第22修 破裂の実と弱虫
地下の畑一帯に植えられた植物。それは白い花を咲かせ、やがてカラッとした茶色の実がなる。……その実の破裂が今回のとてつもない轟音の原因だ。
しかしそこからどう処理すればいいのか…………まるで爆弾を処理するような心持ちで三人が動けずにいると、気絶していた白いアウィスの嘴がぴく、と動く。
「ぅ、うう……実……とめて……」
虚ろに、しかし必死に訴えられたその言葉。……ふと、ヴァリータが口を開く。
「こんなに大きな音なら、旅人の魔物除けとして使われる実、なのかもしれないわね」
「そんな物があるのかい?」
「ええ。どこかで聞いたことがあるの。ちゃんとした名前は忘れちゃったけど……」
先程破裂し、種を散らした実は直前まで膨らんで張っていたような気がする。他の実もよく見れば同じように少しずつ膨らんでおり、破裂するまでの猶予はあまりなさそうだ。
「……植物って、実が成熟すると破裂して種を飛ばすものがあるよな。これがもしその類なら、成熟する前に収穫してしまえば成長も止まって破裂しなくなるかも……?」
ユースティがそう口にしてみると、倒れているアウィスは弱々しく、しかし何度も頷いて意志を示した。
「当たりっぽい。そうとわかれば熟れちゃう前に収穫だな!」
「よおし、そういうのなら任せてっ」
ソルリアが名乗りをあげ軽々と飛び出す。小柄ということもあり最短距離で実を収穫し、あっという間に轟音の脅威がなくなっていく。
「おおお、いい動きだなソルリア!」
「ワタシも負けてられないわね!」
彼の力だけでも終わるだろうが、人数がいればいるほど速く終わる。三人は区画を分担して、一斉に畑の実をもぎ取っていった。
……破裂寸前だった全ての実を取り終わり、近くにいくつかあった大きな籠へそれを入れ終わる頃。気絶していた白いアウィスはなんとか起き上がれる位に回復し、救世主である三人へとふらつきながら拍手した。
「すげえ早いっすね、特にそこの方の収穫の仕方は思わず見とれるくらいっした……!」
その翼と同化した腕で示す先には、ソルリアが居る。
「へへーんっ、ありがと?」
「ほんとたすかりやした。いつもは大丈夫なんすけど、今日のおいらは、上から降りてくる時に耳栓をつけるの忘れてしまってやして……あわわ」
まだ意識がぼんやりとしているのか、脚がもつれて倒れかけた体をユースティが支える。
「災難だったね。ええと、大丈夫かい?」
「はい、お陰さまで!」
白いアウィスはしばらく立ち止まり、しっかりと一人で直立出来るようになってから、元気に胸を張って見せた。近くに取り落としていたらしい耳当てを拾うと、自らのポシェットからケースを取り出して収める。
「お礼したいんすけど、とりあえず場所を変えましょっか。この奥に転送の魔法陣があるんで、それで上に戻りやしょう!」
彼はそう言ってヒト当たりのよい笑みを浮かべ、実が入った大きな籠を背負って先導する。部屋の奥には栽培用の道具であろうものが保管されており、何人か乗れる大きさの魔法陣があった。白いアウィスはユースティたちと共にその中へ入り、呪文を唱える。
直後移り変わった視界。全員で薄暗く家具のない部屋に戻ってくることが出来、一瞬のことで驚きつつも安堵するユースティ。そして白いアウィスは、地下への蓋が開いていたことを確認してため息をついた。
「あぁー……ここの穴を閉めるのも忘れてたんだ、おいら……。でもここが開いていなかったら鼓膜を破られてひとりで死んでましたっす……」
下を見つめてかなり沈んだ様子を見せた彼に、ユースティが切り替えるように声をかける。
「おれたちも君を助けられてよかった。それにしてもすごい音だったね」
そうすれば白いアウィスは、翼で頭を掻くようにして苦笑した。
「どでかい発砲音みたいだったでしょ。あれ、ミミゴロシっていうんすよ」
物騒な名称にソルリアとヴァリータが顔を見合わせる。
「耳殺し……って物騒な。どうしてそんなものをここで育ててるんだよっ」
「おいらは旅人を商売相手とした行商者っす。だから魔物……特に群れに出会った時、ミミゴロシは必要不可欠なんすよ。
更に熟れきる直前まで、乾きすぎず、冷たい空気の中で育てないといけない。
おいらにとってはここの地下が理想的でして。仮にも街中なので、防音の蓋が必須……という前提で、役所で許可は頂いてやりくりしてたんすけど……」
申し訳なさげに尻すぼみになった声。つまり……と、ヴァリータが続ける。
「今日がミミゴロシの収穫日で、防音の蓋も耳栓も忘れて地下へ降りてしまったあなたは……ミミゴロシの一つが熟れきって破裂した音にそのまま気絶してしまった。
その間も熟れきった他のミミゴロシの音が外まで響き続けて、結果みんなが驚いて相談所に来た……ってことね……」
「そうなりますっす……ご迷惑をおかけしてすみません……!」
うっかりで済んだからよかったものの、とても命懸けな内容だ。アウィスは穴に蓋をすると、背負った籠を三人の前におろし、再びぺこりと一礼をする。
「お礼といってはなんですが、収穫してくださったミミゴロシは是非、全部貰ってくださいっす。そちらのあなたは旅人っすよね、いつかこの国を出る時に必要になりやすよ!」
真っ直ぐに視線を向けられたユースティは、恐る恐る籠の中のミミゴロシを覗き込む。
「ええっと……結構大量だよな。あの音を聞いた後だと普通に怖いぞ?」
「大丈夫、収穫すれば性質が変わりやす。音量も大人しくなるし、意図的に魔力を流し込まないと起動しやせん。
魔力を流し込んで光ったら、爆発するのは約三秒後。魔物へ投げて使えますっすよ」
「へ、へえ……」
これに関してはいくら説明されようと怖いものは怖いままだった。ユースティは悩むように眉をひそめ……ふと、お互いに挨拶をしていなかったことに気付く。
「そうだ、君の名前はなんていうんだい?」
そう白いアウィスに問いかければ、つぶらで潤んだ水色の瞳と目線が合う。彼はとても嬉しげな笑顔で答えた。
「おいらはアウィスの、マーケっていいますっす!」
その様子に何だかユースティも嬉しくなって、笑顔で返す。
「おれはカルディアのユースティ。
彼女が同じく、ヴァリータ。隣の彼がエントマのソルリアだよ」
「ユースティさんにヴァリータさん、ソルリアさんっすね。ありがとうございやす!
……さあお三方、ミミゴロシ、どうぞ受け取ってくださいっす!」
話を変えても誤魔化せはしない。ユースティはソルリアとヴァリータへ振り返り、籠ごと貰うことになったミミゴロシを分けようとした。しかし二人も自分から籠へ寄ろうとしない。……大きな音が鳴る爆弾を持ち歩くことになるのだから当然といえば当然だ。全員が誤爆を怖がっている。
それでもせっかくの好意なのだから受け取りたい。ユースティは結局ミミゴロシを三個だけ貰い、残りと籠は返すことにした。
「どうしたんすか、ユースティさん?」
「貰うのはこれだけにしておくよ。折角の商売道具だし、君が命かけた分、他の人に売ったり、譲ってあげてくれよ」
「そうっすか、わかったっす! ありがとうございやす!」
すんなりと納得してもらえたことに、三人ともこっそり安堵の息をつく。そうして籠を背負い直したマーケと共に家を出れば、そこには心配そうなアイシャと、様子を見ていた民たちが待っていた。
「よかった、おかえりなさい……って、マーケさんじゃないの!」
顔見知りのようで、マーケはまた申し訳なさげに彼女に頭を下げた。
「あはは……驚かせてしまったっすよね。おいらのせいでご迷惑おかけして、すいやせん……」
「あなたがあんなに大きな音をたててたの??」
口を手で覆い驚くアイシャ。マーケはきょとんとして、……背中の籠の実を見せる。
「えっと、おいらの不注意で……音自体は、ここの地下で育てさせてもらってるミミゴロシのものっす……!」
「__みみごろし、」
アイシャは考え込んでしまう。しかしすぐにはっとした表情になり、うっかり、といったように口を開いた。
「ああ、ミミゴロシ! そう、そうだったわねぇ! 聞いたことがあるわ、ここで育てるって……!
ごめんなさいねえ。すっかり忘れてしまっていたわぁ……」
どうやら、許可のことも知っていたらしいアイシャ。そのまま籠のミミゴロシをまじまじと見る。
「今回も大変だったでしょう、収穫は……十分間に合ったの?」
「彼らに助けて貰いやした。
ヴァリータさんは状況を汲み取ってくれて、ユースティさんはちゃんと答えを導きだしてくれた。ソルリアさんはすっごく速く収穫してくれて、こんだけのミミゴロシの破裂を回避することが出来ましたっす!」
いかにも誇らしげに告げるマーケにアイシャも微笑んで、嬉しそうにユースティたちを見る。
「そうだったのねぇ……解決してくれてありがとうねぇ、三人とも!」
「どういたしまして!」
これで相談は一段落したといえるが……様子を見ていた民の中の誰かが呟く。
「__三人とも活躍したっていってるぞ?」
「劣等生なんて魔法も使えないのに。そんなわけないでしょ〜……」
聞こうとしなくとも耳に入ってくる声。マーケはその発言をした二人に気付くと、満面の笑顔で声をかけた。
「おいらは嘘はつかないっすよ、マジのマジっす。折角のかっこいいところ、見せてあげたかったくらいっすねぇ!」
「マ、マーケっ」
ソルリアが慌ててマーケの前でばたつき、民たちはばつがわるそうに黙りこんだ。ヴァリータも膨れっ面で彼らを威嚇していたものの、ふと空をみて気付いたように声をあげた。
「……そうだ、二人とも! そろそろお昼時じゃないかしら? 一度エトワールの様子を見に行ってみましょうよ」
「そうだな。丁度キリもいいし!」
「へへ、そうしよっ」
役所へ歩きだそうとした三人の背中に、声がかけられる。
「……あ、あの。実は、まだ相談したいことがあって」
「わたしもです。長様のかわりに受けてもらえるんですよね?」
「俺もー!」
そういって次々に名乗り出て来る、アイシャと共に来ていた民たち。そこには先ほどまで信じられないと反応していた者たちも含まれていた。
きっとこれは、少しでも信頼を得ることが出来たという証拠だ。
「あら、勿論よ!
なら、ワタシたちは相談をまとめて解決してから、戻ろうかしら。ソル君は先に行ってて!」
「わかった、ありがとうございますヴァリータさんっ。ユースも頑張ってなっ」
「うん! 道中で誰かにぶつかったりしちゃだめだぞ、ソルリア!」
「うっせ、余計なお世話だってのっ」
軽口にくすりと笑いつつ、早々に走って行くソルリア。その背中にヴァリータも微笑む。
「あんなにうきうきしてるソル君は久しぶり。きっとあなたのお陰ね、研修生」
「……まあ、研修中の探求者ですから!」
咄嗟にどや顔をしたユースティにも、その瞳は向けられた。
「……返しになってないわよ? あなたはあなたで、褒められ慣れない照れ屋さんかしら」
「へへ。ばれちゃった」
改めて二人は目線を合わせ、次の依頼に耳を傾けることにした。
「さあ……ワタシたちもどんどん、頑張るわよっ!」
「おー!」
──────────
そうして、俺は浮足立ちながらもちゃんと、誰にぶつかることもなく役所まで戻ってきた。
「兄貴、ただいまっ」
声をかけながら執務室に入ると、兄貴はすぐに顔を上げてこちらに笑いかけてくれる。
「おかえりソル。
みて。今の書類が最後だったんだ。この机の表面が全て見えるなんていつぶりかな!」
そういって本心から嬉しそうな顔を見せてくれる。彼は外の世界から見れば子どもらしいけど、俺からしたら大人よりもすっごくて、頼れる兄貴なんだ。
「すげー! やったな、兄貴っ」
「ソルの方も、どうだった?」
「人々を不安に陥れる謎の轟音の正体。俺たち三人で協力して、無事に解決することが出来たよっ」
そんな兄貴には沢山褒めてほしくて、ちょっと背伸びして。どこぞの誰かさんみたいに語り口調で言っちゃったりする。
「すごい!」
「だろ? もっと褒めてっ」
「勿論だよ、偉いぞソル~!」
「へへ……」
兄貴は俺を褒める時、いつもしゃがんで目を合わせて、頭を優しく撫でてくれる。筆記テストでいい点がとれたりした時や、上手く料理が出来た時もそうだった。
……その手が痩せ細ってきたのはいつからかな。顔の隈よりもわかりにくいから、国の民どころか、きっと兄貴自身も気付いてない。
「僕もソルの活躍、みたかったなぁ」
「へへ、きっとこれからもっと見せられるぜ」
「ほんと? それは楽しみだな」
ユースティのお陰で、俺はこうやって前を向けるようになってきた。もしかしたら近々魔法も使えるようになって、兄貴のことを本当に支えられるようになるかもしれない──なんて考えるようにはなったけど、まだまだ俺は弱虫で。
「……ね、兄貴。
俺、兄貴のこと大好きだし、すごく尊敬してるっ」
「ふふ、ありがとう。僕もソルが大好きだよ」
こちらを優しく見つめる兄貴の心に踏み入るには、勇気が足りなかった。
「じゃあ早速……少し休憩してから、魔法の特訓をはじめようか!」
「うんっ」




