第2歩 珍味と焼き人間
人間の手を取ったのは、男の右手。……その肌の感触はザラザラとした鱗のようで爪も鋭く、かつて見ていたあの腕と重なって……ユースティが思わず目を逸らした直後、アザーディの方から二人の手を物珍しそうに見つめた。
「お前らの手面白いな、ぷにぷにしてる!」
ハザックは元来から、ユースティは中途半端な変化によって手のひらに肉球がある状態だ。アザーディはしばらくそれぞれの弾力を指先で堪能した後、ぼやく。
「今のユースティって人間で肉球もあって、変態中の虫みたいな感じだよな?」
「いや何って?」
「面白ぇこと出来るかも」
オレって天才じゃん、と呟き、肝心の内容は勿体ぶった男。人間の笑顔がひきつった。
「ぜっったいろくなことにならないよな、遠慮する!」
「ユースティになってもオレへの辛辣さは変わらないなお前! ……まぁそれはともかくとして」
ともかくで流してもらえるんだな。どこか安心を覚えながらもユースティは改めて話を聞く姿勢になる。
「オレの記憶を取り戻す為、二人には必要な物集めに協力してほしいんだー!」
記憶喪失と言いながらも堂々としていて、現地にちゃんと詳しそうである元ウンブラの長の頼み。しかし彼は一人でも十分ではなかろうか…………ふと頭に過ぎった考えを、ハザックがストレートに口に出す。
「ユースティはむしろ、テメェの足手まといになるだけだと思うぞ」
「う」
いくら自身の弱さを自覚していても、他の者に言われるのはダメージが大きい。胸に容赦ない言葉がぐさりと刺さる音がした。
「いやまあ確かに、オレだけでも困ることは一切ないと思う部分もあるけどな? そこをなんとか……!」
アザーディに言外の肯定もされてしまった。それでも事情があるのだと言わんばかりに、首からさげていた鉱石のペンデュラムを手に掴んで見せてくる。
「この振り子はな、望みを叶えてくれる。ウンブラの長に継承されるまじない道具でさ!」
「継承されるなら、どうして元長の君が持ってるんだい?」
「宝物庫にあったから奪ってきた!」
「何やってるの?!」
宝物庫にあるということは本当に大事なものなのだろう。ウンブラの現長にもユースティは以前会っており、殺されかけたことがある。彼女はいくら男が元長といえど、窃盗を許すようなゆるい性格ではない。
避けられない戦いに血の気が引く感覚がしたが、そもそも先程から何度も戦いたいと宣っている男は、きっとかなり喜べてしまう筈だ。
「オレが記憶を取り戻したいとこれに願ったその日。この七色の森それぞれにある植物を手に入れるオレと、隣にユースティとハザックがいる夢を見たんだよー!」
「……それが、そのまじないの道具が見せた予知夢ってこと?」
「そう、絶対そう!!」
「ある植物ってどんなものなんだい?」
熱心な語り口調で告げるアザーディへ問えば、ええと……とつぶやきながら地面の落ち葉を払いだす。次に何か木の棒を探していたようなので、ケープから出した筆記具を渡せば喜んで受け取った。
「てんきゅっ。これ。こんなやつを集めたいんだよ!」
そこの新しいページに、シンプルな線で構成した、うねるような細長い葉の植物の絵が記入される。周りに放射線が描写されており、その葉は発光するものだという雰囲気は理解出来た。
「これを集められたとして、どうやって君の記憶が戻るんだい?」
「わからん! それでもお願いだ、一緒にきてくれー! というかこんなに聞いてくれるってことはユースティは乗り気なんだよな、決まりだな?」
「えぇ……」
自分が居ても変わらない、きっとむしろ足手まといなのだ。……目線を向けた先には、そんなの関係ねえ、と言わんばかりのわくわくとした笑顔。
そんなものを向けられてしまえば、断れなどしない。
「……いいけど……」
それでも手応えが不十分だと感じたのか、男は最早ゴリ押しだと言わんばかりに、懐の袋から小さな、茶色く丸いものを取り出した。
「よっしゃ、じゃあこれもやるから決定だぞ。なー!」
そしてそれをユースティ、ハザック両者の口の中へと素早く突っ込む。反応の遅れたユースティは驚いたものの、それを咀嚼して。ハザックは咄嗟に留め、口から指でつまみ出した。口に入れる前からほんのり温かかったそれを眺めてから、もう一度自分で口に放る。
「__なに、これ? 硬めだとおもったら、中はかなり柔らかい。舌の上で溶けてく……」
「へへ、美味しいだろ?」
「……悪くはないな」
程よい水分、良い噛みごたえ。広がるまろやかな舌触りと、さっぱりとした甘味。未知ではあったが美味と感じられるそれにユースティは目を輝かせ、ハザックの表情は微かに綻んだ。そんな様子に、アザーディはすかさず懇願する。
「な、どうか頼むよハザック!」
「まあ、ちょっと位なら付き合ってやるよ」
「よっしゃー!」
そうしてとても嬉しそうに、しかし残酷にその正体を告げた。
「実は今のは、フンスートの糞なんだよ!」
彼の記憶を思い出すための旅を肯定したばかり、そんな二人の表情があからさまに強ばる。
「__え? 何って?」
「だから、今食べてもらったのはあそこにいるフンスートっていう魔物の糞!
本体と比べてちっさいから見つけにくいけど新鮮さが命で、ウンブラの間では珍味だって有名なんだぜー!」
どうやら聞き間違いではなかったらしい。アザーディの指差した先には、目も口もない長方形でぶつぶつとした灰色の皮を持つ、見たこともない魔物がいた。生き物と呼べるのかも怪しいが、接地面にはムカデのように沢山の足があるようで、地面を滑るようにのそのそと動いていた。
悪気のなさそうな表情で全てをおしえてくれたアザーディに、ユースティが訊ねる。
「……今食べたのはいつ、とれたんだい?」
「ハザックを引きずってくる途中!」
ああ、言葉通り新鮮だったらしい。あの謎の温かさを思い出したハザックが途端にえずこうとするが、もう手遅れだ。行き場のない怒りが真っ先にアザーディへとぶつけられる。
「おいふざけんなテメェ!」
「オレはいつも大真面目だー!」
「こんな物好んで食べるテメェらなんてウンブラ族じゃなくてウン」
「わーハザックストップっ!」
ハザックの言わんとしたことを察し、咄嗟にマズルへ両手でしがみついたユースティ。言葉は留められたもののハザックはぶんぶんと顔を振り回すようにしたため、やがて飛ばされて落下した。
「ちょっ……わああー?!」
ユースティの体はそのままガサアッ、と近くの落ち葉の山に埋もれる。
「Oh……」
アザーディは心配そうに見たのもつかの間、すぐにハザックへの反論を始めた。
「いやでもオレ見たぞ、お前らここの川の魚食ってたじゃん! あそこの水だって川上にいるオレらの生活排水混ざってるし戦いの血を流す川でもあるし魚に擬態した魔物も紛れてたりでなんなら糞なんて比べ物にならないくらい汚」
「やー!! もういいからやめてやめて!!」
これ以上は知っていても誰も得しない。ユースティが赤い落ち葉の山から顔を出し止める。アザーディとハザックはお互いを複雑そうに見てから、臨戦態勢を解除した。
……少しして、魔物の糞を食べたという衝撃が大きかったのか、自分の口元を覆い黙り込んでしまう旅人の二人。その沈黙に耐えられず、アザーディが声を上げた。
「まあ、なんていうか。知り過ぎも良くないってことだなー!」
「テメェがまとめるんじゃねぇよ元凶!」
すっかりペースが乱されてしまっている自分とハザックに苦笑しつつ、ユースティはふと自身を受け止め包み込んだ落ち葉の山を見る。
「それにしてもこの落ち葉……温かいね?」
なんだか内側から黒い煙も出てきている。アザーディはそれに気付かないまま、ああ、と頷いた。
「赤と橙の森の植物はほんのり熱を持っててな。特に赤は、瞬間的に強い摩擦があれば高温になって燃えだすぞ」
「えっ」
ユースティが危機を察知した声を上げた直後、黒い煙が上がっていた落ち葉の山の内側がボワァッ、と燃え上がった。
「うわあぁあー?!」
「ユースティー?!」




