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第70修 怨恨と偏見?



 扉を開けて入れば、吹き抜けの部屋。観覧席のような二階部分には囲むように設置された机と椅子。そこには全員で五人__無作為に集められたかつての神樹の人柱の一員__が座っており、お付きの者が一人。そして二体の、ユースティ達を連れてきた案内役のロボットと、部屋にいるもう一体、色褪せているロボットもいる。八人がそれぞれの方向からユースティたちを見据えていた。


 この部屋の一階真正面奥には扉があり、この部屋は会合の場でありながらも行き止まりではないようだ。



「……よく来てくれた」



 正面上の位置で座っている、ストレートの金短髪にオーロラ色の瞳。橙色のペンダントをつけた女性が凛々しくも微笑んだ。



「私はソレイユ。空の国の代表者の中でも総括的な役割を貰っている」



 ユキの言う通り、襲い来る魔物から空の国のヒトビトを護り、安寧をもたらした英雄だ。そのソレイユへ向かって左隣。そこには長く黒い髪を頭上で結った、細身で長身の寒色を基調とした服の男が口を開く。



「隣が例の下界の子だね。随分小さくてライズ兄さんみたいだ」


「オレも彼も小さくはないぞディセントッ! 心はえげつなくビッグなんだ……そうだろう、そこの少年ッ?!」



 次はソレイユの右隣。二体のうちの一体であるロボットの側、目が隠れるほどの長さでボサボサな黒短髪に藍色を基調とした服を着た、ソルリアと同じ位の等身のライズと呼ばれた男が叫ぶ。突然話を振られ、ソルリアは戸惑いつつも返事を返した。



「え、あ、ええと……それってさ。結局、体が小さいことは、認めちゃってない……?」


「なぬーッ?! ホントだーッ!」



 会議室の中央に歩んだユースティたちの右側にも黄色い椅子が二脚あるが、そこは誰も座っていない。



「はあ……ライズさん、うるさいですよ。少しぐらい声量をおさえやがれください」



 代わりに右斜め後ろから、薄紫色の瞳を細めたコッペリウスがため息をつく。そして左斜め後ろには……



「いいじゃない。ねえアンタ。その子はどこで捕まえたの? 奴隷にして従えたのかしら? もしそうならアタシにもその方法、教えてくれる?」



 低くも気取ったその声……冗談でも質が悪いが、本気である故にその場の緩やかな空気が明らかに強張る。声の当人である男は派手な帽子に老淑女の格好をし、赤い目でこちらを見つめていた。



「……ロディ」


「あら、失礼」



 コッペリウスに言外で窘められ、平謝りをしたロディと呼ばれた男。ユースティはその名前に驚いた様子を見せていた。彼はウォロスの舞踏会にも訪れていた死体愛好家。隣には眼鏡と燕尾服を身に着けたお付きの者が居る。幸い舞踏会では仮面もあったため、二人は気付かれていないようだ。

 __彼に付き纏う無差別な拉致誘拐や人身売買などの悪名高き噂は絶えない。彼自身の直前の発言もあり、ユースティが向けた目線に敵意が籠もる。



「お言葉だけど。

 捕まえたとか、従えるとかそういうのじゃない。彼は大事な旅の仲間だ」


「ふーん?」



 ロディがつまらなさそうにして黙れば、ソレイユも一連の流れに表情を硬くして、話を切り出した。



「今回は何故呼び出されたかわかっているか。御縁(みえにし)霧空(むく)



 本名で呼ばれるユースティ。黙り込んでいるソルリアの心配するような目線に気付いているのかいないのか、目を細める。



「おれが君たちに無断で、地上へ降りたからだよね」


「そうだな。本国民の下界堕ちは危険極まりない行為だ。許可を取らなければいけない。他には心当たりがあるか?」


「……他?」



 ディセントが書類をめくり、口を開く。



「今回のことは、久々に君と連絡を取ろうとして取れず、不自然に思った人物からの捜索願が出たことで判明した」



 その途中にも霧空の表情の変化を見逃さず、彼は目を細める。



「最初はただの衝動的な自主投身。まあそれも良いとは言えないんだけど、僕らはそう判断したんだ。でもそんな顔をするってことは、下界へ行くことは事前に決めていたんだよね。

 それは最早計画的な法律違反だよ。君が降りたところも、降りようと移動するところも監視カメラには一切映ってなかった。協力者もいるでしょ?」


「協力者は私です」



 代わりに答えたコッペリウスに、話を静かに聞いていたライズが椅子の音を大きく立てて驚く。



「コッペリウスがぁッ?!」


「ああ、それなら国の監視カメラの位置移動や機能停止も自由自在だね。それであってるかい、霧空くん」



 ディセントの決めつけへ、霧空は首を横へ振る。



「違うよ。彼女は監視カメラまで触ってなんてないし、おれの協力者という程関与もしてないさ。

 おれが彼女と何度か接触をはかり、一方的に彼女から発明品を奪って空の国を出た。それだけの話だよ」


「馬鹿、それくらい私に全部押し付けても__」


「嘘を言うなっておしえてくれたのは君だ」


「これぐらいは嘘でもなんでも、っ」



 ソレイユが霧空を庇おうとするコッペリウスの言葉を手の動きで制止して口を開く。



「そういうことなら、お前は……

 違反だけでなく、発明品の盗難も起こしたことになるぞ」


「ああ、紛れもない事実さ」


「念のため言っておくが彼女の発明品は高度で、外に持ち出すには危険すぎるものだ__その上お前は、穢れた下界の者をも連れて来た。支配もしないうちから仲良くしようものなら、この国を脅かしかねない」



 ソレイユの淡々とした口調とは裏腹に、いつしか憎悪が籠もったその瞳がソルリアへ向けられた。全身を強張らせた彼を隠すようにして、霧空は前に立つ。



「何を言うんだ、彼はそんなことしない!」


「荒れた環境であっても生き永らえ、魔法という不可解な力を使う輩だぞ。そいつらが蔓延る魔物と同じように……否、それ以上に発達した魔族として。私達を再び襲うかもしれない。

 お前はそれがありえないと言い切れるのか?」



 反論が続く前に、ロディが髪を指先で巻きながら口を挟んだ。



「いやだわソレイユ、もう悪いことをするとかしないとかの話じゃないのよ」 



 しわがれた目元を歪め、霧空へ指さして。



「ただでさえ計画的違反でしょ? しかも高度で危険なコッペリウスの発明品を勝手に持ち出して、最後には空の国に下界の子を連れてきたなんて。

 この空の国の転覆を狙ってるって考えてもおかしくないわよね?」


「なぬーッ?!」



 ライズはまた大きな声で後ろに仰け反った。コッペリウスがありえない、といった表情でロディを見つめて立ち上がる。

 ディセントは特に驚く様子もなく、静かに同意した。



「僕もそう思っちゃったのは否めないねえ」


「っ戯れ言はいい加減にしてくださいロディ、ディセント。あんな若輩者がそこまで考えられるわけ」


「静かに!」



 ソレイユの声に、全員が一斉に静まる。……コッペリウスは口を閉ざして席に座り、張り詰める沈黙。会議の主導者(ソレイユ)の目線が改めてロディに向けられれば、得意げに笑って続けた。



「……ま、アタシ達の信頼を得たいなら、まずその子に首輪をつけてあげない? ってハナシよ」


「君はどうしても従えなきゃ気が済まないようだな」



 先程から霧空の語気が明らかに強い。その様子にソルリアは違和を感じたものの、段々と張り詰めていく空気に口を出せず留まる。



「ワンちゃんも散歩のときに首輪とリードを着けるじゃない。危なくなりそうな時に引っ張って導いてあげれば、その子を守ることにもなる。

 首輪が従える為だけの物なんて、古い考えだわ」


「守る? ……一体どの立場に居るんだ、君は。彼らは魔法を生活のために使って文明を築いている。それ以外はおれたちと同じヒトなんだ。

 交流も言葉を使えば済む話だろ」



 今度はソレイユの表情が険しいものになっていく。



「我々と、下界の者が同じ……か。あの得体の知れない穢れた奴らが?」



 明らかな差別意識を含んだ発言に、霧空は信じられない、といった顔を隠さない。



「知ろうとしないからだよ。穢れたって表現もその目も止めてもらおうか!」


「ユースティ、落ち着いてっ」


「!」



 ソルリアに裾を引き止められることでようやく、コッペリウスを除く周囲の冷たい眼差しに意識が向いた。特にソレイユがかけてきていた静かな圧には、背を寒気が突き抜けた程だった。



「感情的なのは結構。だが今のお前の立場では、全て逆効果だということを忘れるな」


「……っ……」



 言葉を無くし、俯いた人間。ソレイユはしばらく蔑むような目を向けていたが、やかてゆっくりと伏せる。



「今日はここまでにしておくか。疲れも溜まっている故に混乱しやすいだろう。だが下界の者は本日で帰れ。お前が御縁霧空を操っている可能性もある」


「っだから彼はそんなこと……!」


「わかった。俺は帰る魔法があるから、それでここから出て行くよ」




 ソルリアが進んで承諾し、乗り出した身を遮られた霧空は口を結ぶ。ソレイユは静かに頷くと、次は同じく気が穏やかではない様子で居るコッペリウスの方に振り向く。



「『ナナ』、この件の間は本部の外に居てもらおうか。ユキの面倒もあるだろう」


「……はい。申し訳ありません」



 噛み締めるような返事を聞き届け、次はその場の全員へ向けて言葉が続く。


 

「諸君はご存知の通り、常駐である私の許可がない限りこの中央塔本部への一般人の出入りは、不可能だ。

 この件についての間は、本部の孤島化を命じようと思う!」



 ……一度大人しく下がったコッペリウスが、再び顔を上げて動揺を見せる。しかし他の同席者達に驚いた様子はなく、ロディがくすりと笑う。



「あーら久々。……あなた含め、五日間は誰もここからは出られない。空の孤島になるのね」 


「世間では下界で汚れた病がうつると信じられているため、隔離期間が必要でもある。そのついでだ。

 ……御縁霧空には黄の部屋を貸し出し、我々と同じように明日から五日間、本部で過ごしてもらう。食事や荷物もここにいる二体のロボットたちに担当させる。各自、自室のカードは持っているな?」


「勿論だよ。ライズ兄さんの分も確認して来た」


「お泊りもいいけど、オレだってやりたいことあったんだからなーッ?!」



 それを見るに、どうやらコッペリウスだけが知らされていない。……霧空の関係者として、完全に断絶されていたのだ。



「では、解散」



 その言葉に全員が立ち上がり、部屋の奥の扉を出ていく。コッペリウスはユースティ達を連れてきたロボットが二人以外の退出を待機している事を理解し、歯痒そうに顔を歪め。一人だけ出口の、エレベーターの方の扉から出て行った。

 それを見送りつつ会議室に残ったユースティとソルリアは、無機質な監視の目を向けられつつも向き合う。



「さっきからどうしたんだよ、ユース。もしかして俺のことだからムキになってくれたとか?」



 からかうように告げた言葉に返事はなく、人間の表情も俯いてしまっていて見えない。ソルリアは複雑な表情で微笑むと、一度背を向けた。



「まあ、なんか……結構嫌われてるのはわかった。色々気になることが出来たし、一旦兄貴に聞いてみるよ」


「……ごめん」


「お前が謝ることないって。地上へ降りるのが許可制なら、俺達が二度と会えなくなるわけじゃないだろ?」



 元気付けるようにそう伝えれば、改めて顔を上げた霧空。合った目線に嬉しそうに笑うと、ソルリアは告げる。



「じゃあ俺、兄貴に貰った魔法で帰るよ。一回で完璧に唱えてみせるから、ちゃんと聞いてて」


「うん、勿論さ」



 なまむぎなまごめなまたまご。その早口言葉を、3回。噛まずに言ったソルリアは誇らしげな顔をして、足元に魔法陣が現れる。



「出来た、出来たぞユースっ」


「はは、うん、出来たね!」


「じゃあ俺は一回帰るけど、これは終わりじゃない。俺達の旅は始まったばっかりなんだからな」


「うん、」


「またな、また会うんだからな、__」



 言い切る前に彼の姿が消える。同時に霧空から笑顔も消え、黒い感情が胸の内を這いずった。



「では、お荷物を失礼します」



 ロボットが寄ってきて、ケープを探る。……抵抗する理由もなく身を任せたが、いくら探られても何もでてこない。



「確認致しました」



 発明品も何も没収されることがなかった。ロボットが気を遣ったというよりは……ケープに細工がされている? 空の国に入る前にコッペリウスがケープを触った事を思い出し、霧空はそのまま何も言わなかった。



「これが滞在中のあなたの部屋の鍵です。代表様方の顔認証もしくは部屋ごとに作られたこのカードのみが、個室への入室可能手段となります。紛失にはご注意ください」



 そんな霧空に黄色のカードキーを手渡し、ロボットは去って行く。……静かになった会議室内。ケープをこっそり探った手には確かに、持ち出した発明品たちが触れた。



「__先程はすまない」



 そんな声とともに改めて開いた奥の扉。一人で気を抜いてしまっていた霧空が挙動不審になりつつも見れば、ソレイユが歩いてきた。



「ええと……何に対しての謝罪かな」


「私からも強い言葉を使ってしまったと思ってな」


「内容に関しては、訂正はしないと?」



 そのまま出口の方の扉にある機械に己のカードを通すと、中央棟に厳重なロックがかかる。今日を含めて六日間のタイマーがセットされたことを確認し、彼女は振り返った。



「発言に関しては取り消しはしない。これは空の国の総意であり、けして目を逸らしてはいけない負の感情だ」



 彼女は空の国の代表者の一人として、英雄と呼ばれる者として。しっかりとその場に立ち、霧空の目線に堂々と向き合っている。



「__わかったよ、ソレイユ」


「この五日間は形だけの禊だ。何事も無ければ下界へ降りることも、私から許可を出せる」


「!」



 霧空も見返した彼女は、先程の厳しさがかなり和らいだ、しかしこちらを祈るような目で見つめていた。



「さて、明日から五日間。お前も敵ばかりで心細いだろう。丁度下界の商人だという者が不法入国していてな。彼もこちらに呼んでいる」


「え……」


「期間内の話し相手位にはなるだろう?」



 そう苦く微笑み、告げて。ソレイユは改めて奥の扉から出ていった。



「…………あれが英雄様、か……。優しいのか、厳しいのかわかんないな」



 ぼやきつつ、霧空も改めて奥の扉を進む。机と椅子が等間隔に並んだ休憩室のような場所を直進し、廊下の突き当りにある、二手の分かれ道。

 案内と思われる電子板には左奥から緑、紫、紫、青、水色。右奥からは黒、赤、橙、黄……それぞれ色の目印のみが記されている。……自分のカードキーに対応する黄の部屋は右手前にあった。扉にある機械の前に立つ。

 ロボットが顔を認証させていた時のように、手慣れた様子でカードキーをかざしその部屋へ入った人間。


 ふと、おもむろに自身の体を抱えるように腕を回す。そこでようやく自身の体調不良を強く自覚した。


 

「__寒い……?」



 急に全身が重く感じる。噛み締めた唇に血が滲む。酷く喉が、腹が、全身が乾いていく感覚。自分は何かを求めている。それを摂取しなければ、飲まなければいけない。込み上げる焦燥。



「これ、まさ、か」



 Madaの禁断症状? あの一度だけではなかった? 思考は息苦しさに上塗りされ、ぐちゃぐちゃにかき乱されて霧散した。あっという間に床に崩れるように倒れ、爪で顔や首をひっかいているのだが、頭はもう痛みさえ認識出来ていなかった。



「ひゅ…………ッ」



 気道が締まる。助けを求められるような相手もいなければ、声もあげられない。やがて意識が薄らぎ、視界が暗転していく____

 



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