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おしえて、研修生!  作者: きりぞら
第弐章 響け、届けよ。ウォロス
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第56修 そめゆく


 被せられた布団の暖かさとは別に、お腹の左側によりかかるような一つの重みを感じる。


 ユースティはゆっくりと瞼を開き、瞳孔を向ける。そこにはいつもの服そのままに寄りかかり、顔を伏せて寝ているソルリアがいた。なるべく起こさないように姿勢を整えようと身じろぐと、少年はハッとしたように顔を上げて人間の姿を視認した。



「ユースティ」


「あ……おはよう、ソルリア」



 窓をみれば、外はまた雪がしんしんと降っていた。ウォロスにまた冬が来たのだろう。しかし部屋の暖炉の火はついていないため、起き上がるととてつもない冷気に襲われる。



「外、季節が冬にまわってきたんだね」


「うん。寒いな」


「……暖炉の火、つけても良かったんだよ?」



 ソルリアはこんなに寒い所で先に起きて動こうとしたうちに、つい二度寝をしてしまったのだろうか。寝ぼけた頭でユースティがそういうと、ソルリアの目が細められる。



「俺に何か言うことはないの」


「もしかして、昨日夜に起こしちゃったりした……?」


「その逆。お前、俺に何にも言わず外に出て行ったろ」



 ほんと、そういう所あるよな。ため息と共にぼやくソルリアに、ユースティはぼんやりと前日の記憶を辿ろうとして、詰まる。



「ごめん、でもおれ、どうしてここに」


「アルムがお前を見つけてくれたんだよ」


「アルムが、!」



 全て思い出すと同時にその瞳が見開かれ、途端にきょろきょろとし自分の体に触れて。何もないことを確かめると、ゆっくりと無意識に自身を抱くようにして丸まってしまう。ユースティの変化にソルリアも気付き、途端に顔を覗き込むようにして心配の声をかけた。

 


「なっ、大丈夫かよ。何があったんだ」



 人間はハッとして顔を上げ、起こったことを吐き出そうとするが、思うような言葉が出ずに固まってしまう。間もなく小屋の扉が突然開かれ、二人の目線はそちらへと奪われた。



「……失礼、いたします」



 雪景色の中息を切らし、二人の前に姿を現したのは……紫の髪の女性、プセマだった。



「突然ごめんなさい、お父様が、……!」


「!」



 彼女に連れられ、二人も小屋を出て行く。プセマによれば、フードを被り顔を隠して城に入って来た何者かが、ウォルターと交戦を始めたらしい。



「でも今回は、いつもの二人組ではなく、一人だけだったんですの……!」


「ということは、アルムってことだよな?」


「はい、……恐らく、そうなりますわっ」



 駆けながら話を進めていくプセマとユースティ。ユースティに抱えて連れて行ってもらいつつ話を聞いていたソルリアは、アルムの名前が出ると顔を複雑そうに顰めた。

 城のエントランスへ入ると床が全体的に汚れていた。ユースティはそこに左右に飾られていた甲冑へと目線が向く。右は剣を持っていたであろう姿勢なのだが、肝心の剣が見当たらない。同じく左側のそれからも、槍と盾がとられて大広間の手前で投げ捨てられていた。



「プセマ、彼はこっちかい?」


「はい、そうですわ……!」



 三人が大広間へと入れば、ボロボロの焦げた黒いマントのフードを被った男が手にした剣でウォルターに斬りかかり、刃競りつつ異形の片腕での引っ搔きを避けられて後退した所だった。ウォルターの目は来訪者たち……その中のユースティをとらえ、最早隠すことなく悪どい笑みを向ける。



「どうやら、もう来てしまったようだな」


「よぉユースティ、ソル坊。嬢ちゃんも一緒か。

 ……今、こいつがやった悪いことを問いただしてる所だよ」


 

 対して背中をみけたまま彼らに呼びかけた男はフードを捲り……そこからは見慣れた水色の髪が現れる。アルムだ。姿を現した彼の発言へウォルターが納得したように声を上げる。



「ああ、そういうことか。今まで渋っていた癖に突然どうしたのかと聞きたくなっていた所だよ」



 そう告げてじっとりと纏わり付く視線。一行が少々怯む間にも、アルムはおどけたような声色で訊ねた。



「お前にも言いたいな、ウォルター。ウォロスに居続けるしかないオレをなんで今まで生かしてたんだ? 同じ釜の飯を食ったことがあるからか?」


「いつの話をしているんだか」


「お前が彼女に一目惚れしたときの恋愛相談も受けてやったよな? 本当にお前、あのときみたいな初々しさはどこに行ったんだよ」



 ウォルターはそこで初めて考えるような仕草をした。その様子に、睨みを効かせきれず祈るように真っ直ぐ見つめた表情のアルムに対して……ああ、とあっさり感嘆を溢し。



「そういえばパトロン候補の死体愛好家が、珍しいヒトの新鮮な死体がほしいらしい。お前さんは条件にピッタリだ」



 __アルムはその言葉に黙り込み、全身を脱力させて。腕を耳へと持っていき、静かに呟く。



「……これでもまだ、駄目だっていうのか。リリー……」



 その名前が実際にこの場で発せられた。ユースティが目を見開く中、ウォルターは目の前の男を鼻で笑う。



「何を誰に聞いているんだ、アルム。

 リリーはとうに死んだ」



 直後に弾けて飛び広がる黒と青の稲光。ウォルターの防御魔法とアルムの武器に込めた魔素が撃ち合い、それらが可視化したものだった。

 アルムが上から飛び全体重をかけるようにして斬りかかったのにも関わらず、ウォルターの魔法はびくともしない。



「お前が、殺したんだろうがッ……!」



 更に力むと同時に、城の窓やシャンデリア、金属に至るまでほとんど全ての装飾がひび割れ。壊れる音が金切り声のように響く。飛び散る破片。



「お前があいつを攫って、閉じ込めて!

 傷つけるだけ傷つけて、殺したんだよッ!!」



「きゃっ」


「うぐっ」



 気迫に圧されたユースティたちに逃げる余裕などない。声にハッとしたアルムがそちらへ振り返ったが、二人組が現れる。一人の辮髪の男は三人を引き寄せ、一人の華奢な男は自分のケープを大きく広げ、割れた破片を防いでみせた。



「親分こっちは大丈夫じゃ、俺たちはきにするな!」


「…………!」



 片方が三人の方に目線を向けていたアルムへと叫ぶ。彼にウォルターが踏み込んで来て魔法弾を放とうとしていた所だった。軽く頷いてからアルムは手をつき咄嗟に避ける。着地した後はアルムの剣と、ウォルターの防御魔法が何度も撃ち合う勝負となる。



「もういい。さっさと終わらせようぜ、ウォルター」


「ああ、あまり長引くのは好みじゃない」



 何事にも動じないウォルターの立ち姿から、身の毛がよだつ程の威圧感と黒煙が広がって。その肉体を覆い隠して行った。アルムは静かにそれを見つめながら、彼が信頼を寄せる子分である二人の名を呼ぶ。



「ノルム、ラルム!」



 その中でも黒煙が晴れ、現れる紫色の肌。その所々から束となった剥き出しになった電源コードの束のような箇所が覗く。鶏冠と肉髯に、頭部に左右対称にある丸く巻かれた角。細長い顔、艶を感じられる吊り上がった目元、口元の鋭く尖った牙。背中には羽毛の翼と、先端に棘を持った尻尾。

 高身長で細い肢体。フッブで出会った蛇と同じような、人工物と生物の融合……異形の悪魔。その姿はどこか妖艶でもあり、目も心も奪われてしまうような雰囲気をまとっていた。



「ユースティたちを、頼んだ」


「わかってる!」



 アルムの指示通り、ノルムとラルムがユースティとソルリアとプセマを連れ、ウォルターとは真逆の方向へ。二階のバルコニー近くに飛び上がろうとする。



「待……って。このままじゃきっと二人共、最期まで……!」



 今まで黙っていたユースティが真っ先に暴れて腕から抜け出し、アルムの方へと駆けて行こうとした。



「邪魔するな!!」


「!」



 今までの親しみがあったものとは一転して強いアルムの声色。圧に気圧されたユースティを、半ば強制的にノルムが脇に抱え連れ去った。ラルムが叫ぶ。



「馬鹿、ボクらが居ると足手まといになるってことだ。それぐらい理解しろよ!」


「っそんな、ことぐらいわかってる、わかってるけど……!」


「わかってないから今、二人の間に出て行こうとしたんだろ!」



 二人はそのままアルムの姿を一瞥してから、二階の割れた窓から飛び出た。……姿を変え、一連を見ていたウォルターの顔が歪む。



「……っふ。ははははは」

 


 早速放たれる至近距離の攻撃を避け、防ぎを繰り返し。アルムも誤魔化されることなく淡々と相手の隙を狙う。



「なんだよ、突然馬鹿みたいに笑って。その変な見た目じゃ飽き足らず、頭までおかしくなったか?」



 冗談も容赦の色もないアルムの苦言。ウォルターは顔を歪め、愛憎と少しの寂しさが入り混じった常闇の目とともに、口角を上げる。



「色々と滑稽な話だと思ってな。特にあの二匹はお前さんのことだ、気付いてないわけじゃないだろう?

 偽物に親分と呼ばせ続けて、いつまで夢を見ているつもりだ」



 たちまちアルムの表情が無になる。そのまま青く光る雷を模した魔法でウォルターの視界を眩ませ、足で一発捻り込む。まともに顔にくらって歯が抜け、紫色の液体が口から漏れた。



「あ゛ぁ……いつになっても下品な戦い方だな。これだから影崩れで騎士にもなれなかった出来損ないは」


「大半を逃げて防ぐだけが上品な戦いだっつーなら、喜んでお断りするぜ。世間知らずのお坊っちゃん」



 もうアルムが止まることはない。ウォルターもふらつきはしたが怯むことなく、深い笑みを口元にたたえ……すぐに次の動作へと移った。





「──……だから、足手まといだっつってんの! 行っても意味ない! まだわかんないかなぁ、ユースティ!」



 一方、全員を抱え上げて城の跳ね橋まで戻って来たノルムとラルム。二人はすぐにも城へ戻ろうとしていたユースティに立ち塞がる。



「加勢をしたいんじゃないんだ、二人の戦いを止めなきゃ!」


「今更何を、ウォルターへの復讐は親分の悲願だぞ! あーもうこいつどうにかしてよ、そこの傍観者二人!」



 俯いて放心しているのかその場から動かないプセマと、それを見つめていたソルリアに言葉の矛先が向けられる。少年はその言葉に振り向き神妙な表情をしていたが、城の方へ一歩足を進めた。



「なにさ。……まさかあんたまで邪魔するつもり?」


「うん。そのまさかだよ」



 ラルムは口に出すことはせずとも表情と態度で示す。ふざけるな、と。



「本当に危なっかしいお人好し共だな」


「仕方ない。親分の邪魔をするならノルムとラルムとして。御仁たちを止めるだけだのぅ」



 黙って見守っていたノルムもとうとう自身の武器を構え、臨戦態勢をとる。



「それなら俺達も突破するだけだよな、ユースっ」


「ああ……!」



 合図はなく、しかし四人は一斉に動き出す。ユースティが風船斧を振るうことで牽制し、その間にソルリアが魔法陣の書かれた紙を広げ。



「行くぞユースっ」


「!」


「我が祈りが、全てを裁く業火とならんことを。炎獄っ」



 しっかりと理解した上でその呪文を唱え、ノルムとラルムの間に巻き上がる炎の渦。



「それが本来の呪文なのかい、ソルリア?!」



 簡単には勢いを失わないそれに感嘆を溢す。そんなユースティへ、渦から生み出された火球が導くように道を作っていった。ノルムとラルムは炎柱に分断され、ソルリアの思惑通り上手く動けずにいるようだった。



「俺は足止めをする! 今のうちに先に行ってっ」


「わかった!」



 ユースティはすぐにプセマへと手をのばす。彼女は躊躇った後にその手をとって。そこからは二人で城へと駆けて行く。



「……っ。ノルム、大丈夫っ?!」


「ああ、大丈夫じゃ」



 二人の姿が城へ消えたと同時に渦も消える。突破されたことに気付き不機嫌を顕にするラルムと、追いかけようとしたノルム。しかし今度は炎柱から生まれた火球に足止めされ、二人揃ってソルリアへと向いた。



「……その魔法陣にそんな隠し種があったんじゃのぅ」


「へへんっ。兄貴のすっげー魔法だから、ちょっとは怖かったんじゃないか?」



 魔法の威力に怯えているようにも見えた二人の様子。苦々しく思いつつもそう言ってみたソルリアだったが、改めて確認した二人の目には、興味深げに光るものがあった。



「っは、全く。誰がお前みたいなチビを怖がるんだよ! まあ、その魔法はすごいんじゃないの!」


「兄上だけではなく、御仁の力も含めてのものじゃ。流石と言わざるを得ないのぅ」


「……、へへっ」



 まっすぐに返される返答に、ソルリアの表情もより明るく変わる。二人の言動一つ一つにどこか親しみを感じつつ、ソルリアは次の魔法に備えて。



「実は、兄貴だけじゃない。アルムのおかげも追加されたんだぜ」

 

「親分が?」


「ああ。だから思う存分使わなきゃ嘘だよなっ」



 立ちはだかるアルムの子分たちへ、今の彼なりの全力を見せるときが来た。



__________


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