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おしえて、研修生!  作者: きりぞら
第弐章 響け、届けよ。ウォロス
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第40修 ねぎらい


 夜のウォロス、扉を開けたその先から上がった浮ついた黄色い声に気圧されて。ユースティとソルリアの前へ、白い狼の仮面をした店員が現れた。



「お客様、ニ名様ですか?」



 店員は足元が完全に隠れた黒のスカートにフリルの白いエプロン、ホワイトブリムを付けた所謂メイドの服装。それぞれが何かの動物を模した仮面をしており、個性的な見た目となっている。



「えっと、そう。二名だよ!」


「かしこまりました。二名様、ご入国です」


「「ご主人様、お嬢様、ご入国ありがとうございまあす!」」



 ソルリアとユースティは顔を見合わせ、店員に案内されるまま後ろをついていく。普通に見ればそこそこのお客が……目を凝らせば昼間見たような者たちが沢山。先客として食事を楽しんでいた。



「__珍しいでしょう? 管理者の方が死後の世界への入口である海域にウォロスを寄せて以来、いい意味でも悪い意味でも、魂が混ざりやすい町となりまして。

 霊体のお客様もご入国される事が多いのです」


「ふぇ、死後の世界……れ、霊体……って?」



 前を歩く店員から耳を疑うような言葉が聞こえ、ソルリアがぎょっとしてその背中を見る。すると仮面に隠れている店員の口元がニヤリと笑った気がした。



「気を付けてくださいね。下手すれば、あなた方を道連れにしてお出かけになるかも」


「ぴ……っ」



 ユースティも少々顔を強張らせたが、まだ好奇心の方が勝っているらしく嬉々として店員に訊ねる。



「ねえ、霊体である彼らがおれたちにも見えているのは、ウォロスの位置のせいってこと?」


「恐らくそうだと思います。見えないままと言う一般の方もいらっしゃいますから、個人差もありますね」



 奥にはカウンター席があり、バーのようにお酒も提供されているようだ。時々上がる黄色い声や店員のフリフリした制服、霊体のお客がいるという事実たちをのぞけば、普通の飲食店とあまり変わりはない。



「さて。どうぞこちらの席をご利用ください」



 既に二人各々に合わせて調整された座席へたどり着けば、店員は糸で綴じられた紙のメニュー表を渡す。



「お冷やをお持ちいたしますので、少々お待ちくださいませ」



 店員が去るとユースティとソルリアはすぐに辺りをきょろきょろと見回す。様子を見る限りは店員を呼び、直接注文するシステムのようだ。

 開いたメニュー表には様々な料理の名前が並んでいるが、そこには値段と思われるものは一切記入されていない。

 


「ゆめの国へようこそ〜! こちらがお冷やで~す!」



 今度はつぶらな瞳の黒い烏の仮面をつけた、青い髪を後ろで三つ編みにした店員がトレーにお冷やをのせて持ってきた。そして二人に挨拶をするためにスカートにつけた名札に手を添える。



「お帰りなさいませお二方~。わたしは、ばあどといいま~す。先程の子はうるふと申しま~す! ゆめの国の案内人として、ずっとお待ちしておりましたぁ~!

 もしご注文お決まりでしたらお伺いいたしま~す!」


「どうも、ばあど! ここの代金ってどういう形で支払うのかな?」



 ユースティがそう尋ねれば、ばあどと名乗った店員は明るい声で告げる。



「そうしたものはいただいておりません。ここはゆめの国の“労い”ですので!」


「……ねぎらい?」


「はい!」


「労いって事は労働者の方とかの専用、だったり? 利用するのに証明書とか必要だったりしないかい?」



 不思議そうにぱちくりと目を瞬かせるばあど。世界観を守るためなのか、それとも知らないだけなのか。……あまりにも素に見える為に後者だと推測出来、疑問の答えは得られない。そう悟ったユースティは首を振った。



「何でもない。ありがとう」


「はい! ありがとうございま~す!」



 難しい顔になった人間の隣で、少年は初めて目にする世界を純粋に楽しみはじめ、その手をつんつんとつついた。



「おしえて、研修生っ。これはなに?」



 興味深げにメニュー表のとある絵を指差す。それは細かく切った肉や野菜を味付けされたお米と一緒に炒め、卵で巻いた料理。写真だけで食欲をそそられるそれは、ユースティの不安を一瞬で塗り替えてしまった。



「わあ、これはオムライスさ!」


「おむらいす。食べてみたいっ」


「おれも!」


「オムライスをお二つですね? かしこまりました~、少々お待ちくださいませ~!」



 ばあどは高らかな声をあげながらカトラリーを並べて、厨房の方へと去る。ユースティはうきうきとした様子で見送った後……ハッとした。



「普通に注文しちゃった」


「? ユース、さっきから難しい顔してるぞ」


「無料ほど怖いものは無いんだよって、母さんに口うるさく教えられてきたからさ……」



 ソルリアはその言葉を聞くなり、きょとんとする。



「ユースのお母さんってさ、どんな人なんだ?」


「そっち?」



 予想より斜め上をいった疑問にユースティが口元を緩めて聞き返せば、そのまま理由を告げる。



「俺は両親のことあんまり覚えてないからさ。そういうの、気になるんだよ」



 ……エトワールの幼少期の家族写真にソルリアは写っていなかった。ソルリアが産まれて小さいうちに親がいなくなり、フッブの長をエトワールが継いだためだ。

 ユースティは彼の興味に応えるために目を細め、懐かしむように言葉を紡いでいく。



「面倒見がよくて、本気で怒ってくれるひとかな」


「へぇえ、お父さんは? かっこいい?」


「うん。父さんも母さんもかっこいい。二人とも笑顔だって素敵だぜ!」


「へぇ……いいな、そういうのっ」



 そうして二人が話しているうちに、ばあどと名乗った店員が戻ってくる。



「お待たせいたしました~!」



 そんな二人に運ばれて来たのは大きなオムライスの乗ったお皿。どん、と乗るのはケチャップライスと、上に乗った丸くぷるぷるした鮮やかな厚みのある焼き卵。出来立てほやほやの美味しそうな香りが鼻腔を刺激した。



「すげー……!」


「すっごく美味しそうっ」



 いただきます、と動きかけた二人をばあどは静かに手で止める。……まさか、ここで初めて何かを請求されてしまうのか。美味しそうなものを目の前にしての残酷な展開がよぎり、ユースティの体が強張る。



「な、なんだい?」



 恐る恐るといったように聞けば、ばあどは両手でハートを作り、それを料理へ突き出す動きを見せつけてきた。



「もえ もえ 美味しくなーれ!

 ここはゆめの国ですので、さらに美味しくなるおまじないをかけて完成なんですよ〜。せーの、といったら一緒にこうしてみてくださ〜い!」



 美味しくなる、おまじない。ユースティがとうとう目を輝かせ始めたのに対し、今度はソルリアが怪訝そうに固まってしまう番だった。



「え……なに。それがおまじない??」


「面白いな、おれもやりたい!」


「嘘だろユース?!」


「ではいきますよ、せーのっ!」


「「もえ もえ 美味しくなーれ!」」


「きゃー素敵~~!」



 ユースティがノリノリでこなせば、店員もといゆめの国の案内人たちは黄色い声で沸き上がる。半ば怯えてしまっていたソルリアにも、白羽の矢が立った。



「じゃあそちらのご主人様もいきますよ、せーのっ!

 もえ もえ 美味しくなーれ!」


「も、……もえ、美味しくなーれ……?」


「「きゃー可愛い~~!」」


「かっ。わいくないよっ」



 恥ずかしがり、ぎこちなく真似するソルリアにも黄色い声は沸き上がる。なれない状況に少年はすっかり目線があちこちにいき、やがて唸り始めてしまった。

 ……そんな彼の頭をさり気なく、撫でるようになだめたばあど。あまり同じお客の元に長居をしないように意識しているのか、やがてペコリと頭を下げた。



「ではごゆっくり〜!」


「はーい。さあソルリア、いただこうか!」


「う、ん」



 ソルリアは放心しつつもカトラリーを手に持ったものの、どう食べるのが正解なのかわからず、ちらりとユースティの手元を見た。

 早速卵の真ん中に切れ目を入れて、ふわふわとしたそれを開いていく。内側のとろとろとした半熟が溢れ、写真と同じようにライスを覆った。



「っわぁ……」



 思わずといった感嘆が漏れる。見様見真似でナイフを入れるが、手の力が遠慮気味でなかなか開く事ができない。ユースティはふとその様子を見ると、ああ、と自分の手を止めた。



「そうだ、ソルリアは初めてだったな。これ、オムライスはオムライスなんだけど、タンポポオムライスって言うやつでね」


「へぇえ、ふわふわで面白いなっ」


「だろ? 貸してみて、こうするんだ」



 そういってソルリアからナイフを受け取ると、目の前で彼の皿にある半熟の卵に切れ目を入れて開いた。ソルリアは再び目を輝かせ、早速スプーンで切り分け、口に運ぶ。途端にその全身が喜びの色に溢れた。



「~~美味しいっ」


「そう? それならよかった!」


「ありがとな、ユースっ」


「作ってくれたのはお店の人だけどね。どういたしまして!」



 二人はオムライスの、ふわふわとした卵と具材のしっかりとした食感を楽しんで。すっかり食べる事に夢中になり、あっという間に全てを平らげてしまった。



「ごちそうさまでした!」



 確かな満足感を感じながらユースティはそう告げ、ソルリアも手を合わせた。


 そのまま余韻に浸る二人は、ふと先程も見たバーのようなカウンター席で、とある店員に気をとられる。

 兎の仮面をしている…………綺麗な紫の髪、丁寧な所作の女性店員。彼女にデレデレとしている男──華美な装飾を身につけた客が口を開く。



「いやぁ、やっぱりらびちゃんは可愛いなぁ」



 店員も自分から客に腕を絡め、体を密着させて甘えるような動作をした。



「ふふっ。ご主人様もいつも素敵ですわ。この腕もとてもたくましいっ」



  ……端から見ていても艶めいた空気。女性の声もかなり媚びた色を帯びている。同時に少年がなにやら物憂げに俯いた様子を見て、ユースティは咄嗟に立ち上がった。



「ソルリア。食べ終わったし、そろそろ帰ろうか!」


「あ……そうだな、美味しかったっ」 



 その時に席の近くを通った店員、うるふが声をかける。



「お二方、もうご出立ですか。皆でお見送りさせていただきます」


「見送りまではいいよ。ありがとう!」


「そうですか? では自分のみで失礼します」



 ユースティの言葉にうるふは頷くと、大人しく見送る。



「道中はお気を付けて。またのお帰りをお待ちしております」



 対する二人も会釈をして扉をあけると、来た時よりもかなり暗くなった道。ネオンの光から離れれば、近くにいる自分たちの姿を見るのがやっとな程だ。



「うわ……先が見えないっ。これ足元を見るのがやっとだ」


「うん、気を付けて進もうか」



 労いの場所を後にして。夜風に奪われていく体温を感じつつ、二人は歩きだした。



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