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おしえて、研修生!  作者: きりぞら
第弐章 響け、届けよ。ウォロス
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第57修 くろゆり


 ユースティとプセマの二人は扉をくぐり、大広間へと戻って来た。すっかり床一面に硝子の破片が飛び散っており、重い攻防に耐えられずタイルや壁も汚れ、剥がれていってしまっている。



「アルム、ウォルターっ!」



 ユースティの声は届かない。


 飛んで、跳ねて、間を抜けて。そんなアルムから一方的に展開される攻撃を防ぎ、避け続けているウォルター。やがて大広間奥階段の壁際に寄せられ、剣が喉を掠める。そのまま背後にあった、クリスタルが入っている筒ガラスが貫かれ、粉々に割れてしまった。



「、」



 初めて明らかな動揺を見せたウォルターに、アルムは散らばった破片の一つを咄嗟に掴み近距離で引っ掻くように追い討ちをかける。異形の肌から紫色の鮮血が飛んだ。



「どうした? 自分以外の心配なんて余裕だな」


「お前さんはむしろ、周りを見るべきだ……いや、そのままでいい」



 さらなる追撃を避けつつ、横目で戻って来たユースティたちを確認したウォルターは告げる。



「“咲け”」



 先日の能力を使われたと気付くことは出来るが、防ぐ方法はわからない。身構えることしか出来なかったユースティだが、前のような異変は起こらなかった。……攻撃の手を緩めないまま、アルムが目を細める。



「オレがいる場所で、そんな力通すわけないだろうが」


「怖いものだな、お前さんの器用さは。ただでさえ魔法の相性も悪く、神の力も効かず。体の歳もとり……私が不利なのは、昔から変わらないが……」


「泣いて謝ろうが、もう許さないぞ」


「っは、今まで私に泣かれて許したかったのか? すっかり腑抜けたなぁ、アルム!」


「ッ!」



 優勢だったその体が吹き飛ばされる。ウォルターが、防御魔法を押し出しに使ったのだ。



「お前さんの言う通り、リリーを殺したのは私だぞ!」



 アルムは飛ばされた先の空中で体勢を整えると、プセマのすぐ側に着地する。



「……おい嬢ちゃん、どうして戻って来た」


「っそれは」


「彼女はおれが連れて来た! ソルリアも来てたけど、今はノルムとラルムと一緒にいるよ」



 プセマの代わりに、ユースティが答えた。アルムはいつものようにヘラヘラとはせず、無表情で続ける。



「邪魔するなっていったよな。見ての通りウォルターは防戦一方だ。変な力を使ってやっとこれだぜ。

 まだ間に合う、決着を見ずにここを出られる」


「おれは決着をつけさせないために来たんだよ!」


「それは無理だな。オレも堪忍袋の緒が切れた、あいつも反省一つ見せてない」



 目線で示される先には、劣勢だと理解をした上で挑発的な表情をしたウォルター。

 再びアルムが跳び、急接近する。ウォルターはそのまま魔法弾や雷、風など多様な攻撃魔法を使っていく。しかしアルムもただでは喰らわず、反撃を確実に当てていく。被弾すればただでは済まないのが魔法というものだが、防御魔法の時とは異なり、ウォルターの攻撃魔法は明らかに弱い威力であることが見てわかる。


 どんな魔法も使いこなし一定の威力を保てるエトワールのような存在など、滅多に居ない。



「……おれだって無理だよ、アルム!」



 ウォルターはヒトではない何かへと姿を変えている。それによって体内魔素も増えているのだろうが、恐らくこのままではアルムに全て避けられ、いつか魔素切れも起こす。それをユースティがわかる程には二者の動きが根本から違った。何十年も引き延ばされていた復讐の導火線は、火がついた今あっさりと終わってしまう。

 だからこそ。



「これで本当に決着するのなら、二人共最初からそうしてた筈だろ……!」



 魔法を掻い潜ったアルムがウォルターの隙をついて剣を振りかざした……が、走って飛び込んだユースティが間に割り込み風船斧で弾き返す。三人の位置それぞれに、間隔が出来た。



「おいユースティ! 斬られたいのか!!」


「きっとまだ、二人で話してないこともあるよなっ」


「話なんているかよ、全部こいつだ。こいつがみんな殺した、お前も手にかけようとした! ウォロスの現状も見ただろ? こいつはヒトの命を命として見てないんだよ!」


「私も仲裁など頼んでいない。今じゃなくとも、直につけないといけない決着だからな」



 諦めきれないユースティへ向けて、ウォルターが魔法弾を放つ。



「! そうだよウォルター、お前のせいでなッ!」



 アルムがユースティを押し飛ばし前に出ようとした直前、人間はとあるガラス管を取り出し中の水を自分の正面へ散らす。



「止まってってば!」



 その水が魔素を吸収する。並びが崩れた魔法弾は消滅し、黒色の水となって散らばった。



「ほう」


「……!」



 一人は感心の声を漏らし、一人は驚きの表情で見つめ。一時攻防が止む。これが最後の説得の場だと感じつつ、人間は口を開いた。



「決着を命の奪い合いでつける必要はないよな!」



 ……ウォルターが、ゆっくりと目を伏せる。



「他の方法にする必要もないだろう。お前さんが割り込む必要もない。私達の関係をわかってもいないだろうに、どうして私達の争いを止める?

 ……ああ、お前さんを私が害したためにこいつが動いたことが発端だからか。このままどちらかが死ねば、お前さんが間接的に殺したことになるから嫌がっているんだろう?」


「なっ……」


「すっかり仲良くなれたじゃないか。

 どちらにせよ、私達を止めようとするのはお前さんの自分勝手でしかないさ」


「そんなこと、ない……!」



 ユースティは必死の思いで、目線をアルムへと向ける。



「アルムっ!」


「……ユースティ」



 微かに震えた声。

 その表情は苦々しく、笑みに歪んだ。



「ごめんな、オレがさっさと動いてれば良かったんだよな」



 パチッ。離れて弾けた青い光が、剥き出しになっていたクリスタルを台座から落とす。アルムの言葉の意味を理解出来なかったユースティが見せた隙の間、ウォルターがクリスタルへと走り出す。

 刹那、その背中から左胸を貫く切っ先。……青い稲妻の魔法で形作られた槍が、ウォルターの全身を感電させる。



「ガッ」


「お父様……!」



 プセマの悲痛な声と同時に、小さなクリスタルは呆気なくカランと砕けて光を失う。



「心臓の位置も変えてないのかよ、殺してくれって言ってるようなもんじゃねぇか」



 嘲笑気味に呟いたアルムの目の前で、顔から床へと崩れた体。意識は失えておらず、痙攣しながらも腕で這うようにして、そのまま仰向けに寝そべった。



「お父様、お父様っ!」



 プセマが駆け寄って膝をつき、必死にその肢体を支える。ウォルターは笑みを浮かべてぼんやりと天井を見ていたが、口を開いた。



「っはは……とんだ、……た…………。だな……」


「っお父様、何と」


「役立たず」



 はっきりと告げられた容赦ない棘に、場が凍り付く。



「肝心な時になにも。……わかるか? 『出来なかった』んじゃない。『しなかった』んだ」



 それっきり、何かを耐えるかのように飲み込み……そのまま口を閉じてしまったウォルターの首へ、アルムが剣を振り上げて。



「嬢ちゃん、そこから退いてくれ」



 顔に落ちる影によって隠されたその表情。彼を遮ることが出来る者は既にいない。振り下ろされた剣からは薄く硬い物質が割れるような、そしてコードを千切ったような音がして。



 ……訪れる沈黙。






「だーかーらーっ。ちょっとは手加減しただろっ」


「それでもあれは熱すぎる! 何回も使いやがって、火傷したらどうしてたんだ!」


「お前らも物騒なもの振り回して魔法弾も撃ってきてただろ、一緒だ一緒っ」


「俺達は最初からそうだから悪くない……とでも言ってみようかのぅ」


「ええ、それはずるいだろっっ」



 徐々に音量を増す言い合い。それはラルムとノルム、そして二人に掴まれて抱え上げられたソルリアのものだった。勝負は決まったのであろう、やりとりは大広間へと入ってもしばらく続いていた。しかしその場の空気の違いに気付いた者から、黙っていく。

 三人が真っ先に視界に入れるのは、部屋の中心で俯く、紫の液体を浴びた水色のツンツン頭の男だった。



「親分……?」



 男は耳へ当てるために持ち上げていた腕を力なく降ろし、ゆっくりと首を上げた。その虚ろな目は不安そうな三人を視界に映すと、途端に豊かな表情を見せる。



「ラルム、ノルムぅう〜!!」



 いつぞやと同じように大きな泣き真似をした声をあげ、そのまま二人の子分へと駆けていくその男。ラルムとノルムは反応が遅れたものの、すぐに彼に飛びついた。



「親分〜っっ!!」


「二人共無事で良かったぜぇええぇ〜〜!」


「それは親分がだよぉおおお!」



 二人から開放されたソルリアは現状説明を求め、離れた場所にいるユースティへと声をかけようとする。しかしアルムたちの騒ぐ声に負けてしまう。



「あ……と、プセマ……」



 次に一番近くにいたプセマの名前を呼ぶ。彼女はソルリアの方を向くと、ぎこちなく笑って見せた。



「ソルリア……わたくしは一度自室に戻りますわ。しばらく一人にしてくださいませんか」



 今まで見た笑顔とは別物の、苦しそうなそれ。全身を強張らせたソルリアからかけられる言葉は、見つからなかった。



「……うん」



 顔を少し逸らし躊躇をしたものの、せめて、と彼女から借りていたハンカチを差し出す。先のプセマの表情はもう見えてはいないが、細い指先が受け取り、去って行った感覚だけが伝わった。

 一方、変わらず泣き声をあげて抱きつきあうアルムたち三人組。随分と荒れた部屋を改めて見渡しても、ウォルターの姿はない。説明がなくとも、決着がついたのだということが理解出来る。


 ……ユースティが割り込んでさえも、変えられなかった結末。どこか理解していたようなそれに、しかし喪失感を覚えつつ。ソルリアはその場を眺めていた。



「さぁ、問題はここからだぞお前ら」



 泣き腫らし、しかし真剣さを帯びたアルムの言葉に、その場の全員の目線が向けられる。



「ウォロスの周りの魔法が、解けてない」




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