第42修 「ゆめゆめ」
沈んだ意識の闇の中で──ふと誰かが呼ぶ声が聞こえた気がした。瞼を開けばたちまち広がるのは、輝く太陽と青く澄みきった大空。
「は、ぇ?」
どうやら白い箱の中に寝かされていたらしい。じわじわと蒸されるような熱を感じつつ体を起こせば、乾燥しさらさらとした砂が混じった石畳の道が目に入る。ソルリアの故郷──フッブの街並みがあった。
「どうして俺、ここに?」
少年は首を傾げる。自分は確か二人で外の世界へ旅に出た筈だったのだけれど……あれ、誰とだっけ?
入っていた箱のへりを跨げば、道に転がっていた何かをパキリ、と踏んでしまった。慌てて足元を見れば、それは中途半端な熱で焼かれて黒く焦げ付いた生き物の骨だった。
「っ」
しかも少年が寝ていた箱は棺である。フッブの国では死者の棺を砂漠へと流す。焦げた棺の蓋が無造作に落ちていることから、葬式の途中で何者かが炎を放ち遮った……のだろうか。
国の中でそんな事が起きたともなれば騒ぎにでもなりそうなものなのに、彼らが骨になるまで放置されていたということは──それ以上は頭が理解を拒む。同時に酷く込み上げた焦燥感に駆られ、少年は走り出した。
……が、体が崩れおちる。脚の感覚が鈍い。まるで自分のものではないようだ。それでも向かうは少年の兄、エトワールがいるであろう役所。その道中で必死に辺りを見回すが、旅人の往来や民の気配一つ感じられない。
『ねぇ』
無我夢中で進んでいた彼を止めるのは、背後からの声。振り返れば自分よりもさらに背が高くなり、顔立ちも随分大人になった女性──ルリがいた。
「……ルリ、ちゃん?」
『やっと起きたんだね、ソルリア。長様が心配してたよ』
頭は彼女だと判別出来るのに、随分と年齢差が開いてしまった気がする。一体何年経過していたのか、尋ねようとした時__パキ、と何かがひび割れるような音に意識を引き戻される。
『ぐぎゅ』
「っひ」
ルリの首が、カクン。……普段ならあり得ないであろう方向へと曲がった。たちまちその全身からあがっていく異質な軋みと呻きは、間隔を速めて高まっていく。
「な……に、………」
少年の表情は一気に青ざめる。既視感の理由を知る術は今の彼にはなく、ただただ恐怖が込み上げた。
「やだ、お願い、それ以上はだめだよ、ルリちゃん……っ」
『そ、……長、ま、よろ……』
異音が高まりきる直前。突然発生した大きな雷魔法が、微笑んだルリの体を貫く。
『ウがッ』
「 」
彼女だったものは異形へ変化する前に命を失い、焦げて崩れる。……少年は言葉を失いながらも、魔法の来た方向へと顔を向けた。
そこには先程まで居なかったはずの、大きな黒い結晶。少年は何か声が聞こえた気がして咄嗟に目を瞑り、歩み寄って。耳を傾ける。
「……もしかして、兄貴?」
酷く似ている。少年はゆらりと惹かれて結晶に触れ、体を寄せる。外側は肌に心地よい程度に冷たくて安心するのに、内側からは沸々と燃えあがる、激情の熱を感じた。
結晶はそれ以降、目立った反応は返さない。しかし少年はその黒い結晶がエトワールだと確信した。
「大変だったよな。今まで、ずっと」
次第に少年の体は、結晶と同化するように溶けこんでいく。
「大丈夫。俺と一緒にいよう。こわくないよ、兄貴」
溶けて、熔けて、そのまま吸収して─────「ソルリア」
「っ」
その名前を呼ぶ声に、体が跳ね起きた。
ソルリアが夢から目覚めた場所は、ウォロス。旅人用だという小屋の中だ。名前を呼ぶ声の主であったユースティはまだまだ夢の中と言った様子で、隣で寝返りをうつ。
「あれ、俺達昨日帰ってすぐ寝たんだっけ」
今のソルリアはそう記憶しているが、奥底に引っ掛かるものがある。現時点では正体は分かりそうにない上、既に記憶が曖昧な、しかし確実に見てしまった悪夢への動揺でそれどころではない。
……ふと、先日までのウォロスとは違う暖かさを感じる。ソルリアは部屋にある暖炉へと目線を向けるが、その火は既に尽きていた。
「んぇ?」
気の抜けた声が上げれば、ユースティがぼんやりと瞼を開く。寝ぼけ眼のままではあるが、体を起き上がらせて。今日はましな目覚めが出来たようだ。
「んー……なぁに……」
「あっごめんユース、起こしちゃった」
「ううん、随分とあったかいなって思って……」
「でも暖炉の火は消えてるんだ」
「えー……じゃあ、どうしてだろう。
……って! ソルリア、一回外に出てみよう!」
一転して興奮した様子を見せたユースティ。ソルリアも急いで小屋の外へ出れば、まるで鏡のように青空が反射している地面が広がっていた。
「雪が、ない」
「……とけたんだ」
「えっ」
「あれだけ積もってた雪が融けたんだよ! その水が蒸発も、染み込むこともせずに張って、空が映ってるんだ!」
ユースティは興奮気味に地面に触れる。本来なら土であるそこは自然のものではない硬い感触を返してきた。大気や吹く風も、心なしか湿っぽく温かい。相変わらず太陽は見えないが、かなり辺りも明るくなったように感じた。
「一晩でこんなに変わるだなんて、すごいな……!」
ソルリアも思い出したようにぱしゃぱしゃと音を立てて向かった先。自信作の雪だるまがあった場所は既に何もなく、他の場所と同じように青空を映すのみだった。
「__……そうだよな……」
それぞれの感情を抱きつつ再合流した二人の背後から、男の声がかけられる。
「よ、二人とも」
「「うわぁああ?!」」
揃って驚き飛び上がるように振り向けば、けらけらと笑うツンツン頭がいた。
「はは。なんだよお前ら、ビビりすぎだって」
「まっったく気がつかなかったよ、アルム‼」
「人をビビらせて楽しむんじゃないぞこのやろう、何の用だよっ」
ソルリアは彼の子分の存在も警戒したが、どうやら今回は親分ことアルムしか来ていないらしい。
「実は、お前らに付き合ってほしいことがあってさ」
……再び、一悶着ありそうな予感。沈黙と共に顔を見合わせるソルリアとユースティ。
「べつにいいけど……」
「わあ。あからさまに嫌そうにするなよ、ソル坊~」
「誰だよソルボーって」
「ソルリア坊っちゃん略してソル坊!」
「変なあだ名つけないでくれる?!」
「おれはいいと思う。なんだか可愛い!」
「可愛くないよっ」
二人の様子をくすくすと笑ったアルムは、まるで子どもたちを先頭で引率する先生のように手を上げた。
「そうと決まれば、外側に向かうぞー」
「外側?」
「そ、ウォロスを囲んでる壁があるだろ。あれの外側!」
「おれたちも一回行ったことがあるよ。坂で越えた所だよね」
「そうだ。本当ならあの坂を登り下りしないと外側にはいけない。だーけーどー」
三人でその坂の付近に到着すると、アルムは壁の目立たない所についていた、蓋のようなものを指差す。
「特別に秘密の抜け道を教えてやるよ、じゃーん!」
アルムがそれを持ち上げれば、人が四つん這いで通り抜けられそうなトンネルが姿を現した。
「! ここを潜り抜ければ、向こう側にすぐたどり着くってことかい?」
「ご名答だぜユースティ! さ。そしたらソル坊……じゃねえな、ちびっ子先頭で進もうぜ!」
「もうソル坊でいいよ、わざわざ言い直す位ならっ」
ソルリアは姿勢を変えずとも入ることが出来、アルムとユースティはその後ろを這って進む。
「秘密基地に繋がる道みたいでいいな、ここ!」
「ワクワクするだろ?」
トンネルの途中、前の二人は通り過ぎたが横穴を見つけるユースティ。そこは僅かな光が下から射し込んでいるが、少し進まないと中は見えなさそうだ。興味をひかれ、そちらを覗こうとした時──
「こらユースティ。一人で違う方行こうとしない!」
「わっ」
前から掴まれ、元の道に引っ張られた。
「今の横穴! あの場所、すごく気になる!」
「行っても何もない! お前みたいな不注意なやつが引っかかる罠みたいなもんだから!」
「なんでこんな所にそんなものが?! もしかしてどこかにお宝とか隠してたりする?!」
「好奇心は猫を殺すっつー言葉もあるだろ、いいから進めー!」
そうして向こう側へと抜ければ、雪が溶けた道とウォロスの果ての大きな膜。そしてノルムとラルムが居た。ラルムは隠し穴から出て来た三人、特に少年を確認した瞬間、いい弄り相手を見つけたとばかりににやける。
「……っは、誰かと思えば哀れな片恋野郎じゃないか。早く諦めた方が身のためだぞ」
そして少年も少年でまんまと挑発されてしまう。
「余計なお世話だよ、このやろー……っ」
「落ち着いてソルリア、どうどう」
ユースティに再び抑えられる。その不服そうな姿を満足そうに鼻で嗤うと、ラルムはアルムの方に向いた。
「それにしても親分、どうしてこの二人を連れて来てるの。これはボクたちの訓練でしょ?」
「同じ旅人のよしみってやつだよ。訓練には二人にも参加して貰おうと思ってるからな」
「ええっ」
「?」
訓練? ユースティたちは首を傾げる。アルムはそんな二人の肩を叩き、告げた。
「まぁとりあえず見ていてくれよユースティ、ソル坊。いつもやってるのと同じやつ、やるからさ」




