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おしえて、研修生!  作者: きりぞら
第参章 踏み出せ、掴め。ヨンギの風
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第10歩 紫の記憶



「__確かに、その言い方なら断れねーけどさあ……」



 相手が消えた場所へアザーディがぼやいた言葉は、周囲の霧に吸い込まれて消えていく。次にしっかりとした足音が、彼とユースティとハザックの三人に近付いてきた。



「わー、今度は誰だ?」



 振り返った先には、影のように真っ黒なウンブラ族の一人。他と同じようにヒトの子どもの姿をしている。



「こんにちは、大変だね元長様」



 表情がないために推測ではあるが、こちらをじっと見つめているであろうその者。アザーディも目線を返して、しばらく相手に覚えがなさそうな顔をしていたが、やがて納得したように頷いた。



「新入りではあれど……噂とかでオレを知ってんだな?」


「まあそんなもの」



 少年の声で影は淡々と続け、とあるものを取り出すと手に乗せる。



「これ、あなたが探してるものでしょ? 見つけたからあげるよ」



 なんとそれは、アザーディの記憶を取り戻すために必要な物の一つ、紫色に光る葉だった。一行は思わず目を丸くして驚く。



「いいのか?」


「いらないの?」


「いるぜー!」



 アザーディは嬉々として全身で乗り出し、その葉を両手で受け取った。



「てんきゅっ!」


「ん。じゃあ僕はこれで」



 影も葉を渡して満足したのか、そのまま何も言わず森の奥へと消えていく。……ユースティはその影が見えなくなるまで、まじまじと見送った。



「ごめんな謎の少年……てっきりあの葉を目の前で千切ったりするのかと思っちゃってた……」


「ちょっと驚いたが、敵意は全く無かった。単純に新入りなのかもしれないし、今の長であるあいつも命令とかしてない可能性があるなー」


「……彼女も、邪魔したい訳じゃないってことは言ってたもんね」



 話をしていれば、鉱石に移り段々と強さを増していく紫色の光。一行は瞬く間に光に包まれ、意識をその映像に引き込まれていく……__



________



 そこは海の中の町。境界線となっている弾力を持つ膜の直ぐ側に、二人の男女がいた。


 紫の髪の女が水色の髪の男の喉に突き刺した、黄色の柄の短剣を引き抜く。鮮血を散らすその瞬間から再生していく傷。追撃はせず、それを見つめながらツインテールの紫髪の女が口を開いた。



『……完全ではなくとも、少しは目が覚めたかしら?』



 再生した直後の喉を震わせ、先の戦いで衣服も靴も乱れたままだった水色の髪の男は力なく掠れ声で応える。



『トドメは、ささないのか』


『わたくしの目的は、ここであなたを屍にすることじゃないの』


『そう、か』



 喉の違和感をそのままに塞ぐ傷とともに、男はふと、逸れていた目線を女にあわせようとした。



『なあ。嬢ちゃんは、何処から来たんだ』


『はあ?』


『あのウォルターが子持ちなんて、聞いたことがなかったんだよ』



 その問いに女は唇を噛み締めた様子だったが、目線も表情も動かさないよう努め、まっすぐに告げて。



『あなたは騎士だったんでしょう。どうして、お母様を苦しませたの?』


『!』



 『騎士』、『お母様』。女から出たそれらの言葉に男は驚き。その表情はやがて悲痛に歪んでいく。



『……嘘だと、いってくれ』



 明確な答え合わせはなく、彼女の赤く染まった短剣、その先端が男の背にある膜を掻っ切る。容易く裂けたそれは大きく開くと、男の体を海へ吸い込んで閉じてしまう。

 遮断された聲。遠ざかる視界の中で告げられた彼女の言葉は…………呆然と広く深い海に投げ出された男には、伝わらなかった。



__________



 全員が黄色の森の中、意識を取り戻す。


 ユースティは記憶に出てきた二人を見知っている。海の中の町はウォロスという、前に訪れたことのある場所。男はアルム……かつてのアザーディ。そして女はプセマという女性だ。記憶の状況から察するに、これはウォルターとの戦いの後にアルムが居なくなった理由。まだ記憶に新しい彼らの姿に動揺を隠せなかった。



「今のもオレだよな? てっきり途中まで三人目の女の子との、どろどろした関係だったのかと思ったぜ。

 あの嬢ちゃんもウォルターってのも誰だ。なんであんな空気になってたんだ?」



 しかし当人の記憶が繋がらなかったらしい。まるで他人事のような発言に、流石のハザックも怪訝な表情を返す。



「これはテメェ周りの記憶なんだろ。見た上で思い出せなくてどうする」


「だよな。さっきまでは見たら、あーそうそうって感じで……オレの記憶が浮かび上がってきたんだけどな。こういうこともあるのかー!」



 そうしてアザーディは特に深掘りもすることなく、話を中断して他の存在へ意識を向けた。



「それより、さっきからユースティが言ってた兵士と同じような奴らがこっちに歩いて来てるんだよな。会いに行こうぜ!」



 ユースティはそれを聞くなりハッとしてアザーディとハザックの首根っこを掴む。



「__行かないよ、隠れるぞ!」


「なんでだよー!」


「おれは指名手配犯で君は戦闘狂、それで会った後の展開なんて一つしかないだろ! ほらハザックも隠れて!」


「いや待てオレサマは何も、ぐ……?!」



 慌てているために大きな音を立てて茂みに入り込んだ三人。間もなく沈丁花の装飾がある鎧を着た兵士らしい二人組が、潜めきれない足音や話し声と共に歩いてくる。



「……地上は長時間居続けると気が狂う……とか、言われてたよね。こんな鮮やかでカラフルな森に魔物も居るんだ、説得力が違うな」


「ほんとに元一般人がこんな場所に来て、生きられるのかしら。そもそも世界樹の人柱で英雄の彼女の頭を、一発で殺害だなんて。本当に可能なの? 私は発砲音と現場の位置も、怪しく感じたんだけど」


「しっ」



 疑問を口にした相方の口を押さえ、しばらくしてから開放した。



「今は考えなくて良い。かつて我々を魔物から何度も救って下さった英雄、ソレイユ様が死んだことに変わりはないんだ。

 今は僕たち下っ端は、大人しく上の命令にしたがって____」



 ズドンッ。


 会話途中の兵士たちの前に、どこからともなく獣が飛び出した。猪のようなそれは遥かにサイズが大きく、途端に耳を劈くような、メキメキと音を立てて周囲の木をなぎ倒していく。



「下がって、僕が君を守る!」


「馬鹿言わないで、私だって戦えるわ!」



 ヒト三人分の高さはある、パワーもスピードも他とは段違いな四足歩行の魔物。兵士が片方を庇うように槍を構えるが、魔法や兵器も持たされていないであろう彼らに太刀打ちできるような相手ではない。直に風圧と腕の払いで弾き飛ばされた。早く逃げておくのが賢い選択であった……それも魔物に気付かれる前であれば、の話だ。



「__……?」



 前触れもなく現れたその巨大な魔物に訝しげにしたアザーディの横で、ユースティが身を乗り出す。流石に無謀だと両手で肩を押さえるようにしてひきとめた。



「待てよ、助けたって多分また偽善者呼ばわりだぞー!」


「わかってる。わかってるけど、今助けられるかもしれないのに見捨てるなんて、おれは嫌だ!」


「ハァ……あいつらは逃がせてもお前はどうする? 口以外は状況を理解して、震えているようだが」


「っ」



 続いたハザックの言葉に図星を突かれ反応をしたものの、震える体でしっかりと立ち、今度は口角を引き上げる。



「__いいや。ただの武者震いさ、こんなもの!」



 先の戦闘で弾切れを経験した銃を両手で、震えを抑えるように握る。最早本人でさえ正体を知り得ぬ、使い捨ての命。

 あの魔物に対して銃身での殴打、つまりは決死の囮を試みようとしている人間へ……アザーディは周囲を観察してから告げた。



「その銃、魔素を込めることで撃てるんだよ。体内魔素を使い切らないように、集中すれば弾切れはない代物だ」


「えっ」


「ぶっつけ本番だが、いい方法があるぜ。オレの指示を聞いてくれよユースティ!」



 一方告げられた側は、その言動に驚きを隠さない。



「……手助け、してくれるのかい?」


「ええ? お前の手助けをしないとか、そんな酷いことオレ言ったことあるかあ?」



 オレが他を傷付けるのが前提ならいらない、とかはお前に言われたけどな! ……そう不機嫌そうに続けたアザーディにすっかりたじろいでしまう。



「たしかに言われてない、けどここは弱肉強食なんだよな。弱い者は食べられるだけじゃないのかい……?」


「なにもウンブラの弱肉強食は、実力の話だけじゃない。他より強い意志を持ってるなら、十分食う側になる資格があるぜ」


「おれには強い意志なんて、」


「そこで弱気になんなっての。傷付いても拒否されてもたとえ死んでも。他人、しかも自分を追ってきた奴らをお前はまだ、救おうとしてるんだよ。それがどういう意味かわかるかあ?」



 うりうり、とげんこつを軽くユースティの頭に押し付けて。悪戯っぽく笑ってみせた。



「まあわからなくてもいい。一回オレに使われてみろ、なー!」



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