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おしえて、研修生!  作者: きりぞら
第壱章 伝えろ、繋げ。慈愛の国
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第2修 祈りすぎ注意


 ──人間の意識はやがてぼんやりと浮き上がり、瞼が開かれる。常磐色の目は真っ白な煙の中を映し出した。何故か全身が擦られたように痛み、じわじわと頭に訴えかけてくるような甘ったるく濃い香りが鼻をつく。……更になんだか蒸し暑い。

 知らない部屋で寝かされているようだが、煙が思ったよりも厚く周りのほとんどが影のようになってしまっている。


 寝起きであり、しかとあまり良いとは言えない部屋の空気。上手く思考ができないでいる人間は、力なく呟く。



「……これは……霧……?」


「違うよ。この国ではお香の煙を使って、神様に健康や無事を祈るんだ」


「!」



 突然かけられた明るく暖かな響きがある声。先程出会った少年のものだと理解すれば、人間は一気に体ごと起き上がった。

 煙の中で側に居た少年の影がびくりと跳ねたが、すぐに話し出す。



「改めてさっきはありがとう研修生さん。俺はエントマのソルリア」


「エントマノソルリア?」


「うん。ここはフッブの真ん中ぐらいにある俺の家だよ」



 極めて友好的なその様子に強張った体を緩めながら、人間は煙でお互いが見えないとわかりつつも微笑む。



「ここまで連れてきてくれて、しかも看てもくれたんだな、……けほっ、ケホッケホッ……!」



 そうして異常なほど籠った熱と煙たさに咳き込めば、少年の影は途端にアワアワと動きだす。



「ど、どうしたんだっ」


「ちょっ……と、焚きすぎじゃないか? 呼吸がしづらいかも……」


「ええっと、焚けば焚くほどいいんだと思って……部屋に煙がこもるようにもしたっ」



 その声色に嘘はなく、完全に善意からの結果であった。ものには流石に限度というものがある……人間は珍しく絶句したが、今回は少年の為だと自身を納得させて口を開いた。



「その、お香は素を燃やすタイプ?」


「うん、これに火を付けてるっ」



 少年は焚いていたお香セットの一つを手に取り、近くでシェードを外して中の丸く白い素を見せてくれる。かなり見辛いが、状況はなんとなく理解できた。



「あー……と。それなら換気しないと息苦しくなるし、えほっ……その、なんというか。焚きすぎると逆に、キツくて体に悪いかもなー……?」


「っごめんっ」



 説明されて状況を理解した途端、少年は大きな動作で頭を下げた。どうやら彼の体はしっかりと快復しているようで、人間はその一瞬だけでも安心を覚える。しかし気は抜かず、そのまま部屋の窓を開けようとした少年を引き止めた。



「待って、ソルリア。今見せてくれたお香は、火をつけてた?」


「うん。でもついさっき、全部の火が消えちゃったんだ。つけようとしたんだけど、つかなくて……」


「火がつかなくなるまで焚いたのかい?!」



 重なりに重なった悪環境。思わず大きくなった人間の声に跳ね、少年の影はわかりやすくしゅんとしてしまう。……それに口を押さえ、控えめに咳払いをした人間は改めて周囲を見回した。使えそうな物が見つかる気もしなければ、煙によって目も痒くなってくる。



「……何を探してるんだ?」


「一旦部屋の温度を下げる方法だよ。なさそうだけれど」


「下げた方がいい?」


「うん。この空間の酸素はかなり少なくなって、燃えられなくなった火種と燃えやすいガスが溜まってる。このままで外の酸素を取り込むと、爆発に近い形で火種が大きく燃え上がる可能性があって。

 いや、余程のことがない限り大丈夫だと思うんだけどさ」



 念のためね、と付け足した人間の意図も空しく。少年の声色はすっかりしょげてしまった。



「──ごめんなさい……」


「はは、大丈夫だってば。酸欠の方が怖いし、一旦ここから出てしまおう。

 煙で上手く見えないから、扉は怖いし……近くの窓に連れていってくれるかな」


「わかった、こっちだよ」



 そして戸惑いつつも導くような声と共に、角張った硬く細いものが人間の腕を掴んだ。



「?!」



 不測の感覚に身震いした人間に、不思議そうな声がかかる。



「研修生さん、何かあったの」


「……いや、なんでもない」


「そっか。ここが窓だよ」



 そのまま案内されたのは、結露したガラス窓の前。外は既に夜になっている。今も腕にしっかりと感じる感覚への意識をそらしつつ、少年の影へ両手を広げた。



「ありがとう。ここから外に飛び出ていくから、おれにしがみついてくれ!」


「わかったっ」



 少年が人間の指示通りぴょんとしがみついてくれば、再び異質な感触に包まれた。力を入れればすぐに折れてしまいそうな、複数の細く硬い黒肢。人間の幻覚や勘違いなどではなく、確かに少年から生えている。

 煙の中でまともに見えていないこの状況が功を奏したのか、見えていないからこそ恐ろしく感じているのか。最早誤魔化せないほどの悪寒をふりきるようにして人間は窓をあけ、縁に片足をかけた。



「いくよ。せーの、っ!」



 掛け声と共に外へと飛び出せば、室内の熱から逃れた二人を夜の冷気が包む。人間は石畳に転がり込み勢いを緩めつつ、新鮮な空気をめいっぱい吸い込んで。……起き上がると、腕の中の少年を隣に座らせた。



「~~……案外冷えるな。衝撃とかは大丈夫だったかいソルリア、──」



 目に入るのは、少年の柔らかな赤茶色の癖っ毛。少しつり目気味のくりっとした大きなシアン色の瞳。そして彼の肩からずれて落ちる大きめの上着。隠されていたその正体が、月の光のもとに可視化する。



「うん、研修生さんのお陰で俺は大丈夫。全然痛くなかったよっ」



 顔、体や右腕は人間の子どもと大して変わらない。しかし明らかに違う所が三つある。

 一つ目は背中に生えている折り畳まれた羽。二つ目は肩からだんだんと細く黒く変色し、先が二手に分かれた硬質な左腕。三つ目は左腕と同じような手が、脇辺りから両腕の下辺りで左右に別々で伸び、蠢いている。


 ヒトを想起させる特徴と、昆虫を想起させる特徴が一つの体の全体で濃く混ざった姿。──それは人間に本能的な恐怖を思い起こさせるには十分だった。



「ひっ……」


「? 大丈夫か、研修生さん?」



 人間の喉から抜けた悲鳴を心配するように、その細い腕が、未知のものが目の前へと近づいてくる。


 怖い。


 ──……こわい。



「ごめんっ!」


「いっ」



 思わずその細い手を反射的に弾いてしまう。……不味い。そうは思うものの、どう本人に説明するのが一番なのだろうか。……少年は戸惑う人間の様子を自らのずれ落ちた上着を見て理解し、すぐに着直した。



「あ……あはは、俺は慣れてるしだいじょぶ、だよ。きにしないで」



 一瞬のうちに凍りついてしまった二人の空気。それを無理矢理溶かすように、大きな炎が家の窓から吹き出した。



「ぁ゛あっつっ?!」



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