第12步 黄の記憶
やがてユースティたち一行は、高くも鬱蒼と生い茂る木々、霧が覆う深緑の森へと辿り着いていた。他と比べて特に湿気が肌にまとわりつくようなその場所は、ようやくここまで戻りついた、というべきかもしれない。
「ここだなっ!」
元気よく声を上げ、助走をつけて木へ突進する一匹の獣。頭上からは小振りで殻付きの実がたくさん落ちてきて、周囲に転がった。かつて森に生息する小動物が集めて隠したものだと推測される。
後ろから見ていたアザーディが、喜びながら拍手した。
「正解だ、よく当てたな。嗅覚も良くなってる証拠だ!」
「ようやくこの姿にも慣れてきたよ」
アザーディの記憶を取り戻す旅の傍ら、虎のような生物の姿での動き方を練習しているユースティ。ものに出来れば新たな力となるため、変身の為に魔素の補助が出来るアザーディと居る間は、積極的に練習を重ねていくことになったのであった。
当たりの木を嗅ぎ当て気が抜けたユースティの後ろ足が、見えない細糸に引っかかる。
「ねえ。他の木から複雑な……苦いのと辛いのが混ざったような臭いがするんだけど、これは?」
「毒だぜ、罠は今お前が起動したぞ!」
「えっ?!」
糸と連動し、他の木に設置されていた毒矢が上から何本も降り注ぐ。
「わっ、わわわ!」
ユースティは慌てて身を翻すように動き、全長が背丈と同じ位ある毒矢の雨をなんとか避けきった。……もし少しでも抉られれば瞬く間に毒が内側へ染み、ただでは済まない。
「ここはヨンギの森の中心、ウンブラ族の拠点が近い。狩りの罠は多いし今は空の国から兵士もお前を探しに来てる。
だから早めにマスターしないと大変だぜ、頑張れ!」
「他人事な言い方だー! ハザックも何か良いアドバイスをくれないかいー!」
すっかり元通りのテンションで擦り寄る獣姿の人間に、狼男はやれやれと視線を逸らす。
「あのな、テメェは……」
なにか言いたそうに口を開けたところを、自身で抑えてしまう。しかし聞き逃される筈もない。すぐにきらきらとした目線が彼を刺した。
「おれは?」
やがて根負けしたのか、とある一方を顎で示す。そこには自然に食い尽くされた白骨。同じように罠を踏んで、放置されたなれの果てだ。
さっさと諦めてアレになれということか? ユースティは口を開けてショックを受けた顔をしたが、ハザックの意図したものは別にある。
「どんな奴であっても、ああいう最期は必ず来る。罠をかける方もかけられる方も本気だろ。生きてる方が本来奇跡だ。
まあテメェはちゃんと安定して走れているし、あとは思考回路と身体の慣れだろうが」
一転してにんまりと見つめたユースティに気付かなかった振りをして、ハザックは鼻をひくりと動かした。
「ありがとう!」
「オレサマは思ったことを言っただけだ」
その歩みが早まり、どんどんと先に行ってしまう。
「ははっ。照れたな」
置いていかれたユースティの横に並んだアザーディが、手で軽く小突く。
「なあユースティ。お前、何処まで気づいてんの?」
見上げれば、何ともいえない静かな視線が向けられていた。ユースティはそちらに向くことなく惚けることにする。
「なんのことかな!」
「あっ、おい! ……うぉっ?!」
そうして頭を下からくぐらせるようにアザーディの体を乗せ。ぴょん、と軽く跳ねるように勢いをつけ、二人で狼男の背中を追い駆けた。
騒がしい背後の声へ立ち耳を震わせながら、眼の前でしゃがんだ狼男。草を引き抜く音をブチリと立てて。
「おい、また見つけたぞ。黄色の葉だ……」
「おーいハザックー!」
「は」
「あっ」
振り返ったハザックが持った葉の黄色い光が、飛び込むように駆けていったユースティに乗ったアザーディの持つ、ペンデュラムの鉱石へ。一瞬で溶け込み、まばゆい光が辺りを包みこんだ。
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……緑の蔦が絡み、蜘蛛の巣も張ったボロボロで埃が舞う小屋の中。そこは乱闘騒ぎの直後で、数人の屈強な悪人がのびており、現在進行系で縄で縛られている。
黄色の柄の短剣を懐に収め、人の大きさほどある風船斧の刃を床に置き。黒髪のツインテールに白いケープ姿の女が、その柄に軽く顎を乗せつつ悪人を見下ろした。
『ふん、ざまあみなさい。人を人として扱わない売り買いだなんて、私が居る限り絶対にさせないんだから!』
……一方、絶賛縄縛り担当。戦闘中に悪人達から奪い取った凶器を軽く投げ折り、水色の髪の男がぼやく。
『リリー、お前突っ走りすぎだ。ほとんどオレがカバーしたぞー』
名前を貰い、すっかり影ではなくなった男。表情を作るのにはまだ慣れていないらしく、抑揚の付いた声色とは正反対で仏頂面をしている。
『それはごめん! でも私だって頑張ったもん……ねえ?』
素直に謝った女だが、反省するかは別のようだ。苦し紛れな弁明への肯定を求め、彼女が振り返った先。それぞれ故郷から遠く離れた地へ拐われ、売り飛ばされそうになっていた二人の子どもがいた。女の期待も虚しく、彼らが纏う黒い布から覗く輝きは、男を向いていて。
『……って。そりゃあ色んな動きができる、あなたの方が人気よね』
『まあただでさえお前は周りが見えてないし、動きもどんくさかッ』
ダメ出しを言い切る前に女にデコピンを食らわされる男。両手で額をおさえながら、少し苦さを見せた表情で目線を返した。
『本当のことだよ……』
『言わないほうが良いこともあるわよ、特にお姫様にはね!』
『お前は空の国の平民だろ』
『レディは皆お姫様なの! あ、お嬢様でもいいわよ!』
『ほーん』
物騒なサイズの斧振り回しておいてなあにがお姫様だ。……さらなる災いを呼ぶであろう唇を男はきゅっと締めた。
代わりとでもいうように、すっかり座り込んでしまっていた子どもたちの前でしゃがんで訊ねる。
『すまない、混乱させたな。こいつはリリー、オレはアルム! 二人で旅をしてるんだ。お前らの名前は?』
子どもたちの口は開くのだが、質問への返事はない。困ったようにお互いを見合う中で、口が動いても声が出ないらしい。
彼らは人売りに捕まっていた。下手に助けを求められないよう、喉を潰されたのか……先程壊した首輪の痕が痛々しい。男は表情を更に強張らせたが、女は何も知らずに不思議そうに顔を寄せた。
『もしかして二人、名前がなかったりする? 行く宛もないならしばらく私達と居ることになるだろうし…………そうだ。ノルムと、ラルムって名前はどうかしら?
それならアルム……そこのお兄さんとおそろいよ!』
そう言って男を指差してみたが、沈黙とともにその場の全員から真っ直ぐな目線を浴び。段々と女は縮こまっていく。
『……やっ、やっぱりなし。思いつきの名前なんて嫌だったよね』
男はしばらく目を見開いて瞬きをしていたが、先程よりも目を輝かせている子どもたちの様子を見る。
『それならお前らは今日から子分みたいなもんだな、オレが親分! 旅も一緒に来るか?』
男の言葉に頷く子どもたち。女は自身の考えが採用されるということに気付いて目を見開いた。
『嘘、決まっちゃっていいの?! しかも子分って何よ!
君達、嫌なら嫌って顔していいのよっ』
途端に慌てて不安そうに尋ねるが、子どもたちはきらきらと身を乗り出して首を縦に振る。
『むしろ嬉しそうなのね……?!』
んじゃ、決まりだ。尊敬の眼差しを向けてくる子ども達を見て、仏頂面な男の眉間のしわが少し綻んだ。
『そうと決まれば後はやっこさんの処分だなー。あの珍しい生真面目領主……ウォルターとやらに引き渡すか!』
『そうね。そこまでの護衛は頼んだわよ、お強い騎士様?』
姫にはお付きの騎士がつきものでしょう? そう言わんばかりの女がくすりと微笑めば、男も胸を張って告げる。
『へーい。帰り道こそは大人しく護られろよ、お転婆姫様』
__________
光はやがて失われていき、意識が戻って。見た記憶について思考を巡らせる間もなく、ユースティはその勢いを緩められずにハザックと衝突した。
「うわぁあ?!!」
ガッシリとした体の鳩尾に頭が勢いよくめり込み、お互いにうめき声が上がる。
「むぐェッ」
体勢を崩したどちらかの体が、その場の葉に隠れた罠に触れた。ヒトの姿よりも鋭くなっている感覚の中、突き抜けてくる苦い臭いに死を直感する。
「危ない!」
「!」
臭いの飛んでくる方向からユースティが自身の背から落ちたアザーディとハザックの二人をなるべく庇うように体を前に出す。が……バチッ。眼の前で魔法の稲光が発生し、飛んできた複数の矢が弾き飛ばされる。
「!」
「気を抜くな、まだ来るぞ!」
魔法の使用者であったハザックの大きな手がユースティの体を思いきり横へ押しとばし、鋭い爪が軽く食い込む。
「うわ?!」
同時に、今まで彼らが居た場所へ網が落ちてくる。ハザックは避けようとしたものの間に合わず、その網に足首が絡まる。かかった面積は少しだというのに、粘着質なそれは暴れるだけでは離れられそうにない。逃げるどころか網に塗られていた酸が足を焼いていく。
それを見たユースティが何も考えずに戻って来てしまう前に、ハザックはまた稲妻の魔法で網の方を焼き切ってからその場から離れた。
霧の森の静けさが彼らの意識に戻る頃、微かな薬品と焦げた臭い、微痛がじわりと感じられ。
「……っ……」
詰めた息を緩め、じわりと冷や汗が伝い落ちる。ようやく冷静になったユースティが見たのは、ギロリと恨めしそうな視線を向けてくるハザックだ。
「…………テんメェ………………!」
「ごめんなさい申し訳ありませんッ!!」
流石に不注意だった自覚があるユースティは、すぐさま土下座をせんばかりの謝罪をする。衝突の勢いで背から投げ出されただけで無傷であるアザーディが声をあげた。
「あはひひッ、お前ら危なかったしいっったそーだったなあ!」
爆笑するその胸ぐらが狼男の手によって一気に掴まれ、持ち上げられる。
「テメェも笑い事じゃねえんだよ……!」
「グェーハナシテェ」
そうして彼は黄色の葉と共に地面に投げつけられた。ユースティも流石にフォローを入れるような真似は出来ずに、複雑そうな表情で、黄色の葉だけを咥えて拾った。
「ハザック……」
「チッ」
大きな舌打ちをするハザック。……微かとはいえ痛々しくただれたその足に、ユースティからそのまま感謝を伝えることは憚られてしまった。
「本当にごめんなさい」
「あ? お互い無事だっただろうが」
ぴしゃりと言われ、びくりと姿勢を正す。
「ありがとう、すごく助かった!」
「フン」
そうすれば先程爪の食い込んだ辺りを唐突にバシッ、と叩かれる。
「いっ?! ……たく、ない……?」
ユースティが改めてそこを見ると、綺麗さっぱり傷が無くなっていた。治癒魔法の類なのだろうか。
「これに懲りたら余計なことはするなよ」
ハザックの思う余計なことを思慮に入れなくとも、恐らくその約束はできない。ユースティの視線は泳ぐ。
「ぜ……善処するよ!」
「おい」
投げられてそのままだったアザーディが、また笑い声を上げた。




