第28修 黒を照らすもの
慈愛の国フッブ、役所前。まるで台風の目の中のように砂嵐が収まっているその場所に、民や旅の者が集められていた。……抵抗した者は不定形の魔物たちに抑え込まれ、無力な者たちは意識を失ってしまっていたり、すっかり怯えきって何も出来なくなってしまっていた。
そんな彼らの目線の先は、役所の屋根。エトワールが重ねた手首を紐で吊るされるように項垂れており、その隣では大きな蛇がほくそ笑んでいる。
「皆様ごきげんようゥ。
本日はァ、この国の長サマの処刑の日にようこそお集まりいただきましたァ」
悲痛な民たちの視線に気付くと気丈に努めようとするエトワールだが、まだ意識が上の空のようですぐにくたりとしてしまう。それをみた蛇はさらに気分を良くした。
「コイツの罪状は幾つかある。まず、我に楯突いたことは当然としてェ。
何年も流行った黒い香……あれが怪物化を引き起こしている原因だァ。それを止めるどころか、自分も中毒になってハマったのが一番の罪だァ! 民を守ることもせず、なにが長なんだろうなァア」
高らかに告げられた事実に、ざわつく民たち。
「ハマった、ってなんだ」
「怪物化の原因が、あのお香……?!」
「……うそ、ならそれをずっと摂取していた私たちは遅かれ早かれ、みんな……」
「長様はあれが危険だって知ってたってことですか、なのに、行商者を止めなかった、、?」
エトワールはMadaの副作用でうまく口を開けないと共に、返す言葉も見つからなかった。……言外の肯定ともとれるそれに、動揺が広がる。彼の為に抵抗をしていた民も、勢いを失っていく。旅の者達もそれに困惑して、再び抑え込まれてしまった。
「っははは、喜べ民衆! コイツが死んだら魔素の池ごとこの国をもらって、我が長になる。このフッブを神聖なる魔物たちの国にしてやるよォ! オマエらが怪物になっても、魔物たちは受け入れてくれるぞ。差別したり、消したりなんかしないィ!
……まあそれも、我に従順なヤツだけ、だがなァ」
その反応を楽しむようにしながら、蛇が見下した先。小さな体が魔物に弾き飛ばされ、石畳に叩き付けられた。
「っぐぅっ!」
「ソル君っ」
すぐに起き上がれず、震えるソルリアに駆け寄るヴァリータ。二人はエトワールを助けようとしているが、いくらでも現れてくる魔物のせいで近付くことさえ出来ない。
ソルリアが石を投げて周囲の魔物を散らしヴァリータの魔法で倒す……という戦法をとっていたのだが、一度ソルリアが倒れたことにより停滞してしまう。
「あいつらにも飽きたな。そろそろ黙らせるかァ」
いくらでも数が増えていく魔物。焦りを見せたヴァリータが高威力の魔法に切りかえた時を狙い、その弾道に蛇の鱗が飛ばされて。……いつぞやと同じように跳ね返された流れ弾が、民と旅の者たちへ飛んでいく。
「うわあぁ?!」
「っ?!、皆……────」
ヴァリータの注意が魔物たちから逸らされた一瞬。腕の生えた魔物達に両腕、両足を掴まれてしまう。
「きゃっ……!」
「ヴァリータさ、い゛う゛っ」
少年も魔物に頭から押さえつけられ、起き上がろうとした体が崩れる。……それでも抵抗し続けることを諦めない二人に、民の一人が叫ぶ。
「二人とも、もう抵抗を止めてくれ!」
「でもこのままだとエトワールが! 私達も、国を失うのよ?!」
ヴァリータは信じられないといった顔でそちらを見る。しかしその民の表情は今にも泣きそうに震えているもので、彼女も言葉を失ってしまう。
「でももう、あの香を長い間使ってしまっている。いずれ私たちもあのような怪物になるのなら……。いっそ魔物の仲間として生きたほうがましじゃないか? 今までの家族のように肉体の一つも残らないまま死ぬなんて、嫌なんだよ……!」
それを皮切りに他の者たちからも、大人しく従おうといった声が増えていく。……お香はあくまでも濃度の高い魔素を継続的にとらせるだけのもの。それを吸っていたからといって、全員が怪物になってしまうわけではない。
現在唯一その話が出来るかもしれなかったソルリアは放心し、ただ目の前の光景を見るだけになってしまっていた。
「じゃあオマエらァ、我に向かって復唱しろォ!
“私達はあなた様を崇めます”! さんはい!」
蛇の要求に、その場の者達は口を開いていく。
「……わ、たし、たちは……」
「あなた様を……崇めます……」
「新たなる魔の国の誕生を祝いますゥ!」
「新たなる、……」
「魔の国の誕生を、祝います」
「繰り返せェ!」
……何度も繰り返されていく偽りの言葉。段々と声量を増していくこれが、やがてこの国の真実になってしまうのだ。
「っハハァ。そこ二名はどうするんだァ? 今ならまだ、許してやってもいいぜェ」
自分のせいで、皆が苦しんでいる。……先程勇気づけてくれたユースティさえ、あの一瞬で消されてしまった。エトワールも、ヴァリータもこのままじゃ無事ではすまないのに、自分はなにも出来なかった。
再び顔を覗かせた無力感が、自己嫌悪が。黒ずんだ炎が、だんだん大きくなって心を焦がしていく。
……そんなソルリアの目の前で、ヴァリータが叫ぶ。
「フッブを魔物の国にするなんて死んでも嫌! エトワールを離して、皆も解放してっ!」
「っは。活きがいいねェ。先にこっちを開きにしちまおうか!」
「……っ、う…………!」
彼女を捕まえていた魔物が両手足をそれぞれ別の方向に引っ張りだす。そのまま裂かれてしまうのも時間の問題だ。その体が軋んでいく音と呻きに、意識をなんとか覚醒させてもがきだしたエトワール。蛇はひたすら笑う。
「り……た、っ、…………っ、やめ、」
「どうした、長サマ?」
「やめて、くださ。僕を、やれれば……それでっ。いいでしょう……、さっさと……ッ!」
「ハァ……まだ魔素の池のカギについてもきかなきゃいけないんだよォ……言い方もなってないなァ」
その長い舌で、青年の顎を持ち上げてその顔を覗き込む。虚ろながらに負けじと向けられた瞳。しかしその中にある、隠しきれない潤みが蛇の嗜虐心を煽った。
「あの二人を死なせたくないなら、オマエ自ら説得しろよォ。それが出来たらオマエ以外はちゃんと見逃してやるからさァ」
「…………っ」
「返事はァ」
「わかっ……、説得しますからっ、だから……っ」
「おうゥ」
蛇が目配せすれば、魔物がヴァリータの肢体を引っ張ることを止めた。エトワールは咳き込み、力なく彼女へ向く。
「……。ヴァリータ、従おう。死ぬのが僕だけですむなら、それがいい」
「っ、えとわ、」
「ごめんなさい。……僕は、長になるには早すぎた」
「いいえ、あなたはいつだってこの国の長として動いていたわ! こんなの、あなただけの問題じゃなかったのよっ!」
絶対に諦めない。そんな風に叫ぶ彼女。エトワールは憂いを帯びた目のまま、……あの言葉を使う。
「……ヴァリータ。“怒りを向けて”」
「? どうしたのよいきなり──馬鹿じゃないの? ……?!」
途端にヴァリータの口から出ていく怒りの言葉。彼女は口を手で塞ごうとするが魔物に掴まれている上、言葉が出ていく方が早かった。
「な、にが早すぎた、よ。ずっとそうだったわよ。一人で抱え込んだらかっこいいとでも思っていたのかしら。そのくせにお香のことでは何も知らないワタシたちを巻き込んで、怪物化させるだなんて!
──……な、なんで、? こんなこと、ワタシっ──」
困惑する彼女だが、それは止まる気配を見せない。ソルリアも異変を感じ、口を挟む。
「ヴァリータさんっ? どうしたの、いきなりっ」
「っ違うの、ソル君、どうしよう──
魔法がちょっと使えるからって調子に乗って、ワタシ達のことなんて本当はどうでもよかったんでしょ。そんな人に長なんて務まるわけがない。あなたなんて、あなたなんて……──ッ!!」
ありもしなかった怒りが生まれ、溢れていく。だめ。せめて、この先の言葉だけは。噛んで抑えようとした唇に血が滲むが、……もう、止められなかった。
「大っっ嫌いよ、さっさと消えてしまいなさい!!」
────沈黙。
ヴァリータは自分から出ていったその言葉に呆然とすると、わなわなと震える。エトワールを真っ直ぐ見つめていた瞳から、涙が溢れだした。
「……」
一方エトワールもどこか無感情に、そんな自分を嘲るように笑ってソルリアへと向く。……信じられない、と言わんばかりの目とかち合った。
「今の、あにきのせいなのかよ…………? どうして。どうして、そんなことヴァリータさんに言わせたんだ、なぁ、エトワール…………っ」
「──ソルリア」
「そんなこと、望んでもないくせに……!」
「“怒りを向けて”」
同じように告げるが、ソルリアはそのままだ。ヴァリータの時のように、耐えようとしている様子はない。
「どうしたの。“向けて”いいんだよ」
「嫌だ、いってやるもんか……。僕がそういったら死んじゃうんだろ、……兄ちゃんが!」
涙ぐんでただ首を振るソルリア。……今、確かに力をかけたのに。予想外のことにエトワールは動揺を隠せない。
まさかこの力が効かない相手がこんな近くに、しかも弟だったというのか? ……このままでは、皆も危ない。
「こ……れなら、死ぬのは俺だけですむんだよソルリア。俺がいることで君はいつだって比べられてきた筈だ。こんな俺と兄弟だから、心無い言葉をより多く受ける羽目になったし、一人の時間も多くなった。苦しい思いも、寂しい思いだっていっぱいしたんだ。
俺がいなくなったほうが、君はもっと満たされた日々を送れるようになる!」
「それは違うっ!」
「は、」
「たとえ満たされようが関係ない! 僕は今までもこれからもソルリアだ。エトワールの弟なんだっ。いなかったことになんてしない!
それに今この国がこんなになっちゃったのは、兄ちゃんだけのせいじゃないんだっ…………兄ちゃんが責任を負って死ぬべきなんだったら、兄ちゃんの異変を見ないふりした僕だって死ぬべきなんだっ!!」
エトワールは目を見開く。彼の言葉に自分が干渉することは出来なかった。代わりに漏れだした彼の自責に、後に続ける筈だった言葉が押し退けられてしまう。
「──……ソル、なに、いって──」
「ねえ兄ちゃん、この国の民はみんな今まで兄ちゃんが守ってきた家族だよ。それに今ここに居る旅のヒトも含めて、皆と兄ちゃんは家族なんだよ。
僕は自分が助かるために家族を失うなんて嫌だ。でも自分だけが居なくなっちゃうのも嫌だって、思っちゃう! 兄ちゃんだってきっとその筈だ、でなきゃ今、そんなに苦しそうに泣かない! 苦しいなら死なないで! 死のうとなんてしないでよぉ!」
「っ」
そう、今もなお愛している家族。ちょっとやそっとじゃ離れられない、離れたくない。そう思ってしまえるもの。
エトワールは自分の頬に伝っていたものを、彼の言葉で自覚してしまう。
「──っ、じゃあなんだよ。どうすればいいっていうんだ。今もうこんな状態になってしまって、俺は立ち向かえない。お前が俺を嫌いになって諦めてくれなきゃ、お前も殺されてしまうんだぞ……っ!」
「わからないよ、どうも出来ないけど、どっちも嫌だ……! どうしても兄ちゃんを諦めろっていうなら、兄ちゃんが僕を先に嫌いになってくれなきゃ話にならないっ!」
「話にならないのはこっちだ。わからないとか、どっちも嫌とかじゃないんだ! そういうところだよ、ソルリア。お前は弱くて、ちっちゃくて。……それでも元気で側にいてくれて、ずっと、……ずっと…………!
……俺の太陽、……で…………っ」
なんとかソルリアの代わりに吐こうとした悪態も、続くことはなかった。……それっきり何も言えなくなる。しまいには互いのすすり泣きが響きだし、蛇は舌打ちをした。
「……プラン変更だ。エトワール。我へとった偉そうな態度を謝罪しろ。そしてその詫びにこの国を我に譲るとはっきり口にしろよ。それが言えたらオマエをなぶり殺すだけで終わってやる。言えないなら……」
直後、ヴァリータを引っ張る魔物たちの力が、増していく。
「や……っ! え……とわ、……だめ………………あ゛ぁああぁ゛あ゛……!」
「悩む時間なんてないぜェ、あの女が死ぬぞォ」
「ッ!! 止めてっ……言います、言いますから!
ごめんなさいっ……偉そうにして、……ごめんなさい……!」
この言葉を言ったとしても、蛇が約束を守る保証はない。でももう、これ以外どうしようもないんだ。神様どうか、今ここに居る、家族だけは。
「ククッ。だから? お詫びにィ?」
「……お詫び、……に、この国を、あなたに、…………っっ、」
いつか信じることをやめた神とやらに、こうして心から祈ることになるとは。エトワールは必死で、言葉を続けようとした。
「あなたに……ゆ」
「……────譲らなくていいっ!
皆、なるべく耳を塞いで!!」
「?!」
そこへ割り込んだ声。共に投げ入れられた光が辺りに弾けた。
パァンッ!!!
魔物たちはたちまちその音に怯み、飛び去っていく。ヴァリータやソルリアをはじめとした民たちも解放されていき、その体が地に倒れて……あぁ。こんな状況にもわざわざ頭を突っ込んでくる、その声は。
砂嵐の中から現れミミゴロシを投げつけたのは、白いケープを翻す、黒短髪の人間。
「なっ……誰だァ?!」
ゴーグルを外し口の覆いをとって口角を上げ、その言葉を待ってましたとばかりに高らかに告げた。
「──……おれはユースティ。研修中の探求者さ!」




