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第64修 魔に人間が入るのか人間に魔が居るのか?


 ソルリアは突然引き寄せられた相手の姿を見る。剥き出しになった電源コードの束のような首。Vの線を描くようにして割れた頭。それと繋がっている太めの一本の身体に、筋張った羽と細長く肉付いた四つの足。

 人工物と生物の継ぎ合わせのようなその姿……それらがフッブの国を襲った蛇のものだと気付くのに、時間はかからなかった。



「お前、あの時のっ」


「久々だなァ。オマエに会いたいってやつが居てな……我と共に来てもらうぞォ」


「やだよ、そいつがこいよなっ。こんなの誘拐だぞっ」



 以前捕まった時と同じように抜けようとするが、今度は腕ごと全身に巻き付かれてしまった。このまま連れられてしまえば、何をされるかわからない。


 強張ったソルリアの不安を払うように、カシャリ。……鉄が擦れる音が、冷たく響いた。



「__うおォ?!」



 大きな発砲音。直後に蛇の眉間を貫いた銃弾__それはただの鉄の塊でなく風魔法によって構成され、周りの魔素を巻き込んで回転数を増やし、威力が増していると見える__によって、鮮やかな赤が舞う。

 巨体が揺らめいたが、倒れ込むまでは行かない。キッと振り返り、声を震えさせた。



「おいおいィ、まじかよあの人間!」



 人間? ……ソルリアは銃弾の来た方角と蛇の様子を交互に見、なんとか言葉を紡いだ。



「ユースは銃なんて持ってなかったはずだ、というか頭撃たれたのに平気なのかよお前っ」


「体は作り物だからな。生身よりは頑丈だァ!」


「作り物ってまさか……、うわあっっ」



 会話を遮る、再びの発砲音。銃弾はソルリアを避けて確実に蛇の鱗を貫き、肉を抉っていく。その度にうねる相手の様子から、作り物の体にも痛覚があることを改めて認識できる。



「どういうことだ! 本来なら! これは魔法も弾く鱗だぞォ!」


「なに、何が起きてるの。ユース、答えてくれっ。これ、本当にお前がやってるのかっ」



 霧の方角へ呼びかけるが、返事はない。蛇が逃げをうつ前に発砲音は引き続き響き、確実に急所へ撃ち込まれていく。一方的なそれに、ソルリアの中で蛇への心配がちらつきはじめた。



「ああ、うぜってぇなァア!」



 蛇は我慢ならないといった様子で翼を大きく羽ばたかせ、一時的に霧が晴れた。

 攻撃が飛んできていた方向、銃を構えていたのは確かにソルリアが共に旅をしてきた人間だった。その全身はぼろぼろで、よくきらきらと輝いていた筈の常磐色の瞳には、光一つない。


 無感情に細められたその眼差しに、背筋が凍るような感覚がした。


 

「「 ! 」」



 対してユースティがソルリアの姿を視認すると、ハッとしたように目を見開く。同時に引かれた引き金が空虚な音を奏でた。


 __隙は逃さない。蛇が咄嗟に口から吐き出すようにして放った魔法を、人間はまともにくらってしまった。

 声も出せないままに吹き飛び、叩き付けられた先の木が鈍い音をたてた。間をおかずに蛇は全身を使い接近し、ソルリアの体が適当に投げ出される。痛みに唸る人間が体勢を整えようと起き上がる前に、ヘビの大きな尾を振りかぶる。



「ひっ」



 尻もちをついたソルリアの喉から鳴る細い悲鳴。ぐしゃり、人間の体へ直接蛇の尾が打ち下ろされ、背後にあった木が容易く折れて砕けた。

 ……一瞬でも蛇の心配をした自分が愚かに思えるほど、体格差も威力も段違いだった。蛇はそれで終わらず、再び尾を振り上げ、大きな音を立てて攻撃を続けていく。まるで銃弾のし返しだと言わんばかりに。



「や……なにして、今ので十分だろっ、そいつは普通の人間なんだ、やめっ……」



 よろよろと近寄り、絞り出した少年の声に振り返った蛇は今まで以上に鋭く睨みつける。



「普通の人間?? 嘘つけよ、普通の人間ならとっくに潰れて死んでる筈だろうがァ!」


「っ」



 改めて粉々になった木の根本が視界に入る。何度蛇の攻撃が当たっていたとしても……原型を完全に留めている”それ“は、微かな呼吸を続けていた。



「は……はは、まるで蝿たたきみたいだ」



 なんて、掠れた声で笑ってみせて。ゆらりと両手で銃を構え、ようやく動きを止めた蛇へと向けた。



「ごめん。おれも、負けられなくてね」


「ガッ……!」



 冷静にもう一発。撃ち込んだ銃弾は蛇の首にあるコードの何本かを巻き込み、千切れる。



「特に君は、これ以上何をするかわからないからな!」


「まさか……魔素か、魔素を大量に纏いでもしたか。どこから得た? 少なくともフッブでオマエと出会ったときには感じなかったぞォ!」



 小さな攻撃の積み重ねが、大きなダメージとなっていく。人間は蛇の反応が焦りに変わったことで確かな手応えを感じていた。



「ついさっき知ったよ。魔素を纏えば身体強化も出来るなんてね。このままやられてばかりじゃ、君も不味いんじゃないのかい?」


「クソっ……今回は勘弁してやるよ、覚えてろォ!!」



 口角を上げて強気に出れば図星のようで、蛇は向きを変えどこかへと飛んでいった。……その気配が遠ざかった事を認識してから完全に倒れ込んだ人間に、ソルリアが駆け寄る。



「大丈夫か、ユースっ」



 どうやら荒い息をつき、朦朧とした意識で頭上を眺めていたが、弱った顔を見られるわけにはいかない。そう言わんばかりに腕で顔を隠す。



「ごめんソルリア、心配かけて。やっぱりおれじゃ、全然歯が立たないや……」


「そういうこと言ってほしいんじゃなくてっ」



 腕に優しく少年の手が重ねられたことにひくり、体を震わせた人間。その体が切り傷と打撲だらけで血まみれである事実に、ソルリアも顔を引きつらせた。



「なあユース、俺さっきお前がこんなに怪我してたこと気付けてなかった、今だってめちゃくちゃされてっ」


「そりゃ霧があったし、見えにくいだろ。怪我も大丈夫さ、生きてるし……」


「こんな銃も今までは持ってなかったよな。落としてた師匠の発明品が見つかったとか?」


「拾い物さ。元はこの森の誰かが持ってたのかも」


「銃が拾い物……?」



 少し怪訝そうな顔をしたものの、鞄から救急セットをだして初期治療をはじめた少年。手慣れた、というわけでもないがしっかりと手順を踏んだ手付き。その様子をぼんやりと見つめつつ、人間は口を開いた。



「ソルリアは怪我してない? さっきもびしょ濡れだったでしょ……」


「してないし、もー乾いた。少なくとも俺はお前みたいに血が出てたらすぐ言うよ、なにかあったら怖いもんっ」


「そっか、よかったよ……いうっ?!」



 消毒液の代用品であろう葉を絞り、水分が傷口へ直接落とされる。必要量以上だったことにより強く染み、人間から唸り声が上がった。



「……全然よくない」



 困惑したように少年を見た人間は、そのまま大きい瞳にじとりと見つめられ、目線を逸らしてしまった。直後、その体が強張る。



「!」



 視界に見えたのは細かな生物の群れ。カサカサと複数の細い足で素早く、たちこめる霧と混ざりながらまっすぐに迫ってくる。かと思えばその姿は不定形にぐねぐねとうねり、得体が知れない。……確実に言えるのは、それが段々と向かってきていることだ。

 嫌悪と危機感。背筋を寒気が突き抜け、自然と身体が震えた。思わずソルリアの服の裾を引っ張り口を開く。



「まって、ソルリア。逃げて、何かが来てる!」


「何か……?」



 当のソルリアからすれば、その場には何も見えず感じもしない。今のユースティがミえているものは、他者には一切認識できないモノ……幻覚だった。それでもソルリアは言葉に従って辺りをしっかりと確認し、そうして改めて告げる。



「大丈夫。俺らの他には何もいないよ、ユース」


「? でもそこに、ほら、音だってどんどん大きくなって_____」



 ソレが人間の顔に、飛びついた。



「ひ、うぁあぁ?!」



 足、腕、身体、顔。次々と小さな何かに群れられる感覚。途端に暴れだす身体。



「ユースっ?」



 何もいない。何も起こっていないというのに悲鳴をあげ、何かを払おうとして暴れ始めた人間。小さなソルリアの力では押さえることもかなわない。

 しかしふと、そのケープから落ちる何かに目線を奪われる。



「……まさか」



 ソルリアの顔が引きつる。その視界に入ったのは袋の中に入った、いくつかの黒く丸い塊。__気を奪うしか、すぐに止める方法はないだろう。ソルリアはユースティが持っていた銃の発射口の方を掴み取り、咄嗟に振り上げた。



「ユース、ごめん……っ!」



 鈍い音とともに人間の叫びは途切れ、再び霧に包まれた森に静寂が戻る。

 今回のユースティのような様子は、ソルリアにとっては初めてではない。さらに思い起こされる蛇の言動。



『魔素か、魔素を大量に纏いでもしたか。どこから得た』



 よく見知った因縁の方法が、()()()()ある。



「はー……、はー……っ」



 自然と浅くなる呼吸。動揺を隠せない。いつのまに? 考えられるのは、この森で自分と共に行動をしていなかった間しかない。



「嘘だ。これが危険なのはお前も分かってる筈だろ。どうして」



 がさり。草むらが掻き分けられた音に意識を引き戻して振り返ると、そこには黒い狼男がいた。



「ハザック」



 少年の取り乱した表情に、相手もすぐに気付いたららしい。



「__テメェら、なにがあった?」


「どうしよう、……どうしよう、ユースティが……っ」




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