第52修 へんしん
──……日は変わり、ウォロスに立つ城の中。大理石の床に豪華絢爛な調度品。職人の技が光る食器が飾られている、そんな控え室で。
鏡の前の椅子に座っている、燕尾服姿のユースティ。その黒髪を指先で整えつつ、少し遊ばせるようにセットして満足げに笑ったのは、労いの場の店員メイドの一人、ばあど。
「よーし、これでよりかっこよくなりましたね~!」
対してユースティも常磐色の瞳をきらきらと輝かせ、ばあどに振り返って礼を告げる。
「最高だね、ありがとう!」
「いえいえ~」
明るい空気の二人をよそに、外から部屋の扉がノックされる。
「失礼します」
声に振り返ると、そこには立ったユースティと目線が同じぐらいの背丈の男性がいた。さらされた羽や複数の細腕も主張することなく、上手く溶け込む黒の燕尾服。
柔らかな赤茶の癖っ毛はかきあげられて額が見えるようになっており、爽やかな印象を感じられる。
「本日はどのようなご用件でしょうか、お客様?」
くすりと微笑むと、白い手袋をした手の1本を胸の前に添えて一礼する。
「……なんてな。
ユース、俺。ソルリアだよ」
ユースティは彼の正体をわかってはいたのだが、なにも言えずしばらく固まってしまっていた。
「──わ、わかるけど、ビックリしたじゃないか!」
「へへ、だよな? さっき魔法でばーって光に包まれて、いつの間にかこうなってたんだ!」
一転して得意気に告げた元気な声には、いつもの少年ソルリアの、明るい無邪気さが覗いた。
「わ~~お二人ともとても格好よくて、眼福です~~!」
その場でピョンピョンと跳ねるばあど。ソルリアの後から部屋に入って来た白い狼の面をしたメイド店員、うるふも頷く。
「こちらの変身魔法も上手く行きました。この体躯ならば、接客とともに他の業務も問題なくこなせると思います」
──どうしてこのような変身をすることになったのか。それは先日、ユースティとソルリアが労いの場に行かずに小屋へ帰った頃まで遡る。
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「あれ……なぁユース、あのひとって……」
小屋への入り口には狼のお面をした店員……うるふが制服のまま突っ立っていた。思わず身構えてしまった二人に気付くと、ぺこりと一礼する。
「うるふじゃないか。どうしてここに?」
「とても言いづらい話なのですが、お願いしたいことがありまして」
「聞かせて貰っても良いかい?」
うるふは再び頭を垂れると話し出す。
「明日お城の広間でパーティーがあることはご存知ですよね。私たちは給仕を行うのですが……前日になって現場に立てるメイドが三人しか居なくなってしまって」
労いの場所でも毎回数十人はいた店員のメイド達が、たった三人しか都合が合わなくなった。あっさりと告げられた事情にユースティとソルリアの理解は遅れ、その理由を聞くタイミングも失ってしまう。
「パーティーでの料理は夜までにいっぱい仕込むので、私と、ばあど二人でも回せると断言出来ます。しかしそれが精一杯であり、必然的にらびがホールを一人ですることになります。
本人は一人で大丈夫だと仰って下さったのですが……是非とも彼女とよく交流のあったあなたに協力をいただけないかと思い、こちらへ来た次第です」
「状況はわかったけど……一応、彼女とは数日前にあったばかりだよ、それでも大丈夫?」
「え? 特別プレートの提案もいただきましたし、お二人でお話していらっしゃったのでてっきり……」
ソルリアは城自体に入ったことがあるため、今回動くことになる大広間の広さも想像出来た。来客人数が不明瞭とはいえ厨房を二人だけで回すのは気が遠くなる話だ。
接客や配膳、場の対応や状況把握もするであろうホール業務。それを、らびことプセマ一人だけでは勿論、ユースティが参加したところで焼け石に水と言ったところだろう。
難しい顔をしたソルリアの横で、ユースティも一旦同じように考えたが、すぐに明るい顔で告げた。
「うん、彼女にも色々お世話になってるよ。折角君が頼ってくれたんだし、おれとしては出来るだけ協力したいな」
「ありがとうございます」
「ただ……素人だけど、大丈夫かい?」
「今回はお客様に料理を自由にお皿へお取りいただく……ブュッフェスタイルです。ユースティさんには主になくなりそうな料理の報告、お皿などの持ち運びをお願いしたいので、特別な接客スキルなどはいりません。
もしあなたに来ていただけたなら、なんとか今回のパーティーの体裁は保てると思います」
どんどん話を進めていく二人に、ソルリアは少し不安げに、しかし勇気を出して声をあげた。
「ねぇ、それって人数が居ればもっと楽になる?」
その一言でユースティとソルリア、二人が揃って店員になることになったのであった。
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「良いところはそのままで、よりかっこよく変身してるな! エトワールたちに見せたらめちゃくちゃ褒めてくれるに違いないよ!」
ソルリア自身も自信満々で登場してきたとはいえ、いざ褒められると段々と赤らんでいく。
うるふと同じタイミングで部屋に入って来ていたプセマもしばらく見とれた様子で、本人に気づかれる前に微笑んだ。
「とても似合ってますわ。ふふ、いつものソルリアも可愛らしくて格好いいですけれどね?」
「へ、へへ……~……あ、りがと……ございます……」
それがトドメとなって茹でられたように真っ赤になり、声がすっかり小さくなってしまったソルリア。プセマはそんな彼へ穏やかな瞳を向けてくすくすと微笑むと、ふと表情を引き締める。
「改めてお二人とも、突然無理をいったのにご協力をいただき、感謝致しますわ。業務はうるふからお伝えした通りで、こちらをつけていただきながらお願い致します」
説明に合わせてばあどからユースティへと渡された物。蝶に似た形をした、控えめな装飾のマスカレードマスク。そして猿の顔に似た、しかし明らかに他のお面より彫りが深く不気味さを感じるお面。……ばあどとうるふ以外の全員が息をのむ。
「ごめんなさい~、お面、その二つしかなくて~」
ばあどの言葉に、プセマは少しだけ眉をひそめた。
「……ばあどさん、わたくし、お面はもっと可愛い物を揃えていた筈でしてよ?」
「可愛い系統は皆に配ってしまっていたので、すぐに用意出来る物がこれしかなくてですね~……でも倉庫にあったということは、管理人様の許諾は得てます~」
「お父様の感覚は、わたくしには理解出来ないようですわね……」
不気味なお面をまじまじと表裏にひっくり返しながら見つめていたユースティ。呆然としていたソルリアへマスカレードマスクを渡し、自身はそれをつけた。
「なら、おれがこっちで行くね!」
「いいのかユースっ」
「へへ、妖怪みたいでかっこいいだろ?」
「かっこいいっていうか、めちゃくちゃ怖いけどっ」
「いいからいいから!」
本人がそう納得していても、その妖怪のような面から底抜けに明るい声が出ている光景は、異様そのものであった。プセマは控えめながらも咳払いをしてから話を続ける。
「もしお客様の対応が難しければ、この機械でわたくしに報告を下さいませ。……これは全て同じ魔素を貯めておりまして、同じ周波で響かせることで会話が出来る優れものですわ」
「インカムそっくりだね!」
「ふふ、実際そのインカムという物を元にして作られているようですわよ」
機械をうけとり、線で繋がった丸い発音部分を片耳につけ、グリップ付きのマイクを襟元に留める。ユースティはソルリアに使い方を教えながら、手慣れたように二人分の装着を済ませた。ソルリアはその間、ユースティのつけている妖怪のお面に怯えるようにしていたが、なんとか説明を聞いて気をそらした。
「では、準備は大丈夫そうですわね。始業前の挨拶を致しましょう。ばあどさん、お願い致しますわ」
「はーい! 皆さんおはようございます! 本日の目標は、頭上に注意! 明るく笑顔で接客を! の二点で〜す!
では、宜しくお願いしまあす!」
緩い挨拶ではあったが、続いて全員で声を合わせた。
「宜しくお願いします!」




