第37修 ろうじん
ソルリアがプセマとのお茶会を楽しんでいる頃。ユースティは服に腕を通して、姿見の前で一周した。
「ん、これぐらいで大丈夫かな」
まだ少し湿っている体を包む、ほかほかとした布の感覚。それをじんわりと味わいつつ、髪をある程度手櫛で整えた。……さあ、外で待たせてしまっているソルリアと合流しよう。小屋から出ようとした人間の目の前の扉が、外側からとんとんと叩かれた。
「はーい!」
タイミングに驚きつつも返事をして扉を開けば、中に冷気が入り込む。改めて雪が積もるだけあるな、なんて他人事のように考えた人間は、扉の前にいた老人に目を見開いた。
「あれ……確か、さっき会った!」
ユースティがウォロスを包む膜でビシャビシャになった時。心配の声をかけてくれた、猫背で白髪かかった髪の美丈夫といえる顔立ちの老人だった。
「私はウォルターといって、もうここに住んで長くなる者だ。さっきは大変そうだったから、暖かくなる飲み物を持ってきたよ」
「そんな、お構いなく?!」
「しばらくはウォロスにいるんだろう? 折角だから受け取ってくれ。ここをめくれば飲めるよ」
彼は人当たりの良い柔らかな微笑みをうかべ、両手に持っていたカップの一つを差し出してくる。言われるままに蓋を剥がせば、焦げ茶の甘い香りのする飲み物が入っていた。
「わあ、おいしそう!
そうだ。立ち話もなんだし、中にどうぞ!」
「あぁ、……いいのか? なら、お言葉に甘えようかな」
小屋のソファの近くにある、洋式の机と椅子の方へ。ユースティに案内されるとウォルターはゆっくりと、丁寧に座る。
「改めて、はじめまして。おれはカルディアのユースティさ」
「はじめましてユースティ。私もカルディアだよ。種族名まで言ってくれると言うことは、フッブを経由して来たんだな。長旅お疲れさま」
「え、すごい。まさにそうなん……へっくしゅんっ!」
突然喉の奥から叩き出すように響いた咳に、ウォルターは驚きつつも優しく笑う。
「Bless you.軽いうちに治るといいな」
「へへ、ありがとう」
彼の言葉は真っ直ぐで、温かい印象を受ける。ユースティは照れつつその親切を受け取った。
静かになった今の空間は何故か居心地が良い。暖炉の火がゆらゆらと燃え、焚き木の崩れる音を聞きながら。温かなカップを両手で包むように持ち、ウォルターが口を開く。
「その服に似たものを見たことがある。特にその刺繍は印象的だったんだが、空の国のものか?」
「! そうだよ。とあるヒトから受け継いだんだって。おれは母さんから貰って、ずっと持ってる」
「受け継……とすれば、まさかお前さんは」
はっとしたように何か言いかけたが、首を横に振る。
「どうしたんだい?」
「……いいや。聞き流してくれ」
「そうかい? この服に刺繍されているのは、国の象徴の花でね」
ユースティはケープの、沈丁花の刺繍がある場所__ボタンをはじめとした複数箇所を指さして見せる。ウォルターは何もなかったかのようにそれを眺めて頷いていたが、ふと何かに気づいたように告げる。
「割けてしまっているじゃないか」
それはソルリアと川へ飛び込む直前、カクレヤテベオの追撃によって切り裂かれた箇所だ。ユースティはソルリアを守ることに必死だったため、気付いていないどころかすっかり忘れてしまっていた。
「えわっ、ほんとだ?!」
「貸してくれるか、今直すよ」
「いいのかい?」
「ああ。幸いこの小屋には裁縫道具も常備していてね。すぐにできるさ」
既に何があるのか知り尽くしている様子で小屋の棚から道具を取り出し、ユースティからケープを受け取ると慣れた手付きで縫い合わせていく。……少し間をおいて、懐かしむように告げた。
「空の国からの旅人とは、前にも話したことがあるんだ」
ユースティはそれを聞いて意外そうな顔をしたが、一度首を傾げて訊ねる。
「……それって、いつの話かな?」
「私がこの歳だから、一世紀とはいかなくとも……何十年か前のことにはなるな。彼女は不老長寿というものらしく、同じもう一人の地上出身の男とともに、色々な場所を旅してきたようでな。二人とも、種族も生まれ育ちも違う私を受け入れて仲良くしてくれたよ。
……私も、彼女達が大好きだった……」
ぼんやりと感嘆をこぼすユースティへ、すっかり修繕されたケープが丁寧に返された。
「さあ、これで大丈夫だ」
「! ありがとう」
「どういたしまして。
……そういえば、お前さんといたもう一人の小さな子は?」
「彼はエントマの、ソルリアっていうんだ。……あれ。外に居なかったかい?」
「可愛い雪だるまが作られていたのは見たよ。エントマであるのに、この寒い中元気なのはいいことだな」
「雪だるま?! いいな、おれもつくりたい!
お互い旅は初めてなんだ。折角だからおれも今から、ウォロスの中を色々みて回りたいと思ってたんだけどね──」
────……バンッ。
会話の途中で突如、荒々しく開けられる小屋の扉。
「?!」
そこには、くすんだ白のタトゥーチョーカーをした者が二人。一人はフードで顔まで隠してはいるが、しっかりした体格をしている。もう一人は一方と比べるとかなり華奢で、白い真ん中分けのぱっつん髪にバンダナを巻いている。ウォルターは一転して冷静にその二人を見据えると、立ち上がった。
「またお前さんたちか」
「ウォルター、御仁の首をもらいに来たぞ」
「今度こそ終わらせてやるからね!」
二人の手には何か握られていたのが見える。……明らかに武器の類だ。今にもウォルターへ襲いかかっていきそうな彼らに、思わずユースティが間に入る。
「ちょっ……と待ってくれ! 実力行使じゃなくて話し合いで解決しないかい?!」
二者は人間の言葉に顔を見合わせるが、すぐにまたウォルターを見据えて。ユースティの肩にぶつかりながら進んでいく。
「わわっ」
「旅の者には関係ない」
「さあ来てもらうよ、ウォルター!」
「流石に二人で来られては勝ち目はない。仕方ないな」
ユースティが勢いよくぶつかられてふらついた隙に、二人組のうち体格のしっかりした男が無抵抗のウォルターを片腕に抱え、小屋の外へと引き出していった。
「ちょっと! 早まるなって、彼をはなしてっ!」
ただならぬ状況にユースティも慌てて追いかけ、雪景色の中へと出ていった。




