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おしえて、研修生!  作者: きりぞら
第壱章 伝えろ、繋げ。慈愛の国
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第8修 縮まる距離、不器用な心


 炎を出現させ、教室を飛び出して。しばらく走った二人はゆっくりと減速していく。国の外れにつく頃には息も絶え絶えで、しかしまだまだ興奮冷めやらぬといったように、ソルリアが口を開いた。



「ここまで走れば、もう大丈夫だよなっ」


「そうだな!」



 ユースティも息を吐きながらくすくすと笑った。結界があれど本来は灼熱の環境だ。少し動いただけでも汗が沢山落ちていく。その声が嗄れてきた様子をみて、ソルリアは辺りを見回した。

 賑やかな市場の中の少し小さなお店。パラソルの下にかいてある字はなんとも直球だが、飲み物という意味の文字である。



「ええと、あのさ」


「?」



 ソルリアは人間へ声をかけたものの、一度はにかんで目線をそらす。けれどすぐに顔を見直して、その愛称を呼んだ。



「こっちにきて、ユースっ」


「! ああ!」



 嬉しそうに笑顔で応えたユースティと共に歩いていけば、パラソルの下に居た店員が振り返る。ソルリアは上着のポケットから二つの手のひらサイズの花の彫刻のようなものを出した。



「すみません、二人分ください」


「はいよ、ありがとうね」



 店員は背後のタンクのようなものから出てくる透明な飲み物を、大きな二個のコップに満タンにいれて彫刻と交換する。ユースティは隣でその様子を見つつ、口を開く。



「そういやアイシャさんも、お香を買う時そういうの渡してたよな。フッブは物々交換みたいな感じなのかい?」


「ん、そうだよ。基本彫刻は魔素の量と魔法の技術で価値が決まる。それで、取引する商品についた値と同価値のものと交換するんだ。俺のはお小遣いとして兄貴に色々作ってもらってるんだけど、お洒落な人はその時期に合わせた造花を渡したりするよ」


「へー、いいな!」


「空の国は違うのか?」


「うん、通貨っていうのが別にあるんだ。商品についた値段と同価値の分だけ払うのは一緒だね」


「へぇ……。さあ、これ美味しいから、飲んで!」



 少年は顔を輝かせ、飲み物が入ったコップの片方を人間に渡した。



「いいのかい?」


「そのために呼んだんだよ。困った時はお互いさまだしなっ」


「やった。ありがとう!」



 そのコップに入った透明な液体は冷えていて、飲むとさわやかな甘さが口に広がる。そのスッキリした後味に、からからに乾いた喉へ心地よい爽快感が駆け抜けた。



「わっなにこれ、めちゃくちゃ美味しい……!」


「そう、ただの水じゃない。砂漠にいる、ミュールンって大きな生き物のミルクをわけてもらったものなんだ」


「ミュー……? なんでそんな名前なんだい?」


「鳴き声が由来だったきがするよ。なんだか簡単だよなあ」


「はは、確かにそういうのよくあるよな」



 そのまま少年に導かれて大通りの外れ、古びたラグが敷かれた休憩場所に二人して座る。石畳に座る形ではあるが、ラグの材質によって熱く感じることはない。



「ね、ね。俺にもおしえて、研修生。さっきの炎……きっかけを作っただけって言ってたよな。そんなのどうやったんだ?」


「勿論さ。収斂発火って知ってるかい? 太陽の光を一つにまとめて、君のミトンに向けた。黒色はより熱をもちやすいから、焦げて火がつく位熱くすることが出来たんだよ」


「しゅうれん、って名前だったのか。授業でもおしえてもらったことがあるけど……今回はそれにしては勢いがよすぎなかったか……?」


「そこだよ、ソルリア」



 人間はどこか嬉しげに、その指摘をした少年の手をとる。



「おれはミトンを焦がして起点にしてみようとしただけ。なのに爆発するように炎が燃え上がったんだ。

 つまり君はちゃんと、魔素を並べることが出来てるってことだと思うんだ。基礎どころか、応用も出来るのかも。あとは自分で起点を作ることさえ出来れば、問題なく魔法が使えるようになるんだぜ!」



 満面のきらきらを向け、そういって見せるユースティ。……ソルリアはむず痒い感情が籠った八の字眉毛を向けてしまう。



「な……なんだよ、俺はずっとそれが出来てないから困ってるんだもん」


「ええ?」


「だって、原因がわからないとはいったってさ。まずなにも起きないなら起点が上手く作れてないんだなってなるだろっ。ばかじゃないのっ」


「な、ばかってな。折角人が勇気づけようとしてるのにそれはないだろ。やんのかこらー!」


「ふーん、別に勇気づけてくれなくたってよかったもんっ、やんのかこらーっ」



 おどけてぐわー、と大袈裟に掴み上げようとした人間に、笑いつつ腕を広げて対抗する少年。二人してわちゃわちゃと戦っていた時。ふと動きを止めた少年は、二人で走ってきた道とは違う方を向く。



「…………?」


「どうしたんだい、ソルリア?」


「今、悲鳴、みたいなのが聞こえたような」


「そっちの方から?」


「気のせいだよな。ユースには聞こえなかったんだよな?」



 ユースティは少年の言葉に立ち上がると、その声の方向へ駆け出そうとする。



「えっちょっ、行くつもりなの?! 俺今走れないよっ」


「大丈夫、確認で見てくるだけさ!」



 既に空になったコップを押し付けられ、その場に置いて行かれた少年。困惑しながらも、人間と離れすぎるのも良くない。後から追いかけることにした。



「んん。追いつけるかな……っ」


「お? 誰かと思えば、出来損ないのチビ君じゃないか」


「っ」



 その背後から聞き覚えのある声がかけられる。反射的に硬直した体を無理やり動かして振り返れば、つい先日人間によって蹴散らされた三匹の狼男だった。前との違いがあるとすれば、初めに因縁をつけてきた赤目の狼男はもういない。



「なんの、用」


「この国の周りの魔物が昨日来た時よりも強くなってて困ってんだよ。よわっちいお前に一発かましてむしゃくしゃを晴らしてやろうと思ってなぁ」



 またとんでもない言いがかりだ。後ずさる少年だが、旅の者の中に紛れ込めるであろう位置までには少し距離がある。背を向けて走り出したが最後、すぐに追いつかれて道を引きずり戻されてしまうに違いない。



「昨日より魔物が強くなったって、そんなことありえるのかよ。……弱い者いじめが好きなお前らなんて、そもそも魔物に勝てたこともないんじゃないのかっ」


「なんとでも言えよ。今度はあの変な人間が来てもビビらねえ。逆に切り刻んでブッ潰してやるんだ」



 鋭い爪を構え舌なめずりをする狼男たち。その琥珀の瞳は本物の捕食者の目をしており、少年は再び命の危機を感じる。……しかし穏やかな声色と共に現れた人影が、その場の空気を一変させることになった。



「その必要はありませんよ。あなた方はそんなことをする前にこの国から出ていくんですから」


「あぁ? 誰だ、あの人間か!?」



 違う。空色の三角ピンで留めた癖っ毛の、マントと腰に細剣を身に着けた青年──国の長、エトワールだ。

 ユースティより少し背丈が高い彼。学校の時と同じようにソルリアの隣に立つが、今回はその場にいるだけで息が詰まるような威圧が感じられる。少年はそんな彼に畏敬の瞳を向けた。



「っあに」



 こぼれかけた言葉。隣にしゃがんだエトワールに指を優しく口に当てられ、すんでのところで止まる。



「旅の者だと、僕のことを知っていても姿まではわかりませんよね」


「兄……? ってことは、お前が例の長か。 ちょうどいいぜ、お前もまとめてやってやる!」


「はあ、あくまでも好戦的だということは──」



 ため息をついたのもつかの間、狼男に動く隙さえ与えず目の前に立つ。その指先が心臓部分にトン、と当てられたのは、あまりにも一瞬のことだ。不意を突かれた相手にとって悠久にも感じられるであろう時の中で、静かに告げた。



「 ここを射貫かれる覚悟がある ということで、……よろしいですかね?」



 胸元をつう、となぞる指。


 狼男は喉から空気が通り抜ける細い音を溢し、膝から崩れ落ちる。先ほどまでの偉そうな態度はどこへやら、しかしそれを笑えるような者はその場に一人もいなかった。



「ああよかった。わかってもらえたなら何よりですよ」



 その様子に両手を合わせふんわりと微笑む青年の表情でさえ、狼男たちにとっては恐怖でしかない。とうとう声も上げずその場を走り去っていく。

 エトワールの静かな圧は、助けられた側の少年でさえ呼吸が乱れた程だった。しかしそれでもすぐに顔を上げ、尊敬する兄へ心からの笑顔を向ける。



「ぁ兄貴っ、ありがとう」


「ソルリア。国の中であっても外れに一人で来たらだめだって言ったよね。厄介事が起きないように、旅の者には極力僕らが兄弟であることも隠さなきゃ」



 しかし低く尖った声色で返され、少年の表情はすぐ沈んでしまった。



「……ごめんなさい、長様」



 エトワールもそんなソルリアの様子に一度複雑そうな顔をしたものの、片膝をついて彼の顔を覗き込むように見つめて。改めて優しい口調で訊ねた。



「彼らが言っていた『あの人間』に、心当たりはあるかな」


「……。外に出てきてるってことは、国で何かあったの?」



 しかしソルリアにも、ユースティとエトワールの二人には自分抜きで話してほしいという考えがある。わざとユースティのことは答えずに首を横に振り、話題を変えた。兄はそんな弟の様子を詳しく察することは出来なかったものの、静かに頷きその頭を優しく撫でる。



「今回はじいやの家がある辺りの道らしくてね。今から向かうんだ」



 ソルリアの体が再び強張る。そこは彼が悲鳴を聞き、ユースティが向かった方角と一致していた。



「……こわいよね。危険だからソルは家にお帰り。大丈夫。神様のご加護があるし、すぐにこの事態も収まるからね」



 エトワールはそんなソルリアの頭を撫でると、早々に目の前から消えてしまった。しばらくそこに突っ立っていたものの、少年は例の方角へ目線を向ける。



「ごめんなさい、ユースティがどうしてるのか、気になってるだけだから……、すぐ、帰るからっ」



 誰に言うでもなくそう呟き、改めてその道を走り出した。



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