第13歩 聖域
罠や他の生物を警戒しながら深緑の森を歩いていく中で、ふと視界がはっきりとする場所がある。霧も晴れ、微かな光が降り注ぎ、鬱蒼とした木々は一転してきらめく。澄んだ空気と新緑が埋め尽くす小さな空間。
一旦ヒト型に戻っていたユースティはしばらく立ち止まって、呟いた。
「__綺麗」
対してハザックとアザーディは辺りを見つつも、そのまま歩き続ける。
「こういうところはいくつかあるけど、強い魔物もウンブラ族もなーんか居心地が悪くて来たがらない。罠も何故かすぐ壊れてるから、旅人に聖域って呼ばれてるんだよ。
ま、結局そのウンブラ族も聖域に集落っつーか村を作ったんだけどさ」
「聖域か、確かに相応しいな。どうしてこんなに局所的なんだい?」
その聖域はかつてユースティ達が食事をした小川は無く、また別の場所だということがわかる。尋ねた先のアザーディは目線を受けて逸らしつつ、頭をかいた。
「なんだろうな。そういうもんだ!」
灰色の石段を降りれば、広場がある。さらに先の鳥居の奥には、かなり古びた拝殿が見えた。
「……ってここ、本物の神域じゃないか!」
「まあなんていうか、これもウンブラ族が住む前からあったっぽいんだよなー」
気になる所は沢山あるのに、確実な情報が一つもない。ユースティの責めるような目線に、アザーディは軽く萎縮してみせる。
「本当にオレ、戦うことしか楽しみ無かったんだって」
しかしすかさず、広場の中心に見つけたものの名前を誇らしげに告げる。
「あ。あれは知ってるぜ、カレサンスイだ!」
ユースティもつられて見れば、神聖な空間に相応しく整えられたその場所。河川を表現するように白砂の線が流れており、ところどころに設置された山を表す岩も風情を感じさせる。
「……どうしてそれは知ってるんだい?」
「リリーに教えてもらった! あいつオレとは違ってめちゃくちゃ物知りで、何度でもおしえてくれるんだ!」
リリーの話になると顔をより明るくして話し出すアザーディ。ユースティもそれを感じつつ相槌をうって話を聞いていく。そんな二人を横目に、ただ悪意もなく歩く延長で枯山水の上を通ろうとしたハザック。
「きゃー! だめー!」
「?!」
巫女服の少女姿のウンブラ族に、突進で阻止された。さしてハザックは怒りをあらわにすることや息をつくような間もなく、勢いよく藁で出来た箒で掃かれ続けてしまう。
「この常識知らず! ちゃんと拘りも苦労もしてる場所なんですよ! ばか!」
「ヒ、トを箒で掃くほうが常識知らずだろうがッ……!」
「とにかくだめったらだめなんですー!」
それを見て慌ててユースティが駆け寄り、箒を持つ少女の手に自身の両手を添えた。
「ごめんな、うちのハザックが迷惑をかけてしまって!
こらハザック! 駄目だろ通っちゃ、折角綺麗に仕上がった枯山水なのに!」
「!」
少女は箒の手を止めて顔をあげ、ユースティの顔を見つめているようだった。……その空気を察した人間は、思わず自分の顔を触って確かめる。
「ええと。おれの顔になにか付いてるかい?」
「いいえ」
明らかに様子が変わった少女。もじもじと箒を抱き、ハザックから離れる。
「まあ、次から気を付けていただければ大丈夫ですう」
「ありがとう!」
少女の寛大な対応にホッとしたユースティ。そのまま箒に掃かれ体勢を崩していたハザックを立ち上がらせようとしたが、軽く肘鉄をくらい未遂に終わった。
「??」
「あの、もしかしてヨンギは初めての旅人さんですかぁ?」
そのまま一人で立ち上がるハザックの背に理解できないといった視線を向けたが、声をかけられてそちらに頷く。
「ああ、そうだよ」
「旅人さんにはあ、あちらの道をおすすめしていますう。聖域が定期的にあるので休憩も取りやすいと思いますよお」
示された先は、聖域を出る獣道。アザーディはその先を見据えて……ニヤケ顔で少女をからかう。
「お前、そんなこと言って捕食用の罠に誘導してるんじゃないだろうなあ?」
ドゴッ。そんな鈍い音とともに、少女の箒がアザーディの横腹にめり込んだ。
「うェ……」
「善良な方にはちゃんと本当の道を教えてます!」
名もなき少女はふんっ、と拗ねるように何処かへ行ってしまった。
つまりは彼女にとって善良でなければ捕食の対象になり、間違った道の先で襲われていたということだ。横腹をさすりながらアザーディは告げる。
「だってさ。気に入られてよかったなー!」
じゃあ案内通り、あの道を進もうぜ。……そう言ってさっさと進んでいってしまう。ユースティは戸惑いつつも、バイオレンスで素直な少女の好意を受け取ることにした。
「はは、なんだか複雑だけどな」
同じ場所の筈なのだが、聖域を出れば再び鬱蒼とした森に元通り。足元も高低や道幅の格差が激しい山道になっている。そろそろ一度訪れた場所の近くも歩いている筈だ。しかし目印といった目印も見つけられず、似たような景色のため記憶もあてにならない。
そんな中でも進み続ければ、少女の言う通り再び聖域に入ったようだ。
「……!」
「ここは丁度魔樹の辺りか……」
その聖域は他よりも照らす光が強く明るい。一面に柔らかな腐葉土が広がり、自然に囲まれた小屋が目に入った。自身と同じくらいに伸びて群生している細長い草花をかき分け、ユースティがその小屋へ真っ先に近付いていく。
「どしたー?」
「初めて来るはずなんだけど……なんだかこの小屋、見覚えがある気がして」
「え、前世住んでたとかかもな。入ってみるかあ!」
蔦が絡まった玄関。恐る恐る扉を開ければ、異臭に顔をしかめて咳き込む。広がるむわっとした空気と共に、埃と植物に覆われた部屋が顔を見せた。微かな光に照らされ、きらめく黄ばんだカーテン。踏み出した床は柔らかく軋む。
「わー。誰もいないのに汚くなるって不思議だよなー」
「おれ、ヒトがいないからこそ汚れるんだって聞いたことがあるよ」
透明な蜘蛛の糸が体に絡まり、腕を振って落とす。
「出入りがなくなれば、部屋はほとんど密封空間。換気が出来ずに湿気がたまる。湿気がたまれば虫がわくし、虫がわけば……」
黒い羽虫が音を立てて飛び、白い埃と共に飛んでいく。辺りを見回し、ふと奥の炊事場にあるシンクの蛇口を捻れば……べシャリ。なんと錆びた色の水……ではなく、スライム状の百足そっくりな生き物が出てきて。
「虫っ……を、食べる者が来る」
言葉にしている内容の想定は出来ていたようだが、肩をびくりと跳ねさせて勢いよく後ずさる。近くにあった椅子の脚にガタリとぶつかり、劣化していたそれは容易く折れてしまった。
……スライムはシンクに落ちてなおうねり、獲物を消化していて。
「っは。こんなくらいでビビってんなら、テメェに地上で一人暮らしは出来なさそうだな」
鼻で笑ったハザック。しかしユースティの反応はなく、ちらりと見やる。その体は強ばっており、今も静かに震えていた。
「本当にびっくりした……大声を上げなかっただけ、褒めてほしいよ……」
「……」
なんと頭にハザックの手が乗せられ、撫でられる。予想外のことにユースティはさらに困惑したが、その体の強張りは解けていった。
「っはは、何やってんだよお前らー、うえわっ?!」
その背後で床の軋みを楽しみ、ぴょんぴょん跳ねていたアザーディ。彼は先程の倍ほど大きな音を立てて、小屋の床板を踏み抜いた。二人でしばらくそれを見ると、ハザックがぼやく。
「__上にはかなり上がいたな」
アザーディが豪快な笑い声をあげた。
「なーんも言い返せねえわそれ! ってかハザックが一番先にモノ壊しそうだったんだけどな!」
「テメェらが阿呆みてぇに暴れすぎなんだよ」
そんな部屋の壁の一方には、意図的に刃物でつけられた傷が見られた。定規で測るような横線で、高くなる程に間隔が狭まっている。それぞれには日付を書いてあったのか、今は読めない数字のようなものが書かれていて。一番上の傷の横には名前が書いてあった。
「……のーちゃん、だって」
ユースティの言葉の後に、ハザックが手を引っ込めて少し屈み、壁の傷を見る。
「なんだこれ。子どもの成長記録か?」
「うん、それっぽいよね」
「だとすれば、住んでたのはやっぱりウンブラ族じゃないんだなー」
アザーディがそう結論付けた理由として、ウンブラ族は不定形でいつでも肉体を変えられることにある。成長記録を残す必要がないのだ。……ユースティはしばらくこの場所に居た住人へ想いを馳せたが、首を振った。
「ありがとう、もうおれは満足した」
「ん、じゃあ行くかー!」
既に緑の森の記憶は回収している。後はこの森を抜けるだけだ。しかしもう一人、しばらく小屋の壁の傷の隣に手を添え、思慮にふけっている者がいた。
「ハザック?」
「! ……今行く」
声をかけられると振り返り、二人とともに小屋を出ていく……。




