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おしえて、研修生!  作者: きりぞら
第壱章 伝えろ、繋げ。慈愛の国
22/116

第21修 サスペンスは始まらない


 段取りが決まってすぐにエトワールは椅子に座り、書類に取り掛かり始めた。さらさらとペンを走らせ、ユースティには全くわからない文字を産み出していく。波と点で構成された、まるで絵を描いていくように紡がれる、綺麗な字。



「……それ、この国の文字なのかい?」


「はい。国の大切な書類は昔から、この文字を使用しています。長を継ぐ者だけが、読み書きをおしえられます」



 字を書くことさえも魔法で出来るようで、ペン自体にインクや芯がない。色も任意で変更しつつ、サインしたり訂正を行っている。



「……すげー……ペンが走りまくってる……」



 とても素晴らしいスピードだ。丁寧でありながら淡々と仕事をこなしていく様は正にプロである。しかし書類も中々に手強いようで、まるで一枚終わる度にその場に新しい書類が産み出されているかのごとく減らない。


 しかし我らが長様は一切動じず、前で目をぱちぱちと瞬かせている自分の弟に、爽やかな笑みを見せた。



「集中して出来るならへっちゃらなので、任せてください。

 ソルもしんどくなったら休んで。何かあったら僕も居るからね」


「っうん、俺も頑張るよっ」



 少年は明るい表情で、彼の身長に合わせて待っていた踊り子と人間の方へと駆け寄る。三人はお互いを向き合い、いわゆる円陣を組んだ。



「さて……内容はともかくとして、皆はエトワールだから頼みごとや相談をしに来てるの。その信頼がワタシたちには今、一切ない状態。もしかしたら彼じゃないってだけで任せてもらえないかもしれない」


「それで折れたらずっと出来ないままだよな。今日から自分達を売りこんでいかなきゃ、兄貴の仕事の代わりをしようだなんて言えなくなっちゃう」



 ソルリアの言葉に頷くと、ユースティは声を張り上げた。



「いくぞ、二人共! ファイトー!」


「「おー!!」」



 するとさっそくといわんばかりに執務室の扉が叩かれて、失礼します! と声がかけられる。



「よし、早速ね! 何事も初めが肝心よ!」



 十分な自信と勇気を持って扉を開ける。……が、目の前には想像を越えた何十人といった民たちがいた。



「ひぇ?!」



 思わず扉を閉めかけて帰ってしまいそうになるソルリア。一番前で扉を叩いていたのはアイシャで、そんな少年の様子にあら、と声をあげる。



「……ソルちゃん? しかもユースティさんとヴァリータちゃんまで!」


「びっくりしたぁ、アイシャさん?!」



 アイシャの後ろにはざっと数えても数十人は居る。これはもしや、今までの様子からは想像もよらなかった激務だろうか? 僅かな緊張が三人に走り、ユースティはアイシャへ小声で確認をとる。



「この人たちはどうしたんだい? とっても、人数が多いみたいだけれど……」


「えっとねぇ、ちょっと怖いことがあって。相談をしに皆で来たのよぉ」



 今も執務室に居るエトワールが、書類をこなしながらも不安そうに遠目で覗いてきている。ソルリアが扉の隙間を狭めたこともあり、彼には外にいる人数まではちゃんと見えていない。

 任せてといった手前すぐにバトンを渡してしまうのも憚られるし、いきなりそうなってしまっては彼の休みの意味がない……三人はアイコンタクトをする。エトワールが出た方が良いことなのか、内容をちゃんと確かめてからにしよう、と。



「えーと……ごめんなさい、兄貴は今出られないんだ。だから俺たちで相談所を受け持ってるんだよ!」


「あら、そうなの?」



 それを聞いたアイシャの後ろにいる民衆から、「ええ、あの劣等生がぁ?」「ヴァリータさんはともかく、後の二人大丈夫かねぇ」といったような言葉が漏れる。ソルリアの表情が強張るが、アイシャがはっきりと言いきった。



「あらやだ。ソルちゃんはちゃんと強い子よぉ。劣等生なんかじゃないわ」


「!」



 ハッとするソルリアの横で、ヴァリータも前に進んでその民たちに言葉を発する。



「ソル君もそうだけど、研修生だってかっこいいわよ。ワタシが魔物にやられそうになった時、咄嗟に手を引いて助けてくれたんだから!」



 女性二人の強い信頼の言葉によって、茶化したつもりだった民たちはしぶしぶと黙り込む。嬉しさと気恥ずかしさの両方に照れつつ、ユースティはこっそりとエトワールへ聞きに行くことにした。



「エトワール。君が外出する時は相談所はどういう扱いなんだい?」


「……外出するほどの相談があったということですか? それは僕が行かないといけないのでは」


「えっあっ、違う! 違うから!」



 すぐに立ち上がるエトワールと、それを慌てて阻止するユースティ。ここで彼が出て行ってしまうと、全てが水の泡だ!



「ほ、ほら! 花壇の花にお水をあげたい、とかいうのだったらさ、花壇に向かっている間に次の相談したい人が来たらすれ違っちゃうかもしれないだろ。そんな時どうしたんだ?」


「あー、……その時はこの看板を立てておきましたかね」



 適当に言ったら実際にあったシチュエーションだったらしい。……納得いかない様子で再び席についた彼の横に、即興で作ったような『外出中です』と紙を貼り付けた看板がある。

 そのすぐとなりには大きな壺があった。ついでにといってはなんだが、あの覗き穴は塞いでおいた方がいいかもしれない。そう思い立ったユースティは看板を出すためという名目で大きな壺で穴を塞いだ後、看板を持ち出そうとした。


 しかし、なにもない筈の場所で、それごと滑ってしまう。



「うわあっ?!」


「あっ……! ユースティさんっっ」



 どしゃんっ。


 そのまま豪快に尻餅をついてしまった。……同時に紙の山を踏んでしまったような、ぐしゃりという音もして。



「っ、たたたた~…………」



 流石にエトワールも慌てて駆け寄った。



「大丈夫ですかっ、お怪我は?!」


「怪我は大丈夫。でも今の音、書類を巻き込んじゃったんじゃ……あれ?」


「……」



 ユースティは無事を伝えつつ、下敷きにしてしまったであろう物を手で探る。紙の感覚はあるのだが、そこにはなにも見えない。てっきり書類を踏んでしまったと思ったのだけれど、まさか。……言外に含ませてユースティが目線をエトワールに向ければ、あからさまに目を逸らされる。



「もしかしてこれも魔法? ……怒らないし怒れることでもないから、見せてみて?」


「な、いです。今あなたに見えている倍以上の書類なんて隠してません」


「いや、そこまでは言ってないよ……」



 今視界に見えている分でも、座っていたエトワールの背と同じくらい積み上がった書類が三列くらい机の上にある。彼の言葉が本当ならば、これの倍以上のものが床においてあるということだ。

 それを見越して昼までに終わると言いきったのだろうか、この男は。そしてそれほどの量が溜まるほどあの相談所が重荷だったとは恐ろしい話だ。



「え、エトワール? 別に隠しててもいいんだけどさ、もしこれの倍以上あるなら書類整理にも人数を割いた方がっ」


「隠していませんので大丈夫です」



 どうやら意地でも言わないらしい。ユースティは気圧される形で言及をやめる。



「……まぁ、仮にも休みだから……うん、休憩しながらね?」


「ありがとうございます!」



 通りであのスピードでも減っていないように見えたのだ。ニッコリと圧をかけ続けてくるエトワールにそそくさと立ち上がり、看板を持って出たユースティ。そしてエントランスを出て扉の前にそれを立てる。先に外へと出ていたヴァリータから、声がかけられた。



「研修生。国の外れの方で、大きく破裂するような音が響いているみたいなの。今から向かうことになったわ」


「破裂するような音……? わかったよ!」



 三人揃ってアイシャと共に、国の中心から離れた場所へと向かうことになった。結界に近い区画である例の場所は砂漠の砂が石畳を少し飲み込んでいて、気温も心なしか一段と暑く感じられる。そこにあった小さな建物は、周囲のものとほとんど何も変わらない外観であった。



 バァンッ!!



 ……と、ボロボロなトタンの壁を思いっきり殴ったような破裂音が聞こえてくるまでは。

 ソルリアは突然の爆音に跳ね上がって耳を塞ぎ、ヴァリータとユースティも呆気にとられた。



「ナニ今ノ音、ワリト響ク音ダネ」


「そうなのよぉ。この建物からするのはわかってるのよねぇ。むやみに入るのは危ないから、どうにも出来なくて。長様の魔法なら、外から調べることも出来るんじゃないかしら、と思っていたのだけど……」



 アイシャは自分の手さげ鞄から小さな筒を三つ取り出して一人一個ずつ渡していく。



「一応扉の鍵は開いてるみたいだけど、気を付けてねぇ」


「……これは?」


「通りがかった行商者さんがこの事情を聞いて、くれたものなのよぉ、ミミセンだって」



 全員で首をかしげる中、ユースティが中身を確認すれば、途端に顔を明るくする。



「ほんとだ、耳栓だね」



 外でもこれだけ音が響いているのだ。タイミングもわからないその爆音から鼓膜を守れるのは非常にありがたい。ユースティは深い緑、ソルリアはボルドー、ヴァリータは空の色のものを渡された。



「ミミセンってなに?」


「どうするのかしら。おしえて、研修生」


「ん、勿論さ。

 ……まず、先端が細くなるようにある程度押さえる。そのまま、耳に入れるんだ。段々と形が戻っていくから、少しスピード勝負で。ここをもう片方の手の指で上に持ち上げたら入りやすいかも」


「こう? ……わ、圧迫されて少し、聞きづらくなった」


「それだよ、もう片方も出来たら完璧!」


「……ぇ、入ってないかもこれ、やばい、形戻ってきた、落ちたっ」


「っははは、よくあるよくある。でもそれだと意味がないから、やり直しだね」



 全員が耳栓を入れ終わる。外す時はゆっくりね、急にすると鼓膜が傷付いちゃうかもしれないから。そうユースティが説明を加えて、準備が終わる。



「よし、じゃあさっそく行こうか」



 扉を開け、覗いた家の中。そこは窓も明かりもないため、日中なのに暗い。……しかも、生活をするための家具もほとんど置かれていない。慎重に、しかし進んでソルリアが中へと踏み出し、何かを見つけようとした……その時だ。



「う、わぁあぁあー?!」


「っソルリア?!」


「ソル君!!」



 彼は大声をあげ、床に吸い込まれるように消えてしまう。ユースティ達が慌ててその辺りを覗くと、暗がりに同化した、下へと繋がる綺麗な丸型の穴が発見出来た。……底はまっくらで何も見えず、叫びながら落ちていったソルリアの声も小さくなって、やがて聞こえなくなってしまう。


 残された二人は顔を見合わせる。ヴァリータは少し考えると、その穴のへりに腰を掛けた。



「まずワタシが行くから、研修生は少しここで待っててくれるかしら。もしあなたが来る時は、アイシャさんに報告して、それから来てくれると嬉しい!」


「……! わ、わかった」



 彼女は頷くと、軽々と飛び降りて行く。



「……、……ソルリアー、ヴァリーター! 聞こえたら返事してー!!」



 ユースティはそれを見送り、穴に向かって叫んでみる。しかし声が返って来ることはなく、落ちた音がする様子もない。瞬間ドガァンッ、大きな破裂音がその奥から鳴る。

 外からでさえすごい音なのだから、これだけの音の元凶となると耳栓があっても気絶してしまう可能性もある。そもそも今日になってこの音に民たちが気付いたということは、この家は今までどうやって静かでいたのだろう。ユースティがふと穴の付近を見てみると、蓋のような大きな円盤があった。



「これは……」



 丁度いいサイズのそれを両手で持ち上げ、試しに穴に覆い被せてみる。すると、……ぱっ………、と、丁度響いてきた破裂音でさえ全然聞こえなくなった。どうやら円盤は蓋として防音機能があるらしい。

 今回はこの家の主が穴を閉めることを忘れて下に降りた後、上に戻れないままになっているのかもしれない。


 ユースティは一度円盤を外すと、外で待機しているアイシャの元に行き、状況を伝えることにした。



「アイシャ。この家、とても深そうな穴があるんだ。普段は防音されていたっぽいんだけど、今はその蓋がされてなかった。この家の主が蓋を閉じるのを忘れたまま、あの穴から出られなくなっているのかもしれない。

 ソルリアとヴァリータと、おれも地下に入る。だから、もし長い間おれたちが戻って来なかったら、役所に報告をお願いしたいな」


「わかったわ。気を付けてねぇ!」



 頷くと駆け足で戻り、縁に座るようにしてから穴を見下ろす。……自分の耳栓を確認し、ひょいと飛び降りる……するとそれはただの直線の穴ではなく、長いうねうねとしたスロープだと判明する。



「──……わわわっ、いっ、あぁーー?!」



 しばらく立たないうちにそれは斜めの滑り台のように傾き。



「おっと!」



 そう思えば反対方向に転がされ。



「わわわわわ~……!」



 ぐるぐると回るようにしてスロープを降りていく。導かれるがまま滑り落ちて、ようやく開けた場所へと出てきた。




「────……いっててて……なに、ここ」



 回る視界と痛む頭を落ち着かせつつ辺りを見る。……そこは土壁。多少湿り気があって、冷気が感じられる。外と比べて肌寒いが、スロープで多少受け身をとるなどの運動をしたからか、身体はなんとか暖かい。

 壁には電灯が等間隔でしっかりと整備されていて、上の部屋よりその場は明るかった。先に見える扉は既に開いており、ソルリアとヴァリータも奥に行ったのだろうかと考えて────……ユースティが立ち上がった時だった。



「うぅわあああぁあー?!」


「!」



 開いている扉から聞こえる叫び声。破裂音と同じように耳栓をものともしない音量のそれは、ソルリアの声。



──────────



 ……げほげほと咳き込み、張り上げた声を後悔するソルリア。落ちた時と続けての大声をあげた喉が少し痛む。



「ちょっとソル君、ワタシもびっくりはしたけど、そんないきなり叫ばないでよ……」


「ご、ごめんヴァリータさん」



 穴から不意に落ちたショックで気を失っていたソルリアだったが、後から落ちてきたヴァリータに下敷きにされる形で覚醒できた。そうして謎の破裂音の真相を探るために二人で進んだところ、大広間のような場所でとある光景を見てしまったのだ。


 眼の前には、白い翼と体を広げて倒れている、白目をむいたアウィス族の者。身体が時折ぴく、ぴくと動いているが、ぱっと見では生きているか判断するのも難しかった。ソルリアの前で、ヴァリータはそのアウィスの脈を取る。



「これって殺人……いや、殺鳥事件……?」


「いいえ、脈があるわ。外傷も無いし、大丈夫よ」



 大広間には一面の畑が広がっていた。そのおよそ左半分には白い花が咲き誇っており、後の右半分はその白い花が枯れた後に実ったであろう、茶色いハート型の実がぶら下がっている。

 そんな実の一つが、突然破裂する。



 ドバァンッ!



「うわっ」


「きゃあっ」



 耳栓をしていてもはっきりと聞こえるその音は、外まで聞こえていたあの破裂音。



「まさか……この実が、破裂音の原因?」


「みたいね……」



 あんなに綺麗な花を咲かせているが、実は大変物騒である。……二人が顔を見合わせたその時、背後の扉が開かれる。



「大丈夫か、二人とも?!」


「ユースっ」


「研修生、いいところに! 丁度音の正体がわかったのよ」



 そのまま部屋に入ってこようとした人間は、アウィスの無残な姿を見て大袈裟なほど飛びあがった。



「うわぁあ死体だぁ?!」


「大丈夫よ研修生。彼はまだ生きてる」


「えっ……あ、そ、そうなんだね、良かった……!」



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