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おしえて、研修生!  作者: きりぞら
第参章 踏み出せ、掴め。ヨンギの風
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第7歩 狩るものと狩られるもの


 草むらの先には、小さな子どもの形をした二人の影。そして彼らに囲まれ歌を歌い終えた、一人の鎧を着たヒトがいる。空の国の象徴としてよく使われる沈丁花の装飾。ユースティはそれを視認した瞬間木の後ろに慌てて隠れた。幸い葉擦れの音は彼らの騒ぐ声にかき消されたようで、気付かれてはいない。



「あはは、音痴だねー!」


「ッ……歌わせといて、第一声がそれか!」


「きゃー!」



 かつてユースティ達も使われた鶏卵のような形をした発明品。今度の影たちはその色違い……あちらが金色で、こちらは銀色を持っていた。対象を強制的に歌わせる発明品、きょーせーしんぎんぐくんとでも言うべきか。空の国の兵士の姿勢や呼吸の乱れが見えていることから、彼が弄ばれ始めてある程度時間が経っているようだ。



「とにかく……私達の英雄を殺した犯罪者を探してるんだ。最早生け捕りじゃなくてもいい……そのために、少しでも情報がほしいんだ、協力してくれ!」



 それでもその兵士の兜から覗く眼光に灯る、英雄殺しへの殺意。決意と恨みを隠さないその表情。他人事ではない人間が思わず目を逸らす間にも、影たちは無邪気で嗜虐的な笑顔を浮かべた。



「あははっ、ならそいつがここに来るまで僕たちと遊んでようよ!」


「そんな暇など無い……!」



 他の仲間とははぐれたのだろうか。それに、口頭以外の交渉手段も無いらしい。得られない協力にもどかしい声をあげた兵士は、ぐらりと体勢を崩す。



「あれ、おにーさんどうしたの?」


「くそ、君たちのせいですっかりクタクタだ」


「そっかあ、つかれちゃったかあ。じゃあ…………」



 獲物が疲れるその時を待ちわびていた影たち。その牙だらけの本性が、現れた。



「いただきまあす!」


「なッ」



 まばたきも許さない程の速度で、ヒト一人を飲み込んでしまえる大きな口が兵士へと迫る。その鋭い牙は鎧でさえ容易く噛み砕いてしまうだろう。子どもの姿だからと侮るなかれ。相手は自由自在に姿を変えられるウンブラ族なのである。

 ようやく危機を察知した兵士が剣を構えようとするがもう遅い。ただ、ユースティが先に飛び出していた。



「ちょっ……と、まった!」



 横から飛び出して枝をばらまく。大きな口の中に入った大きく太い枝の一つが、その喉に引っかかる。



「ゲホッ!」



 不意討ちの異物にえづき、咳き込む。大きな口からの空気の放出。兵士は少し吹き飛ばされ、牙に噛み砕かれるスレスレで尻もちをついた。



「わー?! 大丈夫ー?!」



 咳き込む影を心配する仲間。人間は追撃と言わんばかりに、懐の銃でその足元へ何発か撃ち込む。慌ててばたつき避けた影たちは、割り込んできた人間を見て走り出した。



「わ、わわっ。あれ、元長といたヒトだ!」


「それはまずい、逃げろー!」



 そのまま去った影たち。……ユースティがアザーディと行動していることは周知の事実であるらしく、威嚇がきちんと威嚇として通用した。ウンブラ族との乱闘か逃走劇を覚悟していた手前、人間の肩の力が抜ける。



「アザーディのおかげだな」



 息をつこうとしたユースティは、まず兵士へと振り返り手を伸ばす。



「君、大丈夫だったかい?」



 すっかり怯み、体を跳ねさせた兵士から返事はない。代わりに粘着質な音が直ぐ側で聞こえ、二人の意識がそちらへ逸れた。



「!」



 核を持った透明な液体の魔物……スライムだ。ユースティと兵士の前に、複数匹が跳ねて現れる。場所が場所だ。下手に消耗せずに逃げるのが一番だが、自分の背には動けなくなってしまっている兵士がいる。ユースティは銃を構え、立ち向かう姿勢を見せた。



「……、?」



 ……しかし、スライム達もアザーディと居たことを知っているのか、攻撃を渋るように震えていた。先程のウンブラ達と違うのは、一匹が跳び跳ね襲いかかってきたこと。

 魔物である以上その能力は侮れないが、それでもノルムたちとの修行のスピードに比べるとかなり遅く感じられた。咄嗟に銃身で殴打するように弾き、べしゃりと地面に叩きつける。動けない一瞬を逃さず核へ銃弾を撃ち込めば、容易く消滅していく。



「……この銃弾も魔物に効く素材なんだな……魔素の流れも感じたし……」



 ユースティはまだ得物をただの銃として扱っているだけであり、その仕組みは知らない。仲間の一匹がやられたことで一時的に統率を失ったスライム達がそれぞれ飛びかかってくる。

 その全てをかわしきり、叩きつけて再びその核へ狙いを定めたときだった。



「何故庇う! 英雄殺しの偽善者が、今更取り繕おうだなんて遅いぞッ!」


「!」



 背後から兵士が震えた声で叫ぶ。同時に銃口が空虚な音を奏で……人間が睨んだ。



「お前 動けるなら黙って逃げろよ」


「ッ」



 兵士の喉を通る細い息を背に、不発に終わった銃を見る。装飾はともかく、機構こそ空の国でも流通している護身用そのもの。しかしよく見れば弾の装填が出来るような場所はなかった。……動揺が集中を切らし、隙を生む。


 知能が低いといわれる魔物でも、自然で生きる野生の一員である。落ち着いて対処すれば脅威ではないスライムも例外ではなく、人間の死角に素早く移動してその口元へ飛び付いた。



「……!」



 一匹を手で剥がす前に、次へ次へとスライムたちは人間へ集る。その重みで体勢を崩され、全身が飲み込まれて。合体して大きく波打つ流動体は、人間の自由を完全に奪ってしまった。

 手足は固定され、抵抗も許されないまま。緩やかに制限されていく呼吸。やがて思考が鈍り、静かな水底へゆっくりと落ちていくように全身が脱力していく。


 居心地の良ささえ感じられる死の予感。スライムの色が変わっていく。するとぴりぴりと肌が痺れているような、溶かされていくような。

 

 __……もう、いいかな。


 ぼんやりと浮かんでは離れ、遠くで弾けた思考。そんな人間の体を、上から何かが覗き込む。薄らに開かれている瞳が捉えたのは、手斧のような得物を振り上げる……先程の影の子どもの一人だった。



「元長がいなけりゃ、弱いやつ!」



 あ、死んだ。


 刃が首に振り下ろされ、視界が地を転がる。……全てを理解する前に意識がぷつりときれて。



 暗い。


 冷たい。鉄の味がする。何か冷たくどろどろとしたものを手に持って、口に運んでいる感覚。



「__……ユースティ」



 その名前を呼ぶ声。



「おーい、ユースティー!」



 はっと、意識が引き戻される。広がる明るい視界。いつの間にか銃を収めてその場でへたり込んでいた人間は、隣でしゃがんで覗き込んできていた男と目が合う。



「もう先に色々終わらせたぞー!」



 人間はしばらく放心したように男を見つめ返していた。



「何だよ。もう忘れたのか?

 オレはアザーディだよ」


「__ああ、……」



 ユースティがはっとしたように相槌を打てば、周りを見回し状況を飲み込めないまま訊ねる。



「おれ、今何してた?」


「手元見てみろよ」



 どろり。口元と手から落ちていく、人間の体温でぬるくなったゼリー状の何か。どうやらユースティは、先程まで包まれていた筈のスライムの大半を既に食べていたのだ。地に散らばったその核は半分だけ割れており、触り心地も心なしかしっかりしている。



「スライムは核を半分残すとちょっと固まって食用になるんだぜー。核の周り以外は無毒だし、腹の持ちもいい。なんだよお前、ツウの食べ方知ってんじゃん!」



 自身の状況を認識した上での喉越しは、変わらず鉄の味だ。感心した様子で見つめてくるアザーディに不味いとは言えず、沈黙したユースティ。色々気になることはあるが、真っ先に浮かんだのは、先程の兵士の安否確認だった。



「ねぇ、空の国の兵士は見たかい?」


「空の国の兵士ぃ?」



 アザーディはそんなやつ居たっけな、と訝しげにしたが、ぼんやりと着ていた鎧を思い出したのか、感嘆をあげた。



「鎧の奴なら、さっきどっかへ逃げてったぜ」



 心からホッとした表情をしたユースティは、アザーディにじー、と見つめられていたことに気付き顔を強張らせる。



「……どうしたんだい?」


「いやーなんとなくだけど、お前を必死に探してたオプファの気持ちがわかった気がする」



 ソルリアが呼ばれていたその呼び方に眉をひそめた。



「彼はオプファじゃない、ソルリアだよ」


「突っ込むところそこかよ。まあいいけどなー!」



 話はそこで途切れ、静かになったその場所。影達が落としていった銀色の鶏卵の形をした発明品を拾いつつ……人間が口を開く。



「なあアザーディ。さっきおれ……もう、いいかなって__」



 呟くように紡いでいくが、そこからは決して続かない。アザーディはそんな人間の様子を知ってか知らずか、辺りを見回しながら告げる。



「何だか知らねーけどさ。……お前がどんな過去を持っていても、死にたがってても、生きたがってても。たとえ人殺しだって追われてたとしても。

 結局今一緒に居るオレらはどうせ、今の超がつくお人好しなお前しか知らないんだぜー」



 そのまま休む場所に決めた地点へと歩き出した彼に、ユースティも立ち上がってついていくことにした。



「自分から、どうせって言い方をしちゃうんだね」


「そうそう。ユースティを被ったお前も、それが剥がれてるお前も。オレたちは今のお前だけを見て、世界で一番愛してますって言ってるんだ!」


「そこまで言ってないだろ、嘘にも程がある」


「あ。確かに一番近くでお前を愛せるのはお前だけだわな。あちゃー、負けたー!」


「……はは、勝手に変な勝負しないで」



 最早意図的にずらされているが、不思議と不快ではないアザーディとのやりとり。人間はくすりと笑う。

 ……ありがとう。ふと口を動かして紡いだその言葉は掠れ、ちゃんとした声にはならなかった。


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