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おしえて、研修生!  作者: きりぞら
第弐章 響け、届けよ。ウォロス
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第36修 どきどき


 ユースティを待つ間、という名目で再び外に出たソルリアは……辺りを見回してから足元の雪を見る。



「これなら、出来る、よな」



 初めて見る雪、初めての場所で既に色々あったとはいえ、引き篭もるなんてことはしない。ユースティだけではなく、ソルリア自身もかなり気分が高揚していることは確かだった。



「作ってもいいよなっ、雪だるま、ってやつっ」



 旅の者から話と絵でしか見聞きしたことがない存在、雪だるま。ソルリアは見様見真似でその作成へとりかかることにした。

 少量の雪をすくい、なんとなく握るようにして丸めていく。ミトン越しにでも伝わるひやりとした、少し硬めだが不安定な手触り。形をより確かなものにするために両手で握ると、塊の真ん中からぐしゃりと割れて崩れてしまう。


 これは力を入れすぎているようだ、再挑戦。


 改めて手で丸めてから、今度は慎重に雪の上においてそのまま転がしてみる。そうすれば、周りを巻き込んで順調に大きくなっていく。



「──……これだ」



 雪玉を転がし続け、地面に降り積もった雪を纏わせて少しずつ大きくしていく。自らの背の半分くらいには大きくなった雪玉へ、もう一回り小さな雪玉を作って上にのせる。雪下の小石や周囲の枝を拾い、ヒトの顔のパーツになるようにくっつけていった。



「出来たぞ、雪だるまっ」



 ソルリアはうきうきと飛び跳ねるようにして、あちこちから完成した作品を見る。初めてにしてはとても上質な雪だるまだ、きっと。

 ……枝を集めれば、手足も表現できてさらに良いものになる筈だ。そうと決まれば早速丁度いい枝を探しに、先程乳白色の流動体たちと出会った辺りへと歩いていく。細く先が二手にわかれた木の枝を早速見つけ、駆け寄ってそれを拾い上げた。そんなソルリアの耳に、聞き覚えのある声が聞こえる。



「──あの、困りますわ」



 その声の方を向けば、偶然にも紫の髪の着物を着た女性……プセマがいた。そしてその隣にはもう一人、白のタトゥーチョーカーをつけた薄い水色のツンツン髪の男が居る。

 


「少し位良いだろ嬢ちゃん、オレもなかなかの男だと思うんだ。この後二人でデートでもどうだー?」



 その左手が彼女の肩に優しく置かれれば、金色の瞳が悩ましげに細められる。彼女が危害を加えられている訳ではないが、明らかに困っている様子であった。



「いいえ、そういうのは、わたくし……」


「まぁまあ、そういわずに」



 ……このまま、エスカレートしてしまう可能性もなくはない。先程ユースティへ怒号をかけてきた者の一件が頭を過った少年は、すぐ二人の間に入り込む。彼は雪だるまの完成とともに、すっかり気が大きくなってしまっていた。



「お前、離れろよっ。プセマさんが困ってるだろっ」


「! ソルリアさん」


「もー大丈夫だよプセマさん、このしつこい奴は任せてっ」



 いきなり割り込んで来た子どもの言葉に、相手の男が大人しく諦めるわけもない。



「なんだよ、邪魔するつもり? 良い度胸だな、オレはちびっ子であっても容赦はしないぞー……?」



 バチバチッ。


 至近距離で男が左手に纏ったのは、バチバチと弾ける青い稲光のような魔法。ソルリアに過る既視感。もし少しでもその魔法に触れてしまえば、今度は体が焦げるどころか裂けてしまうのではないだろうか。一転して全身の体温が下がるのを感じた。



「ぴ、え──!」



 少年は咄嗟に防壁魔法をイメージしようとする。しかし使えたこともない魔法が、急に上手く使えるなどありえない。きっとそのまま攻撃を喰らってしまうだろうと、覚悟を決めて目をきつく閉じた。



「……、……?」



 しかし思ったような衝撃は来ない。恐る恐る瞼を開けば、男がウォロスを囲むコンクリートの壁にヒビを産み出し、崩れ落ちたところだった。

 なんと男は元の場所から、丁度直線上に吹き飛んでいたのだ。今は痛みに呻いており、すぐには起き上がらないだろう。


「いっ今、何が」


「ありがとうございますわ、ソルリアさんっ」



 余程男が鬱陶しかったのか、かなり嬉しげなプセマに片手を優しく握られる。その様子からもどうやら彼女があの男を飛ばしたというわけでもないらしい……ということは、自分が?

 男を吹き飛ばした自覚のないままソルリアは戸惑い、呆然とする。かなり小さい規模だが、少年の体に残ったその感覚はかつて蛇の巨大な魔法を打ち消した時のものと似ていた。



「あー、えっと、うん……とにかく、よかった。です?」



 試しにもう片方の手で炎の魔法を念じてみるが、やはり魔法が自由に使えるようになったわけではないようだ。男が仕返しに戻って来る前に、ソルリアはプセマと逃げることにする。



「プセマさん、とにかく離れよう。あいつみたいな奴、何してくるかわかんないんでっ」


「わかりましたわ、ソルリアさん!」



 彼女の前では敬語でもタメ口でもむず痒く、挙動不審な口調のまま。伸ばした小さな手は宙を何度か彷徨って……最後には彼女の腕を引き、ようやく走り出す。向かう先はウォロスの中央。大きな城に続く道、いくつも建物が並ぶ中央区域へ入っていけば、目を凝らさなくとも町を歩く者の姿が見えるようになってきた。



「あー、えっと。ソルリア、だけでいいです」


「え?」


「敬語とかなんだかなれないなーって……おもい、まして?」



 ある程度他人の目があれば、あの男も下手には動けない筈。ソルリアはなんだかプセマの顔を見ることが出来ないまま、ひとまず減速していく……と同時に、自分の発言をあわてて訂正した。



「なんてっ。ちょっと思っただけっ。

 ごめんなさい、今日あったばっかりなのに、馴れ馴れし過ぎだ、ですよねっ」



 プセマはそんな少年を紫の瞳でじっと見つめていたが__口を開く。



「ソルリア」


「えっ」



 名前を呼ばれただけ。呼ばれただけなのにどきり、と胸が跳ねる感覚。ソルリアは思わず気の抜けた声と共に、彼女へと振り返ってしまう。

 視線の先の彼女は真っ白い肌を果実のように赤くして。振袖で口元を隠しつつ、伏し目がちにソルリアへと告げた。



「すぐには難しくとも、いつかはフランクにお話をしたい……わね。……ソルリア?」



 __こんなの、照れてしまわないほうがおかしい。



「っあ……ありがひょ、っ」


「ひょ……?」


「あ、あっ、いいいいいぃ、いや!!」



 すっかり彼女よりも真っ赤になってバタつきだした少年へ、プセマは赤らんだ顔のまま、改めてふわりとした笑顔を溢す。



「ふふ。折角ここまで来ましたし、お茶でもいかがですか」


「い、いいの?」


「勿論ですわ! さあ、こちらへ!」



 二人で道なりに進めば、大きな城の前の跳ね橋まで来る。橋は降りているが、多くの通行者たちはそこから城へ進むようなことはない。しかし彼女は進んで橋を渡り、扉を開けて手招きした。



「待ってプセマさん、お城は入って大丈夫なのっ」


「あら? 自分のことは呼び捨てにさせるのに、わたくしにはさん付けなのですか?」


「あっ…………」



 確かにそうだ、とすぐに口元を抑えたソルリアに、なんとプセマは近付き顔を寄せてくる。ソルリアが数歩後退ってもあまり効果はなく、すぐ至近距離で二人の視線が絡んだ。声にならない悲鳴が喉で鳴るが、少年の両目は彼女を捉えて離れない。



「わたくしのことも、プセマって呼び捨てにしてくださいまし」


「っぷ、ぷせま……っ……」


「ふふふっ。可愛らしいですわね、ソルリア」



 か細い声でその名を呼べば、満足そうにして彼女の端正な顔が離れていった。


 君の方が可愛い。


 そんなキザな台詞が言えるはずもなく、照れて目を伏せ、黙り込んでしまうソルリア。……満更でもなさそうに、その口元はニヤけている。

 今度は彼女に腕を引かれ、導かれるようにして城の中へ。ソルリアの目の前には、絢爛豪華なエントランスが広がった。門番のように飾られている二つの甲冑が槍や盾、剣を持っている。



「そうだ。近々ここでパーティがありますのよ! 是非来てくださいませんこと?」


「パーティ……楽しそう、だねっ」


「ええ! またユースティさんと一緒に、お誘いいたしますわね」



 恐らくそのパーティの会場になるであろう、正面の大広間への扉を横目に。廊下を歩いた先、違う部屋に案内されたソルリアは、プセマに導かれるがままに部屋に入り、中央に整えられたソファに座る。おそらくここがこの城の客間なのだろう。



「わたくし、一旦着替えてきますわ。ここで待っていてくださるかしら」


「……は、はいっ」



 ぱたん、と閉まる扉。ソルリアは体を強張らせたまま辺りを見回す。視界に入ってくる調度品たちは磨かれて輝いているものから、わざとくすんだままで置かれていたりとそれぞれだが……全て王族が飾るような高級品揃いに見える。

 緊張からか特に動くことも出来ず、そのまま数分が経ち、ノックの音と共にプセマは戻ってくる。



「お待たせいたしました」


「おかえりなさい、

 ……………………!」



 彼女は着物姿から一転、可愛らしいワンピースを着た姿で現れた。すらりとした体型と透き通るような白い肌……サテンのリボンで飾られた紫のツインテール、艶のある髪からただよう甘さは彼女によく似合っている。


 その姿に目線、心、体全てを手放してしまいそうになって、すんでで踏み留まって……少年の素直な言葉が零れる。



「……きれい、それに、可愛い……」


「本当ですか? ありがとうございますわ!」



 彼女が笑顔になる度に少年の心身は芯から暖まる心地になり、心臓の脈打つ速度が上がっていく。彼女の挙動一つ一つが気になって、目が離せなくって、どきどきして。こんな感覚は初めてだ。

 ソルリアはすっかり混乱していた。今でもこの調子なのに、彼女と二人きりのお茶会だなんて。



 ……しんじゃうかも、しれない。





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