第46修 きしかん
高台を上がれば屋敷と、桜の花を咲かせた大樹がある。所々に出来ている水溜まりに浮かぶ花びらが創り出す鮮やかな光景に、ユースティは息を飲んだ。
「わぁ……!」
「へへ。知ってる、研修生? これ、桜って言うんだってさっ」
「これがかい?! 実物を見たのは初めてだよ!」
「さっき見た時はもっと咲いてたんだけどな、もう大分散ってきちゃってるな」
その場所に立ち止まった束の間、まとまった強い風が吹く。それは二人の場所を巻き込み、一度に沢山の花びらを降り注がせた。
「っ」
……それらはやがて通りすぎた風の残り香と共にゆっくりと減速し、舞い落ちていく。
「なに、今の……ぶわっ、ぶわって来たっ」
「いいな、いつまでもみていられそうだ」
それをまじまじと見つめ、ユースティはそれにしても、と続ける。
「葉桜になる様子もないのに、こんなに散っちゃうなんて。1日でこんなに気候が変わるくらいだから、特殊な桜なのかな?」
「そういえば、ウォロスでは桜を見られる頻度が増えてるって聞いたよ」
「へぇ……? すごいなウォロス……!」
名残惜しさを感じつつも、反対側の坂から降りようとした二人。次にその視界に入るのは、既視感。
「まってユース、あれって」
「!」
ソルリアが指差す先にいたのは、戸惑って立ち往生している紫髪の女性──プセマだ。そしてそれを囲むようにして飛んでいる、羽が鋭い黒色の蝙蝠のような魔物の群れが見えた。
二人は顔を見合わせ、急いで坂を降りていく。
「ソルリア、あの魔物……見たことないかい?」
「あれ? わかんないけど、そんな気がする。でもとにかく今は行かなくちゃっ」
「滑空しながら様子を見てるな……、あの鋭い羽で突進して来るのが主な攻撃だと思う。おれが風船斧くんを壁にして弾くから、彼女を守りつつ魔法陣の準備を頼めるかな!」
「わかったっ」
ユースティは風船斧に退魔の薬を塗りつつ、ソルリアは無我夢中で。相手が初見とは思えない程順当な対処を試みる。
二人が駆けていく間にも、群れの一匹がプセマへと襲いかかる。それを皮切りに、獲物のわずかな隙も逃すまいとして他の蝙蝠も一斉に狙いを定め、急降下と突進を始めた。
「きゃっ──」
「プセマ、こっちっ」
「!」
ソルリアがプセマの手を引いて場所をずらす。そしてすぐにユースティが間に入り、風船斧で何体かの蝙蝠の魔物の核を斬り、消滅させることが出来た。しかし他にはうまく避けられてしまう。
「よーし、一旦間に合ったね!」
「ユースティさん、ソルリア?! どうしてこちらにっ」
「予定よりも早く終わったから、迎えに来たんだ!」
そのまま対抗し続けるが、数がかなり多い。何度も単調に襲いかかって来るだけでなく、突進の角度を個々にずらしてきている。……このままでは圧され、やがて防ぎきれなくなってしまう。
ソルリアが魔法陣を使うまでそれは避けなければいけない。いざという時はミミゴロシ──マーケから貰った魔物避けの轟音弾もある。ユースティが風船斧を持つ手に力を込めた。
その時。
「溺れろ」
低くしわがれた声と共に、突然三人を囲うように現れた黒い棘。それは蝙蝠の魔物たちに向かって飛び、刺さる。するとそれらは途端に羽ばたきを止め、落ちていく。棘の通った箇所からじわじわと蝕むように黒紫の染みが広がり、やがて魔物たちは霧散することなく、ただ動かなくなった。
「逢魔が時以降は換気が起こらないように、と……あれほど言っていたのにな」
「!」
驚く一行のもとへ歩いて来たのは、優しそうな顔を険しくした老人、ウォルター。プセマは彼の言葉に少し焦ったようにして口を開く。
「仕方がありませんわ、お父様。皆必死ですのよ」
「だが……」
お父様、と呼ばれた彼は特に動揺することもなく、プセマの様子を心配そうに見つつ眉を下げる。その直後にようやく、その隣にいた二人にも気付いた様子を見せた。
「お前さんたちも、怪我はなかったか」
「大丈夫さ。えっと、ありがとう」
「気にしないでくれ。管理者として、見回りをしていたついでだから」
「……管理者?」
ウォロスに来てからも、初耳ではない気がするその言葉。胸の奥で何かひっかかるものを感じつつユースティが訊ねると、プセマが頷いた。
「ええ。お父様は何年もお一人でウォロスを管理していますのよ」
「一人でここを?! すごいな!」
ウォルターはさり気なく頭をかき、ユースティに続ける。
「いいや……厳密には一人じゃないよ。ウォロスの維持には外からの援助が必須だし、住民たちに協力を要請してようやく……といったところではあるし、何よりここまで形にするのも、気候を感じられるようになったのも。彼女が居なければ一切なかったからな」
「──……彼女?」
「あぁ。前も話したろう、お前さんと同じ空の国から来た、彼女さ」
じっとりとした視線と共に返される言葉。その場の空気が停滞してしまう前に、プセマが進んで声をあげる。
「ねぇ、ユースティさん、ソルリア。折角だから今日、お食事とお話をご一緒にしていただけませんか」
「え?」
その提案に喜び混じりの疑問があがったと同時に、ウォルターは一転して心配そうな表情を彼女へと向けた。
「どうしてだプセマ、もう暗いじゃないか。外だと今のような魔物だって──」
「室内なので大丈夫ですわ。ほら、お父様はとにかく、先に帰っていて下さいませ!」
「わ、かったよ」
背中側から肩を持たれて軽く押し返されれば、少し寂しそうにするウォルター。しかし彼は自分を納得させるようにしながら見送る姿勢をとる。
「帰りが遅くならないよう、程々にな」
「はい、もちろんですわお父様」
「……それと二人にも、最後に」
ソルリアとユースティを呼び寄せると、二人だけに聞こえる音量でにこやかに、しかし低く告げる。
「くれぐれも娘を頼んだぞ?」
──……その声色だけで、背筋が凍りそうになるような圧が感じられた。
「「……は、はい…………」」
約二名、怯えながらプセマの後を歩きだす。
「お、…………おっかなーい…………」
震える二人の様子に気付いたのか、プセマはくすくすと微笑む。
「お父様ったら、わたくしが絡むといつもあんな風におっしゃるんですの。少しでも離れるってなると、途端に心配そうにして。
もうわたくし、ひとりでも大丈夫なのですけれど」
「へぇ、やっぱり親御さんだからかな。親からすれば自分の子どもはいつになっても子ども、みたいな感じでさ」
ユースティの何気ない言葉は、少し間を空けて返された。
「ふふ。そうなのかもしれませんわね」




