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おしえて、研修生!  作者: きりぞら
第壱章 伝えろ、繋げ。慈愛の国
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第7修 きっかけ


 カマキリのじいやに連れられ、学び舎であろう建物に入ると無邪気な子どもたち……まるで成熟しているように見える者もいるが、彼らは複数で追いかけっこをしている。じいや主導で歩いていくユースティたちとも、何度かすれ違っていった。



「さて、ソルリア君はここで待つように。旅の者としての入校許可証付与手続きをしますのじゃ」


「はあい……」


「よろしくお願いするよ、ええと」



 じいや、と呼ぶには立場から違うような気がしてユースティが言い淀むと、じいやは気にしていない様子で言葉を続ける。



「校内では先生であったり、タチバナ ショウ……という私の名前、このどれかで呼んで頂いても構いませんかの。皆平等に接していきたいと考えておりますので」


「! その名前の形式、おれの国にもあるよ……ショウ先生」


「ほう? 先祖がそちらにいたのかもしれませんな。よければその件についてまた時間がある時にでも、話しましょうぞ」



 そこは他の家と同じく一階建てであるが、扉や窓の建具がなく、代わりにカーテンがそれの役目を果たしている。それによって空間が基本解放されており、どことなく広い廊下に居るような感覚を感じられた。

 ソルリアを置いてその部屋に案内されれば、綺麗に整頓されている机が五つほど、向かい合わせで並べられている。



「一応説明をさせて頂きますが、ここは教員の机スペースとなりますのじゃ。……といっても基本数名体制なので対したものは置いてませんぞ」


「え、生徒さん結構いたよな。こんな少人数で大丈夫なのかい?!」


「あくまでも学校に滞在する人数がこれだけということ。この国に住む全ての大人が先生のようなものなのですじゃ」



 国全体が? ユースティは一度首を傾げたが、すぐ納得したように相槌を打つ。



「そっか、ここは慈愛の国……それに、魔法国家だから皆すごい魔法使いなのか!」


「はは、知って頂けているなら光栄の限り。しかし多様な魔法を全て高出力で使える者は、長であるエトワール様以外は中々おりません」



 ショウは雑談もそこそこに、机の一つからあるものを器用に鎌で取り出すと、ユースティの方へと向く。



「ごほん……改めて、お名前をどうぞですじゃ」


「? えっと、おれはユースティさ」


「はい確かに。学校に入る際はこれをつけて頂きますぞ」



 そういって渡されたのは、プレートと銀のブレスレット。ただの飾りではなく、ユースティが付けるとその名前が刻まれていった。



「わ、わわ……これも魔法なのかい? 文字がぶわーって出てきたよ!」


「ユースティ様専用の名札ですじゃ。もし他人が腕につけようとしたら、すぐに砕けてなくなるのじゃよ」


「すごい!! そんなのもらって良いの?!」


「勿論ですぞ。さて……私は少し資料をまとめた後に教室にご案内しますので、外でソルリア君と待っていてくださいますかな」



 すっかり興奮したユースティは、その場で敬礼をして元気よく返事をした。



「はいっ、ショウ先生!」



 ブレスレットを見つめ、きらきらと職員室から出たユースティ。前で待っていたであろう少年に声をかけようとする。



「ただいまソルリア、……あれ?」



 少年はその場所にはおらず、少し離れたところで他の生徒たちに囲まれていた。



「なぁソルリア、これ歌で開く箱なんだってさ。お前歌上手いだろ、開けてみてよー!」


「……って言われても…………」



 わいわいとする彼らが持つ、両手で持てる位の装飾が施された小さな箱。それを押し付けられているソルリアの表情は優れない。そんな時、彼らに別の人物から穏やかな声がかかる。



「どうしたんですか、皆さん」



 黒髪の癖っ毛を空色の三角ピンで留めた背の高い青年。垂れ目気味で優しい人相を思わせるのだが、その顔は痩せている。距離があるにも関わらずかなりやつれても見え、お世辞にも健康そうとはいえない。生徒達はその様子を知ってか知らずか、青年へ振り返ると表情を晴れやかにする。



「あ、長様だ!」


「どうしてここにー?」


「少し見回りにきました。それを開けたいのかな?」


「うん!」


「まだ時期的に、魔法箱の解錠は習ってないですものね」



 長と呼ばれた青年は生徒たちへ優しく微笑み、ソルリアの隣にしゃがむ。さりげなく彼の頭を撫でてから、箱を受け取った。



「さあ、よく見ていてくださいね」



 青年から紡がれる、優しく流れるような歌声。……聞いていると心が凪いで穏やかになり、その場の皆が身を委ねれば──なんと手にしていた箱がひとりでに音を立て、開く。子ども達は沸き上がった。



「おおー! 開いたー!」


「基本の魔法に少しの工夫を加えるだけで、すぐ出来るようになりますよ」


「長様長様、他の魔法も教えてください!」


「ふふ、授業がそろそろ始まる時間でしょう? それまでのほんの少しなら、かまいませんよ」


「やった!」



 彼らはソルリアそっちのけで盛り上がり、そのまま離れていく。一人でポツリと立ったままそれをぼんやりと見送ったソルリアの隣に、ユースティは歩いていく。



「長様って、……今のが君のお兄さん?」


「! ユースティ」


「君が友達と話す機会を、奪ったようにも見えたけど」



 そう言って彼らが歩いていった方へ向かおうとしたが、ソルリアがそのケープの裾を引っ張って引き留めた。



「それでいいんだよ、ユースティ。あれは魔法でないと開かない箱だって皆知ってる上で、出来損ないの俺に持ってきてる。兄貴は助けてくれただけだ」


「ソルリアは出来損ないじゃないよ。……でも、そんなこといったって」


「二人には、俺のことを一切抜きで話してほしいんだ」


「……」



 心からの願いであるといわんばかりの声色。……ユースティがしぶしぶ頷いた時、部屋からショウが現れる。



「お待たせいたしました。教室までご案内しますのじゃ」



 ショウに連れられて教室へと入っていけば、中では生徒がまばらに自身の机にある椅子に座っていた。彼らは一斉に入ってきた二人へと目線を向ける。



「あ、あは……はじめましてー?」



 ユースティが控えめに手を振るが、生徒たちからはこれといって反応はない。ただただ物珍しそうに見られただけだった。どうやらソルリアと共に来た人物であることも影響しているようだ。



「ソルリア君はいつもの席に。ユースティ様はこちらにどうぞですじゃ」


「えっと、どうも」



 ショウはユースティに一番後列で端っこの空いていた席を案内する。それと同時にソルリアもしぶしぶといったように、真ん中あたりの自分の席へと座りにいった。



「皆様揃いましたな。授業の準備をしてまいりますので、お待ちくだされ」



 そういってショウが出ていったのを確認し、ソルリアの前にいた──てっぺんに2本の跳ね毛と薄いグレーのぱっつんショート、ヘーゼルの瞳を持った生徒が振り返った。



「魔法を使えないくせにまた来たんだ、国一番の劣等生」


「来て悪いかよ」



 その心ない言葉にソルリアは顔をしかめ、俯いて突っぱねるように返す。



「んーん、度胸あるなって思っただけ。それにあれ誰。寂しすぎて友達でも連れてきたの?

 あんたは友達よりも兄貴一番って感じで……何回か外の旅人に無理言って避けられてるところも見たことあるけどさ。そんなあんたによくついてきてくれたわね」



 ソルリアに突っかかるのはその生徒と、そこに参加する気満々で二人へ目線を向けている数人。その他はその光景さえ気に止めず、自分達の話で盛り上がりだした。先程フッブの長へついていった者たちも教室に入り、各々が好きなことを始める。それだけこの光景がいつものことだということだ。

 慈愛の国といえどこうした現象は発生してしまうらしい。ユースティは無意識に感嘆を溢していた。



「ああ。もしかしてあのカルディア、今日から増えた召使いかしら!」


「うるさいな、お前には関係ないだろっ」



 そうぶっきらぼうにソルリアが返せば、やがてショウが教室へと戻ってくる。ンンッ。講壇でそう彼が咳き込めば、他の話し声も止む。どうやらそれが授業の始まりを知らせる鐘の代わりらしい。



「さて、今回はゲストがいらっしゃっておりますぞ。ユースティ様。授業の前に少し自己紹介をお願いしたいのじゃが、構いませぬかな?」


「えっ、うん?!」



 話の矛先が向けられ、完全に不意をつかれてしまった人間。少し慌てるも、すぐに席を立ち好奇の目線を浴びながら口を開く。



「おれはユースティ。愛称はユース! 旅をしてるカルディアです。今回は授業の内容に興味があって見学しにきたんだ、よろしくな!」



 召使じゃないぜ! なんて付け足して……。訪れる長い沈黙。ショウが軽く考え込んだのを見るに、自己紹介には短すぎたのかもしれない。



「あー……ええとー……?」


「ユースティ様、好きなものなどはありますかな?」


「好きなものは、ピザかな!」


「ほう、あなたの故郷にはそういう名前のものが?」


「うん。特にマルゲリータってやつがとても美味しいから、是非!」


「それはよいことを聞きました。……ありがとうございます。ということで皆さんも、ユースティ様をよろしく頼みますぞ」



 そう先生が告げたことでようやく周りからの拍手が起こり、ぺこりとして座るユースティ。ショウはさっそく前の緑がかった板に両鎌で挟んだ白い棒を擦り付けて粉を付着させ、字を記していく。



「さて、今日の授業は魔法を使うにあっての魔素の並べ方の基礎復習、応用を行いますぞ。

 最後には代表者一名に実際に火の魔法を使って頂きます。火は我々の食卓における調理や暖を取るために必要なものであり、普段から魔法でも不自由なく調節を出来るようにしておくとよいですからな」



 その中でもショウがイメージがしやすいように、黒板へ円陣や絵を描く場面があった。描いている様子は中々不安定に見えるのだが、線の一つ一つがとても綺麗でわかりやすい。生徒たちは真面目にノートに記入したり、退屈そうに外を眺めたりしている。今回はソルリアも大人しくその板書を見つめている生徒の一人だった。

 ユースティにはそもそも魔素の名称ぐらいしか知識がなく、理解はかなり難しい。湧き上がるショウヘの質問の数々を胸のうちにしまい、魔素の並べ方──数学でいう様々な公式に近いであろうそれを、いつかのために自分のノートへ記入していく。



「…………ぁ」



 しかし途中で筆記具の芯を折ってしまい、途中でその手は止まってしまった。

 ……その時、隣席から差し出される一本。



「板書は実演までだから、その時に返して」


「ありがとう!」



 それは一見芯も何もないように見えたが、優しくノートの上で走らせればすらすらと線がかけていく。

 その後の授業は他の生徒たちが板書の穴埋めで当てられていたが、終盤になると予定通り実演の時間となる。魔素の並びを実際に作って炎の魔法を使ってみる、というものだ。



「さて、代表者一名。誰かやってくれる方はいるかのう?」


「せんせー、ソルリア君がそれ、やってくれるみたいですー」



 授業前、ソルリアに率先して話しかけてきていた前の席の生徒が声をあげた。勿論それは嘘であり、ソルリアは困惑するしかない。



「ちょっ……そんなこと言ってないっ」


「えー、嘘だぁ。やりたいっていってたくせにー!」


「ではソルリア君、前へ」



 ショウに悪意はないのだろうが、そのまま指名されてしまうソルリア。期待の目に圧されるままに、ゆっくりと前へ。……その歩みが震えていることは一目瞭然だった。対して周囲の生徒たちはくすくすと笑っていたり、ただ白けた目で見つめていたりする。



「また出来ないのに前に立たされるんだ」



 隣の席の細い肢体のヒト、緑の髪を一つ結びにした少女がそう溢したのを聞いて、ユースティは筆記具を借りていたことを思いだし、両手で返す。



「これ、さっきはありがとう……ねぇ君、」


「わたしはエントマのルリ」


「ごめん、ルリ。またってことは、こういうことは前にもあったのかい?」


「前にも、って言うよりはいつも。ドリスのことは好きだけど、ああいうところはきらい」



 前へ目線を離さないままはっきりと言い切る彼女に、ユースティはたじろぎつつも気になったことを訊ねていく。



「ええと……ドリスっていうのはソルリアの前の、あの子のことだよな?」


「うん。彼のこと好きなんだよ、彼女。あんな突っかかりかたしか出来てないけど」


「そうなんだ……って、まさかの好きな子をいじめちゃうタイプ……?!」



 会話が自然消滅する間に、ソルリアが講壇までたどり着く。



「さあ、ソルリア君。皆さんに勉強の成果を見せてくだされ」



 ──本当は部外者が手を出さない方がいいのかもしれない。けれど、これでは彼がいつまでたっても魔法を使う気になれない。それはなんだか寂しいし、今日は、彼と共にお兄さんに会いに行く約束がある。ユースティは誰に言うでもなく呟いた。



「少し位、許してくれるよな」



 ……外は快晴。ガラスのない開けっ放しの窓からは日光が差し込んでいる。その光と熱は生徒の席には及んでおらず、遮るものは一切ない。そしてソルリアは現在、ヴァリータから貰った黒いミトンをつけている。

 教室に沈黙が流れる中、声をあげた。



「なぁソルリア、片手のミトンを外してみたら?」


「……えっ」



 不意をつかれたようにまばたきをした少年に、ユースティは続けていく。



「いいからさ。それを掲げた手と手の間に置いて」


「わかった、けど」



 素直に右手のミトンが外され、彼の唯一の五本指が晒された。その代わりに橋をかけるようにしてミトンが両手の上に置かれる。



「それで前みたいに念じてみて。昨日、おれが空から降りてきた時みたいに力をこめるのさ」



 ユースティのさりげない嘘を含んだ発言にソルリアは更に困惑したが、素直に目を閉じて力を込める。詳細を知るはずのない生徒たちがあっけらかんとしているが、誰もがユースティと会うのは今日が初めてだ。それについてわざわざ直接真意を訊ねられることはない。隣の席のルリも、ユースティをじっと見つめてはしたが口を開くことはなかった。

 やがてソルリアに目線が集まったその間に、ユースティは分厚いガラスの破片──かつてとべーるとべーるくんと名付けたパラシュートについていたそれを、日の光の元へと転がす。ピンポイントで光と熱がミトンに集まるまで、投げては調節、調節しては投げてを繰り返していく。難度が高く焦るうちに、大きく角度のついた破片を転がしてしまった。



「!」



 幸か不幸か、それは見事ミトンの一点に日光を集中させることが出来──瞬間、背筋がゾクリ、とするような寒気が教室中に満ちる。


 ボワアァッ!


 ソルリアの手の中で勢いよく燃え上がったミトン。その炎は左手のそれすら一瞬で燃やしてしまい、先端が二手に分かれた彼の手の指が顕になる。



「ぼっちゃまっ?! あでっ」


「うわぁあぁああ?!」


「あっつぅ!」



 前の席の方の生徒はその熱に驚き、先生はじいやとしてぎっくり腰をおこした。大きな炎に教室中がざわめき、誰もが魅せられたように口が開いたままになって。……ユースティもかなり驚いたが、表情はきらきらと輝いていく。



「すごいじゃないか!

 これだけ出来れば合格だよ、ソルリア!」



 当の本人であるソルリアも熱をぼんやりと感じながら、自分の産み出した炎を見て、嬉しそうに笑みを溢した。



「じゃあもう行っちゃおうぜ、ユースティっ」



 そうして二人は、炎が消えると同時に教室を飛び出した。ソルリアの両手のミトンのことはちゃんとヴァリータに後で謝ろう。今はとにかく喜ぶべき時だ。



「ソルリア、みんなの驚いた顔、ちゃんと見たかい?!」


「見た、見たっ! でもあれお前の仕業だろ? 俺がそんなすぐ魔法使えるわけないじゃんかっ」


「おれは発火のきっかけを作っただけ。後は君の力さ! なんだよ、めっちゃ嬉しそうな顔してたくせにさぁ!」



 真昼の炎天下の中、二人は満面の笑顔で街道を走り去った。



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