第27修 ハザックライダー
ユースティはハザックの背に跨がるようにして乗る。しっかりとした肉付きとふさふさの毛並みが心地よい。
「これじゃ結局ずっとテメェに乗られてるんだが。
……まあいいだろう。一応聞くが、どこまでいくんだ」
「フッブの国までさ!」
「勘違いするな、オレサマは見送りだけだぞ。……振り落とされんなよっ!」
その声と共に前足で飛び込むようにして、全身で駆けていく。
「……っ、うわ、わっ」
毛並みの心地よさはあるが振動や筋肉の動きが直接伝わるため、きちんとしがみついていないと簡単に振り落とされてしまう。ユースティは咄嗟にハザックの腹に腕を回ししがみつきつつも、首を立てて前を見る。
「すごい! ……君にはここの景色がはっきりと見えてるんだよなっ、でなきゃこんなに軽やかに走れないしっ」
「フン。オレサマは一味違うからな、……それに、マーケってやつから移動が楽になるやつを買ったんだ!」
「マーケから?!」
細目で足元を見れば確かに、砂をかき分けやすいように補助のようなものが彼の足についていた。……ザザザザザ。謎の音と共に、二人の上に大きな影が落ちていく。
改めて前を見たユースティは、砂を流れ落ちさせながらすぐ目の前に現れていく大きな円柱のような生物を目の当たりにする。
「うわぁあぁあぁあなんだあれ?!」
「耳元でうるせえよ、テメェはあのチビか! ……っち、迂回するぞ!」
「だから彼は出来損ないじゃ……あれ、チビだけになってる、ソルリアのこと認めてくれたんだね!」
「のんきなこと言ってると振り落とすぞッ」
「ひぇやめてっ」
驚くユースティに怒りながら、極めて冷静に方向転換し、大きな生物との正面衝突を避けるハザック。
「というかあれは何、魔物かい……?!」
「魔物は魔樹から産まれた、世界の穢れが具現化したものだってのは知ってるよな?」
「魔樹って何? 神樹じゃなくて?」
「……テメェの言う神樹は浄化の代わりに魔物を生むようになった魔樹だって呼ばれてもいるんだよ。後でちゃんとオベンキョウしときな。
つまり、魔物は所詮神樹のフンだ。獲物を捕らえる術は持っていても、オレサマたちと完全に意志疎通が出来るほどの知能は持っていない!」
「……だとすると、あの蛇は……?」
「ちなみにコイツは魔物で正解だ。来るぞ!」
「え、来るってなに……っ、わわわ!」
砂からでて来たその魔物は、身体をうねらせると円柱の上辺、穴から液状のものを打ち上げ、二人の元へ落としてくる。それは砂に着地すると弾けてジュワッ、……酸のように溶けて白煙をあげた。
ハザックはそれらをジグザグに避け、魔物の横を通りすぎた。
「……っ、すげー! 今のを抜けたのか、かっこいい!」
「当たり前だ、オレサマだからな!」
風をきるようにまっすぐ進むと、前の方にうっすらと見える石造りの街並み。
「あれか、フッブの街!」
今度は得体の知れない黒のうねうねと浮遊した魔物たちが現れ、その道を塞ぐ。
「アイツらは避けられなさそうだな、バラすか。……おいユースティ。一回横に跳んで降りろ、オレサマは正面から跳ぶ!」
「……わかったっ」
「イイコ。
おら、邪魔だテメェらぁ!」
その声に合わせ、ユースティは横へ転がる。砂にまみれながら、すぐに腕で体を起き上がらせて。一方ハザックは浮遊する魔物に跳びかかり、魔法の電撃を帯びた牙で噛みちぎって霧散させていく。
「……よし、おれだって、戦うぐらいは!」
ユースティもケープのポケットから風船斧を取り出す。持ち手を握るとたちまち周囲の空気を取り込んで肥大化したそれを両手で持った。
「退いて、ハザックッ!」
そのまま大きく振りかぶり、立ちはだかる魔物たちをぶん殴る。……が、その体は霧散しない。吹き飛んだだけだ。
「馬鹿! そいつらは殴るだけじゃ消えないぞ!」
「──……え、?」
吹き飛んだばかりの魔物がユースティの背後に移動する。……黒い光を圧縮するようにして集めたそれは、ビーム状になって襲って来た。
「うわあ?!」
ユースティは咄嗟にしゃがんで避けることが出来たが、なかなかに冷や汗ものだった。
「ったく言わんこっちゃないな。そいつらは魔法や退魔の武器で核を潰すんだよ!」
「そんな……核なんて見えないよ、あんなに真っ黒なのに!」
「予測を立ててから戦うんだよ! とにかくテメェによく似たお人好し武器じゃ今はどうにもならん。このまま走り抜けるぞ!」
「……わかったっ!」
そのまま走り抜け、とうとうフッブの国の石畳を踏むことが出来た。立ち塞がるものはハザックが蹴散らしつつ、砂嵐の中をひたすらに進んでいく。
国に戻って来たというのに、先程から魔物以外の声や気配が一切感じとれない。単に魔物が大量に居るからか、それとも……。
「この短時間で、随分静かになったな」
「うん、早く戻らないと……。ハザック、お願い。おれはこのまま役所の方に向かうから、まだ周りに人がいたら助けてあげて欲しい!」
「はぁ? オレサマは見送りだけだっつったろ。国に着いたんだからあの宿探しの恩返しとしては十分────」
そこまで告げたハザックはあからさまな視線を向けているユースティに気付いたようで、言葉途中に止まる。
「……なんだよ」
「なんだよじゃない。おれ、皆を助けたいから協力して欲しいんだってば!」
「はぁ……ほんとお節介でお人好しだな。まぁそんなテメェのお陰かどうかはさておき、この辺りに死臭はしねぇけど?」
「え、でも────……」
ぐちゃり。
視界がはっきりとしない中歩いていた人間は丁度よく、潰れた何かと赤にまみれた白い鳥……アウィスの体につまづいてしまった。──……ソルリアといた時に魔物に連れられ、高い空から落とされていた者の存在が頭に過る。
「っひ、死体、踏んじゃった……!」
足を上げて急いで離れるユースティだが、ハザックは極めて冷静にそれを見下す。
「いーや、コイツは生きてる。それにしてもどんくさいな、どうみても鳥の姿してんのに。飛び方を忘れてやがったのか?」
「……え?」
ハザックに煽られたその白いアウィスは、たちまち勢いよく起き上がって叫ぶ。
「どんくさいとは何っすか、翼を持ってるからって飛べるわけじゃないんっすよ!」
ちゃんと全身が見えれば、誰かわかる。彼はフッブの地下でミミゴロシを育てていた行商者、マーケだった。
「マーケ……?!」
「って、ユースティさん! おいらまた助かったんすか。今回こそ死んだと思ったっす!」
「いやいやいや、大怪我してないかい?!」
「おいらは大丈夫っすよ。……それにしても派手っすねぇこの実の赤は……その分とっても美味しいけど」
と、のんきにも身体中についたそれを一舐めし、砂が口にはいったようで、砂利だ、と苦笑する。……一見血まみれのように見えたが、よく見るとその赤は時間が経っているにもかかわらず黒ずんでもいない。どうやら彼の持っていた商品であろう何かの果実が落下時にクッションになった、というオチらしい。もしかしたらミミゴロシの時しかり、彼も豪運を持つ一人なのかもしれない。
「ま、紛らわしいことこの上ない……!」
「おい研修生。コイツ知り合いか?」
「え、彼はマーケだよ。君もさっき彼から物を買ったって言ってたよな?」
不思議そうに告げたユースティに、ハザックはマーケをまじまじと見つめる。
「……ああ、確かにこんな喋り方だったか」
「ん? ……おかしいっすね、おいらも、一度でも商談をしていただいたお客様は確実に覚えてる筈なんすけど?」
なんて翼を顎に添えつつ首をかしげて見せるマーケに、ハザックはバッサリと切り捨てる。
「オレサマはもう思い出したぞ。テメェは救いようのない鳥頭だってこったな」
「うわっなんか腹立つっす! ホントにおいらの商品を買ってくれましたかね、さては盗人の類いっすか?」
「ああ゛? オレサマを勝手に犯罪者にするな!」
そうしてやいのやいのと言い合う二人の争いを見ていると、現在進行形である国の危機がまるで些細なものであるように見えてくる。やがてマーケがハザックの背に飛び乗るように跨がった。
「おい、テメェ勝手に乗るんじゃねぇ! 噛み散らかすぞ!」
「へっ。おいらを貶した分のお代っすよ!」
ふふん、と得意気に笑うとユースティに向き、かつて自分が背負っていたリュックサックを目線で示す。
「ユースティさん、もーその荷物の中、自由に使ってくれていいんで。全部いらなかったらそこに置いてってください、後で回収しまっす! おいらたちは他の人を探して助けてきまーす!」
「えっ、わ、わかった!」
「ほらいくっすよ、狼さん!」
「あーうるせぇ! 降りろっての!」
結局二人は口論を続けたまま、砂嵐の中を走っていった。……ユースティが示されたリュックサックの中を見ると、とある瓶がパッと目につく。そのラベルには、『武器に塗る退魔の薬』とかかれていた。先程ハザックが教えてくれたように、これがあれば魔物にも攻撃が効くのだろう。
緊急時とはいえ何個も貰うのは気が引ける。一つだけ手に取るとすぐにリュックサックを閉じ、道の隅に置いた。ユースティは少し緩んだ緊張を引き戻すように、両頬を手でパチンと叩いた。
「──……よし。今いくからな。どうか待っててくれ、ソルリア……!」




