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おしえて、研修生!  作者: きりぞら
第弐章 響け、届けよ。ウォロス
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第60修 こんとん


 ただ、夢であれと祈るしかなかった。


 アルムの自死を、その子分を名乗っていた者達の消滅を、死体が並ぶ道を、最後に居るであろう犯人の正体を。

 重い足取りのユースティとソルリアの視界の先に、ようやく生きている者の姿が見えた。ツインテールの紫髪を揺らし二人へ振り向いたその者は見間違えることもない。確かにプセマ本人だ。



「あら、ソルリア、ユースティさん」


 

 彼女は変わらず麗しく、ふわりと二人へ笑いかける。しかしその金色の目は深い闇をたたえていた。



「ここを辿ってきたということは……バレてしまいましたのね?」



 その言葉は、二人が犯人を追ってきた事実を知っているうえで、肯定もしてしまうようであった。二人の返事を求めてはいないと言うように、彼女は矢継ぎ早に言葉を連ねていく。



「本当に大変でしたわ。あの二人、勘違いして襲ってくるんですもの。あの男は自分から死を選んだというのに。

 でも、終わりよければ全て良し。全てあなたのお陰ですわ、ユースティさん!」



 ユースティは、二度目のその言葉の意図を察することも出来ない。



「……どういうことかな」


「わたくしの願いを叶えられる方や、父とあのヒト達。あなたが来たことで全部得て、消すことが出来ましたのよ。

 ありがとうございます!」



 突き放すような満面の笑みを、目もとを険しくさせながらも返す。



「プセマ。今からでも、全て嘘だと言ってくれないかい」


「嘘にして、何か変わりますかしら。死人は戻ってこない。それが浮世の定めであるべきでしょう?

 そしてこのまま、わたくしは神の一員に選ばれる。あなたを使って願いを叶えるの。……ねぇそうでしょう、ソルリア!」



 彼女は一転してソルリアを見据え、嗤う。金色に輝くその瞳は獲物を見据える捕食者のものだった。冷たくも美しいそれに射抜かれた少年は、ただ首を横に振る。



「……俺、そんなの知らない」



 たちまち周囲に白い糸が舞うように張り巡らされ、透明となってその空間に溶け込んでいく。



「ふふ、大丈夫。知らなくとも、今からちゃんと……確かめていきますのよ。

 安心して、痛くはしないから!」



 そう告げた彼女の背中から生える、ソルリアの手と似て細長く節立った、十本の鋭く長い足。変形していく彼女の姿は、彼女の攻撃的な言動の真実味を増やしていく。



「……っ」


「ソルリア!」



 放たれた蜘蛛の糸、咄嗟にユースティが駆けて彼を突き飛ばした。ソルリアが転び、その視界の端でプセマの糸に絡め取られていく人間を見る。



「ユースっ」


「もうやめろ、プセマ! 自分を悪くするような真似はやめるんだ。これは一体誰の指示なんだい、ウォルターはもう居ない筈だろ!」



 解こうともがけばもがくほど絡まっていくその糸。囚われながらも必死に叫んだユースティに、プセマは冷笑した。



「なんですって? わたくしが誰かの指示で動いていると?」


「だって、今の君はまるで……!」


「笑わせないでくださるかしら。わたくしは、わたくしの意志でヒトを殺めた。自分の意志で動いていますのよ!!」



 糸が容赦なく締め上げ、人間から呻きが漏れる。



「勝手にわかった風に哀れまないで、救いの手も誰かの介入も、求めてなんてないんだからっ!!」



 怒鳴ったプセマの周囲に現れ、向けられる黒い棘。糸に捕まった今、人間に避ける手立てはない。ソルリアが声を上げる。



「お願いプセマ、やめてっ」


「ならわたくしを力づくで止めるしかありませんわよ、ソルリア!」



 ユースティの手が塞がっている今、ソルリアの攻撃手段はアルムに真の呪文をおしえて貰った、魔法陣だけだった。



「っ……我が祈りが 全てを裁く業火とならんことを 炎獄っ」



 ソルリアがそう告げればたちまち最大火力で燃え上がるが、彼の目的はユースティを捕えている糸だけを燃やすことであり、コントロールが中々難しい。そんな中でも、ソルリアの大きな魔法に見惚れた様子のプセマが感嘆をこぼす。



「あはっ。そう、それですわ。その魔力が、何よりの証」



 そして彼女は器用に糸を引き、ユースティを絡めた箇所を移動させることで魔法の直撃を避けていく。

 攻撃が彼女や人間に当たることを気にしているうちは、全て避けられてどこにも当てられない。ソルリアはそう悟ってはいたが、どうしようもなかった。今度はユースティが声を上げる。



「ソルリア、逃げるんだ! エトワールからおしえて貰った早口言葉の呪文を唱えて……! それなら他の関与もなく、フッブに戻れる筈だろ!」


「なっ……俺の隣にいなきゃ、お前が一緒に帰れないっ」


「捕まったのはおれの落ち度! 君は彼女とは戦えないだろ、だったら君だけでも先に……むぐっ?!」



 途中で糸を口にも巻かれ、ぐるぐると繭を作られていく。プセマの冷たい目が向けられた。

 


「五月蝿い。折角見つけた“カギ”を、逃がすわけがないでしょう」


「ユースティ……っ」



 彼女はソルリアを向くと、心酔したような瞳を向けてきている。しかしそれは今までとは明らかに違う。彼自身が持つ、何かの力への心酔だった。

 真偽はどうであれ、今彼女が自分に向けている好意。それが彼女にも、自分にも。形を変えた歪なものとして存在している。



「ソルリア。逃げちゃ嫌。この人にもあの棘、刺しちゃいますわよ」


「プセマ、カギって何? 俺の存在が、君の力になれるってこと? 一体どうやって」


「わたくしがあなたを取り込むんですの。そうすればわたくしは力を得て、願いを叶えることが出来ますわ」



 選択肢は二つ。一つ目はフッブへと逃げる呪文を使うこと。これはソルリアにとってありえない選択。二つ目は状況を打開するには程遠く、しかし強めると彼女ごと燃やしてしまう危険を孕んだ魔法を使い戦っていくことだ。


 ウォロスで起きたヒトの生死や善悪、旅人である二人が知る由もない想いや過去全てが渾沌の渦となって押し寄せて来ている。少年は唯一の選択さえ選ぶことが出来ず、自身を狙う糸をひたすら避け続け。時間だけが過ぎていく。



「あは、ほんとあなたってヒトは……

 すき、だらけですわね?」



 そうしてプセマの糸の動きがやがて上手(うわて)となり、ソルリアの足を奪う。



「うあっ」



 地に転がされ、プセマが舞うようにしてのしかかってくる。彼を助けにむかえるであろうユースティは完全に糸に巻かれ繭となり、完全に声も遮られてしまっていた。



「これで邪魔は入らない。動けもしませんわね、ソルリア」



 小さな体を複数の足で押さえつけ、妖しく笑んだプセマの瞳が、ソルリアのそれとかち合う。淀んだ金色。……この時間は一体何の情けだというのだろうか。暴れることもしない少年の表情が、ただただ悲痛に歪む。



「ふふ、怯えているの?」 


「……、プセマ……」


「かわいいソルリア。さあ、わたくしに全てを委ねて……」



 もう状況は変わらない。プセマがゆっくりと動き出した、その時だ。



「あれ。もしかして、らびちゃん〜?」


「!」



 突如降りかかった第三者の声。



「どうしてソルリアさんの上に乗って……? はっ、まさかぁ〜?!」



 烏の仮面をつけたメイドが黄色い悲鳴をわざとらしく上げ、両手で口元を抑えながら野次った。あまりにも場違いなその声に振り向いたソルリアは、呆然と口を開く。



「……ばあ、ど?」



 彼女はどこからともなく現れた、メイドのばあど。


 困惑のままソルリアがその名を呼ぶと、仮面の下からは今までの彼女のものとは程遠く雄々しい、くすりと嗤う声が聞こえる。それだけの筈なのに、一気に場が支配された。



「下を見てきたよ、プセマ。どうやら悪いことを企んでいそうだね。

 あなたの願った通り、悪夢は終わったというのに」



 プセマは慄くこともなくばあどを見つめると、不服そうに口を尖らせた。



「冗談はほどほどにしていただけますかしら。ここがある限り、わたくしの悪夢は続いておりますのよ」


「へぇ。つまりあなたの狙いは……ここを、沈めることか。それなら最初から伝えてくれればよかったのに」



 ばあどの姿をしたそれが指を鳴らした瞬間、突風のような現象にプセマの体が吹き飛んだ。



「きゃ……!」


「わかるよね。あなたのその半端な力じゃ、勝てないって」



 烏の面を通して伝わってくるのは、不気味な圧力。



「今更立ちはだかってきて……一体何のつもりですの!」


「何のつもりも何も……折角作った自分の作品を、部外者に壊させたいヒトなんていないだろ」



 プセマから開放されたソルリアは、ただそこにいるだけで脂汗が滲んでくる感覚を覚えつつ体を起こす。



「……自分の作品?

 こんな場所を、創るなんてことが出来るのか……?」


「うん、ウォロスは創ったんだよ。途中で飽きて放置してたけどさ。やがて見つけたやつらに歴史的発見だとか言われちゃって、あのおじいさんは派遣されたってわけさ」



 ばあどの姿をした何者かはさらりと答えた。おじいさん、とはウォルターのことだろう。

 確かにそこに立つ存在の異質さは、かつてフッブの国が危機に陥った際、ショウの姿を借りて話してきた何者かを彷彿とさせた。……口調や性格は別者だが。



「ほんと悪趣味な方ですこと」


「んー、そんな姿になってまでそれぞれ欲しいものを追い求めたあなた達も、変わらないと思うなあ」



 その者はプセマの言葉も軽くあしらうと、手からはまばゆく黒い光を取り出す。



「さて、そろそろ挨拶は終わりにしよう。そこのお姫様が皆を消しちゃったお陰で歯車も止まっちゃったし、こちらの時間もないからね」



 やがて光の中から現れた何かの影と、放射線状に広がった衝撃波。張り巡らされた糸は突風で弱ったところから千切れ、やがて吊られていた繭も解けてユースティの体が落ちる。ソルリアはすぐさま駆け寄り、側に座り込んで顔を覗き込んだ。



「っユース」


「けほっ、けほっ……! おれは、大丈夫。それより何があったんだ、中から話は聞こえてたけど……!」



 そのまま二人は、ばあどの隣に現れた巨体を見る。

 ……四足歩行と、複眼の瞳。関節の部分が顕になっており、電子コードの束のようなものがそこから見えている怪物。顔には豚のように平たい鼻。大きな横に広く口には鋭い牙が見える。少し先で巻いた分厚く大きな尻尾が揺れ、自分達を見下ろしていた。



「なんだよ、あれ……」


「びっくりした? この子、自信作の一つなんだあ」



 お面の下からは彼らの反応を面白がっているような、くすくすとした笑い声。そのまま怪物の足元へ愛しそうにすり寄りながら、ユースティの方へ向く。



「そうだ、ユースティさん。あなたならこの子と体を融合させることも出来そうなんだけど、どうかな。見たところ相性ピッタシだし、ちょ〜っと一瞬時間を貰えば出来ちゃうよ」


 

 人間は改めて巨体を見つめると、暫くしてきらきらと輝くような表情へと変わっていく。



「そんなこと出来るのかい、面白そうだな……!」


「今の状況でそんなこと言ってられないだろ、ユースっ」



 満更でもないような様子にソルリアが慌てたが、ユースティはへらりと苦笑をしてみせた。



「……なんてな。あんなにでかくなっちゃったら、ソルリアのこと踏みつぶしちゃうだろ。そんなのはお断りさ!」


「遠回しに俺がチビだって言った?」


「そんな風にはいってないよごめん?!」



 会話は思わぬ方向に転がってしまったものの、答えは確実に揺らがないものだ。ばあどもそれをわかっていたように苦笑した。

 


「……微塵も興味がなさそうだね。うん、あなたはそういうひとだ」



 そして巨体から離れると、その場で片脚を軸にしてくるりと回り、メイド服のスカートを揺らしながら両手を広げる。



「さて、本題だ。あなたがウォロスを破壊するに相応しかった者なのか、見せて貰うとしよう。

 ここが完全に沈む前にこの子を倒せたら、ウォロスの破壊を認めてあげるゲーム! いえ〜い!」



 参加の有無を言わせないであろうそれに、その場にいる全員の表情が険しいものになる。……ばあどは苦笑した。



「ちょっと、ノリ悪いぞお」


「一応聞こうかな。ウォロスが先に沈んだり、おれたちが逃げたりしたらどうなるんだ?」


「逃げてもいいよ、逃げられるならね。

 ただ言っておくと、ウォロスの修復はいつでも出来ちゃうよ。魂の集まりやすい場所にあって迷い込むヒトは絶えない。全てがまた元通りになる……あなた達にとっては、最悪の結末なんじゃないかなあ」


「あら。化物を倒したところでそちらが約束を守らなければ、何も変わらないんじゃなくて?」


「大丈夫。ちゃんと指切りげんまんで約束するから。流石に針千本は飲みたくないよ」



 うんうんと大袈裟に頷き、小指を立てて見せて答える。そしてその顔はユースティとソルリアに向いた後、プセマを見つめた。

 


「問題は参加者だねえ、プセマ?

 あなたは賢い子だから、一人じゃ到底敵わないってのはわかるよね。けど今のを見るに……本性、彼らに見せちゃったんでしょう?」


「!」


「あの二人からしたら、本性を出した殺人者に散々言われて糸で巻かれて、命も狙われて。あなたのいう怪物と何一つ変わらない。彼らが二人でさっさと逃げない方がおかしい。そんな状況だよ」



 プセマは先程までの威勢はどこへやら。俯き、沈黙してしまう。……静かに彼女が噛み締めた唇から、血が滲んでいった。

 そんな時、ゆらり。ソルリアがプセマの方へ歩いていく。



「俺達はここから出る前に、どうにかしてウォロスの仕組みを止めたいって話もしてたんだ。これに乗らない手はないよな、ユース」



 一度驚いた様子を見せたユースティだったが、すぐに口角を上げ頷いた。



「……ああ、そうだ! それがおれのしたいこと!」



 同じように歩いてきた人間に、今度は歪みきった表情のプセマが戸惑う番だった。



「ちょっと、二人で話を進めないでくださいますか。……それに、あいつはわたくしなんかよりも未知数の存在。そんなやつが作った怪物と戦うなんて……!」


「やらなきゃわかんないさ!

 それにおれとソルリアだけじゃないだろ?」



 ユースティが風船斧を構えれば、異形の怪物が足で地を蹴る真似をし、動く用意を始めた。そうしてソルリアもプセマの一歩前に立つ。



「プセマ。俺、まだ気持ちの整理がついてないけど。君の痛い想いは、伝わってきた気がしてる。

 それがウォロスがあるせいだっていうなら、ここで終わりにしなきゃ。そう思ったんだよ」


「世迷い言ですわ! あいつの言う通り、あなたたちは逃げてもいい。何も知らなかったの。今だって全く関係ないのに……!」



 無自覚に震えた彼女の声。ソルリアは振り返るとそちらへ微笑む。



「ううん。だからこそだよ。もっと知りたい。関わりたいって思ったんだ。

 だって俺は、君が好きだから」



 はっきりと告げられた言葉に、彼女の金色が見開かれる。その潤みが零れてしまわないうちに、少年は慌てて前を見据えた。



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