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おしえて、研修生!  作者: きりぞら
第参章 踏み出せ、掴め。ヨンギの風
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第9歩 申し込まれた戦い



 ガサリ。乾いた葉擦れの音がとても大きく耳に響いた事で、ユースティの目が覚める。



「ん……」



 辺りをよく見なくとも、昨日まで橙一色だったその場所は真っ黄色になっていた。

 ……見間違いかな。ユースティは一度目を閉じたが、再び視認して__驚いたように飛び起きる。同時にガサガサッ、と黄色の葉が辺りに舞った。



「黄色の森?! いつの間に?!」


「そりゃ色が変わることもあるぜ、森も生きてるから動くしなー!」



 今までずっと起きていたであろうアザーディが告げる。ユースティの動揺をいまいち理解していない様子で、しかし面白がっている。



「みてみろ、ハザックも木から落ちたんだよ!」



 そんな男が指差す方向を見れば、確かにハザックの黒い体は黄色い葉の上に横になっていた。



「わあ……」



 落ちても尚、寝ているのだろうか。ユースティは葉擦れの音をなるべく抑えながら近付き、その体を指でつつこうとして……赤く鋭い目が開いたのにビクついた。



「起きてるぞ」


「うわあ?!」



 地を這うような声で牽制される。大きな音と声で飛び退けばハザックはそのまま起き上がり、あからさまに無愛想な舌打ちをした。

 


「ちょっと、いくらなんでも舌打ちは無いんじゃないかい!」


「あ? そもそもテメェが今変な事しようとしなけりゃよかったんだろうが!」



 二人のやりとりの横から、アザーディが上機嫌に割り込む。



「ハザック。本当は起きてたけど、落ちたのが恥ずかしかったから中々動けなさそうだったよな。ユースティに起きる理由を貰えて良かったなー!」


「そうなのかい?」


「うん、やっぱりハザックも可愛いなー!」



 そうして盛り上がる二人をハザックは睨み付けるものの、ふと耳をピクリとし、森の奥を見つめだした。



「あららー、拗ねたかい、ハザックくん?」


「……来る」



 ユースティもからかいの意を込めて尋ねたが、警戒の色を含んだ答えが返ってきたことに顔を引き締める。


 

「来るって何が__」



 突如巻き起こる一迅の風。防ぐために咄嗟に構えた腕を下げれば、そこには影の長がいた。



「……!」



 着物を着ている彼女は今にも舞いをはじめられるような美しい佇まいであるが、纏う空気はかなり張り詰めたものだ。近くにいるだけで、じりじりと圧されるような感覚がする。



「やっと見つけた、先輩」


「探されてたのか、オレ!」



 乾いた黄色の葉の上でさえも一切音を立てずに歩き、そんな彼女をきょとんと見つめるアザーディの正面に立つ。



「ウチ、あんさんを連れ戻しに来た」



 当人は不可解そうに顔を顰めたが、声色は明るく返す。



「連れ戻すって……ウンブラの村にかー? 今戻るつもりは無いぜ」


「このままやとまた出ていって、今度こそそれっきりになる。

 あんさんはこの森、ヨンギにずっと居る方が幸せになれるんよ。だからウチが力づくでも、止めなあかん」


「なんでお前にオレの幸せを決めつけられなきゃいけね―の」



 何か事情を知っているような、そして強制するような言動。そんな影の長へあからさまに嫌悪を示すアザーディ。



「ウンブラ族として先輩後輩ってだけで、他にお前はオレの何者でもないだろーが」


「そうやな。あの時、うちが強くなったら結婚するって言ったくせに機会もくれへんもんな」


「! あー……!」



 しかし彼女との口約束を忘れていたとはもう言えない。一転して口をもごもごと動かして唸りだした。告白は彼女からだが、約束を提案したのは彼の方だ。ユースティもアザーディになんとも言えない視線を向けていたのだが、人間は人間で影の長から敵意を向けられる。



「まだ生きてたんやな死にたがりはん」


「わ、お、おかげさまで……?」



 咄嗟の返事が会話と合っていないが、相手はそのまま進めていく。



「先輩を連れ出したあのあえかと同じような格好で、満更でもなさそうにずーっと隣に居って。

 結局ヨンギを出てったオプファといい、先輩といい……誑かすのも大概にしてもらえへんか」


「ええと……君の先輩に関しては安心してよ、こっちからお断りさ!」


「おいユースティ?」



 一触即発の空気の中で当人の反応が掘り下げられることはなかった。それどころか、今まで静かに詰めるような態度だった影の長が叫ぶ。



「何いうとんねんあんた!! こんなええ男捕まえといてどういうこっちゃ偉そうに!!」


「えぇ……?!」



 理不尽に怒られたユースティと、ええ男と褒められ表情筋が緩むアザーディ。影の長は怒鳴ったことでタガが外れたのか、今度は流れるように顔を影の両手で覆い、しくしくと声を漏らした。



「けどそんなええ男は、ウチを捨てるようにヨンギから出ていった。何十年も過ぎて、やっと帰ってきたと思ったら記憶喪失? 説明もなしで好き勝手やって。どういうつもりなん!」


「って言われてもオレ、ヨンギから出たきっかけは思い出せてねーんだよなー!」



 アザーディも顔をキュッと中心に寄せるように歪ませる……が、突然思い浮かんだその名前を口にする。



「、リリー」


「!」



 その口から紡がれたのは、ユースティもかつて聞いたことがある名前だった。



「そうだ、リリーだ。彼女がヨンギに来たから、出ていくことにしたんだ。そのきっかけが、長から一つの言葉を受け継いでいたからで……!」



 影の長のじとりとした視線を浴びながら、アザーディは語り始めようとしたが……顎に手を添えて考え出してしまった。



「いや、一つだけじゃないな。二つ三つ……もっとある。あの人とは結構な期間一緒にいたし、とにかく理解できない言動がいっぱいあって……」


「端的に離せ、阿呆」



 長引きそうな語りに、ハザックが容赦なく割り込む。アザーディは少し悲しそうにしたものの、その口からは仔細が紡がれていく。



「とにかくオレは長になった後ずっと、居なくなった初代長……あの人の言葉の真意を知りたかったんだ」



__________



『倒すべきは、他にいる』



 あの人は不思議な事を言う。


 かつて世界の長い争いは、空へと逃げた人類、あえか族によって一度終結した。しかしその手段は地上にとんでもない兵器を落とすこと。地上に残っていた人類は他の生物と混じり合ったり、暴走して……形を変えてしまった。

 地上の生活や文明のあり方も移ろい……やがて彼らは再び争いを起こした。負けた一方がウンブラ族……今のような影となり、勝った一方はそのままルクス族として、ウンブラ族を魔樹の麓へと追いやったのだ。


 しかしあの人は、この三部族のどれもが善や悪でなく、他の場所に本当の敵がいるのだと言い切っていた。



『……知るべき時は、あちらから来てくれるさ』

 


 そんなある日のこと。森に異言語を話す者が現れたとの報告を聞き、長であるオレが駆けつけた場所。そこには沈丁花の刺繍が施された白いケープに身を包んだ女性がいた。



『あ! やっと話が通じるヒトがいた! あなた、ウンブラ族の長でしょ!

 私はユリ。是非ともリリーって呼んで!』



 あえかの言葉で話していた彼女の瞳は、微かな光でも七つの色に輝く。白く細すぎる体躯も、艶めく黒髪も、元気でありながら儚さも滲むあの声も。彼女の存在全てが不思議だと思えた。



『あなたと戦ったソレイユと一緒で、私は世界樹の人柱。だから不老不死なのよ。今はナナお姉ちゃんと協力して、地上のことを取材してるの。

 もしよかったら、なんだけど。あなたも一緒に来てくれたりしないかしら!』



 その一瞬で、オレはもっと彼女のことを知りたいと感じたんだ。



__________



「……それで名前をもらって、後輩に長を投げ渡して。リリーと一緒にヨンギを出た!」



 その際に長の地位をアザーディに投げられた後輩であり、現在の影の長である女はなんとも複雑な表情で黙り込む。ユースティは他にひっかかったこともあったが、とりあえず口を開いた。



「惚気たかっただけ、かい……?」


「違う! とにかく、あれがオレの旅立つべきタイミングだと思ったんだよー!」


「なーんも理由になってへんわ、先輩のあほ。もういい」



 そっけなく告げた影の長が取り出したのは、アザーディの髪と同じ水色に光る葉だった。



「その不可思議な首飾りに導かれて、記憶を集めとるのは知っとるわ。こういう光る葉が必要なんよな?」


「まさかお前、オレが帰らないならそれをどうにかしようってことか?!」


「さあ。……でもすごいな、この葉。紫の森からずっと肌見放さず持ったのに、真っ黒に同化せえへん」



 彼女は手にそれを持ちながら、どこか憂鬱げな声色で続ける。



「ウチは一途やから、先輩が困ることもしたくないんよ? ただ、この一個は預かっとこうって思ってなあ」


「__そうなんだ。ということは、君が彼の記憶を奪った訳ではないんだね」


「そんなんできるなら、先輩が最初にヨンギから出る前に奪ってるわ。なんなら戻ってきたオプファだってあのまま……」



 それ以上は話すだけ無駄だと感じたのだろう、次は自分が聞く番だと影の長はハザックへと訊ねる。



「そういやうちの側近、見とらん? この葉のこと報告したっきり、どっかいってもうててな」


「側近? それっぽいのは見ていないが」


「そう。……じゃあ先に紫の森で待っとるわ。先輩もこれをかけて戦うってルールなら、受けてくれるやろ?」



 彼女は戦いの申し込みに対する答えも聞かぬまま、水色に光る葉をちらつかせながら、踵を返して姿を消してしまった。


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