第26修 まっすぐな馬鹿を
二人が執務室へと戻ったその時。
バタンッ。
エントランスへの扉が突然勢いよく開かれる。驚く二人の目の前に広がり、中に一気に押し寄せた黒い波。
「っ、な、……?!」
それは魔物の群れだ。それはユースティたちを巻き込みながらも通り過ぎ、瞬く間に部屋を満たす。しばらくすると逆流が加わって、強い力に外へ押し流されそうになる。ユースティはここぞとばかりにミミゴロシを取り出し、取り落とさないようにしながら魔力をこめようとするが──どう念じても、反応しない。
先程遭遇した魔物と同じ大きな目玉が二人のすぐ隣を沢山通りすぎて行く。これだけの魔物がいて今までよくこの場所に来ていなかったものだ。……ショウに入り込んでいた何者かがわざと、ここに魔物を来させていなかったという方が正しいかもしれない。
ユースティは魔物たちの意図を探る。狙いが自分とソルリアに向いていないということは、おそらく────
「兄貴っ!!」
ソルリアの声とともにそちらを見ると、逆流して行く魔物たちに捕まり、力なくうなだれたエトワールが外へと連れ出されて行く。……外から聞こえるのは、あの蛇の笑い声。
「っはははははァ! まだ生きてるか、しぶといなァ長サマよォ!」
「……この魔物の群れは、あいつの手下か!」
「もう、戻って来たのかよ、……っ」
「さぁて、お前らも一人ずつ、やってやることにするかねェ!」
蛇が高らかに告げるとともに──……ユースティの体が魔物に拘束され、連れ去られて行く。
「っうわ?!」
「なっ?! まって、……嫌だ、だめだよっ、
ユースティっ……!!!!」
ソルリアが手を伸ばそうとして足掻くも虚しく遮られ、大群に囲まれる。どうやらユースティだけが閉じ込められたようで、少年の声はそれっきり聞こえなくなってしまった。
「っ、この!」
浮く体と真っ暗な視界。暴れても暴れても、解放される気がしない。
「止まるな、おれ……! ここで終わるわけには、いかないんだよ……!!」
──無我夢中でそう叫んだユースティ。その手に握られていたミミゴロシがようやく光る。
「──……!」
それを視認し、必死の思いで投げると咄嗟に耳を塞ぐ。
__……パァンッ!
響いたのは火薬ではじき出されたような、高めの破裂音。魔物たちの大群は流れを分散させてブワッと広がり、怯えたように散り散りに飛んで行ってしまう。
「わ、確かに魔物避けにふさわしい、
……けどこれ結局、落ち──……」
なんとユースティの体は空中で解放され、勿論布やゴーグルをつける間もなく。ろくに周りの景色もみれないまま、砂嵐の中を落ちていく。
「わぁあぁあぁあぁ!」
この状況で気を失ってしまうかと思われたが、連れ去られる途中で解放されたということもあり、そこまで高所ではなかったらしい。どしゃんっ。……すぐに何かを下敷きにして、着地する。
「ごほっ、ごほっ、……っ、ててて……助かったぁ」
視界は砂嵐で相変わらずはっきりとしないが、下のふさふさが懐かしい気がする。触れるとそれは毛のようにさらりと流れ、しかも暖かい。その心地よさに思わず上に座ったままゴーグルと布をつけて仕度を整えだした人間に、下から声がかけられる。
「おいテメェ、下をよく見ろ。おい」
「えっ」
ドスを効かせたその声は。
「は、ハザック?!」
ユースティが飛び跳ねて横へと退くと、その黒い毛並みはゆっくりと起き上がる。そうしてその赤い目でギロリと睨んだ。
「テメェ……またオレサマの上に乗りやがって……」
「っごめん、そんなつもりじゃなかったんだ、魔物に拐われかけて、必死でっ」
「もう拐われて来たも同然だろ。ここはもうフッブから出て来た、砂漠のド真ん中だ」
「?!」
あっという間に連れて来られたらしい。周りを見回そうにも砂嵐で全く見えず、砂が沢山積もっていることぐらいしかわからない。……今すぐにでもソルリアたちの場所に戻りたいのに、目指す方向さえわからない。
「ど、どうしてハザックがこんなところに。もしかして君もここに連れて来られたとか?」
「んなわけあるか、自分で来たんだよ。あそこの民の大半は長様神様魔物様だとか言って、周りどころか自分さえ守ることも出来ない。
とんだ腰抜けどもだ。興味を失くしたからさっさと出てきた」
そういって砂埃を手ではらいつつ、立ち上がる。ユースティが急いでつけたゴーグルと布越しに無言で訴えるように見つめ続けると、ハザックはその目をさらに細める。
「なんだよ。タビビトってそんなもんだろ。…………悪いか?」
「悪いかって、かなり悪いだろ! 今、それだけあの国は大変なことになってるんだ、助けなきゃ!」
「オレサマは旅をしていて、たまたまここにいただけだ。国の抱えたいざこざを解決してやる義理までない。それに、結界が壊れて魔物が押し寄せた責任はあの長サマ自身にあるんじゃないのか?」
「っだからこそだ! 彼らだって、こんなことになるなんて思ってなかった。責任を全部負うには若すぎるんだよ、彼らは!」
「長になるってことはそういうことだ。責任がついてまわる運命なんだよ、歳なんて関係ない。こうなるとは思ってなかった、で済まされるわけないだろうが」
彼はゴーグルなどを何もつけていないが、ここが何処なのかをわかっている口ぶりだ。この砂嵐の中でもはっきりと位置関係や景色が見えているのかもしれない。……彼の力を借りれば、きっとすぐにあの国に戻ることが出来る。 ユースティはわざとらしく咳払いをした。
「ごほんっ……じゃあ、おれへの復讐やつくった借りは、もういいんだね?」
「あ?」
「このまま行ったら君は、おれに風船斧くんで殴られっぱなしで、踏んづけられっぱなし。しかも宿を一緒に探してもらったままになるぞ、いいんだな!」
「……はぁあ??」
ハザックは拍子抜けした顔をする。こちらに意識はもたせることが出来たから、あとは押すだけ。そのままユースティは極めて真面目に馬鹿を告げていく。
「今君が言った通りここが砂漠の真ん中なら、何にもわからないおれはこの砂漠で野垂れ死ぬこと間違いなしだ! 君は借りを返せないままおれとさよならすることになるんだよ! それでもいいのかい!」
なんて、とんでもなく自己中心的な発言。呆れて放っていかれるのも致し方ない発言だが、ハザックにはこれが一番だと信じ、ユースティは曲げなかった。
「……どうでもいいな。それをオレサマに言って何か変わるとでも思ったのか?」
「君がそうやって、立ち止まってくれるだろ!」
「テメェがあの国に戻って、何か出来るってのか」
「行くしか今のおれには選択肢がない。どうにかしてみせるんだ!
だからお願いします、連れてってください!」
最後には直角に頭を下げるユースティ。……ハザックはそんな様子に大きくため息をついて、しかし四足歩行の……狼の姿に変化した。
「……こっからだと国に戻るには長いぞ。背中に乗れ、ユースティ」
「!!
ありがとう、ハザックっ……!」
ぱぁ、と顔を明るくしたユースティに、ハザックは無愛想な舌打ちを追加した。




