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おしえて、研修生!  作者: きりぞら
第弐章 響け、届けよ。ウォロス
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第58修 ひととき


「ウォロスの周りの魔法……。ここから自力で出たヒトがいないのは、それがあるせいなんだよな」



 今までの話をぼんやりと思い出しつつ、ソルリアが尋ねる。ノルムとラルムが頷いた。



「ウォロスへ吸い寄せるような魔素の流れがずっと働いている。範囲に入ったが最後、体が自由を奪われて泳げなくなるんじゃ」


「ウォルターを倒した今もそれが無くなっていないって、親分が判断出来たってことは……別の人物が使っているんだろうね。

 ……ウォロスから出るためには、必ず掻い潜らなきゃいけない魔法なんだけど……」



 アルムが手を合わせ、音を立てた。

 


「ってことで、今日の夜は作戦会議だ! ついでにお泊まり会もしようぜ。場所はユースティ達が使ってるあの小屋でさ!」


「へ」



 そのあまりにも唐突な提案に、今まで黙り込んでしまっていたユースティから気の抜けた声があがる。



「そうなるとすまないが、俺とラルムはソファを借りるのぅ」


「オレは床が慣れてるから、床借りるぜー!」


「か、勝手に決めないでよ。というか君たちの寝るスペースはちゃんとあるし作らなきゃ、風邪引くだろ?!」


「押しかけだから、そんなのは考えなくていーの。そうときまれば行くぜー!」


「ちょ、ちょっと! あわっ?!」



 そのまま勢いに圧されて小屋へ向かうことになった一行だが、大きな声をあげたユースティの足がふらついた。



「? 大丈夫か、ユース」


「ちょっとまって、今、足元がプニってした?!」



 駆け寄ったソルリアは人間の困惑気味の言葉を不思議そうにしていたが、ふと驚いた表情をする。



「なあその手、どうしたんだっ」



 なんと人間の手のひらには、ツルツルした弾力のある皮膚の膨らみがいくつかうまれていた。……ユースティは呆然として。そわそわと足踏みをしたり、変化が起きた自身の手をまじまじと眺めてから呟く。



「これ、蹠球だ」



 しょきゅう。ぼんやりとそう繰り返したソルリアには、聞き慣れない言葉だった。



「なにそれ。おしえて、研修生」


「ピスィカ族に近い猫とか、犬とかが持ってる、足のクッションみたいな役割のもの。肉球ともいうかな」


「肉球が突然うまれたの?!」



 一連のやり取りをを眺めていたアルムに驚いた様子はなく、代わりに深刻な表情が返ってくる。



「お前も……とうとう混ざってきたんだな。まだウォロスから離れれば戻る範囲ではあるはずだ。早く出ないとな」



 ユースティの手をラルムも覗きこみ確認すると、ほら見たことか、とこぼす。



「ウォルターの飲み物なんて飲むから、変化が早まったんだよ」


「あはは……」



 その言葉にもう反論はない。ヒトのものでありながらも肉球を持った自身の手。ユースティは一息ついてから、……目を輝かせた。



「肉球があるけど、まだヒトの手なんだよな……すげー……!」



 その場で自分の肉球をぷにぷにぷにぷに触りだすユースティ。ふと笑ったアルムがその首根っこを掴む。



「ほら、肉球が楽しいのはわかるけど早く行くぞー!」



 そのまま、引きずられるようにして連れて行かれた。



「……? 肉球って楽しいもの……なのか?」



 ソルリアは肉球にも興味を惹かれながら、彼らについて行った。





──────────



 そうして、暗くなったウォロスの旅人の小屋へと集まった一行。暖炉の部屋で先に話をしていたユースティとアルム、ノルム、ラルム。玄関とは違う方の扉が開けば、ソルリアが湯けむりと共に出てきた。



「ただいまー」



 彼はシャワー室から出てきたようで、いつもの格好にタオルを頭にかけている。ラルムはそれをしばらく無言で見つめると、側にあったクッションを投げつけた。それは見事に彼の顔に炸裂する。



「あでっ。なにするんだよっ」


「なんとなくしたくなった」


「はあ……?」


「ソルリア、おかえり!」



 それっきり他所を向いてしまったラルムに納得のいかないソルリアだったが、ユースティが声をかけたことで意識が逸れる。変わらずその手には肉球が存在しているが、今のところ特に不便そうな様子はない。



「今三人に、ウォロスにも歪みがいくつかあることをおしえてもらってたんだ!」



 ……少年はそのまま肉球を見つめており、返事がなかった。



「ソルリア?」



 改めて声をかければ、ハッとして首を横に振る。



「なんでもない。ウォロスの中に歪みがあるんだっけ、しかも複数?」


「そう! その中に、ウォロスの外へ行けるものがあるかもしれないんだって」



 それは恐らくアルムたちから勧められた脱出手段の一つなのだろうが、説明している人間の表情は優れない。



「歪みの大半はあの大きな歯車がある場所に通じるらしい。

 歯車はウォロスの機能と連動してて、ライフラインでもあるけど……その歯車を動かすためのヒトを引き込む仕組みが、何より厄介で危ないんだよな、ノルム?」


「ああ。悪趣味な仕組みじゃよ。動力の者が倒れて欠けたその瞬間、周囲の者が導かれる。それでも欠けたら、今度はウォロスの外から引き寄せられていた」


「ウォルターが管理人になってからは、欠けさせずに人員を保つため、定期的にウォロスの住民達として何度か入れ替えてたみたいだけど。根本的な解決はしてないよね」



 ノルムとラルムの補足も聞きつつ、ユースティは自分の意志を発言していく。



「それでここから出る前に、彼らをどうにか出来ないかな……って。おれは思うんだよ。歯車に巻き込まれたヒト達は、まだ生きてるも同然だ。放って行くなんて出来ないよ」


「ほんとどこまでお人好しなんだか。ここから出るだけなら片っ端から外に繋がる歪みを探すだけで済むんだ。

 ウォロスより先に自分を沈ませるつもり?」


「ラルム」



 呆れつつも尖った言い方をしたラルムを静止しつつも、ノルムもあまりいい顔はしない。



「まあ一筋縄ではいかないのぅ。ウォロスから出るまでの間も何度か歪みで飛ばされ、歯車の付近を通ることを考えれば……決していい選択とは言えないのじゃ。

 親分はどう思う?」


「オレは……」



 アルムも複雑な表情で言葉に詰まる。しかし一度飲み込むと、全員の視界に入る位置で人差し指を立てて遮るようにして告げた。



「うん、反対。魔法に対処出来るまじないもあるっちゃあるんだけど、お前らには使えない。無関心がいるんだよ」


「無関心?」


「ああ。魔法を構成する要素に対して、完全に無関心にならないといけない。それが魔法に逆らう力になるんだ」



 意味を理解するまでしばらく黙り込んだが、ハッとしてユースティが続ける。



「フッブで、魔素の池が神様の恵みによるものだって聞いたんだ。……まさか」


「そうだぜ。それがお前らの魔法の定義だとしたら、神の存在ごと魔法を一切認識しないようにならないといけない」



 信じないだけで適応されるなら、都合よく利用出来そうな呪いだったんだけどな。そうアルムは続けて。



「オレみたいに、今後魔法を使ったり、使いたいと思うならやめたほうがいい。逆に言ってしまえば、魔法を認識出来る奴らは大なり小なりなにかしらへの信仰心があるってことさ」


「まぁ納得かな……神様はいつも見てるんだ。裏切ったら怒られちゃうし、魔法が使えなくなるのもわかるよ」



 すんなりと納得したソルリアの言葉に、ラルムが頬杖をつきつつ見つめた。



「……なにそれ。神が監視者みたいな言い方して、大袈裟だな。見えもしない偶像だろうに」


「うん、確かに見たことないけど、偶像じゃない。本当に居るんだろうなって感じるんだ。

 ユースティと会ったのも、お前らと会ったのも。俺は神様がくれた運命……縁とか、絆だって思ってる」



 至って真面目なその表情をしばらく見つめると、ラルムはふと照れたようにそっぽを向いて沈黙した。ユースティとアルムがそれぞれしみじみとした顔を向ける。



「……そっかぁ……」


「お前にとってはオレとの出会いも運命なんだな」


「そうだけど?」



 その様子に訝しげにしたソルリアだが、ふとアルムが抗議を始めるかのように片手を上げてアピールした。



「その割にはオレ、最初にお前にぶっ飛ばされたんだけどー!」


「いやそれは今でもお前が悪いと思ってる! プセマさんを困らせやがって!」


「いやいや、オレだってちょっとだけ癒やしがほしかっただけだったんだってぇ〜〜……!」



 そこからは作戦会議はどこへやら、話題がコロコロと転がっていった。



「かわいそうな親分だ……!」


「うわーん!!」



 もはや恒例となりつつあるアルム、ノルム、ラルムの三人で泣きあいが始まったり。



「よく考えれば……俺がプセマさんと行ってから、ユースティに踏まれるまでお前は雪をずっと這ってたのか……?」


「あの時はごめんな、アルム」


「踏んだり蹴ったりならぬ飛ばされ踏まれてだったぜ、ほんと!」



 改めてお互いの話を共有したり。



「そういやソル坊、さっきユースティから聞いたんだが。お前の鼻血、結構頻発してるんだってな!」


「そういや、で出来る話の飛び方じゃないけど?! 何、ユースそんな話もしてたのっ」


「君がシャワーを浴びてる間にね?」


「うわあ。普段から何変なこと考えてんだよ変態チビ」


「っ違うからっ、変に決めつけるなよなラルムっっ」



 何かの予感をそれぞれが感じ、無意識に避けようとしたのだろうか。五人はすっかり話を脱線させ、わいわいと何気ないひとときを過ごして。ウォロスの夜を更かしていくのだった。



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