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おしえて、研修生!  作者: きりぞら
第弐章 響け、届けよ。ウォロス
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第44修 しんだん



 訓練に乗り気であったユースティとソルリアの二人は、アルムの言葉にお互いの顔を見合わせる。



「状態を、知る?」


「そう、診断タイムだぜ。お前らこれ持ってみ?」



 アルムがどこからともなく取り出したのは、透明な液体の入った瓶。それを二本のガラス棒に移し、コルク栓をした物をひとつずつ受け取る。ユースティは懐かしげにしているのに対して、ソルリアは両手で持ったそれを物珍しそうに眺めた。



「なんだこれ」


「まるで理科の実験みたいだな!」


「っはは、確かにそんな感じ。ちょっとだけ、不思議な体験をして貰うぞ」



 アルムはそんな二人の様子を微笑ましげに見つめていたが、すぐに次の説明へと移る。



「二人とも、それを振ってみてくれ」


「縦に? 横に?」


「ひっくり返さなきゃなんでもいい。液体だけを回すように振ればそれっぽいかもな」



 指示に従って振れば、ユースティの持っているガラス棒の中に入っていた透明な水が、鶯色へと変わっていく。



「わ、色が変わってきた!」


「緑褐色か……それに透明さも残ってる。あまり魔素に縁がない空の国から来たなら、妥当な所かな」


「!」



 再び故郷を言い当てられ、ぴくりと反応するユースティ。アルムは一度不思議そうにしたが、すぐに説明へと戻る。



「……ってことで種明かしすると、これは持ち主の体内魔素を少しだけ吸収して、目視出来るようにした液体なんだ。色彩から得意属性も推測は出来るが、わりと人それぞれだからあくまでも参考程度に。って感じだぜ」


「え、俺知らなかった。他の人の体内魔素を吸収することも出来るのか」



 ソルリアがぼやくと、アルムは頷く。



「吸収ってよりは……呼吸みたいに体内魔素と外の魔素も入れかわることがあるっていうか。それを感知して色が変わりまーす。質を判断出来まーす。……みたいな!」


「て、てきとー……」


「オレもこれは貰い物だもん」



 アルムが持ったままの透明の液体の瓶を振れば、たちまち鮮やかな水色になる。



「個々の色がついているなら、魔素が自分と馴染んでる証拠。逆に言えば馴染むまでは透明だ」


「じゃあ魔素が薄く色付いたおれは……魔法が使えるように変化していってる途中なの?」



 コルク栓を抜けばたちまち色が抜け、瓶の中の液体は元の透明に戻っていった。まじまじと見つめながらそう訊ねたユースティに、アルムは得意気な顔でぱちんと指を鳴らす。



「そーゆーこと!」


「人体すげー!」


「ちなみにお前の故郷を空の国って断定出来たのは、その服にある空の国のシンボル、沈丁花の刺繍。

 オレの知り合いの服にもあったからそう思っただけだよ。悪い、驚かせたみたいだな」


「大丈夫、大体の予測はついてたよ。

 ただ……空の国の出身だっていったら気を悪くさせちゃった人がいてさ」



 苦笑したユースティの足元にくっつくように寄って、ソルリアが割り込む。



「ユースはなにも悪くなかったんだぞ? あっちが変なやつだったんだ!」


「そうなのか、困ったやつもいるもんだな。……そんな傷心中のユースティを盾にして、どうしたんだソル坊?」


「うっ」



 その言葉にユースティも目線を少年へと向けると、彼の背中に隠されたガラス管にはとある結果が示されていた。



「ソルリアのは、色がつかなかったのかい?」


「っていうか……水が、消えたんだよな」



 密閉されていたはずのそれから、液体が跡形も無くなっていた。アルムは驚きつつも確認をしようとする。



「消えた? ちょっと貸してくれるか?」


「うん」



 お互いに歩みよってその棒を手渡そうとしたが、アルムはそこから伝わる異常な程の熱に驚く。



「ッあっつっ?!」



 肌が焼ける感覚に反射的に手を引けば、そのままガラス管は二人の手から滑り落ちて。地面に張っていた雪解け水で突如冷やされたそれは、落とされた衝撃も加わったことにより音を立てて破裂するように割れた。



「ソルリアっ、アルム!」


「っオレは大丈夫、怪我はないかソル坊?!」



 ソルリアはユースティだけでなくアルムにも心配されたが、あまりに突然のことに言葉を失っていた。



「お、俺は大丈夫」


「そうか。オレは指が焼けるかと思ったぜ。……お? なんだ、わざとかぁ?」


「わざとじゃ……けど、ごめんなさい」


「おいおい、本気にすんなって。ソル坊自身あれを普通に持ってたしな。何もなかったからそんな気にするなー!」



 アルムは手をぱたぱたと扇ぐようにして冷ましているようだ。対してソルリアはその手を心配そうに見つめている。静かにその光景を見ていたユースティが、納得したように感嘆を漏らした。



「あぁ……きっとヴァリータに貰ったミトンのおかげでソルリアは熱くなかったんだ。これ、耐火性能を付けて貰ってるんだよ」


「ああ、そりゃ余計にわかんないな」



 アルムは特に気にした様子もなく相槌をうち、ソルリアと目線を合わせるためにしゃがんでから問いかける。



「オレを吹っ飛ばしたり、この中の水を消しちゃったり……ほんとハチャメチャだな、ソル坊。なんか心当たりはないのかよ?」


「なんにも知らない、自分でも驚きっぱなしだよっ」



 質問の意図もわからないまま答えるソルリアをしばらく黙り込んで見つめて……一息つくと、そのまま二人に向く。



「あー……。と」



 そのまま口を開こうとしたが、ふと見上げて。 



「アルム?」


「なんだか目線を感じた気がしてな。ほらあそこ、見てみろよ」



 そうして指をさされた先へ目線を移動させれば、壁の上から此方に手を振りだすツインテールの紫の髪の女性。



「ユースティさん、ソルリアー!」


「ぷ、ぷせっ、プセマさ……っ、プセマ?!」



 さん、と付けてしまうすんでの所で止まるソルリア。それをくすくすと笑っているプセマ。短いやり取りではあるものの、明らかに距離が縮まっている二人。アルムは肘で軽く突っつく。



「お~? いつ嬢ちゃんと呼び捨てにしあう関係になったんだよソル坊~」


「う、うるせっ、元からだよっ」


「うそつけぇ」



 照れ隠しにそっぽを向く。そんな様子に悪戯っ子のように笑ってから、少年の隣でプセマを下から覗き込むような動作を始めた。



「何してるんだよ」


「ほら、もし風が吹いたりしたらさ。見えるかなーって?」


「なっお前何言って、最低だなっ」


「でも気になるからなぁ。ほら、こうやってちょっと寄ったりしてさ──」


「こら、今すぐやめろっっ」


「っわははは、いたいいたい、止めるから止めるから」


「ソルリア、どうやっても見えるような角度じゃないから大丈夫だよ」


「そういう問題でもないだろユースっ」



 ソルリアにぽかぽかと叩かれて止められている振りをするアルム。ユースティもそのやり取りにくすりと笑いつつ、改めてプセマへ声をかけた。



「偶然だねプセマ、どうしたんだい?」


「ええ本当に。たまたま、お散歩中に皆さんの声が聞こえたので、来てみましたの!」



 満面の笑みで返された返答に、アルムはさらに少年を突っつき続ける。



「だってよソル坊~……これは一旦、診断タイムは終わりだなぁ」


「え?」


「お前の彼女が待ってるぞ、いってこい!」


「かっ、違うよっ。からかわないでっ」


「こういうのはちょっとぐらい押して印象付けも大事なんだって、行っとけ行っとけ」


「いつの間にお前に応援される側になったんだよ、俺はっ」


「いいから、ほら!」


「あーもうしょうがないなっっ」



 そのまましつこい位に背中を押され、そこまでいうなら、としぶしぶ走っていくソルリア。ただその足取りは軽く跳ねていた。



「はは、満更でもなさそう」



 ユースティがその後ろ姿を見送る横から、立ち上がったアルムが絡んだ。



「ユースティはユースティで、置いてかれて寂しいだろ?」


「ええ? 寂しいかはわかんないけど……気になることがあって。出会い方も酷かったのにおれたちのことよく気にかけてくれてるよな、アルム」


「お。わかる? なーんかほっとけなくてさ」



 そのまま坂を上がっていく少年をどこかぼんやりと見つつ、続ける。



「……お前ら、似てるんだよなぁ」


「似てるって誰に?」


「ソル坊はオレの友人に。お前はさっき空の国の知り合いがいるっつったろ。そいつ」


「へえ、どんな人たちなんだい?」


「まぁソル坊に似てる友人は……あそこまでじゃなかったけど、大体あんな感じでわかりやすいんだよ」



 やがて壁の上で合流すれば、少年の目線に合わせてしゃがみ微笑む女性。彼女が一言口を開けば、少年はますます紅潮しつつも大きな身振り手振りで返していた。



「知り合いの方はな、お転婆頑固で放っておくとすぐどっかいく。その癖自分のことは後回しだから危なっかしくてさ。出会ってから何年もつきっきりだったんだ」


「わぁ」


「そしたらあいつ、オレがいるなら大丈夫でしょ! つって余計に無茶し始めた。もーこれが毎日大変で大変で。……ったく、オレもお前も限界ってもんはあるんだぞって、何回説教したことか」



 アルムが懐かしげに目を細めれば、どこからかあたたかく緩やかな風が吹く。しばらくしてから彼はプセマとユースティを交互に見た。



「……そういえば、あの嬢ちゃんもお前とあいつに似てるな?」


「どこがさ、そもそも髪や目の色も違うだろ」


「ばぁか、見た目で言ってんじゃねぇよ。雰囲気とか動きとか、そういうのもあるだろ」



 アルムと共に、どこかへ歩いていったプセマとソルリアの姿を見つめていたが、ユースティはその言葉にピンと来ないと言わんばかりの表情をする。



「んー……余計にかけ離れているような」


「お前がそう思いたいならそれでいいと思うぜ?」


「思いたいも何もそもそもが違うだろ……アルム。その空の国の知り合いの人のことはずっと好きなの?」


「ああ。そうじゃなきゃこうやってはっきり、覚えてないだろうしなぁ……」



 さらりと訊ねた質問に対する答え。本人は隙を見せてしまったことに気付いていないが、ユースティはその横顔を見つめて……にやりとした。



「──……。やっぱりそっか、話してるだけですごく愛おしそうだったもんな!」


「え? ……あ、っ」



 言われたアルムもアルムでしまった、と言わんばかりのあからさまな表情をするものだから、ユースティの推測は確信に変わってしまう。



「似てる云々も、無意識にその人をプセマに投影しようとしちゃってるんじゃないか。

 女の子に目がないとか言いつつ、ほんとはその人に一途なんだろ? わー、アルムって純情~」


「そ、んなことは……、………………。ユースティ……!」


「ははーん、これは自覚もアリだ!」


「仕返しか、仕返しだな?! ここぞとばかりにからかうつもりだろ、お前……!」




──────────




 一方壁の上へとたどり着いたソルリアは、目の前の光景に見とれて立ち止まった。


 先が二手に分かれた丸く薄い桃色の花弁。それが五枚でひとつとなる花が、木の枝からいくつも咲き誇っている。少年が見とれている間にもひらひらと花弁は舞い落ち、敷き詰められて絨緞のように広がっていく。

 それだけでも十分美しいと言える景色に溶け込む一人の女性。その儚げな立ち姿と微笑みが完成度を高めていた。



「──綺麗だ、本当に……」


「あら、ソルリア。内側から登って来る時に一度ご覧になったのではなくて?」


「あっ」



 相変わらず隠し事は上手く出来そうにない。それはそれとして来る時に此方を一度通っていたとしても、こうして同じように立ち止まって見とれてしまっただろう。そんな確信を心中で抱きつつ、ソルリアはしゃがんで目線を合わせてきたプセマにあわあわとしながらも続けた。



「えっ……と。行きは会話に夢中で、気付いてなかったみたいでっ」


「ふふ、そうでしたのね。これは本来ならば一年に数日間のみ咲き誇る、桜という木の花ですわ。このウォロスでは周期を弄って、より桜を見られる頻度が高くなっていますの」


「へ、へえ」


「綺麗で可愛い花だから、何度見ても飽きないんですのよ」



 相槌を売ったものの心ここにあらず……といった様子であるソルリアをよそに、ひらひらと舞い落ちてくる花びらを両手で包むようにして取ろうとするプセマ。しかし桜の花びらは指の間の僅かな隙間をするりと通って避けていく。



「ううん中々掴めませんわ」



 そんなプセマを見たソルリアは、目をぱちくりとさせる。……彼女の頭に花弁の一つがついていたのだ。



「……プセマさん、そのまましゃがんでて」



 そうして、流れるように彼女の頭へ手をのばし、乗っていた花びらを手に取って。



「どうぞ。こっちの花びらの方が、君に掴んで欲しかったみたい。……です」


「! ……ありがとう」



 それを渡せば驚いたような顔で、心なしか小さな声で告げるプセマ。……ソルリアはしばらくしてから、ハッとしたように顔を真っ赤にして目線をそらす。



「あっ……どどどういたしましてっ」


「あなたは無意識にも、そうした気遣いが出来る方ですのね。格好いい」


「あわっ。きゅうにごめんね、っ」



 くすくすと微笑むその横顔を直視出来ない。このままここにいたい、もっと話していたいと思うのに、彼女を前にすると言葉も出てこない。



「いや…………でない方が、いいのかも……」



 ふとこぼれた言葉は、いつの間にか立ち上がっていたプセマには届かなかったようだ。



「ソルリアは今日、どのぐらいまでこの場所にいらっしゃいます?

 もう一度……お時間があれば、会いたいな、と考えているのですが」



 え、それってどういうこと。……頭が沸騰して何か変なことを口走ってしまう直前に、下にいるアルムが叫んだ。



「それなら多分、夕方位には一旦終わるぜー!」


「あら、そうですのね! わたくしは夕方もう一度、ここに参りますわ!」



 なんとか踏みとどまったソルリアは、下のユースティとアルムを一瞥。



「──……地獄耳かよ……」


「ええ?」「ソル坊、なんだってー?」


「なんでもないっ。待ってて、すぐ戻るから!」


「ふふ。ではわたくしは一度、ここで」


「あ、待ってくれ嬢ちゃんっ」



 ふと思いついたようにひきとめ、軽々と飛ぶようにして坂を登って来たアルム。その手には、ユースティたちが先程使っていたものと同じ液体の入ったガラス棒。



「これ、嬢ちゃんも振ってみてくれよ。こいつらに魔法が何たるか、を教えててさ。人によって魔素も違うことを実際に見て貰いたくてな!」


「ちょっ……と、いいよもう十分わかったから。彼女をひきとめるなよなアルムっ」


「いえ、わたくしにお手伝い出来るのなら是非!」



 ソルリアはプセマをわざわざ留めることに遠慮してやめさせようとするが、プセマは素直に受け取り、棒を振ってみせる。すると中の液体はたちまち桃色となっていった。



「……ほらソル坊、嬢ちゃんの魔素は桃色だったぞ」



 アルムがソルリアを見つめる。



「見たらわかるよ、なんで言うんだよ」


「好きな人のことは何でも知りたいとか言うだろ」


「いやそれ、相手の吸って吐いた空気を保存したいって言ってんのと一緒だぞっ」


「もしそう言われたとしても、わたくし、ソルリアなら許しちゃいますわ」


「ふぇっ」



 二人の問答へくすくすと笑ったプセマに、ソルリアからは鼻血が勢いよく吹き出した。



「ソル坊?!」


「きゃっ、ソルリア、血が! 大丈夫でして?!」


「うわぁっごっごめ、大丈夫、大丈夫だからっ」



 プセマは懐からハンカチを取り出すとソルリアの前にしゃがみ込み、血を優しく拭き取った。



「!」


「これ、使ってくださいね」



 そのままソルリアの手に渡すと、ありがとうの言葉を聞く前に駆けて行ってしまった。……これにはアルムもニヤつき、プセマの去った方向を見つめたままで棒立ちになったソルリアへと向く。



「彼女も中々カゲキだなぁ?」


「ぅ……るさいなっ。は、早く戻るぞアルムっ」


「へいへーい」



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