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おしえて、研修生!  作者: きりぞら
第弐章 響け、届けよ。ウォロス
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第54修 コウシン


 すっかり静まった少し肌寒い夜。


 ぼんやり常磐色の瞳が開かれ、その体が起き上がった。二人が寝泊まりしている小屋、隣を見ればソルリアが規則的な寝息をたてて寝ている。


 彼は熟睡しているらしく、頭を撫でればむにゃむにゃと笑顔を見せて寝返りをうつ。……そんな様子に目元を緩ませると、ユースティは布団から出て部屋着から自分の服へと着替え、つま先歩きでこそこそ、扉から外へと出て行った。


 ……シャンデリアが落ちる直前に、近くに見えた影。彼らはウォロスのどこかで出会った、あの黒い布を纏ったヒトだった。



「ウォロスは、ここだけじゃなかった記憶があるんだ。思い当たるとしたら、あの道の先……」



 アルムとともに通った、ウォロスの外側の壁に開いた秘密の道。その途中には光がぼんやりと射し込む、どこかに続くような不思議な穴があった。

 辿り着いたユースティが中を覗き込めば、やはりどこかの空間に繋がっているようで。それをしばらく見つめていたが、その先に何があるのか、このままでははっきりと見えそうにない。


 覚悟を決め、そこへ入ると──とぷん。水の中に沈み込むような浮きと揺らめき。闇に混ざる紫と青で鮮やかな夜空に、落ちて行く。



「っわ……!」



 入って来た穴と黒い町並み、道路が頭上に位置している。混乱する頭、手で掴む場所も踏みしめる足場もなく少々ばたついたユースティだったが、ある程度空に沈むと、ゆったりとした重力で体が反転し地面が近付いてくる。



「……」



 改めて頭上を見上げれば、沢山の歯車のからくり仕掛けと星を模した人工の照明。壁はなく、岩を削ったような浮遊島が辺りを囲んでいた。さらに目を凝らせば空を泳いでいる者達がいる。黒い布を被った、ヒトの上半身に尾ひれの下半身を持った者。まるでおとぎ話に出てくるような人魚たちの中には、最初にユースティ達を助けた者が居るかもしれない。


 そして同時に、ユースティは確信した。



「この場所、前にも来たことがある」



 定まらなかった足はやがて、からくり仕掛けに繋がる地面の歯車を延々と引き回す、ボロボロの黒の布を纏った者たちの中心へと降り立つ。しかし誰一人と反応することはない。

 周囲の人々に声をかけようと開かれたユースティの口は、視界の端で倒れる影に遮られる。周りは歯車を回し続け、倒れた者を足で引きずり越えて行く。その捲れていく黒い布の下には、幾つもの斑点と全体的に丸く腫れた、足であろう部位。



「……」



 前に来た時と同じ状況だったが、突如強く体を吸い寄せられる感覚がユースティを襲う。ヒトリ倒れたことにより空いてしまった、歯車を回すための取っ手がこちらをよんでいるのだ。

 歯車の他の場所は全て埋まっているが、そこだけは誰もいない。はやく埋めなくては。はやく埋めなくては。はやく埋めなくては。意識してしまったが最後、意志など関係なく体が動かされていく。


 ユースティが虚ろに手を伸ばした先__別の黒い布を被った者が、その取っ手を先に掴む。布の隙間から見えたのは、口角だけあがった生気のない女性の顔、影が落ちた瞳。


 取っ手を持つ者が現れたと同時に、吸い寄せられる力が無くなった。かつてラルムの声から聞かされた”よばれた“……とは、こういうことだったのだろうか。



「っ今おれ、なにを」



 ユースティは頭を振ると、倒れた者をとにかく歯車から引き離す。布越しに触れるその体は酷く冷たく腫れぼったい。見えたのは、先程代わりに取っ手を持つことになった女性とほとんど同じ顔。顔の右半分の輪郭が滴り落ちる雫のように溶けていたが、不自然にある程度まで矯正されている。



「あの時の……まさか」



 思い当たったと同時に立ち上がり、無反応で歯車を回し続ける者達の黒い布の中を覗いていく。その全てがそれぞれ同じ女性の顔を真似ていた__骨格は削られることで。口角や目元は糸のようなもので縫い合わされることで。身長は足や背骨を歪められることで__つまり、姿形も様々なウォロスに居る者たちが、全て同じ一人の女性へと整形されてこの地下の歯車を回し続けているということになる。

 他にもいくつか大きな歯車はあるが、それを回す全員を見なくとも明確だろう。


 呆然とする人間……その頭上から泳いで来た人魚が、倒れた者を持ち上げて連れて行く。



「っあ、どこに行くんだ。待って」



 その泳ぎは止まらない。慣れない浮遊感の中追いかけて行けば、人魚はとある塔へと入って行く。そのまま一本道の通路を進み、暗い部屋へ辿り着いたユースティ。人魚の姿は見失ってしまった。暗闇の中では無機質な鉄格子がエレベーターの階表示のランプの光によって冷たく輝く。

 先の廊下から誰かの声が聞こえて、すぐに通路へ身を隠した。



「ごめんなさい……」


「謝らないで下さい、プセマお嬢様。あなたはあなたの決意を、貫いて下さいませ」



 はっきりと見えはしないが、とある鉄格子を挟んで話すプセマと誰かの声だということがわかった。話は終わり際だったようで、プセマが闇の中で鈍く光る短剣を懐へ納めた所をユースティは視認した。

 話していた誰かは鉄格子から下がり、プセマはそのままエレベーターのボタンを押し、上へと向かった。



 ……ぐすっ ぐすっ



 静かになったその部屋に響くのは、鼻をすする幼い声。ユースティはその場でしばらく逡巡したが、放って置くことは出来ない。



「……。ないてるの、かい?」



 隠れるのをやめて鉄格子へ近づいた人間。その声が廊下に響くと、すすり泣きが止む。



「だあれ……」



 薄暗さに目は慣れてきたが、細かくは見えない。どうやら鉄格子を挟んだ先には小さな子どももいて、奥にも何人かヒトがいるようだった。その中には労いの場で見知った制服を着た者たちもいる。ばあどやうるふは居ないが、他の店員が全員ここに連れて来られているようだ。……パーティーで働くメンバーが居なくなったのは、全員ここに閉じ込められたからなのだろうか。



「おれはユースティ、研修中の探求者さ。どうしてこんな所に?」


「周りのみんなといっしょに、閉じ込められたの。補充、だって……」


「補充……? とにかく、外においで。こんな暗い場所じゃ怖いだろ」



 ユースティが鉄格子を探ると、扉には鍵がかかっていないようだった。違和感を覚えたもののそのまま扉を開けば、子どもは顔を明るくして檻から飛び出てきた。そのまま部屋とユースティが来た方の廊下にまで行くと、檻の中の人々へ振り返る。しかし鉄格子の奥にいる大人たちは動こうとしない。



「君たちも、ここにいたらもっと酷い目にあうよ、ここから出て!」



 檻の中に手を差し伸べるユースティと、それにうなずく子ども。



「はやく逃げよう、みんな!」



 しかし、彼らはただただ光のない目で見つめ返して来るだけだった。



「っむぎゃッ」



 短い悲鳴。ユースティがハッとして振り返れば、そこにはウォルターがいた。

 通路の方からいつの間にか来ていたらしく、その老体で子どもの首を絞めるように軽々と持ち上げて。……穏やかに告げる。



「お前さんはどうして外に出ているんだ? 勝手なことをされたら困るよ、これは総入れ替えの補充なのだから」


「ひ、ごめ……なさ…………ぁ、えああ゛あ゛!」



 子どもであっても容赦はない。その首が容易く折れてしまいそうで、その前に声をあげる。



「っやめて、ウォルター!」


「……ほう、お前さんも居たのか」



 ユースティが居たことに驚いた顔をしたウォルターだが、その手が子どもを離す気配はない。彼の優しい顔しか見ていなかった人間はその光景が受け入れられず、戸惑ってしまう。



「やめてってば、その子が死んじゃう!」


「何を慌てているんだ? 死んでも魂さえあれば、繕って生き返らせることができるだろう」


「……は?」


「彼らは必要な犠牲だ、逃げられたら困る。だから罰が必要なんだよ」



 当たり前だと言わんばかりに告げられ、ユースティは信じられないといった表情でウォルターを見る。



「繕って生き返らせる? 必要な犠牲って? 彼らはおれたちと同じ人間だぞ……?」


「ああ。だから一定期間で交代をして上の街で暮らさせ、記憶も調節している。まあ確かに……魂そのものはすぐ狂ってしまうな。

 その時は彼女……“リリー”として繕い、命を全うさせた後に手厚く葬っている。それで十分だろう」



 彼の口から出た名前に、ユースティの戸惑いが強くなる。



「意味がわからない、十分って、何処が……」


「きちんと一人一人の命を大切に、無駄なく使い切ることができるようにしている、と言っているんだよ」



 そうして話す間にも首を絞められている子どもは、呻きさえあげられなくなっていく。話をする前に止めさせないといけない。



「〜……っ、とにかくその子は逃げようとした訳じゃない、おれが勝手に檻を開けただけだ!」


「ふむ?」



 咄嗟に叫んだ言葉に片眉を上げるウォルター。すかさずといったように、今まで無反応だった檻の中の大人達が声をあげた。



「そ、そう! その子どもは関係ないっ」


「助けなんて求めてない、全部あの偽善者がやったんだよ!」


「……!」



 事実ではあるが、少し顔がひきつったユースティ。ウォルターは目敏くそれを見つけ、そのまま確認するように告げる。



「全て、お前さんの独りよがりな行動だと認めるのか?」


「っ……ああ。その子を離すんだ、はやく!」



 それでも変わらなかった答えに、ウォルターは子どもから手を離す。その体は力無く崩れ落ち、けほけほと咳を繰り返した。子どもは無防備だが、罰とやらの矛先は既にユースティへと向かっている。



「なら、“咲け”」



 ウォルターがそう告げて指をかざすと同時に、ユースティの体が、ぴくりと動いた。



「!」



 じわじわと襲いかかる熱。息苦しさ。脱力感と痺れ。ろくに動くこともできず、身体と脳の芯から溶かされていくような感覚に陥る。



「……? ……?? っ?」



 力が抜け、足がふらつく。動悸が激しくなって熱を持っていく……このまま全身が燃えてしまうのではと思う程に。



「周りから突き放されてまで自己犠牲を選ぶ、というその意志は理解できないが……強く惹かれはするな。今、お前さんがこの場から逃げられたなら。全員を無罪放免としてもいいだろう」



 かろうじてウォルターの出した条件を理解すると、すぐにその場から離れようとするユースティの体。しかしするりと死角から手を伸ばされ、容易くその両腕を掴まれてしまった。

 そのまま本来の老人どころかヒトよりも大きな力が人間の抵抗を抑え込み、その腕を頭の上で組ませるようにして壁に叩きつける。


 完全な不意討ちをくらい、打ち付けられた衝撃に喉から細い息が漏れて。



「逃げられなければ……。お前さんでも、わかるよな?」



 頭も体も思うように動かない状況。しかしわずかな隙でも見逃せない。常磐色が強がるように細められた。



「君が何をしたいのかわからない、けど……今の君がどうしようが、……誰も“君のリリー”にはなれないぞ……!」



 その発言にウォルターはぴくりと反応したものの、深く笑みを浮かべて鼻で笑う。その腕が次の動作に移ろうとして──突如、二人の足元に投げ入れられた球体。それからは白煙が勢いよくまきあがった。

 その中でユースティを連れ去り、離れていく二つの影。ウォルターもそれを目で追うのみで、引き留めようとはしなかった。自嘲気味に、しかし口角を上げて呟く。



「ああ危ない、『また』壊してしまう所だった」



 一方白煙から抜けたユースティは、自分を抱える一人と、辺りを警戒しつつ並走する一人。黒い布を纏う二人組を視界に入れた。……ぼんやりとする頭で口を開く。



「…………のる、らる……」


「だから来るなっていったのに、何で来たんだよ馬鹿野郎!」



 鋭く大きめの声に、ユースティの体が酷く跳ねる。それを見てすぐに気まずそうにすると、静かに続けた。



「……ごめん。でも、ボクらが来なかったらあんた今頃っ」


「どうしても、落ちてきたシャンデリアの裏にいたのが見え、て」


「! ……俺のこと、御仁も見えておったのか」



 ウォルターの場所からある程度離れて、減速していくその歩み。しばらくの沈黙の後に答えが紡がれる。



「あの時シャンデリアの真下にいたやつ、覚えてる? ……これまでも何度かウォルターと取引があるトンデモ長生きな死体愛好家なんだ。ボクらでトドメをさしておきたかったけど、あんたが助けちゃったし、まだまだ当分はしぶとそうだね」


「アルムが指示、したのかい」


「いいや。むしろ彼は何もせず、俺たち二人だけで、全てを終わらせられる力がほしかった位だのぅ」


「それは、どうして」



 ノルムの声の告げた内容が気になったが、先程から熱に浮かされて頭がうまく動かず言葉に詰まってしまう。



「さあユースティ。ここまで来れば『アルムさん』が来てくれるはずだよ」


「流石、あのヒトは察知もはやいな」



 遮るように話を切り替え、人間の目の前を覆うように動くその者の手。記憶を隠された時と同じ動作にユースティは焦り暴れようとするが、もう遅い。ゆっくりと脱力していく。



「っおねがい、もうきおくは……」


「消さないさ。必要ないだろうからのぅ」



 見透かしていたかのようにノルムの声が応えれば、ラルムの声も自嘲気味に笑った。



「まあ、あんたが来た時点で時間切れだったんだろうね」


「っどういう……」


「気にするな。俺達と御仁は仲間じゃない。助ける道理も本来ならば無くていいんじゃからのぅ」


「そんな、もう、いまなら、……」



 上手く口が回らない。それを良いことに、目の前の『ノルム』と『ラルム』は言葉を続けていく。



「ユリ、ノルム、ラルム……彼らが死んだあの日から、この結末は決まってた」


「……きみたちは、一体…………」



 どこか切なげな雰囲気を纏う二人を最後に、ユースティの瞼が落ちる。そのまま離れていく気配と、新たに駆けて来るアルムの声。



「っユースティお前、……!、くそ、遅かったのか……今軽くしてやるから、…………っ、…………!」



 もう返事も返せないほどに微睡んだ意識。決して穏やかとは言えないようなアルムの声を子守唄に。ユースティは意識を失った。



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