第19修 酩酊
……ヴァリータの舞を観終わり、いつの間にか喉がカラカラになっていたユースティは手に持っていた水を一気飲みする。
「ぷはー! すごかった! あっという間だったよな、もう一回みたい、とにかくすごい!」
興奮冷めやらぬ、といったその様子にソルリアも強く頷く。
「しかもこれ、有志だからさ。ヴァリータさん以外のほとんどが今日、たまたま居合わせただけの旅人なんだよ」
「え……?! その場で創り上げる舞台ってことかい?!」
「うん。フッブのお祭りの醍醐味。俺も久しぶりに見たけど、外には沢山、色んな特技や能力を持ったヒトが居る。こっから続くパフォーマンスも、皆すごいんだぜっ」
「俄然楽しみになってきた……!
ちょっと、お水もらってくるね!」
「ん! さっきヴァリータさんが来た方向に、お祭り用のタンクがあるよ」
ソルリアが示したのは、少し離れたテントが複数設置されている場所。今日パフォーマンスをする者たちの控え室のようだ。
「ちょっと離れてるし、焦らずいってくるよ」
「うん、気を付けてなっ」
そちらへ歩いて行くと、丁度設営されているテントの入り口にタンクが設置されていた。そこには蛇口があり、『ご自由におひねりください』と書いてある。……横にはおひねり箱。この国の対価じゃなくてちょっと悪いなと思いながらも、人間はお金を入れてから蛇口を捻った。
「……美味しい」
ほかほかとした気持ちでふと見た小道に、明かりが漏れている穴があることに気付く。その穴は役所のものであり、記憶を辿れば確か、執務室側の壁の筈だ。明かりがついているということはエトワールが居る。その仕事人間ぶりにヴァリータが拗ねていたことを思い出したユースティは、なんとなくその穴を覗き込む。
そこからは丁度、書類を積み上げた机に向かっているエトワールを見ることが出来た。
祭りの喧騒の片隅で静かにペンを走らせている彼を見ていると、だんだんと悪いことをしているような気分になる。盗み見は止めておこう、ユースティが目を逸らそうとした時だった。
「__う……」
ガタリ。ふと彼はなにかに急かされるように立ち上がり、さらに奥の部屋──休憩室へと消えていく。やがてしばらくしないうちにふらふらと戻って来たのだが、その様子がおかしい。
ヘラリと力のない笑みを浮かべながら、改めて机に座る……、わけでもなく。その周りを覚束ない足取りでひたすら歩きまわりだしていた。
「……エトワール、……?」
不審に思ったユースティからこぼれた声。それが聞こえたのか、ふらりと顔を上げた青年と目線がかち合い……直後に瞬きした視界に彼は既におらず、その後ろから声がかかる。
「覗き見とはいただけませんねぇ、ユースティさん?」
「ぎゃっ」
背後に瞬間移動して来たようで、飛び上がった人間をクスクスと笑う。……窘めるその声は、かなり上機嫌なようだった。
「あははは、面しろいなぁ。あなたはとてもまっ直ぐで正ぎ感にあふれた人だとも思ったのですが、のぞき見なんてするんですねぇ!」
「あー、えーと……まぁ。確かに気になったらするけどさ? ごめんね」
「ふふっ、正じきですね。許しちゃいますっ」
警戒心が強く凛としている印象とかけ離れた彼の様子に、ユースティは戸惑ってしまった。……なぜ上機嫌なのかは聞かない方がいい気がして、それとなく別の会話で濁す。
「エトワール、こんな日にも仕事してたら、休む間がないじゃないか……とおれは思うんだけど、疲れないのかい?」
答えがわかりきった質問にエトワールはきょとんとして、ふふふ、と声をあげて笑う。
「つかれないといえば、嘘になりますよ? けれど皆さんがおまつりでたのしんでいる今日こそ、国むをまっとうするべき日です。普だんはここで民たちの相だん所も兼ねているんですが、それがなんといってもまい日沢山でね」
「エトワールは皆からの信頼が厚いもんな。……って、相談所?」
「はい、相談じょです。一にち中開けてますよ」
「一日中、、、?!」
そう言う彼の顔を改めて見ると、やはり子どもと言われる若さに見合わぬ顔の疲れとその細さが印象に残ってしまう。そのうえ今は、お互いに見合っている筈の瞳の焦点があわない。
「──エトワール、ちゃんと休んでるかい?」
ただならぬ違和感を覚えたユースティを知ってか知らずか、彼はへらへらと笑い続けている。
「どうしたんです、ソルの次は僕のこともしん配してくれるんですかぁ?」
「様子がおかしい気がしてね。今、お酒でも飲んでたりする?」
「まさか。おさけはお付きあいではのみますが、あまり好みじゃないんですよぉ。ふふ。だって仕ごとにし障がでるだけじゃないですかへへへ……、たぶんつかれてるだけだと思いますよ、心ぱいをおかけしてすみません!
──……、あ、?」
上機嫌だった彼は目を見開く。……なにか恐ろしいものを見たような顔。震えを隠すように口を塞ぎ、一気に声のトーンが静まった。
「ごめんなさ 忘れてた こと 失礼 しま 」
そういってふらり、ふらつくようにしてどこかへ消えてしまった。ユースティはエトワールが最後に見ていた方へと目線を向けてみるが、そこにはただ道が続いているだけだ。なにも恐ろしいと思うようなものはない。
「……?」
時間が長く感じ、すっかり興奮も冷めてしまった。一度お祭り会場へ戻るため、広場へと歩きだしたユースティ。その前からソルリアが走ってくる。
「ユース! 遅いから何かあったのかと思ったじゃん、無事でよかった!」
……先程のことは一旦言わないでおこう。ユースティは急いで取り繕った笑顔を向ける。
「ソルリアごめん、道に迷いかけてさ!」
「本当かよ、迷う道じゃないのになー」
そういう少年の後ろから、今度はふらふらとした足取りの四足歩行の黒い狼が歩いてくる。
「そういう時もあるさ……って、ハザック?」
「うわぁほんとだっっ」
ユースティの言葉にそちらを振り返ったソルリアの体が跳ねあがる。……エトワールのあの様子の直後ということもあり、ユースティの全身に無意識に力が入る。
「よー……はは、酒を飲みすぎちまったみてぇ」
「その姿でも飲むのかい、ハザック?」
「あたりめぇよぉ、酒はうめぇんだから仕方ねぇ」
普段は彼に怯えていたソルリアでさえ、上機嫌な足取りの不安定さに心配そうな様子を見せた。
「ええ、ちょっと舐めたことはあるけど、苦いだけだぞ……。それにしても酔ってるな、俺でも膝くらいなら支えられるけど……?」
「テメェはまだガキだから、酒の良さなんざわからんだろー……おー、もーしわけねー……おれさまとしたことがー……」
その吐息はツンと鼻につく。
「あー、さすがに、これはやべー。宿に泊まるわ。いまから部屋とれっかなぁ」
「もう既に何日かいるんだろ? 宿とれてなかったのかよ」
「いっただろぉ、おれさまは他のやつとずっと群れることはないんだあ。
ふまんが無いわけじゃないが、ここはなーんか、居心地がよくてなー」
そう言って遠慮なくもたれかかってくる様は、素面の彼とは比べ物にならないぐらいに人懐っこい。ユースティも彼を横から支えたが、体格差があるために二人共居ても居なくてもあまり変わらない結果になってしまっている。
「なーできそこないのちび、宿探しつきあえよー」
「ちびっつーなって。やだよ、誰がお前なんかと」
「ソルリアは出来損ないでもないってば!」
「っはは、やっぱ二人でそう返すんだなー、おもしれー」
へらへらと笑う様子はエトワールと酷似しているが、ハザックにはきちんと本人の意思が残っているし、悪寒がするような違和感もない。これは正しくお酒が原因のようだ。
「まーしゃーねーかー、おれさまはひとりで……」
「いいよ。おれが君についてく」
「なっ。ユース、この後のステージは?!」
「けど彼を放っておけないな、って思ってさ」
警戒を解いたユースティがそういうと、ソルリアだけでなく、ハザック本人でさえ驚いた顔を向ける。
「まじかー、やさしー研修生ーどこかのできそこねぇのちびと大違いーいいやつだなー」
「ちびって言うなっていってんだろこのやろう!」
「あーもうだから彼は出来損ないでもないから。
ほら行くよ。その代わり君の部屋が決まるまでは寝ないこと、いいね!」
「おーおー、たすかるわー」
「むむ……まぁいいや、俺もパフォーマンスは次のお祭りで見せてもらうことにする!」
「ソルリアもありがとう」
狼男に変化したハザックに前屈みになってもらうようにして肩を組み、支えながら歩き出す。旅の者が多いこの街で、当日の夜に空きのある宿を探すのは難しいかもしれない……なんて不安をよそに訪れた、一軒目のことだった。
「丁度後一部屋空いてたんだあ、安くしとくから泊まりなよー!」
なんて、交渉がすんなり成立した。なんとも豪運なことである。
「よかったね豪運君、これからは気を付けなよ。ちゃんと寝る前に戸締まりもすること! いいね!」
「ああー、さんきゅーな、っへへへ」
部屋のベッドまで連れて行って、その縁に座らせる。さすがにここまではお節介すぎたかな、とユースティは苦笑いした。
「どーした研修生? そんなにおれさまの豪運がうらやましいかー?」
そういって豪快に笑うハザックはもう見れないだろうな、なんて予感と共に目に焼き付けながら、気になったことを訊ねた。
「……酔うとお酒を飲んだことも忘れたりする?」
「なんだその質問。人と量によるだろ。一杯だけでも倒れる奴がいるしな、沢山のんだら記憶ぐらい飛ぶんじゃねーかなー……なんだ、お前下戸かー?」
「酔うほどのんだことないから、わかんない。辛党なのはかまわないけど、君も気を付けるんだよ?」
「………………ぐー…………」
「ってもう寝てるっ」
どうやらその場は深く眠ってしまったようだ。ユースティはソルリアと共にその部屋を後にし、受け付けの者に一礼してから宿を出る。
「よし、これでとりあえず一安心かな。
本当にありがとうソルリア、ステージの方は……今から行くには中途半端だよな」
「だな、もー家に帰ろ。なんか一気に疲れたしっ」
ずっと小さな体で巨体を支えていたのだ、それはかなり疲れる。ユースティは優しく頷いた。
「……それで明日ヴァリータも連れて、エトワールの所に行こうか」
「え。三人で?」
「そう。彼の仕事を見学したいんだ。聞いたところによると、相談所ってのがあるんだって?」
ソルリアはユースティの突然の提案に不思議そうにしながらも頷く。
「あるよ。どんなことをしてるのかは見せてくれないけど。小さい時に長になってからずっと続けてて、皆が兄貴を慕うようになったのも、それが一つの理由なんだ」
「そっか。……エトワールは休めてなくて大変そうだから、ちょっとでも手伝おうかなって思ってさ」
「!」
途端に期待と嬉しさを全面に出した表情で見つめるソルリア。……未だにその奥底に隠れた自責の念のようなものを感じ、控えめに苦笑したユースティ。
「エトワールがほんとに大好きなんだな、ソルリア?」
「へへ、うんっ」
満点の星空の下、未だに潜む闇を背後に感じつつ。ソルリアと共に家路についた。




