第3歩 橙の記憶
ユースティが慌てて落ち葉の山から飛び出し、ケープで包むように消火をこなす。それは焦げることなく火元をおさえきり、アザーディが感心の声を上げた。
「おー」
「びっっ……くりした。これ簡単に火がついて燃え移るよな。だとしたら森全体が危険物じゃないか!」
ユースティがケープを払ってから着なおす様子を見届けてから、ウインクして指をぱちんと鳴らす。
「ヨンギは基本霧もあるし、湿気てるからあんまり火は広がらないぜ。今のは乾いた内側の葉がかろうじて反応した結果だろうなー。
あ、ヨンギってのは……ウンブラの大半がこの森をそう呼んでるんだよ。由来は知らないけどなー!」
豪快に笑って見せる男を、ハザックは鼻で笑う。
「ハッ。どこぞの慈愛の国の長とは違って呑気で気楽なものだな。名ばかりの元長め」
「お? 喧嘩やんのかー?」
「やらねぇよ」
その言葉にウキウキとシャドーボクシングをはじめた相手からさっさと目線を逸らし、先を歩き出す。
「テメェは発光する植物を探すんだろうが」
「糞食わせたのに、協力してくれるのか?!」
アザーディが顔を輝かせた瞬間、無言で胸ぐらをつかみ持ち上げる。持ち上げられても不敵に笑っているその男に眼を飛ばしたあと、しばらくすると離れた。
「あくまでもオレサマの気分だ、いつでも見捨ててやる。忘れるな」
「わかってるよ。てんきゅ! 愛してるぜー!」
男もその背中へ投げキッスをし、にこやかに歩き出す。いつ喧嘩が巻き起こるかわからない二人をただならぬ表情で見守っていたユースティの顔へ、先程渡し損ねていた銃身を押し付けた。
「うべっ?!」
「ははっ。これ、オレが争ったら止めるのに使っていいんだぜ。そしたらついでに戦ってみたりも出来たりするし!
なんてなー!」
「どれも冗談に聞こえないけど?!」
「まあとりあえずこれは持っとけ、お前は素手だと困るだろー」
ユースティは圧されるまま物憂げに受け取り、渋々とその銃をケープの中にしまう。下に目線が向いた時、その瞳は見開かれた。
「あれ。……もしかして、これって!」
しゃがんだユースティが手に取ったのは、赤色の落ち葉の中一本だけ生えていた……橙色に輝く植物の葉。
「えっ嘘だろ、そんなとこに?!」
ろくに驚く間もなくそれは一際輝き、アザーディのペンデュラムへと移る。
橙の液体が透明な鉱石の中でじわりと溶け込み、その光はやがて辺りを包み込むと、とある記録へ意識を連れて行く____
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周囲の霧や鬱蒼とした木々の葉で光がほとんど遮られた、緑の森。その少し開けた場所で何かの巨獣が綺麗に解体され、バラバラに転がっている。その肉を貪るのは一人のしなやかな、長髪の真っ黒な影。ウンブラ族だ。
その顔や手についた鮮やかな赤は、瞬く間に黒い影として同化していく。
『来たか』
凛々しい声を発したその者は、背後に来た細い影へと振り返る。同じウンブラ族ながら、その青年からは確かな殺気が発されていた。
『長、決闘をしてくれ!』
武器をなにも持たないまま明るく告げた青年に、長と呼ばれた影は、歯が幾つも生えた不気味で大きな口を開き、笑う。
『ああ、望むところじゃ』
ゆらり、笑顔だった青年が力を抜くようにして……一気にその距離を詰める。落ち葉を巻き上げて相手の視界を奪いつつ鋭い指先でひっかけば、長の頬から赤い液体が飛んだ。
『……また面白いことを』
『へへ、紺色の森で取ってきた葉を加工して爪に付けてみた! かっこいいよなこれ!』
『好ましいな。だがよいのか?』
刹那。片腕の感覚がなくなった青年。
『!』
『距離を測り間違えたと見た』
長が鞘に納めていた刀を引き抜いたのだ。視界の端で転がっていく腕に、青年は一度距離を取ることを選択する。
『やっ……べ!』
ありがたいことに長からの追撃はない。青年は赤を散らしながら喰われた獣の腕が転がった場所まで下がり、咄嗟に切り口へとくっつける。すぐに馴染んだそれは黒い影と同化し、より強力な青年の腕となった。
『やめるなら、今だが』
『いーや、まだまだ……!』
青年は諦めない。体の一部が取り替わったくらいで終わる戦いなど、彼らには退屈すぎるのだ。
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広がった橙色の光が鉱石に吸収されるとともに、意識も肉体へと引き戻される。ユースティが眉をひそめて複雑な表情をしているのと対照的に、アザーディは目を輝かせた。
「今の……オレが長になる時の決闘だ! やっぱりウンブラ族だったんだよ、オレ!」
「あー……と。挑んでた方が、君なのかい?」
「そう! 楽しい無茶してんなー……!」
興奮した様子の彼の右腕が黒い布から出される。……それは確かに先程と同じ獣の腕のようだった。葉の光によって見せられた映像は確かに彼が失くした記憶に繋がるものであり、共有もできている。
一方でユースティは、知人の男とアザーディが別人だという希望が再び薄まってしまった。本人だったとして、自身はともかく彼にとって喜べることなのかが一切わからない。その表情は強張ったままで、しかし会話を止めてしまわないように言葉を紡いでいく。
「それにしても最初から容赦がないというか……度を超えた戦いじゃないかい……?」
種族の違いもあるのだろうが、簡単に体の一部が無くなった場面は見ただけでむず痒く感じる。アザーディはその意見の理解は出来るらしく、静かに頷いた。
「でも、あんな風に本気でお互いを賭けるから、決闘っていうんだぜ。さっきの長はまだ優しかったけど、後半は一切手を緩めてはくれなかったしな。他の部位も何回かぶっ飛んだ」
「や、やめて……! ウンブラの体は回復が早いからこそ、そういうのって当たり前なのかい?」
「まーそうだな。でも今のオレは名前も持ってたみたいだし、回復はしても遅い。もう出来ない芸当だよ。
それに当時の回復スピードでさえ、あの時のお前には負けるしな!」
「あの時?」
返ってきたその言葉の意味を確認する前に、少し先を歩いていたハザックが声をかける。
「おい、今何があったんだ」
「あれ。ハザックは見なかったのかー?」
「見なかったも何も、テメェが手に取ったそれが一瞬光っただけだったが?」
それを聞いたアザーディは目をぱちくりとしてユースティへ振り返ると、またハザックを見て無邪気に言い放つ。
「そっかー、仲間外れにしてごめんなー!」
「仲間になった覚えはねぇよ」
なんとも心象が悪くなる発言をする男を睨み返し、よそを向く筋肉質な狼男の体、共に揺れる尻尾。アザーディはその自由な口を閉じられなかった。
「もふもふで可愛い尻尾だよな、ハザック。デカいこと除けばわんころみたい」
「ああ?」
段々と積み上げられる不機嫌。このままではまた喧嘩が始まるかもしれないといった空気に、ユースティが空を指さして叫ぶ。
「あーっと! あそこにユーフォーがー!!」
「なんだそれ? 何? どこ?!」
常套になりつつある、見えないユーフォーを指差して意識をそらす手段。実在さえ怪しいユーフォーを探し出すアザーディに、すぐに嘘だと気付いたハザックが鼻で笑う。
「__おい、霧の中からそんな物が見えるわけ無いだろうが。テメェのほうが脳みそ単純でカワイイんじゃねぇのかよ、アザーディ」
「お。見る目あるな、オレは可愛さも抜群だぜ。なんたって、ウンブラ族最強の長様だしな!」
清々しいほど堂々とした返しが来て、信じられないという表情になったハザック。いつもの無愛想な舌打ちをし、アザーディから離れた。
「……で、ユースティ。ユーフォーって?」
そしてすぐに話を切り替えて詰め寄られ、ユースティはつい戸惑いと、呆れにも似た感情が顔と声に漏れ出る。
「今のは二人の気紛れになるかなってついた嘘だよ……」
「oh……」
アザーディはそこでようやく真実に気付き、落胆気味に相槌をうった。
同時に少し遠くから、大きく重いものがぶつかりあった振動と音が響いてきた。まるでその光景がすぐ側で見えているかのように、男は口を開く。
「お。外からの旅人が狩りにあってるなー」
「!」
狩り。ユースティも経験した、ウンブラが自分の食事のために行うもの。アザーディの言葉が本当なら、もうそれは始まってしまっている。
「そういや旅人ってのも、オレの覚えてるヨンギの記憶と比べるとめっぽう減ってるっぽい。とうとう食い尽くしたかー」
さらりと告げられるが、食い尽くされるなど被食者側としてたまったものではない。
「……人間の肉って、君たちに必須なのかい?」
「いや、嗜好品に近いだろ。ウンブラはどんなものでも食べれないと生きていけないしな」
旅人って鍛えてるやつが多いから、血も健康だし肉も引き締まってて美味しいってよく聞きはするぜー。そう呑気に告げる男に、ユースティは決意を固めたようにして問いを重ねた。
「__その狩り、どっちの方向で起こってる?」
「あっち。丁度橙の森の方……っておい、ユースティ?!」
方向を聞いた途端そちらへ飛び出し、さっさと霧の奥へ消えていく人間。アザーディとハザックは見送るだけで精一杯で、置いていかれてしまった。
「あー。あれ絶対狩りの邪魔しに行くよなー!」
「オレサマの知ってるアイツは元々、そういうやつだ」
慣れた様子でユースティの向かった方へ歩き出したハザック。
「……ん? もしかしてお前、あいつの親御さん?」
「んなわけあるか阿呆」
アザーディも茶化しをいれつつ、ハザックと同じようにユースティの後を追うことにした。




