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おしえて、研修生!  作者: きりぞら
第壱章 伝えろ、繋げ。慈愛の国
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第31修 新たな冒険へ


 ──訪れた旅立ちの日、暑さも少しは落ち着く夕方頃。ユースティはゴーグルと口元用の布を顔に装備し、ケープのフードを頭に被る。ソルリアも上着につけたフードで頭を覆って、準備は万端だ。見送りにはアイシャとじいや改めショウ、そしてエトワールが来ていた。



「ぼっちゃまがこんなに凛々しく旅立たれるとは……じいやは感激でございます……!」


「大袈裟だなぁじいや。帰ってきたら旅の思い出、たっくさん話すよ」


「もう帰ってきた時のお話なのねぇ、ふふ」


「アイシャさんにもお土産、持って帰って来るから。兄貴も楽しみにしてろよなっ」


「うん。待ってるよ、ソル」



 そうして小さな体を包むように抱き締める。アイシャもその様子に穏やかに微笑み、ショウはハンカチを目元に当ててその光景を見ていた。誇らしげな顔をした弟をゆっくりと下ろすと、エトワールはユースティの方へと歩く。



「ユースティさんもお元気で。……これ、よければ使ってください」


「!……これって、」


「紙を束ねて留めた手帳と、少しですが僕の魔力が込もったペンです。一番上に切り換えるスイッチがあって、そこを押せば中のインクを使わなくともしばらくは書けますよ。……研修生というくらいなら、疑問や情報はどれだけ書き残しても困りませんよね」


「ありがとう、大切にするよ!」



 キラキラと目を輝かせたユースティの足元から、少年がわざとらしく疑うような声で尋ねる。



「それほんとかユース? 師匠の発明品みたいにばらまいちゃっても、いつか回収出来るーとか言っちゃうんじゃないだろうな?」


「そ、そんなの絶対言わないし発明品もわざとばらまいた訳じゃないからっ!」


「ソル、その時はその時で仕方ないよ。所詮彼と僕はそれだけの関係だったってことだからね」


「エトワールっ……!」


「ふふ。あなたは確実に無茶をするでしょうし、失くしても怒らないので正直に言ってくださいね」


「絶対失くさないよ!! もう!!」



 人間は膨れるが、エトワールがくすくすと笑う様子につられて笑顔に戻る。同じように笑ったソルリアがふと国の外の方に目を向けた時、身体を跳ねさせた。



「ユース、見て。あれがミュールンなんだっ」


「え!?」


「ミューン」



 砂漠の方から四足歩行の、背中に一つ半円を描くようなのこぶを持った動物がひかれて歩いてくる。その縄の先には真っ白なアウィス、マーケがいた。彼はその青い目でこちらを見つけると、嘴を穏やかに開く。



「ふふ、ミュールンは血液に含む水分が多くて、砂漠の熱にも耐えるんすよ。しかも本気で走るとおいらたちより速かったりもするんす」


「すげー……! マーケ、先日はありがとな!」


「こちらこそどうもっす! へへ。さっきお二人の出立を聞いて、折角なのでお見送りに来やした! こいつは本能的に歪みの先には入らないんっすけど、どうぞ砂漠の間だけでもつれていってやってください!」


「そんな。もらってばっかりだよ、おれ」


「おいらも助けてもらってばかりでしたから。体表を湿らせる時にミュールンが出すミルクをためておく装置も、飲むための容器もつけておきます!

 商売はまずお得意様を得ることも命、ユースティさんたちには、これからもよろしくお願いしたいっすからね!」



 商売人は利益を得ることが必要な職業。どうしてもやましい印象がついてしまいがちではあるが、堂々と言い放つ彼の言葉は全く嫌味に感じない。



「はは、ならお言葉に甘えて。……そうだ、あの後ハザックはどこにいったか知ってる?」


「さっさと旅に出ちゃったみたいっすよ。というかやっぱりおいら、彼と取引なんてしてなかったっす」



 そっぽを向くように告げたその言葉に、ユースティは口を手で覆う。



「それってほんとに彼が盗人まがいのことしたかもしれないってこと……?!」


「ね、怖いっすよねぇ! ……まあ真面目に言えば、別の商人と間違えていたんだろうな……って考えられるんすけどね」



 話を聞いていた少年の表情が途端に曇る。



「ユース……ハザックが旅に出たってことは、俺達もまたあいつと会うかもしれないよな?」


「? うん、会えた時にはありがとうって言わなきゃな」



 しばらく唸ってから、やはり納得行かない様子で返す。



「あんなやつに?」


「大丈夫だよソルリア、彼はもう君をいじめてはこないさ」


「そっ。そういうことじゃなくて……」


「二人とも! よかった、間に合ったわね!」


「「!」」



 そう声をあげて、駆けて来る人物。長い黒髪を持ったこの国で一番の踊り子、ヴァリータだ。



「ソル君、これ持っていって!」



 走って来ても息を切らすことなく現れた彼女だが、いつもより少し目元がやつれていた。そんな彼女からソルリアに差し出されたのは黒いミトン。それは焦がしてしまった前の物とそっくりだ。



「これ、新しいのだっ。作ってくれたの、ヴァリータさん」


「今度は燃えない素材にしたからもう大丈夫よ!」


「そんな、というか目に隈が出来てるよヴァリータ!」



 たちまち彼女を囲んで心配する二人と、少し苦笑するエトワール。



「リータには、後から魔法で送ろうかとも提案したのですが……」


「ふふ、折角のソル君の旅立ちの日なんだもの、間に合わせて当然よね! だからごめん、研修生にはなにも出来てないけど」


「来てくれただけで十分さ!」


「えへへ、ヴァリータさん、ありがとうっ」



 早速手につけると嬉しそうにするソルリアに、ヴァリータは誇らしげにした。



「どういたしまして。……気をつけてね、二人とも」


「うんっ」


「じゃあそろそろいくか、ソルリア!」


「おうっ」



 そうしていよいよミュールンの縄をひき、送り出してくれる者たちに手を振りながら、二人は進み始めた。



「おわっ砂が深いっっ」


「ユース?!」


「ユースティさん! しばらくは裸足の方が足をとられなくていいと思いますっ!」


「う、うん、そうするー!!」







 ……国から離れ、小さくなっていく二人の姿。それを最後まで見送った後、エトワールが四人に振り返る。



「では、一度僕はこれで」


「ふふ、そうね。ワタシも!」


「私もおいとまするわねぇ……あ、ショウさん、少しいいかしらねぇ?」


「はい、構いませんぞ」


「おいらも行商の準備があるので、これで!」



 エトワールとヴァリータ、アイシャとじいや、マーケといったように別れていく。そうしてゆらりと歩き出したが、その足取りは重くなっていく。エトワールの異変に気づいたヴァリータが駆けていき、役所に入るなり倒れかけた彼を支えた。



「エトワールっ、」


「……っち、……りが……、たくさ、…………っのぼって、……いやだ、やめて、きもちわるいっ……きえない、あつい、いたい……、」



 そのままエトワールが腕の中で何かを払うように足掻くのを見て、ヴァリータはその体を押さえ付けないようにしつつ声をかける。……Madaの副作用は、まだ当分なくならない。



「大丈夫よエトワール、何もないわ。代わりに私がここにいるから、ちゃんと見てるから……深呼吸、しましょう」


「い゛…………すー……っ、……ぅ……げほっ……ぅ、あ、くち、なかに、っ」


「何も居ないわ。大丈夫、息を吸って、…………吐いて……」



 呼吸と彼女の声に集中し、意識に目隠しをする。……これを乗り越えないことには自分が変わることはない。エトワールも必死に深呼吸をし、噛み締めてしまった口に鉄の苦味を感じつつ。ゆっくりとその腕を下ろし、胸元を抑えた。視界も晴れず、今もおぞましいそれが自分へ纏わりつく。必死に自我を引き戻して。



「っ……す、みません、リータ……。

 ソルも一歩を踏み出したんです。僕も、ちゃんと向き合わなくては」


「ええ。もっとワタシ達も頼っていいんだからね」



 頷く彼女に支えられながら、左の扉を開く。本棚や物に囲まれた中央の空間におかれた机。そこに置かれた一冊の分厚い本を手に取ると執務室へと向かい、そのまま椅子に座る。すっかり書類も片付いたその場所で一息をつき、分厚い本の表紙を開いたその時。ノックの音がする。



「──……はい、」



 エトワールが表情をいつものように切り換える間に、ヴァリータが代わりに扉を開いた。



「どうぞ……ってあら、ルリちゃん、?」


「こんにちはヴァリータさん、長様」



 ショウの子どもであるルリ。その後ろには先日、力を合わせて戦った民たちが共にいた。突然の訪問に二人も驚いて言葉を失う。



「み、なさん? どう、されましたか」


「長様。悩みごと、あるんですよね。私たちも一緒に考えさせてくれませんか。一人で考えるよりは二人、二人よりは大人数がいいですよね?」


「あのお香を持って来た行商人の正体も、突き止めたりだとかしないと」



 彼らのこの場にエトワールはしばらく呆然として、……しかし途端に顔をくしゃりと歪ませてから微笑んで、その言葉にゆっくりと頷いた。







 ──……一方、砂漠を歩いていくユースティ達。現時点では話に聞いていたような異常気象もなく、そこは快晴だった。



「ミューンッ」



 ミュールンの鳴き声と共にその全身から下へ染みだすミルク。それをためる装置の蛇口をひねり、コップで飲む。



「おいしい!」


「すごいな、ほんとに全身から溢れでてる……」



 ユースティは感嘆をこぼしつも、注意深く辺りを見回す。相変わらず焦げてしまいそうな暑さの砂漠ではあるが、小さな生き物たちが全くと言っていいほど見当たらない。襲撃を受けた時に戦ったような魔物たちも居ないようで……過酷だという環境から真逆の様子に、正直拍子抜けしているといってもいい。

 一方ソルリアは小さい体から熱を少しでも避けようとミュールンの背中に乗せてもらっていた。彼は珍しく、ユースティの目線よりも少し上の方から声をかけることが出来ている。



「ユース、俺たちはこれからどこに向かうとかは、ないんだよな?」


「うん。どこからとかは決めてないな。わざと歪みに入ってみようとは思ってるけど」



 返ってきた返答に頷きつつも少々身体を強張らせるソルリアに、ユースティは微笑む。



「大丈夫だよ、フッブの旅人のほとんども歪みを通って来てるんだって」


「……そう、だよな。なるように、なるよなっ」



 しばらく歩くと、ミュールンが突然立ち止まる。ソルリアは反動で落とされそうになりつつしがみついた。



「……っわわっな、なんだ?!」


「そういえば、ミュールンは歪みに入らないってマーケが言ってくれてたな」



 なんの変哲もない、まだ先に砂の道が続いている景色。しかしミュールンが止まったと言うことはここに歪みがあるのだろう。早速、次の冒険への入り口が見つかったのだ。



「もうこの子とお別れみたいだ、ソルリア」


「置いてっていいのか?」


「せめて縄を解いてあげてから、の方がいいかな」



 本来ミュールンを持つ旅人なら目的地があり、歪みを避けながら進むのだろう。しかしユースティの旅の目的は世界を見てまわり、知っていくこと。自分で未知に飛び込まなければ結果は返ってこない。ミュールンの縄を外し、解放してからソルリアを抱き抱える。



「この先がどこにつながるかは、おれにも分からない。……覚悟はいいかい?」



 緊張しつつ、先をまっすぐ見据えてそう告げる。その腕の中からソルリアはフッブの方向を振り向き、すっかり遠くなった街並みを見つめる。

 そうして改めて前を向くと、ユースティへと頷いた。



「……うんっ」



 砂を蹴り前に踏み出した人間の足は、次に固く冷たい岩肌を踏みしめることになる。そこは洞窟のようで、今まで見えていた太陽の光はたちまち見えなくなり。……一面真っ青な岩の道が目の前に広がった。



「……!」



 薄暗くはあるが照明がない上で、視界がある程度確保されている内部。足元の岩肌は、しっとりと湿った感覚を返してくる。試しに一歩後ろに下がってみるが、先ほどまで歩いていたはずの砂漠に戻ることはない。

 腕の中の少年と共に五体満足で移動出来たようだ。……不可解でありながらも強く興味を掻き立てられる現象。ユースティはケープのポケットへと外した装備をしまい、靴を履き直すと口角を上げた。



「どこだろう、ここ。……ワクワクするな」


「確かにする、けど、こわいよ」



 一方抱えられたままの少年は少々不安そうにしながらも、同じようにフードとゴーグルを外す。



「おれたちなら何とかなるさ。そんな気がする」


「気がするってな……まあ、そうでなきゃ俺も、お前と来てないよっ」



 期待や不安をはじめとした、様々な想いをはせながら。これが二人の未知の冒険の始まり、最初の一歩となる。



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