその移動でさえ肉眼で追えない速さは、常人には真似出来ない。



「それならお前は側近失格だな」



 それによって怯んだ相手を、ただただ感情の読めない眼で見つめて。しゃがんだアザーディは一つ一つ、幼子に言い聞かせるように告げた。



「ウンブラ族は寿命も長い。怪我だってすぐ治る。オレも弱体化はしてるけど、何年も長だった初代に勝ってるんだぜ?

 この森にある罠も、岩も、木の枝も、落ち葉も、骨も、かつてどこかの旅人が使っていたであろう朽ちた武器も。すべてがオレが戦うための物、姿を隠すための場所なんだよ」



 それはつまり、彼がいつでも容易く相手の命を狩ることが出来るということを意味している。



「体を撃ち合い、斬り合い、殴り合い……肉や骨だけじゃない。魂が二度と戻らなくなるまで潰し合う、最早狂気の沙汰。

 それが決闘だ」



 至近距離で見つめた相手の瞳が震えだしたことを、鼻で笑いとばす。



「自身の覚悟もないくせに長の言葉を代弁するな、恥を知れ半端者」


「……!」



 何も言えず、すっかり威勢を奪われたウンブラ族はたちあがり、走り去っていく。アザーディはその背中に何も言わず、乾いた笑みをこぼした。



「あー。ガラにもなく説教しちまった!」


「……意外だったよ。てっきり進んで戦うかと思った」



 先程の話を聞いて出る言葉ではないと理解はしつつも、控えめに告げたユースティにアザーディは頷く。



「勿論戦いや狩りは好きだから、進んで受けるぜ。相手はこちらの隙をどう窺うのか、どんな手段を使うのか。そしてそれを受けてどう動くべきか……自分の弱点も見つかるし、何より駆け引きも面白いだろ?

 でもあいつは決闘がお望みだっていうからさ」



 俯いて右腕を見つめ、ゆっくりと感覚を味わうようにしながら握る。



「勝とうが負けようが、それらが完全な美談になることはないとオレは思ってる。

 誰かに恨まれるならまだいい方だ。情けをかけられたり、我先にと次々に来るような輩がいれば本当に報われない」



 一言一言かつての記憶を思い出すように話していくアザーディに、ハザックが口を開く。



「なんだ。テメェの経験談か?」


「そんなとこ。はっきり思い出したから、沢山語ってもいーか?」



 沢山。その言葉にかなり怪訝な顔をしたものの、無言で顔をそらす。それを許可と受け取ったアザーディは続けた。



「いくらウンブラ族でも影は食べないし、ヨンギでの狩りだって弱肉強食、早い者勝ち。同士討ちはまず起こらないんだ。

 だからこそ、決闘は最期の晴れ舞台。……無知だったオレが『とどめ』を迷った時。それは相手だけじゃない。自分も、周りも、すべてを無下にするのと同義だぞ、って。すごく怒られた」


「……すべてを、……」 



 ユースティの相槌に目線を向けて、再び頷く。



「んで、その後は初代の崩御に血気盛んになったやつらと毎日決闘、決闘、決闘でさ。正直嫌になったんだ。 

 一方であいつは……後輩は、何も変わらないままでオレの側にいたんだ。だからリリーがヨンギに来て、外に出られるかもしれないってなった時。オレは後輩に全部押し付けて逃げ出した。


 まあ最終的に、オレがウンブラ族の面汚しってのは正しいんだよな」



 それっきり黙ってしまうアザーディ……なんとか言葉を選び、口を開こうとしたユースティ。それを小突いてハザックが割り込んだ。



「とんだへっぴり腰で情けない最低野郎だな。だがテメェは更に駄目だ。反省してもいないだろ」


「っハザック?!」



 ハザックに一瞬でも良いフォローを期待してしまったユースティは、自らの浅慮を思い知った。



「ああ。ついでに後悔ってのもしてないぜ」


「アザーディ……?!」



 その上に肯定が来てしまったものだから、すっかり頭を抱えてしまって。



「__だけどオレ、このままじゃ色々積もり過ぎるからさ。今のうちにぶつかって、ぶっ壊しておきたいんだ」


「!」


「一人でいると逃げ続けるから、お前らに見張っててもらいたい!」



 しかし悪いことばかりではない。アザーディは自分の思いを言語化し、少し軽くなったような様子で二人に笑いかけた。



「もう少し付き合ってくれ。……つっても、強制的に連れてくぜ!」


「ここまで来たし、ちゃんとついていくよ」


「はは、てんきゅっ!」



 そしてユースティにも、ヨンギのの先へ進む理由が出来てきた所だった。



「__そうだ、アザーディ!

さっきの側近君が使ってたものなんだけど……!」




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