第11歩 神々しい変化
飛ばされた槍をなんとか拾い、改めて構えた二人の兵士。しかし大きな獣の方が素早く大きな口を開き、片方の持つ槍の柄を咥えた。
「うそっ」
そのまま釣り上げるようにして勢いよく引き上げれば、鎧をそれなりに着込んでいる筈の兵士の体が軽々と上にぶっ飛んだ。
「うわぁあ?!」
木に叩きつけられるようにして、ガシャンッ、と金属がぶつかる音が響く。軋む体が鈍るなか、上手く動けない兵士に魔物の牙は容赦なく襲いかかった。
「っわぁあお母さんお父さんごめんなさい僕はまだいっぱいやり残したことがあるけどもうダメそうですっっっ__」
その時、金属を弾いたような鋭い音が響く。……魔物は突如体に入った異物__鉛の銃弾__に動きを止め、兵士はその様子に困惑した。
「……あれ、ダメじゃなかった……?」
「ちょっと! 口を動かせるなら足を動かして早く距離を取って!」
「あっ、うん、うん!」
見ていることしか出来なかった相方が駆けて引っ張り上げ、二人で魔物から距離を取る。その内にも魔物を見据えながら、思考を巡らせていく。
「今のゾッとしたわ。下手すれば踊り食いだってされちゃうじゃないっ」
「ええと……掴まれやすい長物じゃなく、短剣で動く方がやりやすいかもしれない!」
「でも近接となると、素早さも大切になってくるわ。あれより素早く動くとなると……ってちょっと?!」
先程飛ばされたばかりの兵士はそれを聞くなりすぐ鎧を外し、軽装で短剣を手に取った。
「かなり大人しいし火薬の臭いもしなかったけど、確かにあれは銃弾だった。誰か援護してくれてるんだ……それにあれが相手じゃ、鎧なんて着ても着なくても同じだと思う!」
「それはそうね……じゃあ、私も!」
同じように鎧を外し、構えるもう一人。
そんな二人の後方、草陰。何発か攻撃を与えて体勢を崩した魔物を確認し、立ち上がろうとしたユースティをアザーディが抑える。
「まだだ。焦れったいのも楽しめー?」
二人はあの銃を使い、兵士達の後方支援を行っていた。
「いいかユースティ。オレたちは二人を援護しつつ、あいつを確実に狩るんだ。影からな」
「……わかった」
集中したことで再び使えるようになり、更に本人が意識することで威力を増した銃弾。それは魔素を巻き込むことで確かに魔物に効いていて、兵士達の攻撃とあわせて核を見つけられれば容易く狩ることが可能だ。
アザーディの言葉に頷いたユースティは、兵士達の動きも把握しながら、魔物の隙を意識して一つ一つ、その時を撃ち抜いていく。
軽装になって動き回りだした兵士たちの錯乱もあり、そこからは早かった。魔物から黒い核が見えると、アザーディは早速指差す。
「よし、あれに撃ち込め!」
ユースティも冷静に狙いを定め引き金をひく。刹那、ヒビ割れて弾け割れた核から黒い煙が上がり、周囲に広がった。やがてそれは今まで対峙した魔物と同じように、霧散して消えていくはずだ……ほっと気が抜けた体へ、無事だった二人の兵士が振り返る。
「誰かわからないけれど、助かったわ!」
「ありがとう!」
「!」
ユースティは取り落としそうになった銃を慌てて持ち直した。アザーディがその顔を覗き込む。
「返事しねーの?」
「したら色々バレちゃうだろ。……でもよかった……」
安心したような表情の人間。その場は収まったように思えたが……ふと全身が凍えるような本能的な悪寒を感じ、全員が魔物がいた場所を見た。
「きゃあ?!」
その瞬間に湧き出ていた黒い煙が勢いを増す。それは消えるどころか核を巻き付くように渦巻き、凹凸のついた球体を形作って。顔のようにも見える、球体に3つの逆三角形の穴が複数現れていく。
「な……なに?!」
やがて球体を覆うように指のような器官が幾重にも折り重なって、羽根のようなものが広がる。……球体の中央では、充血した大きな単眼が見開かれた。
恐らくこれを直視した人間の脳は理解を放棄してしまう。もし理解したとしても正気でいられるかが怪しい。現に兵士達はすっかり目を奪われ、その場から動けないでいる。
そんな怪物の襲来に、アザーディは目を見開き口角を上げた。
「おおおー、なんだあれー!」
一方ユースティの声色は焦っているものの、大きな動揺は見られなかった。
「アザーディ、ここは彼らを連れて退避した方がよさそうだよな!」
「お。お前ああいうのイケるタイプ?」
「多分駄目だから一切見てない! でもここでおれが倒れでもしたら、二人を助けられないから!」
その言葉の通り、ユースティはなるべく下を見てそこに立っている。アザーディはくすり、と微笑んだ。
「はは、そうだな!
お前が倒れちゃ助けるものも助けられない!」
そのままぱちん、と指を鳴らす。
「っわわっ?!」
途端にユースティの体を白い光が包む。サイズ感は狼の姿になったハザックと似た体長で、虎に似た細長い純白の体表に、黒い模様がある生物へ。細長い尻尾が伸び、ゆらりと動いた。
「な、なんか別の生き物になったー?!」
「お前の手に肉球あったろ。ちょっと魔素を補助して、全身をその動物に変えたんだ。これで思いきり走れるぞ!」
「走る……って言っても、立ってるのも凄く違和感がっ」
「そこがぶっつけ本番、気合だ! 分かってるだろうが、視界的には上半分見ない方がいい。さっさとあいつらを背中に乗せて、出来るだけ離れてくれ!」
「んな無茶な……でもわかった、やってみる!」
ユースティは草陰を飛び出して。すっかり動けなくなった兵士達へ突進し、その体を頭からすくう。衝撃に意識を取り戻したのか、自分の乗ったその動物を驚いた様子で見下げる二人。ユースティは自分がハザックに乗った時を思い起こしながら、なるべく二人を落とさないように安定した走りを心がけた。
謎の怪物から離れるのに視界も下手に動かせず、攻撃が来ることも意識して備える。倒したものだと安心し一度緩んだ集中を再び引き戻すように、ユースティの口はひたすら動いていた。
「ええと、これで二人はこれで乗せられたよな、とにかくここから離れて、でもこの後はどうすれば、……攻撃もしてくるかもしれない……いや、とにかく今は……」
「虎さんが喋ってる!」
「あっ」
兵士達に指摘されて黙ったが……上から顔を覗き込まれ続ける。ユースティは耐えられず口を開いた。
「……いやー。ワタクシ人を乗せるのは初めてでー。ついつい喋ってしまっていましたねえー」
正体を隠すためとはいえ、ヒトへ説明するように語りかける口調変更に舵をきってしまいつつ、走り続ける。
後から後悔しても遅い。兵士達のおかしなものを見るような目線はいたたまれなかった。しかし更に驚くべきは。
「あは、野生の虎さんに会うのも早々ないのに、喋って助けてくれるなんてありえなさすぎる! 地上に居ると気が狂うってこういうことなんだ!」
「本当に話してるって思いたいわね。その方が神様の使いみたいな見た目に納得がいくし、可愛いじゃない」
「かわ……?!」
この異常事態を笑って受け入れられてしまったことだ。
「多分だけど、さっきの手助けもしてくれてたんだよね! 凄く助かったよ!」
「こちらの勝手な行動であり、お礼には及びませーん……?」
その会話の間にアザーディが草陰から飛び出し、かつて兵士達が持っていた槍を手に何か呪文を唱えると、そのまま怪物へ投擲した。
大きな爆発。
出来るだけ離れてはいたものの爆風に巻き込まれ、ユースティは前転する勢いで兵士たちを振り落としてしまう。
「なんと! これは巻き込まれ事故だ―っ!」
うわあごめん! なんてアザーディの声が背後から聞こえた気がした。兵士達は受け身をとったようで、すぐにユースティへと駆けつける。
「虎さん大丈夫?!」
「こちらは大丈夫だー! 二人に先に逃げてほしいと思っているーっ!」
「わ、わかったわ」
「ありがとね、気を付けてね!」
素早くたちあがり元気に話したものの、顔から転んだ痛みに呻くユースティ。兵士達は心配そうに振り返りつつその場から離れていく……これで彼らに正体を気付かれることなく、魔物の襲来から逃がすことに成功した。ユースティは爆発の方向へ戻ってアザーディの姿を確認するとすぐに口を開く。
「ちょっとアザーディ、何もなかったからよかったけど、危ないことしないでよ!」
「ごめん! 周りの魔素と反応するようにしたとはいえ、こんな大きく爆発したのが初めてでなー!」
「……周りの魔素と? 大きく爆発するくらい、沢山の魔素を纏って巨大化していたってことかい? それってまさか……」
爆破して粉々に散ったであろう怪物。なんとそれはヒト型の影へと戻っていく。
「しかもコイツ、魔物でさえ無かったみたいだぜ」
「嘘だろ、核もあったのに……!」
やがて唸りながら起き上がった小さな影は、ひきとめる間もなくそそくさと立ち上がって逃げていく。
「__はは。あの怪物に行動を許していたら。オレらはどうなってたんだろうな」
「……怖いこと言わないでよ……」
厳しい表情をしていたアザーディだが、すぐに切り換えた。
「まあとりあえず良かったな、お前が動いたおかげでこの場の奴らは救えたじゃん!」
「……! うん」
人間も、その言葉に確かな自信を持てたようだ。
「よし、ユースティ。お前を人間の姿に戻したいが……今はちょっと離れたところに隠れたほうがいいぜ」
「え、どうして」
まさかまだなにか居るのだろうか。毛を逆立てて全身を強張らせたユースティの頭に、アザーディは丁寧に整えられた服を置く。それは先程まで人間が着ていたそのものだった。
「破れちゃうから、変身の直前に服は脱がしてたんだ」
「……」
しばらくの沈黙。ふとユースティは猫のように後ろの足を曲げてその場に座り、前足の一つでアザーディの額を叩いた。
「いったぁ?!」
デコピンの代わりである。そのまま木の陰に走り去ると声を上げた。
「ありがとう!! 戻して!!」
「わ、わかったよ……!」
……と、そんな一連を見ていたハザックが呆れる。
「ほら。額真っ赤一歩手前だ」
「お前まで……」
アザーディは再び悲しそうな顔をしたが、木陰で着替えているであろうユースティから目線をそらすようにすると、話を続ける。
「なぁ、ハザック。他と比べちゃおしまいかもしれないが、この森に居る以上、弱肉強食で生きてきたやつらなんだよ」
「……はあ。何が言いたい」
「オレはお前の言う通り阿呆だからよくわかんねーけど、ウンブラも、魔物も。阿呆だらけじゃないぜ。なんならユースティだって。
なにか困ってるなら言ってみろよ。オレら全員、はぐれもので仲間だろ?」
全てを見透かすような問いかけに、ハザックは淡々と答える。
「仲間になったつもりはない」
「……そーか。わかったよ」
アザーディもそれ以上は何も言わず、ユースティが帰ってくるのを待つことにした。




