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おしえて、研修生!  作者: きりぞら
第壱章 伝えろ、繋げ。慈愛の国
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第23修 薄まることのない黒


「すみません、うちの子を寝かしつけてくれませんか……」


「あそこの行商者さんが売ってるもの買いたいんだけど、顔が好みすぎてなんだか近付けなくて……代わりに買ってきてくれないかな?」


「おねーちゃんたち、遊んでー!」


「ヴァリータさん、腕の筋肉のスケッチさせてください!」



 一件目の相談とはうって変わって日常的になったそれらをこなし。ヴァリータとユースティはすっかり日が落ちた頃に落ちつくことが出来た。

 国に居る者たちとは勿論、踊り子ともまた距離が縮まった人間。満足感とともに執務室の扉をノックし、開く。



「ただいまー! …………って」



 その目の前には、無惨な屍のようになったソルリアがうつ伏せで倒れていた。



「わー‼ ソルリアが死んでるー?!」


「い、ちおう生きてる。

 ……お疲れユース、ヴァリータさん…………」



 その声も途切れ途切れで、ぐったりとしていた。



「ソル君、今日のマーケさんと同じになってるわよ」


「──……頭が、いたくて……」


「い、一体誰がこんなことを?!」



 その光景に動揺した二人に、部屋の奥から水を持ったエトワールが歩いて来る。



「ふふ。何事も知識からです。今日、彼には基礎をひたすら叩き込みました」



 そしてソルリアを優しく起こし、その水を渡す──彼の指導のせいだ。そう理解した途端、くすくすと微笑むエトワールの姿が悪魔にも見えてくる。

 ソルリアの身に降り掛かった厳しい指導。考えうる限りの地獄を想像していくユースティをよそに、エトワールは液晶のタブレット……ブラックボードくんを手にとっていた。



「ユースティさん。ソルリアから聞いたのですが……あなたのものですよね?  電源はつくようになりましたよ」


「あー! ありがとう! これで師匠と連絡がとれるかも、……って、あれ?」



 使えそうなのはデータベースと、分析ツールだけのようだ。後の機能は表示がおかしくなっていた。一度連絡をとるためのボタンを押すが、アプリを復旧しますか? などと文字が出てくるだけで、実行ボタンがいつまでたっても表示されない。



「すみません、こういう機械は慣れなくて……これ以上下手に触らない方がいいかと思いまして」


「おれもあんまり詳しくないから大丈夫さ。むしろここまで直してくれてありがとう!」



 二人の会話にソルリアが起き上がって、興味ありげに覗いてくる。



「それ全部見たら、ユースみたいに物知りになれる?」



 ユースティはそれにあわせてしゃがみ、画面を見せた。



「こういうのは自分で興味を持った時に一つずつ見るものさ。おれだってブラックボードくん内臓データの一割も知らないと思うし」


「ふうん。これ、分析も出来るんだったよな。貸してくれたりする?」


「うん、ここのカメラってやつを起動して、分析したいものをこのレンズで撮るんだ。貸すのはいいけど……君、頭痛かったんじゃ?」


「ありがと。それとこれは別っ」



 ブラックボードくんを手に取ったソルリアは、そのまま走って行ってしまう。エトワールがその姿を不思議そうに見送ってから、ユースティとヴァリータへ向き直った。



「本当に今日はありがとうございます、ユースティさん、リータ。こちらはある程度片付いたので、明日からは僕一人でも兼業出来そうです。

 ……それになんだか、久々に落ち着いた日を過ごせたようなきがします……」



 和やかに告げた彼に、ヴァリータが頷く。



「よかった、じゃあこれからも続けないとね! ワタシたち、頑張るわよ!」


「……えっ」


「えぇ?」



 きょとんとした顔で返してくるエトワールに、ヴァリータはくすくすと微笑む。



「勘違いしてたみたいね、エトワール。なにも休日が今日限りとは言ってないわよ?」


「っえ、ソルからも同じような発言を聞いてはいましたが本気ですか、すっかり冗談かと」


「そのまさかよ、勿論じゃない!

 貴方の休みを一日なんかじゃ終わらせないわよ。覚悟しなさい!」



 ふふん! とどこか楽しそうなヴァリータに、たじたじになったエトワール。この二人はお互いに嫌という時は嫌とはっきり言えている関係だから、このままでも大丈夫だ。



「研修生も、お手伝い頼むわよ」


「勿論さ、任せてくれ!」


「ええと……ありがとうございます。お二人もちゃんと、休む時は休んでくださいね……?」



 ────……その日からは怒涛の日々の幕開けだった。ユースティとヴァリータが相談所での実績を得ていく間に、ソルリアは魔法を使うための訓練をエトワールから受けていく。



「魔法使いは接近戦でも強くないといけないよ。ほら、きちんとお腹から体を持ち上げて腹筋して! でないといくらやっても意味がないから!」


「は、は、はいっ」



「次、休みは5カウントだけだよ! 背筋、準備して!」


「わ、かったっ」



 ある日は汗だくになりつつの筋トレ。



「筆記テストの答え合わせだけどね、ソル。この魔素の並びはなんの魔法だったかな?」


「あ、えっと、……目、目回しの魔法?」


「読み方はあっていても字が不正解。答えは回しじゃなくて廻し、なんだ! 書き取り十回、行こうか!」


「っえぇえ~! そ、それは理不尽じゃっ……」


「問答無用だよっ」



 ある日は採点が厳しめの筆記テスト。



「ドーレーミーファーソーラーシ~ドー……、出来てる……?」


「少しだけずれてたね。だけど安定して魔素が動いてる。かなり上手だよ」


「えへへ……」


「……さぁ、次は長距離走かな。国の結界の内側を5周ほど行こうか!」


「ぴッ」



 またある日は歌唱や体力作りまで、とても幅広く。……相談が来ない間はユースティも参加していたのだが、なんと言ってもエトワールの輝かしいスパルタっぷりには感服せざるを得なかった。たとえ相手が弟であろうと容赦がない。弟だからこそ余計に、なのかもしれないが。




──────────



 こんな日が来るなんて思いもしなかった。だから今度こそ、ちゃんと結果を出したい。



「……っ、“炎よ”!」



 魔素の池がある中庭でいつものように両手を翳し、魔法を思い浮かべながら叫ぶ。けれど相変わらずイメージをしているような炎が出る気配はない。


 ……肩を落とすと、兄貴は優しく手を添えた。



「焦らなくていいよ、ソル」


「でも、俺」


「実は僕も、上手く魔法を使えない時期があってね。こっそり練習させてもらったりしてた」


「兄貴も魔法を使えなかったの」



 初耳だというように驚けば、照れ臭そうに微笑む。



「僕だけじゃないさ。みんなも小さい頃は魔法を使えなかったんだよ」



 少しはにかんだ表情がふと暗くなり、背を向けた。



「……僕は、君を破滅させたいなんて、思ってないつもりだった……」



 恐らく彼が言ったのは──アイシャさんの家で対峙した蛇を追い出す直前に言われた言葉のことだ。



「兄貴、あんなやつの言葉気にしてたの?」


「恥ずかしながら。……だからソル、聞いてくれる?」



 返事はその優しく儚げな声色に全て吸い込まれて霧散してしまった。無言を肯定と受け取ったのだろう、彼はそのまま話し始める。



「魔法使いはこの国だけでも沢山いて、その数だけ得意や苦手な分野がある。それが『普通』。一度でも『普通じゃない』所を見せてしまうと、必然的にそういう扱いを受けることになるよね。

 勿論、僕も期待してもらえたのは嬉しかったよ。けれど、……同時に色々なことが制限されて、不自由になったんだ」



 きっとそれは周りからの信頼、期待という抑圧だ。しかし兄貴は不満一つ顔に出さず、今まで一国の長としてここまでやってきた。ずっと側に居るヴァリータさんにも、俺にも。その本当の悩みは打ち明けられていない。

 そりゃそうだ。打ち明けたって、出来損ないの劣等生には何も出来ないから────……なんて。俺がそう考えてること知られたら、きっと強く窘められるな。



「だからこそ、ソルには自由でいてほしかった。魔法が使えなくとも、僕が守る。この国で平和に暮らしてほしい。本気でそう思ってたんだ。

 でも僕は、君をきちんと守れていなかった。……慈愛の国の長は、弟の君が苦しんでいる時に何も出来ていなかった……」



 俺が困った時はすぐ助けに来てくれていた兄貴。でも誰にも言えず心も体も痛くなった日はあった。勿論全て防ぐのは無茶だし、兄貴が責められるようなことはない……そう思っていた筈だ。

 だけど兄貴のその言葉に、行き場を失っていた苦しさが胸の奥からこみ上げてくる。……息が詰まった口をなんとか動かし、言葉を紡いだ。



「……そんなの、仕方ないよ。兄貴は国のこともあるのに、いつも俺を助けてくれてただろ? 十分すぎるよ」



 兄貴にはまず自身のことを考えてほしい、俺のことなど後回しでいい。俺はそう心から思っていた筈だ。

 だけど彼から後ろめたさを告白された今、感じているのは確かな安心と、仄暗い喜び。声が震えて涙が溢れそうになる。



「……っはは、なんでユースそんなこと言っちゃったんだよ、俺は大丈夫なのにさ」



 大丈夫なんかじゃない。どうしようもなくひとりぼっちで苦しかったから、そこに気付いてもらえたことが嬉しかった。兄貴に俺へ構っている余裕なんて無いことは知っている。知っているのに、だからこそ嬉しい、だなんて。


 ああ、なんて薄汚い。


 どうすればこの醜い考えが消えるのだろうか。


 自己嫌悪は止まない。



「それだけじゃないんだ、ソル。僕はいつも笑顔を見せてくれる君を、心の奥底で妬ましいって。……思ってたこともあったんだよ」


「え……?」


「だからもしかしたら。今回君が危なかったことは気付かなかったんじゃなくて、気付かないフリをしたのかもしれないって。

 ……魔法を諦めさせた上に、手も差しのべないなんて。ソルからしたら理不尽だよね。僕は兄貴失格だよ」



 兄貴はそんな人じゃない。伝えたいことが沢山あるのに、何からどう伝えればいいのかわからない。むしろどう伝えても、伝えないままでも彼を追い詰めてしまう気がしてしまう。



「ソルは僕の弟である前に、フッブのエントマの一人だ。僕と同じ、いやそれ以上の可能性を持っている。なのに僕は囲い込んで……。

 これじゃ君を破滅させたがっていると言われてもしかたがない。本当に、ごめんなさい」



 胸のうちを這いずる黒いモノに、もう頭がいっぱいいっぱいだ。さっきまでなんとか動いていた口からは何も出なくなってしまった。


 兄貴が頭を下げたまま静かになった空間。


 ……何も言わないことだけは避けたくて、その足にしがみついた。



「ソルリア?」


「……いったろ。俺、兄貴のことが大好きで、尊敬してるんだって」


「! ……そう、だったね」



 なんとか絞り出した声に彼はしゃがんで、優しく包み返してくれる。そしていつものように少し寂しそうな微笑みを見せた。



「聞いてくれてありがとう。

 訓練で疲れただろうし、少しだけ休憩をとろうか。僕も少し外を歩いてくる。……二十分位あればいい?」


「……うん」


「じゃあまた、二十分後」



 そうして離れていく彼を、精一杯の笑顔で見送って。



「──……」



 その背中が見えなくなったと同時に、俺は黒い板……ブラックボードくんとやらを起動して、真っ黒な池にレンズを向ける。


 次は、執務室へ。


 目的は執務室の奥にある、兄貴の休憩室だ。



「神様、」



 もし俺に信心も、真面目さも足りないのだとしたら。これからもっとちゃんとするから。……だからどうか、今だけは。



「……お願い」



 ──全てが杞憂であると、証明してください。



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