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おしえて、研修生!  作者: きりぞら
第弐章 響け、届けよ。ウォロス
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第53修 せっかく


 城中、パーティーが開かれた大広間。演奏者は居ないが、豪華な管楽器の演奏がどこからか流れている。エントランスから入ってすぐに見ることが出来るのは、華やかな服を着た招待客の舞踏。その場所を中央として、正面奥と左右にまとまった空間がある。

 正面の奥の空間には、大きなクリスタルが筒ガラスの中に飾られていた。それを左右から包むようにして上階のバルコニーへの大階段が伸びている。大きなテーブルと豪勢な料理のお皿が並べられており、足音。舌鼓。笑い声。その空間に身をおくだけでも自然と口角があがり、心が弾むようである。



『左の間のお客様、そろそろお飲み物追加かも。準備をお願いするよ!』


『かしこまりましたぁ~』



 ──そんな賑やかな舞台は、必ず裏で支える者達が居る。ソルリアは少しでもその力となれれば、という一心でここに来た。しかし最初はよかったものの、先程から心も体もついていくので必死となってしまっていて。



「っう」



 ふらつきかける足をなんとか踏ん張らせる。人数は増えたものの、忙しいことには変わりない。今回は招待客だけでなくウォロスに居る者は全員この会場へ入る資格がある。開場から時間が経つ程にもてなすお客が増えるのは明確であり、今のうちに備えなくてはいけない。

 今この場には汚れたままのテーブルがいくつかあり、自由に取れるカトラリーも足りていない。料理と皿の回収や補充については一度の往復では足りない。厨房のばあどとうるふもずっと動いているが、回収された食器も減る気配がなかった。



「ないない、だらけだ……っ」


「すみませーん」


「あっ、はいただいまっ」



 足りないもの、しなくてはいけないものばかりが見える。しかし自分が今どれを優先すべきか判断が付かない。結局目の前の出来事に流されては、泥沼へと沈んでいく。



『皆さま、中央階段前テーブルお客様がお暑いとのことで、部屋全体を少し冷やします』


『はい、かしこまりましたぁ〜』


『こちらうるふ。ユースティさん、よろしいですか』


『はーい!』


『追加のグラタンが出来ました、右の間へお願い出来ますか』


『わかった、洗いあがりの食器と一緒にそれも持っていくよ!』



 機械から聞こえるやりとりは全員分聞き慣れた声であるのだが、ソルリアにとっては酷く遠いものになっていた。



「おーいソルリア、大丈夫かい?」


「うぉあ」



 突然彫りの深い不気味な妖怪の面に顔を覗き込まれ、意識が引き戻されるようにして全身が跳ねた。

 彼に声をかけたのはユースティだ。両手両腕に器用にお皿やカトラリー、お盆に乗せたドリンクまで持っているのに危なげがない。



「ひ、必死だよ」


「っはは、そうだと思った。無理はしないで。一旦休むかい?」


「けど休んでる暇なんてないだろ、なんなら今から忙しいのに」


「ずっと動いていても効率が悪いだけだったりするんだぜ、一回止まりなよ。こんな大規模なパーティーでの勤務なんて中々ないだろうし、せっかくならちゃんと楽しんでみなきゃ!」


「んー……そうなの……?」



 きらきらした表情が禍々しいお面の上からでも伝わってくるようだ。対してソルリアは心ここに在らずと言ったようで、魂が抜けたような声を返している。ユースティはすぐにでもソルリアが一度切り換えられるようなやりとりを考えた。



「なぁソルリア。料理のどれもがとっても美味しそうな香りと色味じゃないかい?」


「……? そうだな、確かに」


「今までお腹がすいてなかったとしても、いざ目の前にあると欲に負けそうになってるんだよなぁ」


「うん……え?」



 彼の目の前でお盆を持った手を料理の皿へ伸ばす真似をしてみせる。



「あ~、一口つまみたいなぁ~」


「いや今はだめだからっ、というかお前はその手に持った物を早く持っていけよっ」



 一転して勢いをつけて突っ込んだソルリアに、満足そうに笑った。



「うん。おれがあっち見て来るし、ソルリアは一旦休んで。バックヤードでなら水分補給もしていいって言って貰ってるし。ほら、いってらっしゃい!」



 一方的に返事を待たずに畳み掛け、去っていった人間。ソルリアは棒立ちで見送り……相手の言葉の通り一度休める場所へと移動しようとした。


 その前から、彼に声をかける者がいた。



「新人の方ですか。いきなりこんな忙しいところで、慣れないうちからよく動けていますね」



 燕尾服を着ており、眼鏡をつけた背が高く凛々しい男。招待客の付き人であろうその者にソルリアも正しい姿勢を繕い、返事をする。



「いえ、俺は……まだまだなので、頑張りますっ」


「その意欲。よければ外の世界の館でも働いてみませんか」



 疲れも最高潮になっている。相手の目が品定めするようなものであることには気付けなかった。



「ええと、その、俺」


「すぐに終わりますから、お話だけでも」


「すぐ? それなら──」



 その隣に紫髪のツインテール、ウサギの面を外したプセマが現れた。



「すみませんお客様、彼はわたくしが大好きで、誰にも譲るつもりはない方ですのよ。勧誘は諦めていただけますかしら?」



 そうしてソルリアと腕を組む彼女。……驚くソルリア、そして彼女を見てすぐに取り繕った笑顔で引き下がる男。



「なんとプセマ嬢。これは失礼致しました」


「では彼は休憩なので、一度失礼致しますわ」



 プセマはにこりと笑うと、ソルリアの手をひく。

 ──……今のプセマの言葉に、完全に頭が真っ白になったソルリア。タジタジになりつつ、立て掛けで区切られた先の薄暗がり、バックヤードへ連れていかれた。



「……ぷ、ぷせま、今のは色々と嘘だよねっ」


「覚えていて下さいまし、ソルリア。嘘は真実をちゃんと混ぜるのがコツですわ」


「ぶっ」



 むしろどれが真実だったというのだろうか。ふわりと微笑んだプセマから水のグラスを手渡されれば、前と同じようにまたもや一気飲みをし、噎せる。



「けほ……っ。さっきのひともお客さん、だよな? きっと気を悪くさせちゃったよな」


「そんなの関係ありませんわ。仮にあちらがお客様でこちらが給仕役だとしても、最終的にはお互い同じヒト。対応に誠実さと礼儀があれば十分ですのよ。

 それに、今のお客は……」



 冷水の一気飲みを繰り返したソルリアの結末を見届けたことがあるプセマは、少しぬるめの水を渡していく。……ある程度落ち着いて、ソルリアも呼吸を整えることが出来た。



「いまの、おきゃくは……?」


「なんでもありませんわ。お体は大丈夫ですか」


「……すぐには、だめかも……迷惑かけてごめんなさい」


「迷惑だなんて思うわけありません。それに休めるうちに休んでいただいて、いざという時に全力で働いていただける方が心強くありますのよ」



 なので一度この忙しい状況を忘れて、今は休んで下さい。プセマはそう続けた。



「もし大変になってきたら、呼びに来ますから。それまではここにいて下さい、わたくしは持ち場へ戻りますね!」


「……わかった。ありがとうプセマ」



 プセマを見送るとソルリアは少しずつ手に持った水を飲み、グラスの底に残っていた一滴を喉へ落とす。その時だった。



「そりゃ慣れない姿してればすぐに疲れるよ」


「うわぁあっ」



 黒い布を身に纏ったヒト。暗がりで認識しにくいが、ラルムの声だ。ソルリアは飛び上がって軽く反った姿勢で、何とか持ちこたえる。



「__びっっくりしたあ……」


「っは、ビビりめ」



 からかうように笑うその声に、頬を膨らませてそっぽを向いた。



「う、うるさいな。仕方ないだろっ」


「そうだな、やることがいっぱいで同じ場所を慌てふためいてたのも、仕方ないよねー?」


「う……っ」



 どうやら一連の様子を見られていたらしい。ラルムの声をしたヒトはバックヤード内を見回す。そこは食器やお盆の予備棚が多く、実際に使われているものと種類は大差ないようだった。



「なあ、腕を広げてみなよ」


「……こう?」



 ソルリアは疑問に思いつつも素直に従う。……すると広げた六本の腕へ、お盆に乗せた食器が遠慮なく乗せられていく。



「え、ちょっ」


「黙って」



 エントマの節だった細腕でもバランスを取れる位置を探って……強張っていた体から、感嘆がこぼれる。



「すごい。さっきのユースみたい」


「身の丈にあったこと出来てりゃいいのに、背伸びして慣れないことしようとするんじゃないよ」


「よ、余計なお世話だよっ。

 ……でもありがとう。こういう感覚なんだってわかった」



 ん。無愛想な返事と共に回収されるお盆。その者は片付けを済ませ、立て掛けの隙間から大広間を見た。



「……ユースティもあの中に居るの?」


「ああ居るよ。あいつは変な仮面つけてて__」


「キャー!!」



 パーティー会場内から響く悲鳴。激しく何かが壊れる音とともに、場内の照明が全て消える。

 ざわざわと騒ぎだすお客たち。外へ出ましょう、と言う慌てた声と、大勢が走る足音。



「……やったか……」



 落ち着き払ったラルムの声をよそに──ソルリアの脳裏によぎったのは、数日前の夢。



「ごめんね、俺は行くっ。先に安全なところに行っててっ」


「?! おい待てソルリア、お前はっ……!」



 どうして今更思い出したのだろう。ソルリアは一人、自責の念とともに駆け出していく。暗闇の中で目を凝らし、外へ出ようとする人々の流れを逆走していった。


 やがて非常時の明かりに切り替わったようで、ぼんやりと照らされた現場が見える。床には夢と同じように、大きなシャンデリアが落ちていくつもの硝子の破片が飛び散っていた。


 ……しかし、ユースティはその下敷きにはなっていない。


 飛び散ったガラスで肌を浅く切るだけで済んでいた。神様が運命を変えてくれたのか、それともユースティ自身が未来を変えたのか。ソルリアは切らした息をゆっくりとおさめながら、その光景を立ち尽くして見ていた。



「あっ………………ぶな…………」



 一方、落下したシャンデリアの真下にいた人物を突き飛ばし、自分も下敷きにされないように前へ飛び込んでいたユースティ。ズレた異質なお面から覗く、ひきつった笑顔でそう呟く。ハッとしてすぐに面を整えて立ち上がり、突き飛ばした人物の方へと声をかける。



「ガラス、飛び散りましたよね。大丈夫ですかお客様──」


「素晴らしいわぁ!」


「?!」



 低くも気取ったその声に、興奮気味にその手を掴まれる。赤い瞳で見つめられ、その手は細く皮も垂れていたが、かなりの握力を感じさせた。



「アタシとアンタ、咄嗟に両者の真上にあれが落ちるのを防いだ、いい判断と動きだったわよ! まあアタシとしてはアンタが死体になってくれてもすごく興奮したのだけれどぉ!」



 付け足された感想に理解が出来ない、というような間があったものの、ユースティは話を続ける。



「ええ……っと、どうも?」


「そのお面もだわ。他のと比べてクレイジーでアタシ好み! ありがと!」


「はは……とりあえず、お怪我がなくてよかったですよ、レディ」



 場所も人もおかしければ、来客もネジが外れているのかもしれない。その者はマイペースでもあるらしく、早々に何事もなかったかのように離れていく。声に出して苦笑しつつ安堵の息をついたユースティへ、ソルリアが駆け出した。



「ユースっ生きててよかったっ」


「うぉあっソルリア来ちゃだめ、破片が散らばってるのに?!」



 そのまま人間のもとへと飛び込み、ハグをしてすぐにキョロキョロと怪我がないかを見る。今はユースティよりもソルリアの方が大きいため、よりその重みが伝わってきた。



「切り傷があるからちゃんと手当てしなきゃな、でも、他は無事そうでよかったっ」


「はは、君をおいて死ぬわけにはいかないよ」



 そう告げて見たのは、バルコニーよりも上にある、照明整備用の通路部分。シャンデリアが落ちる直前に確かに見えた知人の影。憂鬱そうに目を細めたユースティだったが、すぐにプセマが駆けて来たことに気付き、意識を引き戻される。



「──っシャンデリアが落ちたんですの?! ユースティさん大丈夫でして?!」


「あぁ、怪我も浅いし大丈夫さ! ……あのシャンデリアを吊るしていた紐、見てみて」



 ユースティが指差したのはシャンデリアの、天井から吊るす紐。本来ならば太く頑丈なのだが、今回はそこが外側からごっそりと千切れてしまっていた。



「…………なんてこと。これではパーティーどころではありませんわ。

 わたくしは現場を確認しお父様と連携をとって、お客様の対応を致しますわ。せめて、ユースティさん達はお先に帰っていて下さい」



 そう言い残し、プセマは足早にいってしまった。



「こうなってしまったらおれたちは邪魔だな。流石にこのままだと怪我も痛いし、ソルリアも疲れたろ。お言葉に甘えて先に帰ろうか」



 ユースティの言葉にソルリアも頷けば、ポン。煙と音をたてて、服装を含めた彼の姿が元に戻る。丁度変身の魔法がとけたようだった。



「あっ、うるふの魔法……どうしようソルリア、大きい姿になれる魔法、もう一度貰ったり出来るかな?」



 あまりにも突然のことでソルリアの表情は驚きで固まってしまっていたが、自分そのものの体を触って確かめて……すぐに笑った。



「いや、いい。あの姿になるのは、自分で魔法が出来るようになってからにする!」




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