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おしえて、研修生!  作者: きりぞら
第参章 踏み出せ、掴め。ヨンギの風
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第8歩 「ほころび」


 休憩地点までアザーディと共に帰ってくれば、そこにはユースティが見慣れないものがあった。



「あれは……なんだい?」



 相変わらずハザックが木の上にいるその場所。そこには焚き火と、上に棒を組み立てて吊るすように熱された鍋があった。鍋そのものはU字上に深く丸く凹凸の激しい形をしており、素材由来なのか側面にいくつか空いている穴が他の石などで補強されていた。どうやって作ったのかは……聞いてもろくな回答が返ってこない気がした。



「へへ、いいから座れ座れー!」



 言われるまま、側の大きな岩に座る。アザーディは太い木の棒を使って、鍋の蓋を開けた。

 白い煙と共に、良い香りが広がっていく。現れたのは大ぶりの肉身と、きのこや草なども入った煮物だった。



「わあ……!」


「ちゃんと魔物の肉だぜ。美味そうだろ?」


「まもっ……。見た目は、美味しそう……」



 顔は顰めたものの、既にスライムを食べてしまっていた人間に抵抗はほとんどなかった。アザーディが葉っぱを折って組み立てられた小さなカップですくい口づけ、出汁の味を確かめると笑顔で頷き。次に木材で作られた一本の先が尖った棒で、入っている大きな肉を串刺しにする。そのまま両手で棒の端を手で持ち、大きくかぶりついた。



「ん〜……! ほら、メインの肉はこう食べるんだぜー!」


「……! それすごく良いな、いただきます!」



 いかにも肉厚でジューシーな見た目に、ユースティも手を合わせて同じようにかぶりつく。実際に溢れる肉汁と素材の出汁が染み込んだ柔らかな噛みごたえが広がり、顔を綻ばせた。



「美味しいっ」


「当然だぜ! ちなみにそれは、でかゴブリンの足の肉なー!」


「でかゴブリン?」


「こーんぐらいでかい、二足歩行のツノがついた魔物!」



 手振りで示す通りに解釈すれば、大体アザーディ二人分の身長で太い体をしている。あとの特徴は相変わらず上手く伝わってこない。……伝わらなくていい。



「あいつら足が毎週生えかわるから、巣に行けばたくさん貰えるんだ」


「毎週生えかわるって、そんなツノみたいに……」


「それじゃ狩りってよりただの採集になっちゃうから、ちゃんと戦ってもきたぜ」


「えぇ」



 穏便に済む事もわざと荒立ててきたらしい。戦闘狂らしいといえばらしいが、やはり理解には程遠い。



「すごく気の良い奴らでさ。一番強い奴に勝ったら、この石の鍋もくれたんだよなー」



 それでも無傷で勝ってきて、戦利品まで得ているのである。彼は本当に体力も技量も計り知れない。ユースティは肉だけでなくキノコなども含めてしっかりと煮物を味わいながら、ふとアザーディを見る。



「……あのスライムも君がなんとかして、おれに食べさせてくれてたとかじゃないんだよな?」


「いや流石にそれは無理だー」



 お前意識がなくてもスライムにがっついてたんだぞ、オレが他人を操れる訳ないし。……と、真っ当に返されてしまう。ユースティも納得して話を切り替えようとしたが、アザーディは興奮した様子で続けた。



「お前、首落とされたろ。でも急に再生して生き返って。冷静にスライムの核を半分撃って処理したんだよ!

 なんなら魔樹の上から落ちてきたときも、本当はみーんなグチャーってなってた。でも痕も残さずすぐに再生してたんだぜ!」



 その言葉にどきりとした。そう、自分は空の国から落ちてきた。パラシュートが誰かに壊されて……真下にあるこの森に来たのだ。

 気になるところは他にもあるが、まずは副作用ならともかく、もうMadaの魔素増強効果は切れている筈である。それに一度死んだ時点で、再生なんて出来ないのが生き物というものではないだろうか?



「……冗談にも、程があるよ」


「冗談じゃねえよ。すげーんだぜ、お前の体!」



 ……だとしたら自分は一体何者なのか。一体何度死んでいる?


 アザーディはしっかりとこちらを見ている。その目がユースティ自身も知らない全てを見抜いているような気がして、直視は出来なかった。



「__まーけ……」


「ところでユースティ。お前はなんで旅に出ることにしたんだよ?」


「研修中の探求者として、世界を知るために来たのさ」


「ってのは」


「…、半分、嘘」



 動揺からなのか、言う筈の無かったことも口走り。静かな眼差しで遠くを見つめる。



「旅に出る前のおれは知らないことばかりで、何もない奴のように思えて……、今思えば、誰かの何者かになってみたかったんだろうなって……多分、そう思ったんだよ」



 アザーディもなにか言う訳ではなく。ふーん、と鼻を鳴らして隣で真似をするように、遠くを見つめた。



「よくわかんねーけど、なれたのか?」


「なれなかった、って言ったら?」


「お前の言うソルリアが泣くかもな」


「だよな、おれでもそう思う」



 すぐに返されたわかりきった答えに、ごちそうさま、と煮物を完食した人間もぎこちなく笑って続ける。



「自分なりに前向きに、色んなことに興味や関心を持とうとした。……おれは確かにユースティになれたんだ。成らせてもらったの方が正しいかな。

 でも一方で、それよりも大きなわからないことが、漠然とした不安が。自分の汚い驕りが見えてきた。根無し草なのを嫌でも自覚させられるんだ、今だって__」



 ……紡ごうとした言葉は途切れ、やがてユースティはゆっくりと横になる。適度に話に頷いてくれていたアザーディに目線を向けながら、改めて口を開いた。



「やっぱり疲れてるのかもな、おれ。……君の言う通り寝るとするよ。おやすみ」


「そーか。……オヤスミ?」



 わからないといった様子でそっくりそのまま返される。ユースティは説明に悩んだが、わりと早く答えることが出来た。



「明日も無事に朝を迎えられますようにって、おまじないの挨拶さ。朝にはおはようって言うんだよ」


「そうか。__わかった、おやすみ!」



 薄くなった霧の森。暗くなり、より静まった周囲。木が燃える音と、暖かい光が儚く照らす。



「……って言ってもオレはお前に喋り続けるけどなー!」


「ええ。嘘だろ」



 静かな空気に全く耐えられなかったアザーディの言葉へ苦笑すれば、悪戯っ子のような笑みが返ってきた。



「本気。戦ってオレを黙らせてみてもいいんだぜ?」


「嫌だ。寝るまで適当に返すから喋って」


「ちぇっ。寝られなくても後悔すんなよ!」



 最初に寝ろって言ったのは君なのにな。ユースティはそう思いはしたが、口には出さずに置いておいた。



「望むところさ」


「よし、じゃあ早速。そういやお前にこの鍋の中身の全部をちゃんと言ってなかったな。実はな____」



__________




 一方、ソルリアは夢の中。


 かつてエトワールだった黒い結晶へ溶けた、棺の中の少年。彼らは深い海の底に降り立っていた。



「俺が歩いてる間、兄貴も気になるものがあれば、色々見てていいからなっ」



 人間の小さな子どもの姿に、昆虫の手足を持った黒い影。そんな彼が誰もいない空間に語りかけながら歩いていくのは、既に黒い棘にとどめを刺された者達が横たわる町、ウォロスだった。

 生者の気配が全くと言っていい程感じられない石畳が敷かれた道。並ぶレンガ造りの店先に飾られた、煌びやかな装飾品や置物。魅せる相手は既に全員こと切れているだろうに、今も無機質なライトに照らされ続けている。



「といっても、全部終わったあとだな……」



 いつも通り何者かに呼ばれるようにして、少年は町の中心の跳ね橋を渡る。そこはおとぎ話に出てくるお姫様が住むような大きな城、しかし内部は壊れた銅像の破片が床に散らばっており、傷や埃で荒れ果てていた。ここで乱闘騒ぎがあったのだと推測出来る。


 大広間まで進めば、空間を埋め尽くす程の大きな黒い結晶があった。そのすぐ隣では黒い炎が燃え上がり、消え、また燃え上がりを繰り返している。燃えているモノが復活するのを許さないとでもいうような強い執念。一体何が燃やされているのか……答えの出ない邪推はやめた方がいい。少年は炎を通り過ぎ、早速黒い結晶に手を翳す。

 感じるのはどろりと溶けるような熱。まとわりつくような苦しさに意識が混濁としていく中で突き抜ける、確かな悦び。初めての感覚に戸惑い、少年は一度離れた。



「色んな想いが、混じり合ってる……」



 深呼吸をしてから改めて身を寄せると、黒い結晶に溶けるように混ざりあって吸収し、少年は影の姿に戻る。それと同時に結晶によって燃やされていたモノも解放されたが、黒い布のようになったそれは時折ひくりと震えるだけ。自分の意思を持って動きだすことは二度とない。



「……大丈夫、もう苦しまなくていいよ」



 そんな布を両手で抱え上げて淡々と弔うと、少年は新しく自身を呼ぶ声の方角を見た。今までの道を帰り、町を囲む壁に上る斜路を上りきる。そこでは大樹の下に立つ一人の少女が少年へと振り返り、ふわりと笑った。息を飲んだ少年。桜の花びらが風に吹かれ、舞い散っていく。


 そのまま歩み寄った二人は何を言うでもなく手を繋いで、桜の木の下で踊りだす。身体の大きさが違うためにぎこちない舞踏の中、彼女から伝わってくるのは空虚な焦燥。確かな拠り所を強く欲する、繊細な心。 

 それを感じるのは初めてではないような気がしたが、他に誰のものだったかまでは思い出せなかった。



「繋がれた縁も、受けた愛も、この心も。全てなかったことに出来たなら良かったのに」



 やがて目の前の彼女はぽつりと独白をこぼす。パキパキと鋭い音をたてながら、あの黒い結晶へと姿を変えていく。怪物化とはまた違う他の異形への変化。その絶対的な姿には、神々しささえ感じられた。



「それが、本当に君の望みだったの……?」



 少年は呟いたが、そんな彼女にも寄り添うようにして、溶けていく______…………




「ソルリア」



 その名前が意識を現世へと引き戻す。ソルリアは今まで自分が机に顔を突っ伏して寝てしまっていたことを自覚するとともに、起こしてくれたエトワールを見て、自身が彼との会話中だったことを思い出した。

 自分が空の国でユースティと別れ、フッブヘと帰ってきてから。今までの情報共有を彼にしていた。



「兄ちゃんごめん、寝ちゃってた……」


「気にしなくていいよ、話は一段落ついただろ。……ただ、うなされてたから心配になってさ」



 優しく頭を撫でる手。かけられる穏やかな声に安心を覚えながら、ぼんやりと寝ぼけ眼をこする。



「ん……なんで、うなされてたんだっけ……」


「初めての外の世界だったから、疲れがとれてないのかもしれないな。いい時間だし、ちゃんと部屋でやすもう。

 俺もMadaが抜けてないから、やすんでおかなきゃ」



 兄の言葉にも夢か現か、ふにゃりと笑って。



「……んへへぇ」


「な、どうしたの? 何か俺の顔についてたりする?」



 自身の顔に触れて確認しだすエトワールだが、ソルリアが気付いたのはそこではない。



「また聞けた、俺、だって」


「!」


「全部が解決したわけじゃないけど、兄ちゃんがありのままでいられるようになったなら、嬉しいなぁ、…………」



 言い終わるか終わらないかのところで舟を漕ぎ、深い眠りについた。今度はうなされる様子もなく静かな寝息をたてる少年。エトワールは彼の指摘に少し驚いていたものの、すぐに微笑んだ。



「……今はゆっくりおやすみ、俺達の太陽」



__________



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