第51修 でんせつ
実戦訓練に、不意討ちで第三陣営__アルムがその場で決めて乱入した__が現れ、全員が風船を割られた。そのままふてくされたソルリアの前には、今にも笑い転げそうなほどにこやかなアルムがいる。
「いやー、ノルムの攻撃パターンの分離も直ってきてたし、ラルムも遠慮がなかったし良い感じだった! だからこそ最後は呆気なかったなー!」
「なんだよアルム、そもそもいきなり乱入してくるのはずるいだろっ」
「っあははは、ごめんごめん。でも実戦ってこういうもんだろ?」
「正当化しようとするなーっ」
ラルムが風船を割られた体勢から起き上がり、胡座をかいて十分に聞こえる音量でぼやく。
「あーあ。少しはやるなって言おうとしたのに。褒められて隙をつかれるとか。そんなだっさい負け方しておいて文句言うの?」
「負け方とか関係ないよっ。それはそうとして思ってない褒め言葉なんて酷いことするな、アルムっ」
ソルリアも負けていない。アルムはその場で両腕を組み、なんともないようにうんうんと頷く。
「ソル坊は駆け引きってやつを覚えないとな! それに嘘でもないぜ。お前の兄貴はお前の状況に合わせた魔法を使わせようとしてるっていうのがちゃんとわかったしさ」
「どういうことだよっ」
「そうだな……もう少し魔法を使う回数を重ねてからおしえてやろうかなあ」
「今じゃだめなのー?」
ユースティはそんなやりとりを微笑ましげに見守っていたが、ふと両手で持っていた銃の重さに意識が移り、ラルムへ声をかける。
「ありがとう、これ返すね」
「ん」
両手で渡したのに対し、持ち主は軽々と片手で受け取り、取っ手に指を引っかけると目の前でわざとらしく一回転させた。
危ない扱いな気もするが、そもそもこんなことは重さもあって出来ない。ユースティはそれを心底不思議そうに見つめていたが、ふと溢す。
「……ラルム、とどめを撃つのは苦手かい?」
「?!、そっそんなわけっ」
銃を取り落としかけ、慌てて両手で掴む。図星だといわんばかりのその様子にノルムが自分の顎に手を当てふむ、と声をもらした。
「そうだったのか。ラルムは上手く、相手の逃げる場所を遮れていると思っていたがのぅ」
「確かに、彼はいくつもある相手の選択肢を把握出来てる。さっきもおれの逃げる場所の予測を立てて、どんどん撃ってきてた。そこにノルムの一撃が来て、一人じゃなす術がなかったよ」
ただ……と、ユースティは続ける。
「きっと選択肢が見えているが故に、ラルムだけになったときに、とどめの一撃を撃つところまでいけない。ソルリアみたいに小回りがきく相手だと、体力切れに賭けるしかなくなってるんじゃないかな」
ラルムは大人しく聞いてはいたが、俯いて手の銃をまじまじと見つめた。
「──……これを怖いと、感じているのかも知れないな……」
そうぽつりと呟くように告げた手の一部が、どろり…………乳白色の液体となって、溶け出す。
「ラルム、っ」
「え……あっ」
真っ先に声をあげたノルムに、自らの足元に落ちた液体に気付き、青ざめていくラルム。あの乳白色のスライムの姿のものと同じものだが、二人のただならぬ雰囲気にユースティは気付く。
「よしお前ら、そろそろ時間もいいところだし──」
そこにアルムが振り返ってしまう。
「……ラルム?」
「え、あ、……ぁ」
たちまちその瞳が虚ろになって、表情が消えていく。ラルムからは弱々しい声が漏れて。
「──……っ、わぁあぁあ?!」
ユースティが咄嗟に離れた場所で上を指差して叫べば、アルムはハッとしてそちらへと向いた。
「?! どうしたユースティ」
「ぁああぁあああそこにUFOが!!」
「いやここ仮にも海ん中だけど?!」
そう言いつつも気になるのか、ユースティが示す方を探し続けるアルム。事情をわかっていなかったソルリアもユースティの行動に困惑した顔をしたが、ラルムの異変を目にすると駆け寄ってその腕を引いた。
「こっちだよっ」
「!」
そのまま二人で死角である木陰まで移動すると並んで座り、ラルムが息をつけるようにする。……そのまま深呼吸すると、その体はゆっくりと形を戻していく。
「……ごめん」
安心したような表情をした後小さな声で、しかししっかりと紡がれた言葉。ソルリアは目をぱちくりとさせた。
「なんでお前が謝るんだよ? いきなり叫んだユースティにはびっくりしたけどさ」
「そうじゃなくて」
「?」
「……さっきの、周りが迷惑だとか、諦めろ、とか。……あんたが魔法を使えないのは事実だけど、言いすぎた」
きょとんとした表情をしていたが、あぁ、と相槌をうつ。
「なーんだ。嫌な気持ちにはなったけど、今謝ってくれたから十分」
「……むしろ他に何があるんだよ……十分って?」
「まあ俺ももう旅に出て、大人になったし? 構ってちゃんが言う冗談と本気の悪口の違いくらい、わかるかなー……みたいな?」
なんていって、ふざけた口調で下から見上げるようにして笑う。ラルムは眉をつりあげて口をぱくぱくとさせた後、勢いよくそっぽを向いた。
「……ほんと生意気」
「ん、たまに言われる」
「でもきっと、そういうところも──」
ふと溢れそうになった言葉は、その目線の先からユースティの顔が覗いたことで引っ込んでしまう。
「二人とも案外近くに居たんだな、消えちゃったかと思った!」
目を点にして固まってしまったラルム。一方でソルリアは得意気に、ユースティの方へ身を乗り出した。
「だろ? 毎日じいやの目を掻い潜ってた甲斐があるってもんだよなっ」
「エトワールが聞いたら複雑な顔しそう」
「あっ。き、聞かなかったことにして、ユースっ」
一転してあわあわと訂正した様子に微笑ましそうにしつつ、ノルムも顔を覗かせた。
「ラルムはもう大丈夫そうじゃな。感謝するよ、ユースティ」
「ごほん。……素直に礼を言うのもなんだか癪だけど、ノルムの言う通りだね。ありがとユースティ」
「っはは、おれはなーんにもしてないけどな!」
けどお礼は喜んで受け取るよ、と笑む人間。ふとソルリアが思い出したように訊ねる。
「な。おしえて、研修生。ユーフォーって何?」
「えっ」
「ああ、親分は知っていそうだったが、確かに俺もわからないのぅ」
「ボクも知らない。なにそれ?」
三人の追及を受け、ユースティは自信なさげに告げる。
「簡単に言うと、空飛ぶ円盤……かな?」
「「「空飛ぶ円盤?」」」
今度は揃ってそう返され、説明に悩む唸り声が上がる。
「うーん、そうだよ。宇宙人の乗り物とされる、正体不明の飛行物体の通称さ!」
「どうしてその飛行物体が乗り物ってわかったんだ、ユース?」
「ボクも気になる。魔物と見間違えた、って可能性もあったわけだよね?」
「二人とも、俺達も広く解釈すれば宇宙に住んでいるぞ。構成する物質が人工物と同じだったから、一旦そう定義されたのではないかのぅ?」
「ええとー。ええとね、それは……」
「おーいお前ら、オレだけ仲間外れにして楽しそうに話してんなー」
突然目の前に現れたアルムの顔に、今度はユースティが目を点にして固まってしまった。
「お、ぅわぁ。アルムっ?!」
「ユースティが急に叫ぶから心臓に悪かったぜ。もう良いけどさ」
すっかり元の調子にもどったらしいアルムは、すねたように頰を膨らませたが、すぐに身を乗り出して話に参加してくる。
「ちなみにUFOってのはなー……ユースティ、なんか描ける物あるか?」
「あるよ!」
ケープから咄嗟に出たのは元々ユースティが持っていた手のひらサイズの小さなノート。書く物の芯が折れてそのままであったことを思い出し、急いでその一式をエトワールからもらった手帳とペンに入れ替え、アルムに渡した。
「てんきゅー。お。めっちゃ書きやすいな、これ」
「触り心地もいいよね。貰いものなんだ」
「いいじゃん。……ほらもう描けた、こういう奴だよ」
その左手で簡易にわかりやすく描かれたのは、円盤で支えられた半球体。ノルムはそれを覗き込むと顔を明るくした。
「あぁ、ユーフォーはヒトサライのことだったのか」
「人攫い?!」
いつぞやのミミゴロシのように、物騒な名前である。
「不思議な磁力で突然ヒトを連れ去って、別人に変えてしまう……というおとぎ話が、俺の故郷で言い伝えられておったんじゃよ」
ノルムの話に、今度はソルリアが反応する。
「ユース、俺も思い出した。これがもうちょっと大きかったりしたらラーモォクって奴に似てる。
でも突然じゃなくて、祈った者を天国へ連れて行く神様の乗り物……っていうお話だった」
ソルリアはアルムからそのペンを受け取り、ラーモォクというものを描いていく。……円盤の形はわかるものの、どういう物なのか上手く伝わってこない。色々な方向に線が暴れていた。
「出来た!」
「うわ下手。ラーモォクはこうだろ」
ラルムがバッサリと苦言を呈し、その上から足すように描いていく。それによって線の輪郭ははっきりとし、円盤の上に長方形が沢山乗っているような状況がわかるようになった。……しかし、まだまだ大雑把でありそれ以上は伝わってこない。
「なんだよ、ひとのこと下手だっていうわりにはあんまり変わんないよっ」
「うるさいチビ、存外覚えてなかったんだよ!」
「チビって言うな!!」
「ふむ……これを描けばそれらしくなるかのぅ?」
次にノルムが細かく追記をすれば、ただの円盤だったそれはたちまち広々とした浮島の街へと進化を遂げていく。ラルムとソルリアは言い合いを中断し、二人してその絵を覗き込んだ。
「あぁ、そうそうこれ、これだよ!」
「すげーっ。上手だな、色んなもの描けたりするのか?」
「まぁなんでもとはいかないが、ある程度なら描けるのぅ」
一気に現実味が増したその絵に、描いた当人たちも満足そうに言葉を交わす。一方でユースティの目も釘付けになった。
その浮島の、中央に位置する高層の細長い建物を囲むようにして広がる街並み。景観のためか、区画整理のためか。その都市全体に張り巡らされた上水路。外側にある、階段を上りきった高台にある大きなその舞台は──
「まるで空の国だ。そう思ったろ」
「……!」
アルムがユースティへ声をかける。
「UFOの話からヒト攫い、神の乗り物ときて。最後はこんな浮島に繋がるんだ。面白いよな」
……そうして、話を切り替える。
「ラルム、ノルム。今日は解散しようか。ユースティとソル坊は“労い”を受けてるらしくてさ。一度オレもあやかってみようと思ったんだが、お前らも来るか?」
話を振られた二人は特に悩むこともなく、首を横に振る。
「親分達は気にせず行ってくれ」
「ボクらは先に帰って次の訓練の作戦でも練っておくよ」
「ん。熱心なのはいいことだがたまには休めよ。
よしそうと決まればいくかソル坊、ユースティ!」
「うん!」
そのままノルムとラルムの二人と別れ、三人で歩いて行く道中。ふとユースティの脳裏に、今まで忘れてしまっていた、真っ暗な道を歩いた記憶がぼんやりと浮かぶ。
「そういや夏は日が落ちるのがゆっくりだよな? 結構訓練に時間かけちゃっただろうし、前みたいに真っ暗にならなくてよかったぁ」
しかしアルムから返ってきた返事は、意外なものだった。
「どの気候でも、ここがこれ以上暗くなることはないぞ?」
「え?
……どうしてだろう、でもおれ、この道が真っ暗になったところ、みたような気がする」
そうしてたどり着いたウォロスの中心。そこでは今まで見たことない程、ヒトが歩いていた。
「なんだか、多くないかい……?」
しかし影も薄く声も聞こえない。静寂は相変わらずで不気味さが増したその空間。先程の記憶違いもあり不思議そうにしていたユースティは、ソルリアに服の裾を引っ張られ、歩みを止める。
「ソルリア」
「ここまで来てごめん。……今日は行くの、止めないか?」
「……なにかあったのかい?」
「なんだか、落ち着かないというか……怖い、というか」
二人はぱちぱちと見合うと、アルムへと向く。彼はあまり気にしていない様子を見せた。
「あー、オレが行きたいって言ったのは興味本位だし。お前らに任せるぜ」
「あんなに動いたけど、おれもなんだかお腹空いてないかもな……ソルリアが言うなら、行かなくてもいいかなって思った」
「じゃあやめるかー!」
彼もにこやかに笑うと、あっさりと道を引き返した。
「んじゃオレはこれで。お前らもまっすぐ帰るんだぞ!」
「ごめんね、ありがとうアルム」
「おう!」
手を振って去って行くアルムを見送り、ユースティはソルリアを見る。
「こういうときの勘って大事にした方がいいよな。他に異変はある?」
「ううん。……ありがとう、ユース」
「ん!」
ソルリアも怖さの理由を探すが、結局原因ははっきりしないまま。他の者がぼんやりと歩いていく方向とは逆へと進み、二人は小屋へと帰り着く。
「あれ……なぁユース、あのひとって……」
二人の視界に、小屋の前で立っているメイド姿の店員がうつった。
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