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おしえて、研修生!  作者: きりぞら
第弐章 響け、届けよ。ウォロス
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第35修 ぼうれい


 アクシデントがあったものの、二人は改めてウォロスを歩き出す。薄い青灰色の空の下、雪景色の中。いくつかの針葉樹を通り過ぎ、それぞれの足跡を残して……やがて、灰色のコンクリートでできた壁に辿り着いた。上に建物などがあることはわかるが、高度差のせいであまり見えない。



「なんだこの壁……?」


「上に登ればウォロス全体の様子も見られそうだな!」



 丁度すぐ近くに、壁の上まで登れそうな斜路がある。二人は早速そこを登り始めたが、雪が浅く氷結してしまっていて滑りやすい上に角度もきつい。なんとかバランスを取り、しっかりと道を踏みしめながら登り切った。

 そこには屋敷が一軒。すぐ近くに一本の大木があり、いくつもの枝が雪に飾られている__ソルリアはプセマからもらった、大きく見事な紅葉をその枝にかざす。……間違いない、きっとここが彼女の屋敷だ。照明がついておらず今は誰もいないが、心なしか気分が昂った。



「わぁ、この一本だけすごくおっきな木だな」



 そんなソルリアの隣で、ユースティは大木を見上げて感嘆をこぼす。そして二人で歩いてきた方を見下ろした。


 ここから見る限りは、今二人が居るこの高い壁が円を描くようにウォロス全体を囲んでいるようだ。壁付近は針葉樹が生える雪景色が大半を占めており、まばらに建つ木造の三角屋根の家と、ユースティたちが寝泊まりすることになった大きめの小屋が見える。

 中心に近づくにつれて高度が下がるとともに建物は増え、階段や石の舗装道路がある町が見える。大きな城がある辺りにはカラフルなレンガ造りの建物が並び、その外れには壁と同じようなコンクリートで造られた、長方形の建物が並ぶ場所かあった。


 ちぐはぐで賑やかな印象を受けるその町並みには、人の通りが全くと言っていいほどに見えない。



「なんだか寂しいな。人影も全く見えないし……」


「いや、そうでもなさそう。目を凝らしてみて、ユース」



 基本平地であるフッブの国では、高いところから全体を見るという経験はない。そのため壁からの景色に見入っていたソルリアがそう告げる。言われた通りにユースティが目を凝らせば、先程まで見えていなかった通行者が視認できた。



「……ええ?」



 腕で目をこすり普通に見ると、やはり誰もいない。しかしまた目を凝らして辺りに集中すれば、通行者が確認できるようになる。



「ええ……?!」



 何度も確かめ、驚くユースティ。同時にかなりの至近距離に来てから認識できた、殴りかかろうとしてきた者のことを思い出し。



「まさかウォロスにいると、存在感が薄くなるとか……?」



 冗談のつもりでそう告げる。



「あの家も、壁がないみたいに見えるしなっ」



 続いてソルリアが指で示したのは、丁度二人がいる場所の正反対側にある家。なんとその家は壁の一辺が切り落とされてしまったかのように、室内が丸見えになっていた。



「建物も存在感がなくなってるのかなっっ」


「えっと待ってくれ、流石にそれはっ」



 素直に全てを存在感が無いせいにしていくソルリアに、ユースティはストップをかける。



「きっと……あれは壁のかわりに二重窓になってるんだよ、きっとね」


「二重の窓? ガラスが重なってるってこと?」


「そう。中の熱が逃げにくいだけじゃなくて、日光も取り入れられるから暖かいんだって。

 おれもあそこまで大きいのは初めてみたから、もし二重窓だとしてもちゃんと機能してるのかはわからないけどな……」


「へーっ」



 感嘆をこぼしつつソルリアは目を凝らす。

 ……家具はあまりなく、本棚が一面にあるようなその部屋。中心には白い椅子が見えて……そこには誰かが座っており、輝きもまとまりもない長い黒髪を垂らしてうつむいている。


 どうしてか、そこから目が離せない。



「……あれ、」



 やがてその者の頭が、ゆらりと持ち上がる。滑り落ちた髪の間から____血の気のない痩せた肌と焦点の合わない闇が覗いた。鋭く貫かれたような感覚と眩暈がソルリアを襲う。



「?!」



 よろめく体。瞬きをした視界に再びその者が映ることはなく、白い椅子だけが変わらずそこにあった。



「ん……どうしたんだ、ソルリア?」



 明らかに様子が変わったソルリアへ、そう訊ねるユースティ。……気のせいだった、そう信じたい。拭いきれないじっとりとした不快感に、ただでさえ冷えたソルリアの体温がさらに冷めていく。



「ユース、……今、俺、あの家の中の人と目が合って。睨まれた気がっ……」



 震えるソルリアの指差した方へ同じように目を凝らすが、ユースティはそこに何も確認することが出来なかった。



「んー……遠すぎる。人がいたとして、相手もおれたちからもそんなに見えない筈だぞ?」


「そそそうだよな。き、気のせいだよな……っ」



 そう伝えても怯え続ける少年の様子に、改めて家の方向へ目を凝らすが──……やはり何も見えず。



「うん、きっと気のせいだ。怖がらなくても大丈夫さ! 次は壁の外側にも降りられるかもしれないし、行ってみようか!」



 気分転換を促すように次の話題を振り、反対側へ歩きだしたユースティ。降りる斜路を見つけて、すっかり気の抜けたその足が、──つるん。



「わぇ」



 そこからは一瞬だった。滑って重心がずれた体は簡単に後ろへ倒れ、人間は背中を強打したまま坂を下っていく。



「い゛っ、わ、わ……わぁあぁあぁあ?!」


「なっ、ユースー?!」



 ずざぁあああ、とでも言いそうなくらいの見事な滑り落ちに、ソルリアも足元に気を付けながら慌てて着いていく。……坂の麓で暫く痛みに呻いていたユースティは、雪でべしゃべしゃになった全身をゆっくりと起き上がらせた。



「……いっ……ててて。冷たあ」


「すっかりべしゃべしゃだなっ……寒いだろ、一回帰って仕切り直そうよっ」



 先程の恐怖体験もあり、すっかり慎重に動きたくなったソルリア。しかしユースティは自身の好奇心に逆らわない。



「いやいや、もうちょっとだけ__って、ここ行き止まりじゃないか?」



 降りてきた壁の外側は、内側と同じ雪景色があった。しかしある程度進むと地面が途切れて、一面の蒼が視界いっぱいに広がっている。

 ユースティは飛び出すように駆け寄り、その行き止まりへ手を伸ばす。すると膜のようなものがぷよんと弾力を返してきた。



「ちょっと、ユースってばっ」


「……フッブの結界はこんなに境界がはっきりしてないし、触れなかったけど……これは薄い膜越しに、液体に触れてるみたいな……」



 ウォロスを覆うように広がっているその膜に触れながら見上げれば、やがてぼやけて空の青灰色と同化しているものの、確かに境界線となっている。



「もしかしてこの向こう側は……水?」



 そういって暫く観察したあと、ユースティは何を思ったかその膜を握りこぶしで力を込めて叩く。するとその場所だけが簡単にはじけたように広がり……一瞬だった。



「んぐぼっ?!」


「ぴっ」



 なんとユースティの上半身が瞬く間に吸われ、外に投げ出された。途端にその体は脱力したようにだらりと垂れ、動かない。膜の向こう側では口から白い泡が立つ。

 そんなユースティの体を挟んで離さない膜は収縮し、無抵抗の体を外へ排出しようとした。



「……ゆ、ゆーす……!」



 ソルリアは突然のことにすぐ動けないでいたが、ハッとしてなんとかその足を掴んで引っ張る。しかしユースティの体はゆっくり、少しずつ外へ引きずり出されていく。

 ソルリアは直感する。このままだと、人間はこちらへ二度と戻ってこれない。──……二度と。



「で、ちゃ……だめだ~……っ!!」




 無我夢中で叫んだその腕に、とてつもない力が入る。 



「っぶ、ぁ?! かはっ、けほっ……!」



 それによって人間の体は勢いよくウォロス側に引き抜かれ、その口は酸素を求めて過呼吸を起こした。上半身はすっかり水で濡れており、一方薄い膜は何事もなかったかのように元の形に戻っていった。



「かっ……体が動かなくてびっくりした、ありがとうソルリア。おかげで助かっ……」


「ユースティいいいいいぃっっ」


「うわあ?!」



 少年に飛びつかれ、そのまま再び雪に倒れる。



「ソルリア、」



 人間は咄嗟に笑って彼を安心させようとしたが、この一瞬で憔悴しきった少年の表情を見て固まってしまった。



「一回小屋に帰ろ、帰るぞっ」


「わかった、帰る。帰るからそんなに泣かないでくれよ」


「誰のせいだと思ってるんだばかっ」



 とても心配をかけたことは理解できたが、ユースティはぎこちなく告げる。



「……許して?」


「許さないっ!!」



 きっぱりと叫ばれてしまった。……やがて下って来た斜路を登りだした二人。すると上の方から、しわがれつつも艶のある低い声がかけられた。


 

「お前さんたち、旅人か? ……すっかりびしゃびしゃじゃないか」



 斜路の上から下ってきた、猫背で白髪かかった髪の美丈夫といえる顔立ちの老人。皺の寄った薄く肉付いた両手で、何か黒い布を抱えている。ソルリアの責めるような目線をひたすらに受けていたユースティは、苦笑して答えた。



「はは、慣れない雪にはしゃいじゃってね」


「雪遊びをしたのか。それならはやく着替えて乾かさないとな。なんならすぐ近くに──」


「あ、ちゃんと戻れるからだいじょーぶ、ずずっ」



 ……人間の肌はすっかり青白くになっていて、誰から見てもかなり冷えていることがわかる。道を譲る老人に人間が会釈すると、半泣き顔の少年もそれにあわせて会釈した。



「お前さんたち、帰りも滑るから気を付けるんだぞ」


「ありがとう、もし良ければまた会えた時にでも、お話を聞かせてほしいな!」


「ああ、わかったよ」



 そのまま来た道を戻って小屋に辿り着けば、ユースティは両腕で体を抱きしめるようにして震える唇を開く。



「うぅ……寒い」


「ほらみろ。雪の中転けたし、水そのものにも入ったんだもんなっ」



 ソルリアはすっかり拗ねている。小屋の暖炉の薪はまだ燃えており、室内はとても暖かかった。



「……ってユース、この火は外に出る時もつけたままでよかったのか?」


「そうだね、暖炉は煙突もあるし基本的にはそれでいいみたい。水をかけたりしたら、逆に火傷とかで危ないんだって」


「……なら、よかった……」


「べっぐしょい。だめだ、このままだと本格的に風邪ひく。ってことで、ちょっと向こう側で着替えてくるよ」



 すみっこへ移動しようとしたユースティを引き留め、ソルリアは告げる。



「俺ユースが着替えてる間、近くで雪だるま作っとく。だからちゃんと暖炉で暖まってっ」


「え、でも」


「先にたくさん雪だるま完成させて、お前の分の雪も全部とっちゃうんだからなっ」



 そういって小走りで外へと戻っていく。……人間は、眉を下げて笑った。



「はは……色々と気を遣わせちゃったな……」



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