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第62修 悼む贋物は暗鬱に浸る?


__________



 ユースティは最早、飽和してしまったのだろう。


 ウォルターとの決着も、まるでお別れのためだったといわんばかりのアルムたちとのひとときも。アルムの自死も、ノルムとラルムを演じ続けた二人組の無念も。

 伸ばした腕で何一つ掴めず、全て目の前で滑り落ちてしまった。


 プセマのことも受け止めきれたわけじゃない。ソルリアと彼女の対話だって、どこか遠くで眺めることしか出来なかった。全部わからないことだらけだ。なぜ、どうしてが溢れていく。



「__っ、」



 そのまま視界に入るものが全てぼやけて見えて、全身が痛み凍りついていく。身体を包む泡を子守唄に、海へと溶けていく感覚。

 アルム、ラルム、ノルム、ウォルター、プセマ。そしてウォロスの犠牲者たち。彼らを助けられたなら、どれほど良かったか。その筈なのに結局、何も……



【『出来なかった』んじゃない 『しなかった』?】



 意識の暗闇の中、無機質な声が告げたその言葉に眉をひそめる。



「……久しぶり、トエル」


【大丈夫 今回は最初から すでに燃え尽きそうな蝋燭の火だったもん それでもちゃんとウォロスを止めた 解決したんだよ すごいよユースティ】



 心からの褒め言葉ではあるのだろうが、今の人間にとっては逆効果だ。



「蝋燭の火? ……それなら、おれが吹き消しちゃったんだ。すごくなんてない。誰も助からなかった」



 その声は震えている。怒りなのか、悲しみなのか、それとも他の感情か。今確かなのは、それをぶつけられるような場所などどこにもないということだった。



【だって誰も助かるつもりなかった さっさと忘れちゃっていい】


「そんなことない」


【どうして? 終わったことは切り替えて次に行かなきゃ 想いは一度に沢山は持てないよ 重すぎる】



 どう受け止めるのが正しいかなど、得体もしれないその声に言われなくともわかりきっていた。けれど見ないふりをしたかった。



【彼らも こうなることが 最善だった】


「違う」

 

【ねぇユースティ 今のあなたの表情も

 心の奥底にある声も】


「いやだ」



 それを選べば今度こそ、ナくなってしてしまう気がして。



【それがあなたの答えなんだよ】



「五月蝿い、もうやめてくれっ!!」



 叫び声とともに素早く起き上がる体。寝かされていたのは湿っぽい草むら。自分の他には誰も居らず、小川の流れる音が耳に入る。目覚めた人間は落ち着かない様子で荒く息をついて、その頬を透明な液体が一筋伝い落ちていった。


 ふと見下ろせば確かに、蹠球の変化を残したままの腕。そして、アルムから借りたままになってしまったチョーカーがあった。確かにウォロスでの出来事は、泡沫夢幻の類には出来ないものだ。

 呆然と辺りを見回すと……灰色の雲に覆われ、どんよりとした空の下。小川に囲まれたその場所は、唯一獣道が草木の生い茂る緑の森へ続いている……息を整え、首を振ってから頬を両手で張って。



「……は……」



 這うようにして立ちあがると、焦りに駆られたようにして道を進む。

 暗くなる視界、じとりと肌にまとわりつく湿気。その歩みの先に誰かの姿を視認して。無意識に近くの木陰に身を隠して状況を盗み見た。



「長様、先程先代とオプファの帰還を確認致しました!」


「わかった。ありがとうな」



 そこには塗りつぶされたように真っ黒な闇の体を持つヒトガタが二人。片方は小さな者で、その子に長と呼ばれたもう一人は、くびれを持ったヒトの体躯から女性だと認識出来た。彼女は肩口の部分が開き、足元にスリットの入った青色の着物を身に纏っている。口をはじめとした顔のパーツが一切見えない。どこかの子どもと美人の影がひとりでに服を着て歩き出した、そう例えられるような姿だった。



「それにしてもなんの風の吹き回しや、今日は。唐突すぎてほんま、えらいなぁ……」


「え! ボク偉いですか!」



 子どもと女性の間で齟齬が生じたようで、暫くの沈黙が流れる。



「……あー。えっと、しんどいなぁってことや。あんたには何も言うとらんよ」


「すっすみません!! 失礼します!」


「ん。道の魔物には気ぃつけて行くんやで」



 子どものヒトガタが慌てて去ると、女性は冷たく告げた。



「……なぁあんさん。そんな陰から熱心に見られても、おもろいことはせんよ」


「!」



 __気付かれた。否、気付かないわけがないのだ。彼女の姿もその気迫も、ヒトからかけ離れている。

 背筋を突き抜ける悪寒を感じていたにも関わらず、人間の体は笑みを貼り付け、勝手に彼女の前へと出ていってしまった。



「あ、えっと。ごめん! 最初からそうしようって思ってたわけじゃなくて……

 ?!」



 刹那。


 反射的に風船斧を出し、防いだ一撃。太刀であるそれは、女性からの明確な殺意が籠った攻撃であった。



「あんさん、どの面下げて戻って来たん?」


「一体、何の話だい……!」


「……あれ、ごめんな。人違いやったか」



 とぼけた声色をしつつも静かに増していく力に、顔を顰めてしまうような歪む音。……びくともしない太刀とは裏腹に、風船斧は歪んでいく。



「それにしては、力を緩めてはくれないんだな!」


「ま、無関係ではなさそうやしなあ」



 大きく弾かれ、風船斧の刃が容易く割けた。



「__なっ、……」



 息をつく間もなく、横から回し蹴りを喰らう。容易く吹き飛び、咳き込みながらよろめく。取り落とした風船斧はしぼみ、彼女のヒールに踏み潰されてバラバラになった。



「あは、脆。このヘンテコな武器壊されたらもう何も出来ひんちゃうの。こっからどうするんか見ものやねぇ?」



 それでも貼り付けた笑みは剥がれなかった。

 剥がせなかったという方が正しいだろうか。



「い、てて……強くて、綺麗な黒足だね。効いたよ……!」


「……。どうでもええ口は回ると見た」


「が、ッ」



 何も出来ないまま背後に回られ、かかと落としをその丸まった背に喰らう。地に沈む形で衝撃は和らいだものの、激痛であることに変わりはなく。

 そこからは一方的だった。起き上がろうとしたその瞼が斬られる。頭を踏まれる形で押さえつけられ、全身に追撃をもらう。痛みに呻きをあげる間さえない。ぬるい感触が闇の中で広がっていく。



「……なんや、えらいヌルすぎんか。とんだ死にたがりの肉に恵まれたもんやなあ。

 まあここに放ってたら、狩りの下手な子が見つけて食えそうやな」



 片腕を掴まれ、軽々と脱力した体を持ち上げられる。


 ……自分を、食べる?



「そうやで。ここは弱肉強食、強い輩が自由な場所や。狩りをして、あんさんと同じように食事をとる」


「!」



 彼女はあー、とわざとらしく声を出しながら、先程まで見えなかった口を開けたようだった。先に視界を潰されたために見ることは出来ないが、その口は顔の全体まで大きく裂け、鋭い歯が並び、細長い舌が蠢いている恐ろしいものだ。



「あんさんをこの舌に乗せて。じっくり血を啜り。噛み砕いてすり潰し。味わいながらこの喉で嚥下することで、ウチらの血肉になるんやで。

 ……なんやその顔。どう生きてきてたらここでそんな顔になれるん? しょーもな……」



 冷たく、くすくすと耳元で嗤う。その後は興味を失ったかのようにぼろぼろの人間をその場に落とし、去っていった。

 再び訪れる静寂。鈍く響くような痛みに、体を動かすことさえままならない。視界も奪われており頭だけが冴えていく。


 風船斧はあっけなく壊され、とんでもなくヒトのものではない力で痛めつけられた。大量の出血もある。脅威はいなくなったものの、かすかな羽音や何かの気配がこちらの様子を窺いにきている気がする。このまま倒れていれば、本当に食べられてしまうのも時間の問題だ。



「っ、はは、……は。」



 彼女は、長と呼ばれていた。この近くにもフッブのように治められている場所があるのだろう。頭に過っていく、現在のソルリアの所在。今彼は、どこに行ってしまったのか。


 せめて、彼の安否を見届けてからがいい。


 途端にひくっ、と痙攣する腕。痛みはさらに鈍化して、全身の熱が増していき……突如明ける視界。


 なんと、先程斬られて失明した筈の目が治っていた。



「…………なんだ。まだ……」



 次第に体も動くようになって、両腕で体を起き上がらせる。まだぼんやりと赤い視界の中、草陰に落ちていた何かの道具……意識が確かならば、片手で持てる程の小柄な白い銃__金古美の蔦の装飾が印象的なそれ__を認識出来た。 

 さめた意識でまっすぐに。這って進んで拾いに行く。それが片手だけで持ち上げられることに、安堵と憂鬱を感じつつ……素人知識で発砲へと備えてみれば、小さくとも鮮明に聞こえる鉄の擦れた音。


 人間はふらりと立ちあがると、あてもなく。鬱蒼とした森の中、ぼろぼろになった体を引きずって、歩いていく。



「困っているね」



 ふとかけられた、抑揚がなく生気を感じられない声。振り返れば、白いフードを深くかぶり、大きな籠を背負った商人がいた。今までのユースティならばエスコートなどの動作をしただろうが、今の人間はあからさまに敵意を込めてその者を睨みつける。



「……君、フッブでMadaを売ってた商人の仲間だな。あの蛇とは一緒に行動をしてないのかい」


「なんのことかな」


「傾国の暗躍者が、おれに一体何の用だっていってるんだよ」



 とぼけられれば、より語気を強くする。商人はやれやれと嗤う、ように肩を揺らしただけだった。全身に力を入れていないのか、吊られた操り人形のようでやけに不気味である。



「今のキミに必要かと思って」



 差し出された袋とその一言に、時が止まったように感じられた。



「__それは、」

 

「Madaだよ。これで得られる魔素を纏えば、魔法の威力だけじゃない。身体もある程度強くなる」


「あり得ない。あれだけのヒトを苦しめておいて……まだ、持っているなんて」


「必要とする者に渡しているだけだよ」



 ソルリアを探すため、話をする時間さえも惜しい。それ以上は何も言わずに商人の横を通り過ぎるが、進んだ先で木の上からだらり、とぶら下がってくる。無視してもまた、先回りして目の前に現れる。まともに相手することさえ面倒になってしまう位だ。



「ついてこないで」


「いつ必要になってもいいように一緒にいようと思って」


「必要ない」


「続けて服用さえしなけりゃ、暴走することもないよ。お金もとらないし」


「そういう問題じゃない」



 淡々と交わされる問答に、商人は淡々と波を立て続けた。フードで隠れたその顔は、一体何を浮かべているのだろうか。



「……ここは弱肉強食、だっけ」



 聞く耳を持たない姿勢を貫いていた人間は、その言葉に立ち止まる。



「自身だけならまだしも、力がなければ何も守れない。何も救えないよ。……ねぇ」



 見開かれた常磐色の瞳を、震えるほどに引きつり上がった口元が覗き込む。



「”彼“のことは諦めたくないでしょう?」


「………………」



 そうして僅かに震え、伸ばしたその手は____差し出された劇薬を、受け取ってしまうのだった。


 


 

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