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おしえて、研修生!  作者: きりぞら
第弐章 響け、届けよ。ウォロス
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第41修 ミキレタ



「──ソルリア、足元は大丈夫かい?」


「うん、大丈夫だよ」



 好奇心に突き動かされていた行きの道とは違い、ユースティはうろつくことなくソルリアの横にぴったりとついて歩いていた。人気のない寂しさと沈黙がやけに気に障る。



「こんなに真っ暗なのに、フッブみたいに星とか、月も見えない……死者の世界の入口って言われる海域、だっけ……ここ、海の中ってことだよな……?」


「うん、そうだな」


 

 建物の壁伝いに手をつき、辺りを見回す振りをしては、何か話を続けようとする。



「この道の他のお店は、明るい間なら開いてるのかな。だとしたら明日みて回るのもいいよな!」


「……ユース、さっきからあからさまに変だぞ。何かあった?」


「う」



 相手に突っ込まれてから黙ろうとしても遅い。向けられる怪訝そうな目線をひしひしと感じつつ、ユースティはなるべく遠回しな言葉をソルリアへと紡いでいく。



「だって、さっきの、気にしてるかなって思ってさ」


「なんのことだよ」


「え? えっとな……」



 全く心当たりがなさそうな少年の声色に、それ以降の言葉に詰まってしまう。このままでは伝わらないと感じ、もう一歩具体的に尋ねる。



「ほら、お店を出る前。なんだか憂鬱そうに見えて」


「ああ、それ? ちょっと考え事しててさ」



 気まずさを溜めてしまったにも関わらず、あっさりと返されたその答え。ユースティは拍子抜けした顔で問い返す。



「……考え事?」


「そう。プセマさんのこと。俺、本当は彼女のことをどう思ってるのかなって」



 脳裏に思い浮かぶのは、らびちゃんと呼ばれていたプセマを想起させる店員。しかし少年が憂鬱そうにしていた理由は別にあった。



「最初に彼女のことを見た時からずっと目で追っちゃったし、喋るのも緊張したし、かわいいなって思った。笑顔も、とっても素敵でさ。

 だけど俺、あのお店にいた彼女以外の人も結構目で追っちゃったんだ。緊張したし、かわいいって思うんだよな。


 全部に対して同じ感情じゃないんだけど、……プセマさんに感じたものと、大きく違う訳でもなくて……」



 ──ユースティはそこまで聞くと、少しだけ肩の力を抜いた。

 


「そっか。今度はおれが神経質すぎたみたいだな!」


「なに想像してたんだよ。一応悩んでるんだぞっ」


「ああそうだな、確かに悩んでる」



 そうして一息つき、穏やかに微笑みかけた。



「彼女に惚れたんじゃないか……ってラルムに言われて、君は一度腑に落ちたよな。それに、その後も彼女のことを意識してる。

 その時点で君は彼女に無関心でもないし、嫌いでもない。つまり好きなんだ。その事実を疑う必要はないぜ?」


「なんだろう、それはそうなんだけどさ」


「んー……それならソルリアは、彼女とお付き合いはしたいの?」


「っおつきぁ」



 言葉に詰まりつつも、真剣に考えるソルリア。しばらく頭を抱えたが、答えは出なかったらしい。 



「わからない。というかまだ彼女のことなんにも知らないし、俺が彼女の隣にいるとかおこがましすぎて考えらんない」


「そ……そっか」


「でももし俺のこの気持ちが本物だって、言っていいのだとしたら────」



 続く筈だった話を遮って、鋭く強い風が二人の間を通りすぎる。



「っわっ……あれ。ちょっと待ってユース、ここ、どこ?」


「え?」



 いつの間にか辺りを見渡せるほどにまで明るくなっていた景色。闇に混ざる紫で不自然なほど鮮やかな夜空には、歯車などのからくり仕掛け。星を模したような装飾の光が輝く。

 ……呼吸は出来ているのに、全身から水の中にいるような浮遊感と揺らめきを感じられた。


 街並みはいつの間にか、真っ黒に塗りつぶされている。中心部と思われる部分の建物が高く、低い建物が辺りを囲むように並んでいる。ウォロスを囲っていた壁は見当たらず、海水の侵入を遮る膜の外側には、足場にもなりそうな小さな浮島がいくつも視認出来た。



「どこだ、ここ。おれたちちゃんと、道なりに歩いてた筈だよな、

 っ……?!」



 耳を劈く甲高い声と共に、何度も鋭い風が襲い来る。その正体は、小さな蝙蝠の形をした魔物だった。

 ユースティはすぐさま風船斧を取り出し対抗しようとするが、あちらの方が素早い。すれ違い様に触れた相手の羽は刃のように鋭く、浅く割かれた手元から血が滲む。なんとか手の得物は落とさずに済んだが痛みが突き抜けた。



「────っい、……」


「ユースっ」


「魔物だ、先に逃げてソルリア! おれも後から追いかけるから!」


「そんなこと出来る訳ないっ。それにあの一匹だけじゃないみたいだっ」



 いつの間にか空には何匹も同じ魔物がいて、羽音をさせながら二人の動向を窺っていた。隙を見せれば最期、一斉に切り刻まれてしまうだろう。

 しかし幸いか今回の相手は、突進以外の攻撃手段は持たないようだった。それがわかるや否や、ユースティは目を細める。



「──……数はあのヤテベオ達より少ないし、出し惜しみする方が怖いな。ソルリア、エトワールの魔法陣を使ってみよう!」


「うんっ」



 指示を受けてポーチに手をかけたソルリアへ、蝙蝠が向かって来る。そこへユースティが立ちはだかり、風船斧を両手で持てるほどの大きさにして体と平行に持ち、回転させる。

 突進をしてきた蝙蝠たちは壁となった風船斧に上手く跳ね返されていく。ソルリアはその間に魔法陣の書かれた紙を取り出し構えることが出来た。



「準備出来たよ、ユースっ」


「よし、早速使ってみてくれ!」



 その紙を蝙蝠へ向け、口を開いた。



「わがい……すべんくごんかんこと……えぐんっ」



 そう唱えれば、たちまち魔法陣から現れた複数の火球。それは蝙蝠たちを核ごと撃ち落とし、消滅させていった。



「完璧じゃないか! けど、今の言葉は?」


「へへへ。わがいすべんくごんかんことえぐん。兄貴に教えて貰った呪文だよっ」



 早口言葉といい、これがエトワールの感性なのか、それとも本当にこの呪文なのか。ともかく一息ついて風船斧を片付けたユースティと、魔法陣の紙を鞄に戻したソルリア。その二人に近寄って来る影が、今度は二つ。一本脚の単眼生物と、乳白色の流動体生物だった。



「君たちは!」



 ユースティが名前を口にする前に、その二体は自ら変形して姿を変えていく。

 現れるのは黒い布を全身に巻いたような二人のヒト型。……アルムが見せてくれた彼らの姿とは似ても似つかない不完全なそれは、まるで別人である。しかしその首元には、白のタトゥーチョーカーがきちんと付いていて……ノルムであろう者が直接、脳内に語りかけてきた。



 ──……コンバンハ


「わあ、……こんばんは?」



 恐る恐るといったユースティの反応に、ノルムの声をくすり、と漏らす。



「なんてのぅ。ヒト型の時は普通に会話出来る」


「わ、……はは、姿が違うのに声が同じだ。不思議な感覚だな!」 


「御仁たちは、どうしてここに?」


「わからない、いつの間にか来てたんだよな」



 続いてもう一人がラルムの声で話す。



「相変わらず危機感がないな。……心当たりがないんなら、あんたたちはよばれたんだね」


「よばれた……? まさか」


「そう。今のウォロスはただでさえ、肉体から離れた魂が迷いこむ場所の入り口にあるから」



 一度その半身が、ソルリアとユースティが見知った姿──てっぺんに2本のアホ毛とグレーのぱっつんショート、ヘーゼルの瞳の少女の姿になる。



「長居すればするほど、こんな風に混ざっちゃいやすくなる。ボクらは欠けた魂同士が混ざったお陰で、一つの形になれてるんだけどね」



 そう言うとすぐに姿を戻すその者に、ソルリアは困惑した。見間違える筈もない。確かに今のはドリスの姿だった。



「ちょっと待って、あいつは引っ越したんじゃ__」


「この子はあんたについついちょっかいをかけちゃうお転婆さんな魂なんだよ。名前とかは教えてくれないんだよね」



 黒の布の者はそうはぐらかし、ユースティとソルリアの目の前を一瞬隠すようにして手を翳して。その肩と背中を軽く進行方向へと押して連れていく。



「さて。突っ立ってたらまた魔物に狙われるかもしれない。小屋まで連れてってあげるから、喋るのは移動しながらにしよう」



 道中を見回せば、ユースティたちを連れていく二人と同じ黒い布を着た複数の集団が、地上の大きな歯車を回している様子が見える。その絡繰りは空にある歯車や建物の内部へと繋がっているようだ。彼らは何のためにあの歯車を回し続けているのだろうか。ユースティは不思議そうに訊ねる。



「あれは、なにをしてるんだい?」


「おつとめ……ずっとウォロスの生命装置や四季のクリスタルに直結している歯車を動かし続けているんだ。


 海底で暮らすための空気も水も作物も光源も覆う膜の魔素も。そして四季折々の景色や気温の入れ替えまで。ウォロスの全てが歯車を動かすことでの生み出せる力のお陰……あれは魔物も霊体もヒトも見境無く呼び込み、歯車を回させ続ける。

 ここは犠牲者たちのいるウォロスの裏側。死後の世界により近く、生物の魂はじきに他と混ざり、体が変形していく」



 ふと目を向けた歯車の一つ。それを回していた一人の足取りがふらつき、その場に倒れた。しかし周りは気にする余力どころか、……意識さえない。

 歯車を回し続ける中で、足を十分に上げることも満足に出来ない。倒れて息絶えた者を無感情に蹴って押し歩き、越えていく。捲れていく倒れた者の黒い布の下には、幾つもの斑点と全体的に丸く腫れた、足であろう部位が見えた。



「な……!」


「あれ、めちゃくちゃ痛そうだよなっ」



 二人は咄嗟にその者に駆け寄ろうとしたが、別の方角から現れた猫背気味の人影に足が止まる。

 それはゆっくりとした動作で倒れた者を列から引きずり出し、抱えるとどこかへ連れていってしまった

そんな一連の出来事を見送ったあと、ユースティは告げる。



「今の、ウォルターじゃないか!」


「御名答。彼は領主……いや。今は管理者とでも、呼んでおこうかな。

 さて、二人ともそろそろ効いてくる頃だよね」



 直後、隣にいたソルリアの体が脱力して崩れ落ちる。なんとか支えようとしたが、当人も強い睡魔に襲われまともに立っていられなくなった。



「あれ、ソ、ルリアっ……?」


「っなんか、きゅうにねむた、く……………」


「ほん……と、だ……」



 ほぼ同時にユースティも呆気なく倒れてしまう。しかし黒い布の二人は焦ることなく二人を支え、顔を覗き込んだ。



「やっと効いたね。今にも何処かへ飛び出しそうで怖かったんだ。……二人には、ちょっと寝てて貰うよ」


「な……、にを……ラル……」 


「軽く眠る魔法じゃ、安心してくれ。記憶にある程度整合性をつけて小屋まで帰すだけだからのぅ」



 顔も黒い布で見えない筈なのに、二人はどこか悲しんでいるように感じられた。しかし強い眠気に、言葉をかけることもままならない。



「管理者以外にこのウォロスから、自力で出ることが出来た者はいない。

 ……親分のためにもこれ以上犠牲を増やしたくない。それが俺たち二人の意志じゃ。御仁たちがこのウォロスから出られるよう、最大限の努力をしよう」


「もし今のことを思い出しても……決してこの地下には来ないように気をつけて。ボクらはノルムとラルムとして、ちゃんと必要な手助けはするから」



 ゆっくりと、意識が沈んでいく──




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