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おしえて、研修生!  作者: きりぞら
第壱章 伝えろ、繋げ。慈愛の国
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第3修 踊り子との出会い


「ほ、本当に爆発しちゃった」



 建物は石造りであり、家同士の間隔もあるため火が移ることはまずないだろう。しかし少年の家の中は、たちまち燃え上がった炎で一杯になっていく。外の家々には明かりがついておらず、消火にあたってすぐに誰かを頼るということは出来そうにない。



「手遅れだよな、これ……」



 どこか自虐的に笑った少年のその声に、人間はハッとして声を絞り出した。



「いいや。なにか、出来る筈だ」


「え」


「君の家なんだし、大事なものもあるだろ。諦めるにはまだ早いさ」



 道を見渡せば、植木鉢の花を壁に吊るすようにしていた家のすぐ近くに、空バケツが数個重なって置かれている場所があった。



「そうだ、あれを借りればきっと!」


「っ研修生さ、……」


「__雨よ、降りなさい!」



 少年の声を遮って発された高らかな声。それと同時に、この路地の一帯の星空を覆う厚い雲が現れていく。やがてそれらは大粒の恵みを産み出し一度に降り注いだ。



「おわっ?!」


「うぇっ」



 まるで滝のようなそれにたちまちびしょ濡れになる。そんな二人が呆然としている間にも、辺りには水溜まりが生まれていく。



「いきなりこんなに雨が……もしかしてこれも魔法?!」


「ええ、そうよ!」


「!」



 魔法の主であろう女性が声をあげ、二人と同じくびしょ濡れになりながらも駆けて来る。途中で一つ空バケツを持ちあげると、火元へ辿り着く間に貯まった雨水を、窓から投げかけた。



「もう大丈夫よ二人とも、ワタシが火を消すからっ!」



 凛々しく声をあげるが、その表情には動揺と焦燥が隠せていない。とにかく火を消さないと、彼女の全身からその思いがひしひしと伝わってくる。

 ……効率はともかくとして、手数を増やせば増やすほど消火は早くなる筈だ。人間もその思いに応えることにした。



「いいね、おれにも手伝わせて!」


「お、俺もっ」



 少年も立ち上がり、それぞれバケツをとる。豪雨の中、体が濡れるのも気に留めず、水を溜めては窓からかけていく三人。

 何度も繰り返せば、燃え上がっていた火はたちまち消えていく。最後の一杯を投げかけて消火を確認し、女性がぱちんと指をならせば、雨は止んで雲も散っていく。



「ふぅ……大丈夫だった?」


「ああ、怪我はないよ。ありがとう」



 乱れた息を整える間であっても所作が綺麗である。そんな彼女が身につけているのは、刺繍の入ったデコルテの上に厚めのカーディガン。太ももの辺りで膨らみ、下にかけてだぼっとしたパンツ。金属製である首元や足首の装飾とフィンガーブレスレットは重量もそれなりにあるだろうに、決してそんなそぶりは見せていない。

 そんな彼女に訊ねられ、人間は汗とも雨とも言い難いものを袖で拭いながら無事を伝える。この場の路地の一帯はすっかり雨水でびしゃびしゃ。平気なように繕ってはみたが、正直かなりの疲労を感じていた。

 女性は同情するように苦笑して頷くと、次に少年の方へ声をかける。



「ねぇソル君」



 ……途端に堅さを含んだ声色に、小さな体がギクリと跳ねた。



「は、はい」


「授業を抜け出して、そのまま帰らなかったのよね。じいやが血眼になってあなたを探してたわよ」


「えうぁ……」


「流石にもう家にいるんじゃないかって来たら、中が燃えてたのが見えて更に焦ったわ。まーたやらかしちゃったわねぇ?」


「い、いくら俺でもこんなことしちゃったのは初めてですだよっ」


「確かに家を燃やすのは初めてね。何をしていたの?」


「それはいや、あの、そのー……」



 中途半端な敬語で女性への言葉を探す少年。様子をみる限り彼らは親しい間柄らしい。しかし話題が話題であり言葉が濁る。今回少年が授業に戻らず家に直帰した原因でもあった人間は、なんとなく可哀想になって横から声で割り込んだ。



「……あの、君は一体?」


「あぁそうだわ、自己紹介しなくちゃ!」



 彼女はポニーテールにした長い黒髪を振り、向き直る。次に両手の平をあわせて片手を180°、くるりと反転してから一礼した。



「ワタシはヴァリータ、この国で踊り子をやってるの。ソル君のお兄さんの幼馴染みで、あなたと同じカルディアよ!」



 どうやらその動作は彼女なりの挨拶のようだ。ぱちぱちと目を瞬かせると人間も片膝をつき、その手をとると甲に口付ける真似をしてみせる。



「おれはユースティ、研修中の探求者さ。

 何事も知らなきゃ始まらないから、世界を相手に研修するため、ここに来たんだ!」


「あら、そうなのね」


「……?!」



 突然の挨拶合戦に驚き、二人を何度も見る少年。ヴァリータもユースティの行動に暫くキョトンとしていたものの、くすりと微笑んだ。



「じゃあワタシはあなたを研修生って呼ぼうかな」


「うん、呼びやすい方でいいよ。……早速だけど、カルディアってなんだい?」


「本来は種族ごとで暮らしてる国が多いんだけど、フッブにはより様々な種族が来るから、初めての挨拶は自分の種族も伝えると交流がスムーズなの。

 例えばエントマは虫系。ピスィカは猫系。アウィスは鳥系。ディールが狼系で……カルディアはヒトそのものなの。そういったら、大体は伝わるかしら?」


「あぁ、そういうことなんだね!」



 ユースティは早速ケープの内側ポケットから片手サイズの無地のノートとペンを取り出し、書き込んでいく。どうやらそれが研修生としてのメモ帳らしい。ヴァリータは不思議そうに首を傾げる。

 


「あれ。そういうのを知らなかったってことは……もしかしてソル君、研修生に挨拶してなかったの?」


「ちゃんと挨拶はしたし伝えたよ、俺は『エントマ』のソルリアだって」



 少年は自己紹介が伝わっていなかったことへ、しょんぼりとした表情をした。そうすると人間も少年と同じようにしょんぼり顔を返す。



「えっとそれ、おれは名字とかの類いかと思ってたんだよな」


「ミョウジ? わからなかったなら、聞いてくれたらよかったのに」


「はは、ごめん。次からはちゃんと言うようにするよ」



 ……そんなやりとりをした二人を見つめると、ヴァリータはくすりと笑う。



「ねぇ研修生。エントマは虫、特に昆虫のような特徴を持ってることが大半なのよ」



 そう微笑むと、人間に語りかけて少年の体を引き寄せておもむろに上の服を剥ぎ取り始めた。優しさはあるものの想定していなかった行動に、少年は動揺を隠せない。



「わ、わっ」


「彼はただでさえ行動で目立つ上に、他と比べて不揃いに混ざってるから怖がられやすいのよね。だからもう上着で全部隠しちゃってる。

 全体的にてんとう虫みたいで可愛いのに、なんだか勿体ないと思わない?」


「あー…………ええと、うん。確かに、そうかもな?」


「ちっちゃいっていわないで、ちょっ、さらりと脱がさないで、わわわっ、触ってもいいけど丁寧に触ってっ」



 ユースティは先ほど怯えてしまった立場ではあるが、確かにソルリアは怖がられるような者ではない。この説明の間にもヴァリータにぺたぺた触られ、されるがままにすっかり萎縮してしまっている位だ。



「勿体ないと言えば、羽もあるのに飛んだことがないんだってね? どうしてなの?」


「それは、薄すぎて飛ぶ前に落ちそうだもん」


「えー! ワタシなら喜んで飛び放題しちゃうけどね!」



 人間は説明をしてもらうことで少しずつ、ソルリアへの違和感に慣れていく。羽の話題に関してはヴァリータへ大きな同意を見せた。



「うん、おれだってそうするな!」


「ふふ、研修生とは気が合うかも!」


「二人は実際に持ってないから、言えるんだよ……いや、わりと本当に飛びまくりそう……?」



 ヴァリータはふとソルリアを片手で抱えるようにして、自らの肩掛けのカバンから小さな黒いミトンを取り出す。



「ソル君、これは前に言ってた新しいミトン。一応両手用ね。これで物を引っ掻いちゃうことも減ると思うわ!」


「あ、ありがとうござ、……マス」



 意図せずに少年の顔へ柔らかな膨らみが軽く押し付けられてしまっている。萎縮の果てに放心し、ろくに感情の籠っていない感謝の言葉を告げるソルリア。ヴァリータの手によって節立った腕の先に、そのミトンがつけられていった。



「あーあ。いっつもエトワールは仕事中だって言って、部屋にさえ入れてくれないし。本当ならワタシがソル君の面倒もみてあげたいんだけどさぁ……」



 器用さが垣間見えるその動作を、もごもごと不満を交えつつ呟いて終えると、もう一度ユースティの方へと向く。



「じいやも今必死になってソル君を探してるわ。無事見つかったってワタシが伝えにいってくるから……研修生、彼のことを諸々頼んでもいいかしら」


「ソルリアを見ておけばいいのかい? わかったよ!」


「ソル君、夜はただでさえ冷えるんだから。この後きちんと体を拭くのよ、いい?」


「はぇい……」



 普段なら一人でも大丈夫だというような、少年からの反論が上がりそうなものなのだが。放心し続けている彼の口からは気の抜けた声しか上がっていない。



「よろしい。じゃあまたね、二人とも!」



 そんな少年を地面へ降ろした踊り子はハンドタオルを二人に渡し、駆け出していった。……少年は服を乱されたまま気が抜けたように膝をつき、四本の腕で自分の体をかき抱く。


 よく見ずとも、彼からは鼻血が出ている。



「なっ……大丈夫かいソルリア、もしかしてヴァリータの抱きしめが痛かったとか?」


「そういうのじゃ、ない、くて」


「えっ、」


「みゅ……むねが、あたって……」



 人間はそれを聞くと彼へ持ちかけていた心配を捨て、さっさと違う方向へと歩き出した。



「なんだ。聞いたおれがバカだったな」


「あっ待ってどこいくの、おいていかないで研修生さんっ」



 それを慌てて追いかけてこようとする少年。少し先で止まり、人間は振り返って微笑んだ。



「おれはユースティだよ、ソルリア」



 上機嫌な声色と確実に縮まりつつある距離を感じ、少年の表情も喜色を帯びた。



「待って、ユースティっ」


「待ちませーん!」


「ええぇーっ」



 冗談を交えながら、二人は並んで歩みを揃えた。



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