第24修 崩壊
──……とある日の夜。微睡みから段々と意識が浮かび上がるが、目を開けることも体を動かすことも出来ない。
しかしこの体験が二回目ともなれば、ユースティも流石に落ち着きながら行動を起こすことが出来る。
「……こんにちは?」
【こんにちは ユースティ】
人間があいさつをすれば、やはりすぐ側から返事が返ってきた。何故かころころと喉を転がすように笑っているその人物。声色からして女の子だろうかと考えつつ……ユースティは会話を試みる。
「何か楽しいこと、あったの?」
【いや あなたはユースティって呼んでほしいんだなって 思って】
「ちゃんと呼んでほしい名前を伝えただけさ。……今度は君がおしえてよ」
【わたし名前が無い だからあなたが名前をつけて って 言おうとした】
「おれが、君の名前を?」
【うん】
──この空間では、こちらからは何にも見えないのに、あちらから一方的に見られているような感覚がする。『ずるい』な。そうだ、ずるいって言葉をどこかの言語に翻訳して、それを名前としてしまうのはどうだろう。……なんてことを真っ先に考えたユースティだが、相手は心底楽しそうに時間切れを告げる。
【ぶぶー】
「えっ」
【じゃ 今回はさよなら】
「早いよ、ちょっとまって! おれ、まだ君に聞きたいことがいっぱいあるのに──」
ユースティは戸惑いつつ、沈んでいく意識に抗うことは出来ない。
その夢が覚める直前に、相手は呟いた。
【ありのままを伝えるって 難しいよね】
──ガシャンッ。
何か叩きつけられたような音がして、目が覚め飛び起きる。……そこはユースティが昨日、眠りについたソルリアとエトワールの家であり、内装に特に変わった様子は見つからない。
しかし音がした窓の方をみれば。──外はすっかり砂塵にまみれ、太陽の光さえも届かずに薄暗くなっていた。
「……ソ、ソルリア!」
「ん、ユース……」
「窓の外を見て、変なんだ!」
「なにがあ……?」
すぐさま異常事態だと判断したユースティに起こされる側となったソルリア。寝ぼけ眼を擦って起き上がり、窓へと目線を向けると固まる。
「……なに、これ……」
「大きな音が聞こえて、おれも今目が覚めたんだよ。そしたらこうなってて!」
ミシ……ミシ……何かが軋む音と、微かな声が聞こえてくる。
「……え?」
ミシ…………パラパラ、と天井から壁の石の欠片が落ちてきてようやく、この家自体が軋む音だと理解出来る。微かな声は何か言葉を話しているような、音を真似ている赤子のようなもので……
砂まみれになりつつある窓から、いくつもの目玉を持った、黒い球体の異形が覗き込む。
__……ァハ……
「……!」
__ァけテェ……ァア……!
おそらく魔物であるそれは、甲高い悲鳴をあげながらバン、バンと窓を叩きだした。
「「わあぁあ……っ?!」」
不幸中の幸いかその窓はこの家の玄関とは少し離れている。逃げることは出来そうだ。
「な、なんだあれぇっ」
「わからない、とりあえず逃げよう!」
「な、ならこれをつけてユースっ。口もとを……この布で覆ってっ」
ソルリアに咄嗟に渡されたゴーグルと布。二人でそれを素早くつけて外へと飛び出た。同時に窓が割れる音が後ろで響く。……あのまま家の中にいたら襲われていたところだ。
「外の魔物が入ってくるなんてあり得ない、こんな砂嵐もっ……きっと結界が破られてるっ」
「ってことは、」
「兄貴に何かあったんだっ」
動揺しつつも、布で口を覆い砂を防ぎながら話すソルリア。ユースティも同じようにしながらついていく。
辺りを見回せば、魑魅魍魎の魔物たちが街中に溢れている様子が見える。民衆や旅の者達の戦う音や悲鳴、魔物が上げる不気味な叫び声が吹き荒ぶ砂嵐に紛れて聞こえてくる。
その中の一つにふと目線を向けたソルリアは、不揃いな翼が生えた魔物に体を掴まれた者が、空に連れていかれ──……高い場所から落とされるところを見てしまう。
「いや、いやだ、たすけて、長様ぁ、長様ぁあぁあぁ
あ゛」
「っ見ないでソルリアっ」
ぐしゃ。 そんな音が聞こえて────……人間は咄嗟に少年を抱えてその光景を見せないようにすると、そのまま走りさった。
「な、ユース、今の──今のっ、」
「エトワールの所へ急ごう、このままじゃ被害がどんどん増えていく……!」
砂嵐の間でわずかに見える建物と、道の広さを頼りにして。エトワールのいるであろう役所の扉を入る。
冷たい空気、静けさに満ちたエントランス。ソルリアを降ろしたユースティは、微かに声が聞こえた執務室の扉を見る。
「……笑い声……?」
魔物があげていた悲鳴とはまた違う。ユースティは駆けていき、その扉に耳をそばたてた。それは確かに執務室の中から聞こえていた。
「あはっ……ははっ、へ、へへへぇ、っはへぇ……」
……エトワールの声だが、明らかに様子がおかしい。同じようにその声を聞いて再び硬直してしまったソルリアを横目に、ユースティは強行突破することにする。
「ごめん、エトワール。入るよ!」
扉を開き、執務室へ立ち入る。──そこにいるのは確かにエトワールだった。
「あ、……はは、は? ふふ、ぅ、あぁー……」
彼はユースティが入ってきたのにも関わらず、床に口角をあげながらぼんやりと仰向けで寝転がっている。そのまま虚空を意味も無く、両腕でひたすら引っ掻いていた。
「……、ははぁ、、……ぁはぇへへへへふふふっ、ひひっ、は、ぁ、ははぁ」
彼の頬の部分からぴし、ぴし、とひび割れていて、紫色の何かがそこから出かかっている。……スィームが怪物化した、あの時のように。
「──……あに、き」
「エトワールっ……!」
ユースティが駆け寄り、その背中を支えるようにして声をかける。……エトワールは何かを求めるように腕を動かし続けるまま、焦点のあわない目と顔を人間へと向けた。
「ぁ……は、ゆー、、」
「何があったんだ、エトワールっ!」
「ご……ん……ぃ…………っは、ははははッ……あー……」
笑ったまま、涙を流すエトワール。壊れた玩具のように意味の無い行動を繰り返し、痙攣する体。──言葉を失ったユースティに、新たな来訪者が口を開く。
「やっとか」
「!」
「短時間で大量の魔素循環を強要されたんだ。その体も、心も。今までよく耐えていたと評価するべきだがな」
気配が全く感じられなかった。扉へ振り返ればいつの間にかショウがそこに立っていた。……しかし彼はどこか無機質な冷たさを纏っており、明らかに本人ではない。
「……ショウ、先生?」
「過剰接取している魔素と使用する魔素のバランス。ただでさえ紙一重であったそれにとうとう穴が空き、こいつは一気に崩壊を迎えている。
このまま魔素に体を喰い破られて異形と化すか……幻覚にやられて自害を選択するか。後者の方が暴れないだけマシだが、どうなるかな」
何者かに、淡々と告げられていく現実。
「魔素の過剰摂取? 原因の魔物はもう追い払った筈だろ、なのにどうして……!」
ユースティの言葉に、ショウの皮を被ったソレは薄く笑った。
「その原因の魔物とやらが、魔素を他人に過剰摂取をさせていた方法は何だったんだ。
まさかそういう魔法だと思って見過ごしたのか?」
「……!!」
「とんだ知的怠慢だな、研修生」
その言葉を最後に、ショウの体は力なく床に倒れ込む。
……全身が一気に冷える感覚。まるで生きた心地がしない。
外の助けを求める者たちの声、砂嵐が窓ガラスに叩きつけられる音。エトワールの力ない笑い声。
全てがひどく遠いものに感じた。




