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おしえて、研修生!  作者: きりぞら
第壱章 伝えろ、繋げ。慈愛の国
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第30修 取り戻した光


 ──……人々の安全確認、荒れた道の清掃など一連の物事が落ち着いた頃。ユースティ、ヴァリータ、ソルリア、エトワールの四人は今までの話を共有していた。



「ソルリアには引っ掛かりはあったけど、確証がなかった。二つを分析することでようやく、あのお香が原因だって知ることができたんだ」


「……ごめんなさい」


「ソル君が全部悪いわけじゃないわ。もう謝るのは最後よ。その代わり……次なんてあったら嫌だけど、その時はちゃんと伝えてね。ワタシももっと気を付けていくし、一緒にみんなに話すことだってするから」


「ありがとう、ヴァリータさん……」


「そして……結構体を酷使してたみたいだけど、エトワール、体調はどう?」



 ユースティが訊ねると、エトワールは頷く。



「僕は大丈夫ですが……悔しく、情けない限りです。せめて今後は、あんな奴の思い通りにやられないようにしないと……民たちに示しがつかない」



 泣き晴らした彼の表情は、疲れを感じさせないほどとても強い決意に満ちていた。……幸い怪物化も進行せず、頬のひび割れだけで止まっているようだ。



「僕がMadaで摂取した魔力分を、すぐに使っていたから怪物化しなかったのだとしたら。突然の変化は余計に負担になる筈です。今までの生活を維持しつつ、少しずつ量を減らしていきます」


「それって今まで通り、仕事も全部あなたがやるってこと……?」



 ヴァリータが不安そうに訊ねたが、彼はくすりと笑うと首を横に振る。



「いえ。浮いた分の魔力で新しいことを試みてもいいですね。……だから、リータにも手伝ってほしいことがある」


「ほんと?!」



 一転して嬉しそうにする彼女に申し訳なさそうな微笑みを浮かべつつ、人間に目を向けた。



「それと、ユースティさんはきっと他の国にも行かれると思うので、その際にでも、聞いてほしいお願いがあるのですが……」


「お願い? うん、おれができることならなんなりと、──わっ」



 応えようとしたその足がふらつき、崩れて体ごと倒れた。



「っユース」


「ユースティさんっ」


「そりゃそうよ、ずっと動いてたもんね、研修生……!」



 それを慌てて支えるソルリアたち。



「ずっと動いていたのは皆同じなのに……あっはは、片付けが終わったら休まなきゃな」


「そうですね。僕も、目がすっかり腫れちゃいました」


「ワタシもとっても疲れちゃったわ、きっとぐっすり眠れるわよ」


「へへへ、だなぁ」



 そう笑いあった四人に、声がかかる。



「長様、お祝いの料理の準備もしておきますのでよろしくお願いいたしますー!」


「!」



 そう聞いたユースティが、途端にきらきらと輝いた顔をした。



「勿論休むのは、沢山食べてからだな!」


「っはは、でたユースの食いしん坊。俺も食べるっ」


「ふふ、では僕も参加させていただきましょうかね」


「いいわね! じゃあそうしましょ!」




──────────



 フッブに平穏が訪れた祝宴も終え、その日の夜中。ユースティは心地よい眠りの最中に、意識が浮き上がる感覚を覚える。視界は黒に塗りつぶされたまま、いつものように──……抑揚がなく、しかし明るく感じられる声がかけられた。



【よかったね 今回 うまくいった】



 どこかから一部始終を見ていたのだろうか。それともその者の正体はユースティ自らの深層心理であり、こうして話をしているように感じているだけなのだろうか。どちらにせよ、この不思議な現象についてらまだまだわからないことが多い。



【ところでわたしの名前は 考えてくれた?】


「あっ」


【そりゃそうだよね 忙しそうだったし】


「ごめ、あの、トエル……とかは?」



 何を考えているかも読み取れない声色であるが、ふと寂しげに聞こえたその声に、ユースティは咄嗟に口を開く。その三文字にこれといった意味はない。



「なんてやっぱ嘘。今度こそ考えてくるから、」


【いいよ】


「え」


【わたし トエル】



 撤回される前に、相手は跳ねるような声でそう告げた。



「……いいの?」


【うん嬉しい ありがとう】



 そして、同時にゆさゆさと体が揺れる感覚。はじめてこの空間に来て、目覚めさせられたものと同じ……ソルリアがユースティの体を揺さぶっているようだ。意識がそちらへ引っ張られていくのを感じたユースティは、この不思議な現象と姿の見えない彼女に、ひと時の別れを告げる。



「じゃあこれから、そう呼ぶよ。また話そうね、トエル」


【うん またね】



 やりとりの後、瞼の重みはじんわりとほどかれていき────




「……ス、………………




 ────……ス、ユースっ。




 ユース、起きてっっ」


「んー……、」



 開けた視界に入るのは、フッブの国、役所の執務室奥にある休憩部屋の天井。ユースティの足元には、肢体をこれでもかと広げ伸びた餅のようにくっついている少年、ソルリアがいた。ユースティがゆっくりと体を起こしたと同時に、彼はぱたぱたとだだっ子のように手足で暴れ始める。



「ユースぅううううううぅっ」


「っうぉぁソルリアぁ、おおおぉ、落ち着いて」


「落ち着けない、どうしよう俺、俺魔法がまた使えなくなったんだよっ」


「えっそんな筈は、ここで試してみてよ」



 ソルリアは頷くと、手を人のいない方向に翳す。



「いくぞ、“炎よ”……っ」



 同じように意識しているのだろうが、彼が魔法を使った時のようにぞわりとした感覚はなく、その手から炎が出ることもなかった。



「ほんとだ、なにも出ない」


「俺、びっくりして、また授業から逃げちゃったっ」


「えぇっ!」



 先日、国を襲った蛇の繰り出した大きな魔法。それを打ち消せるほどの魔法を少年が使えたことは確かな事実で、見間違いではない筈なのに。ユースティが疑問に思うと同時に、焦り気味にノックされた部屋の扉。そこから訪れたのは茶色の細い体をしたカマキリのエントマ。じいやことショウだった。



「やはりここにいらっしゃいましたかぼっちゃま。あのようなすばらしい魔法が使えるのにも関わらず、なぜまだ授業から逃げる必要があるのです!」



 どうやらソルリアを追いかけて来たらしい。そうして彼を連れ戻そうとその体を引っ張る……が、当人の手は頑なに人間の足元から離れようとしない。



「俺まだ魔法が使えないんだよ、色々言ってくるドリスは引っ越したらしいけど、こんなのあいつがいなくても絶対他の奴に嘘つきだとか色々言われるっ、嫌だっ」


「そんなことありません、人前でいつでも魔法を使えるように訓練をしている最中だということにすればいいんですじゃ! ユースティ様もぼっちゃまになにかいってくれませんかのぅ……!」


「あ、あはは……」



 彼の苦悩を知っているからこそ、愛想笑いをするしかないユースティ。駄々をこねる少年の声が響き続ける部屋に、もう一人現れる。



「じいや、何があったんです。ユースティさんも疲れてるんですから、あまり騒がしくしない方が──……ってソル? 学校に行ったんじゃ……」



 フッブの国の長でソルリアの兄であるエトワール。場の状況がすぐにのみこめなかったようで不思議そうに首を傾げた。

 兄の声を聞いたソルリアは嬉しそうな顔をして彼に振り返り、駆けて飛び付く。



「兄貴助けてよ、俺授業出たくないっ」


「甘えないの、じいやが困ってるじゃないか。授業だって止まってしまってるんでしょ?」


「えーっっ」



 厳しい言葉に再びばたばたと暴れだす少年を、兄は手慣れたように両腕で抱っこする。そうしてショウの方に向くと、苦笑した。



「……と、言いたいところだけど。今日は許してやってくれませんか、じいや。ユースティさんも起きたことですし、三人でお話をしたいです」


「はぁ……あなた様がそうおっしゃるならしかたありませんのぅ」


「ありがとうございます」


「あにき、、、!」



 一礼してから去って行く燕尾服を見送り人間の方へ振り返ると、ぱぁあ、と嬉しそうな少年を近くの椅子に座らせ、話し始める。



「ユースティさん。昨日はありがとうございました」


「うん、久々に二人の時間は過ごせたかい?」


「おかげさまで。やはり家は落ち着きますね」



 先日は折角余裕ができたのだから、とソルリアとエトワールの二人に彼らの家で寝てもらい、ユースティが執務室奥の休憩室で寝ることになったのだった。



「あなたも、ご体調の程はいかがですか」


「この通り元気さ! 学校も始まってたってことは、おれは大分寝ちゃってたみたいだね」


「いいんですよ。皆今日はいつもよりもゆっくりしていますから……そうだ。ユースティさんはこの国を出て、違う国にも行かれるのでしたよね」


「うんとりあえず一つ一つ、いろんなところに行こうかなって思ってるよ」


「あなたは、国の外側に不可視の“歪み”が生じていることはご存知でしょうか?」


「うん、勿論さ!」


「歪み……?」



 ユースティは頷くが、ソルリアが首を傾げたのを見て、エトワールは説明から始める。



「例えば森を歩いていたのに、入った瞬間砂漠のど真ん中に移動する……“歪み”は一瞬で遠くにワープできる優れものだよ。だけど一つだけ厄介なのが、一方通行で行き先も入る度に変わるものが大半なこと。

 この国の旅人たちも“歪み”を通ってやっとの思いでたどり着いた者や、たまたま来てしまった者に分かれる」


「ええ、じゃあ一度入ってしまえば、元の場所に戻ってこれるかは運次第ってこと……?」


「そうなるね」


「おれもそんな感じで聞いたな。しかも目に見えないから、そこら辺を歩いていたのにいきなり海にぼちゃん! って落ちちゃうこともあるわけだ」


「ひぇ、、?!」


「そこでなのですが、ユースティさん。これからの旅にソルも連れて行ってはくれませんでしょうか」


「ソルリアがいいならいいよ!」



 “歪み”の危険性を知った弟の反応にくすりと笑うエトワールから、流れるように放たれた突然の提案。そしてそれに対するユースティの即答に、ソルリアは思わず二人を何度も見る。



「え、えぇ?!」


「ありがとうございます。この国がいくら旅人と縁深くとも、長である僕は外へ出なくなって久しいのです。そして今はまだ、この国を長期間留守にするわけにもいかない。

 けれど今回のこともあり、ソルには是非外の世界に出てみてほしいと思いまして」


「おれも賛成だよ!」


「ちょっ、ふ、二人とも、、?!」



 慌てるソルリアへ二人は振り向くが、まんざらでもなさそうな顔色であった。



「じゃあ決定ですね。でしたら……

 旅の途中でどうやっても解決できない理不尽に出会うかもしれない。そういう時にあなた方がここへ戻って来ることができるよう……一方通行ではありますが、転送魔法を付与して渡そうと思っていまして」



 エトワールは自分のつけているものと同じ、空色の三角ピンを懐から出して屈み、未だ困惑しているソルリアの手にのせる。



「転送先はこの役所の手前。起動方法はこの三角ピンを手に取って呪文を唱えるだけです。試しに唱えて一度使ってみましょうか」


「えっと、わかった。その呪文って?」


「“なまむぎなまごめなまたまご”を、三回です!」



 やけに明るい表情でそう告げた彼に、しばらくの沈黙が訪れる。



「……えーと、それって早口言葉かい?」


「知ってるんですかユースティさん、こういうのってかっこいいですよね」


「んーかっこ……。

 確かに言えたらかっこいいな。アイシャさんの時もそんな呪文だったのか?」


「いえ、彼女は魔法を使えるので、魔法陣だけをお渡ししました。普段の魔法も集中のためにその名や呪文を言ったりはしますが、もともと使える人にはあまり関係ないのです」



 ソルリアは魔法をうまく使えない。そうなると起動時点から呪文による補助が必要なため、魔法名を唱えるだけでは短すぎるのだという。そうした事情を聞きつつもソルリアは早速ユースティの手を取り、呪文を唱えていく。



「いくぞ、な、まむぎなまごめなまたまご、なみゃまっ、…………むぎなまごめなまたまご、なまむぎなまごめなまたまごなまむぎなまごめなみゃたま……っなまむぎなまごめなまたらごっ! …………」



 段々と言えずに音量が上がっていき、そうした調子で何度か挑戦していくソルリア。しかし一度も連続して三回唱えることができない。勿論きちんと言えていないので、魔法も発動しないままだ。



「エトワール、これ呪文として大丈夫? 言えなきゃ発動しないんだよな?」


「そうですね……でも残念だな、早口言葉を言うソルは、かっこいいと思ったのに」



 と、本当に心から悲しそうな顔をするエトワール。そんな彼の反応は、ソルリアの目に焔を宿すには十分すぎた。



「っなんだよ兄貴、そんな顔しちゃって。俺だって、……俺だって早口言葉くらい言えるよっ」


「ほんとですかソル、流石です!」



 ……本来の目的は魔法の発動であるべきなのだけれど。ユースティは思ったが、その二人の様子には流石に言いだせなかった。



「なまむぎなまごめなまたまごなまむぎなまごめなまたまごなまむぎなまごめなまたまごっ」



 流石の兄弟愛といったところか、いきなり言えてしまった。それと同時に魔法陣が二人の足元に広がっていく。一瞬全身が吸われる感覚と共に、ソルリアとユースティは役所の前に移動した。



「わっ」


「……おおぉ…………!」



 少しして扉が開かれ、エトワールが中から輝かしい顔を覗かせる。



「すごいですソル! この呪文さえ言えばピンから魔法陣が生まれて、中に入ればここに戻ってこれますからね!」


「ありがとう、兄貴っ」



 自分の役目に息巻いたソルリアだが、ふと隣で目を輝かせていた人間を見上げた。



「なぁユース、俺、外の世界がどんなのか、この目で見てみたい。知ってみたい。だから受け入れてもらえるのは嬉しいよ。

 けど……ほんとに連れてってもらっていいのか? 下手に俺みたいな奴を連れてっても危険なだけだろ?」



 期待混じりの、しかし不安げな視線に人間は笑顔を返す。



「危険なのは何人でも同じだし、一人より二人の方が楽しいだろ。旅の途中でなにか得られるかもしれないしな。

 君に魔法が使えるようになるんだって言った以上、協力は惜しまないさ!」



 その真っ直ぐな返答に、ソルリアの瞳もきらりと光る。



「ありがとう、ユースっ」


「はは、どういたしまして?」


「決まりですね。弟を頼みましたよ、ユースティさん」


「うん、勿論さ!」



うきうきとしたソルリアはふと、手元の三角ピンを見る。するとすっかり黒混じりの赤色へと変わっていた。一方兄の髪につけられたそれの色は変わらず、空色のままだ。



「……?」



 なんとなく不思議そうに眺めてから、ソルリアはピンを髪の左側につけた。



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