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おしえて、研修生!  作者: きりぞら
第弐章 響け、届けよ。ウォロス
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第34修 はんのう


 棚に収納されていた自分の靴を履いて外へ出ようとした二人。前に居て扉から踏み出したソルリアはふわり、体が沈む感覚に体勢を崩した。全ての腕をぱたぱたさせてバランスを取ろうとするが、最終的に顔から倒れてしまう。彼はすぐに手をついて顔をあげぶんぶんと頭を振り、冷たい塊を落とした。



「つんめたっ、なにこれぇ」



 扉を開けた向こう側には、汚れ一つない白銀の世界。それを見て、ユースティが目を見開く。



「これ……雪だ。

 雪だよソルリア。積もってる雪だ!」


「ゆき。聞いたことある、これが……。

 すごい、いちめんまっしろだあっ」



 フッブの気候に慣れた体には少々冷える気候だ。しかしソルリアはだんだんと目を輝かせ、すぐに起き上がると雪景色の中へと走り出した。



「はは、おれもこんなに積もってるのは初めてみた……!」



 彼を追いかけるようにして、ユースティも外へ飛び出す。静かで濁った曇り空ではあるが、空気は冷えて澄んでいた。先をぎこちなくも走っていくソルリアの横へ並ぼうとした時__べしゃっ、と何かが目の前へ飛び出して来る。



「わぁ?!」



 小さな乳白色の、意思を持った動きをしている流動体。……魔物か? ユースティは身構えるが、それは目の前に現れてからは不思議と波打っているだけだ。ソルリアがユースティの声に振り返り、目を瞬かせる。



「……? ユース、その子の言葉も俺、わかるかも」



 そう言って近くでしゃがんだソルリアに、流動体はうにょうにょと形を変えて跳ねた。……どうやら、今のところ敵意は無さそうだ。



「これってスライムっていうか……そういう魔物、だよな? そもそも喋れるのかい……?」


「急に出てきてごめんなさい、だって」


「わあ。おれこそごめんよ」


「いいよ、だってさ。

 ……ね、どこから来たの。君の名前は?」



 そういってソルリアはその流動体と話し始めた。……ユースティには内容がさっぱりわからないが、楽しそうな二者を不思議そうに見守る。カクレヤテベオの意図も汲み取ることが出来ていたソルリアには、そういった能力があるのかもしれない。



 ──アア マチガイナイヨ



 ……と、突然背後からかけられた声に振り返ったユースティを見つめていたのは、大きな目玉。



「うぉあ?!」



 そこには真っ黒のてるてる坊主のような姿に、一本の三前趾足。顔の部分に大きな単眼を持つ者が居た。周りにはユースティを見つめる大きな目玉が幾つも浮遊している。



「今のは、君かい? 今、おれの頭の中で喋ってた??」



 ……返事はないが、ずっと向けられる視線。なんだか落ち着かないユースティ。少しすると相手はぴょんと飛びながら、違う場所へと行ってしまった。



「__ん? 別にいいよ、びっくりすると思うけど……」



 流動体と話していたソルリアも、話の流れで本当の姿をねだられたのだろうか。もこもこの上着をめくったと同時に見えたエントマとしての異形に驚かれたようで、そのまま跳ね去られてしまった。



「だよな。やっぱり、びっくりするよな」


 

 今度は逃げられた事にしっくり来たように頷き、神妙な面持ちで相手を見送ったソルリア。ユースティが歩み寄る。



「今の、なんだったんだ……? 彼らは魔物とはまた違うのかな。ソルリア」


「少なくとも意志疎通は出来たよな。ちゃんと喋り返してくれたし、攻撃されるわけでもなかった」



 その場に残された二人共が、首を傾げる。



「おれが知らないだけで、こういうこともあるのかな……、

 ……っ、?!」


「やあ、こんにちは」



 気が緩んでいたその背後。先程の二体とは違う、いつの間にかぴったり、じっとこちらにくっつくように立っていた者がいた。振り返るまで全く気配を認識出来ていなかった相手に飛び退くユースティ。

 彼はヒトの体をしているが、顔の右半分の輪郭がなく、滴り落ちる雫のように溶けていた。怪しくも歪んだ笑みを浮かべて、早速ユースティが飛び退いた分の距離を詰めてくる。



「ウォロスは、はじめましての旅人さんかな。」


「! そうだよ。初めまして」



 さらに体を引いてしまうユースティに、相手はじっと身を乗り出すようにして話を続けていく。



「懐かしい。自分も旅人だった頃があったんだよなぁ……、ところでそのケープ、いいね。珍しいものでしょ。」


「ああ、これは…、おれの故郷の空の国で、譲ってもらったものなんだ」


「……あぁ、やっぱり」



 その者の表情が変わる。芯から冷える心地がする低い声。──どうやら『空の国』という言葉に反応したようだった。



「こういう変で訳のわからないものは、大体空の国のものだって決まってるんだよね。」



 一転して蔑むような態度を取り出した相手。……雲行きは怪しいが、魔物とも話が出来る可能性だって出てきてしまったのだ。目の前の人物と諦めずに会話を試みる。



「んんと……それは、どういう意味かな」


「あんまりその出身地は言わない方がいいよ。これからは聞かれても適当にごまかしな。」


「? 自分が育った場所なのに、誤魔化さないと駄目なのかい……?」



 ユースティが困惑気味に聞き返した言葉に、相手は一気に血相を変えた。



「ならお前はあの大罪人の肩を持つっていうのか。」


「へ」


「空の国にいる研究者だよ。そいつがやったことが悪いと思ってないのかって聞いてるんだ。」



 空の国の研究者といえば、真っ先にコッペリウス──ユースティが親しんでいたその人物が思い浮かぶ。言葉に詰まってしまうが、今は目の前の相手が過剰反応をしていることが明らかだった。

 咄嗟に何か他のことを喋ろうとしたその肩を、相手の腕ががしりと掴む。



「地上でそう名乗るってことはそういうことだぞ、おい。わかってるのか?! ああ?!」



 怒号と共に揺さぶられ、続けようとした言葉は喉の奥へ引っ込んでしまった。



「世界が変わったのはアレのせいだ、なのにのうのうと生きやがって、極悪人め! アレさえいなけりゃ、アイツらさえ、オマエらさえいなけりゃ……!!」



 そうして勢いよく振り上げられた男の腕。ユースティは相手を見ているだけで、逃げることも、避けることもせず──ギリギリのところで小さな腕にぐい、と引っ張られ。目の前で相手の腕が振り下ろされた。



「何ボーッとしてるんだユース、離れるぞっっ」



 ……そのまま引っ張りつづける小さくも強いその力。ユースティの足は縺れながらもすぐに同調し、二人でその場から逃げ出す。


 相手は追って来ない代わりに、大きな怒声で叫び散らした。



「汚らわしいヤツめ、二度と視界に入ってくるな!!」


「っなんだよ、俺たちは好きでお前の視界に入ったんじゃないしこっちから願い下げだってのっっ」



 振り返って言葉の応酬をし、舌を突き出したソルリア。そのまま視界に相手が映らなくなった頃に手を離し、ユースティも足を緩めながらようやく身体の強張りが解けて。……いつものように笑顔を見せた。



「──あー、ありがとう、ソルリア。助かった」



 ソルリアは心情を探るような目線を向けた後、正面に振り向いて真っ直ぐに告げる。



「ユースティ。あいつお前のこと見てるようで、全然違うもの見てた。だから気にするのはやめた方がいいぞっ」


「……そっか。じゃあ、そうするよ」



 ありがとう、ユースティはそう言ってはにかんだ。


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